気まぐれ流れ星二次小説

Open Door!

Track21『'Round Midnight』

~前回までのあらすじ~

『スマッシュブラザーズ』に選ばれ、それぞれの思いを抱いて輝く扉をくぐったファイター達。
しかし、彼らは目的地とは異なる灰色の世界に連れてこられ、得体の知れない人形の軍勢によって1人、また1人と捕らえられていく。
そんな中、プロロ島の風の勇者リンク(トゥーンリンク)と、タツマイリ村の少年リュカが出会う。

第1工場跡地で立ち往生していた所をルイージピーチに助けられ、
独自にエインシャントへの抵抗を続けていたファイター、サムスと合流したリンク達5人。

フィギュア化し敵の塔に捕らえられていた仲間達。
彼らの救出のタイミングを計っていたところ、思いもよらないことに塔自体が変形し、鳥に似た輸送機となって飛び立ってしまう。
もはや追いつけないほど遠くに逃れてしまった輸送機のことは一旦諦め、マリオの奪還へと目標を定める。

今までにない危機に直面した生き残りのファイター達。
彼らはそれぞれの思いから各々が最も良いと信じた行動に出るが、それがかえってあちこちで軋轢を生んでしまう。
大小のぶつかり合いを経ながら捜索期間が過ぎ、そしてついにセンサーがマリオと思しき反応を捉える。
しかし、センサーに映っていたのは朗報ばかりではなかった。


  Open Door! Track 21 『'Round Midnight』


Tuning

いままで そして これから

人形の接近を受け、真夜中の静寂は甲高い警告音に切り裂かれる。

熟睡していたところを叩き起こされたのにも関わらず、ミーティングルームに集まったファイター達の顔には不満げな様子など少しも無かった。
なにしろここ数日間待ちわびた救出計画が、とうとう実行に移されるのだ。

初めこそまだ眠たそうにしていたリュカとカービィもブリーフィングが進むにつれて眠気も覚め、
他の仲間と共に真剣な顔をしてサムスの話に耳を傾けていた。

サムスは、作戦決行を前にして手短に要点をまとめていく。

「状況は初めに言ったとおり。
我々が現在拠点としている山脈地帯に向けて、ファイターと覚しき生体反応が南西から1つ。
そして、おそらくは彼を捕らえるため北東から人形の軍勢が向かってきている。
数は30000体前後。あまりに多く、船のセンサでは詳細の判別ができなかった」

30000体。
その数に、思わずファイター達は顔を見合わせる。

が、誰かが口を開くより先に皆の注意が会話の中央に戻される。
円卓の中心、丸く開いた空間にホログラムが浮かび上がったのだ。

中央を分断する山脈地帯、その地下にマザーシップの輝点がある。
そしてそこに向けて、山脈を挟み、青くまばゆい輝点と赤い光の塊が刻一刻と迫っていた。
言われなくとも、数の膨大な赤い光の方が人形兵だということは分かる。

「我々はほぼ、両者の間に位置している。
ルイージとピーチは山脈地帯を盾にし、やつらに気づかれないうちにファイターを救出してくれ」

その言葉に、ルイージは驚いたように顔を上げた。

「えっ……ということは、つまり」

目を瞬いて、遠慮がちに確認する。
案じる彼を安心させるため、あえてサムスはそれまでの口調を崩さずに淡々と言った。

「前例から推測して、操られた者を取り戻すにはその者の記憶を呼び覚ます必要がある。
今回の場合、それが可能なのは君たち2人だけだ。君たちには、彼の救出に専念してもらう。
北東は我々に任せてくれ」

彼女の顔には少しの焦りもなく、まだ始まっていない戦況の隅々までを既に見通しているような目をしていた。
それが例え自分たちを安心させるための心遣いでしかなかったとしても、今のルイージ達にとっては心強いものだった。

「ええ!」

「分かった」

2人は真剣な顔をして頷いた。

その横から、リンクが身を乗り出して尋ねる。

「われわれってことは、おれ達がその北東に行くんだな?」

「そうだ。私達が船外に出て、時間を稼ぐ」

「戦うのですか?」

神弓を持つ手にわずかに力を入れ、ピットが聞く。

「いや、あくまで足止めだ。
30000体を超える人形を我々6人で倒すことは不可能。そうでなくとも、正面から向かっていくのはあまりにもリスクが大きい。
そこで、私達はゲリラ戦法をとる」

そう言いつつ、サムスはミーティングルームのホログラム装置を操作する。
ホログラムの視点が少し位置を変え、真上から北東の戦況を見下ろす俯瞰図に変わる。
それと同時に、画像がセンサーの反応をそのまま落とした点描画から、双方の軍勢を矢印型にシンボル化したシンプルな図に変わる。

「3人一組の2班に分かれて山脈北東側の斜面に散開し、二方向から人形の戦法部隊と交戦。
注意を引きつけつつ部隊全体を別々の方角へと誘導する」

難解な言い回しが続くが、わかりやすく口で説明し直す暇はない。
サムスは同時並行でホログラムに作戦を図示し、自分の意図を直観的に伝えていく。

ホログラムが動き始めた。
平原を進む赤い矢印。それに対し、山脈から降りてきた青い矢印が両方から挟むようにして回り込む。
対し、山脈を突破しようとしていた巨大な赤い矢印は2つに分かれ、それらに襲いかかろうとする。

青い矢印は巧みに追撃を避け、誘導するように赤い矢印の側面を突いてはすぐに後退し山脈に隠れる。
敵の矢印はそのたびに翻弄され、神出鬼没の青矢印を追いかけて次第にばらばらになっていく。
しまいに統制を失い、いくつもの小集団にちぎれ、山脈の斜面を迷走し始めた。

展開される仮想の未来。見つめるいくつもの瞳。
暗い部屋に闘志が満ちる中、彼らの昂ぶりを抑えるようにサムスは言った。

「ここで一つ強調しておきたい」

リンク達の視線がこちらを向いたのを確認し、続ける。

「これは、あくまで時間稼ぎだ。
目的は敵の撃退ではなく、マリオと予想されるファイターの奪還にある。
各自一撃離脱を心がけ、深追いは決してしないように。分かったな?」

その言葉に、リンク達は一斉に頷いた。

内側からほのかに光を放つ、石とも金属ともつかないなめらかな壁。
小柄な緑衣の暴君が、外壁に沿って緩やかにカーブを描く天井の高い廊下を音もなく滑るように進んでいく。

等間隔に開けられた四角な窓の外は、深い真夜中の闇に閉ざされている。
薄暗い廊下の中、エインシャントの双眸だけが怪しげな光を放っていた。

彼は、灰色の城の中をたった1人で歩いていた。
近くに護衛もつけず考え事にふける様子は一見不用心だが、
この城がすでに何重もの城壁と膨大な数の兵で守られていることを思えば、護衛など必要のないことは明らかだった。

そして何の前触れも無く、彼は呼ぶ。

「デュオンよ」

すぐにその声に応え、彼の前に映像が浮かび上がる。

『お呼びでしょうか』『我らが主』

最寄りの第3工場にて応急とはいえ修理を施されたデュオンのボディは、すっかり新品同様となっていた。
工場で新たに調達した兵を従え、山脈に向けて進軍する腹心に向けてエインシャントはこう切り出す。

「"駒"に反撃を受けたというお前達の報告……やはり信じることはできない」

『しかし……』

戸惑ったように、言葉を濁すデュオン。
そんな彼らに対し、エインシャントはやや語気を強めてなじった。

「私の力を疑うというのか? 私は計画のため、常に万全を期してきた。
それは駒についても同じ。原理から言って駒の自我が戻ることはないのだ」

『それは理解しております。我らが主』『フィギュア化によって凍結された身体と自我、そのうち身体のみを起動する』
『さすればファイターは主の僕、くぐつとなり』『身体に閉じこめられた自我が呼び覚まされることはない』

『……しかし、我らは見たのです』

ソードサイドは珍しく、語気を強めて言った。
この剣に誓っても良いとでも言うように、腕を体の前に引きつけて見せる。

磨き抜かれた巨大な剣。しかしその刀身には、修繕しきれなかった戦いの痕が残っていた。
至る所に残された硝煙の曇りと、刃こぼれの痕。僅かな痕跡とはいえ、それは彼らが見た修羅場を克明に語っていた。

しかし、エインシャントはそれを一瞥した上で氷よりも冷淡な言葉を返す。

「お前達の言葉だけでは、信用できん」

デュオンは束の間、主を無言で見つめた。
しかし、主の心が変わらないと分かると、静かに剣を下げる。

『無理からぬ事……なれば、ご自身の目で見て頂くよりほかありませぬ』『この先、あの剣士に相まみえることもありましょう。その時は必ず』

熱心に訴える部下に対しエインシャントはしばらく吟味するような目を向けていたが、
やがて、重々しく頷く。

「……ふむ、良かろう」

漆黒の空に浮かぶものは、白く輝く天球のみ。
今夜は珍しく雲もなく、空はどこまでも黒く澄んでいた。

だが、それにもかかわらず夜空にあるべき星々の姿は欠片も見えない。
この世界、この宇宙には灰色の大地と小さな光球、それしか存在しないのかもしれない。

灰色の世界を照らす唯一の明かり、天球は大地に青白い光を投げかけて、眼下の斜面に寒々しい陰影を作っていた。
時折冷たい風が吹き、灰色の斜面から砂埃を巻き上げていく。

リュカは山の中腹に身を隠し地平線の彼方に目を凝らしながら、ふとこう思った。

――こんなふうに待ち伏せしてたこと、前にもあったっけな……

記憶を辿っていると間もなく、それが大工場に潜入する時であったことを思い出す。
あの日も、こんな肌寒い日だった。

あの時はリンクとピットが一緒だったが、今日はピットの代わりに金属の鎧を着込んだ戦士、サムスがいる。

リュカは、リンクと共に同じ岩の陰に身を潜めていた。
サムスは向かい側の大岩に背を預け、中腰になっている。

2人はそれほど寒そうな様子ではない。
それもそのはず、リンクは長袖。サムスはあの通り、いつもの鎧で全身を固めている。
ひきかえリュカは半袖に短パンだ。それを自覚すると、余計寒さが迫ってきた。

リュカが風で冷やされた腕をそっとさすって暖めていると、リンクが小声でこう話しかけてきた。

「なぁリュカ。『ゲリラ』って何だ?」

「え……?」

リュカは思わず聞き返した。
さっきから何か難しい顔をしていたと思ったら、ずっとそのことを考えていたのだろうか。

「ほら、さっきサムスが言ってただろ。この作戦のことをさ」

「……僕も知らない。きっとサムスさんの世界の言葉なんじゃないかな?」

「やっぱそう思うか」

リンクは素直に頷くと、口を閉じた。
岩の陰から少し顔を覗かせ、まだ何者の姿も見えない地平を窺ったりなどしている。

一見あまり真剣に集中しているとは思えない様子だが、
リュカはもう、これがリンクのやり方なのだと分かっていた。

過度に神経を尖らせず、どんな事態にも対処できるよう余地を持たせておく。
こうして待機している時でも、暇を持てあましているように見えて実は頭の中で色々なことを考えているのだ。
最近、強くなったとリンクからほめられるようになったリュカでも、そういう点では彼に敵わないと思っていた。

リンクは次に、サムスに声を掛ける。

「サムス、今更言うのも何だけどさ、2人一組じゃなくて良かったのか?
二組だけだったら人形をさばききれないかもしんないだろ」

彼女は律儀にこう答えた。

「確かに3つのグループに分かれれば、それだけ敵を混乱させられるだろう。
しかし、撹乱するためにはまず自分たちで連携することが重要だ。そしてそのための機器は2つしかない」

そう言って、自分のヘルメットを指さした。
彼女のスーツには、通信機能、翻訳機能、その他様々なモジュールが搭載されている。
もう1つ、カービィ達が持たされた機械は小型の通信機だが、
そちらには山脈地帯内に広がる洞窟の地図情報、そして無線機能だけが備わっていた。

これらで6人は互いに連絡を取り合い連携しつつ、迷路のような洞窟を使って上手く立ち回ることで人形兵を撹乱する。

ファイター達の潜伏している山脈は遠目から見ればがっしりとした一つの尾根だが、
その実内部には網の目のように空洞が張り巡らされており、山肌にも岩陰に隠れるようにしていくつもの出入口ができていた。
この天然の迷路こそが、木はおろか草むらさえない山におけるゲリラ作戦の鍵となる。

続けてサムスはこう言った。

「また、目的は敵を全滅させることではないから無理に敵軍を分割する必要はないだろう。
それに2人よりも3人で行動した方が思わぬアクシデントにも対処しやすい」

「なるほど、確かにな!」

リンクは納得がいったというように頷いていたが、リュカはまだサムスが何かを言っていないことに気がつく。

彼女自身は、1人で行動することにさほど不安を持っていない。
そんな様子が感じ取れたのだ。

バウンティハンター。
リンクと共にルイージやピーチに尋ねてみたものの、サムスが一体何をしている人なのかは良く分からなかった。
少なくとも、普段たった1人で海よりも何千倍も広い世界を旅している彼女が今更単独行動をためらうはずがない。

――サムスさんは、僕らがいたから3人一組にしようと言ったんだ。

リュカはそう思ったが、口には出さない。
ただ、バイザーの内側に目を向け最終チェックに入ったらしいサムスの横顔を、じっと見つめていた。

山脈の稜線を挟んで南西側。

鮮やかな水色の炎を引き連れ、彗星のごとく突き進む小型船が一機。
乗り込んでいるのはルイージとピーチ。
着実に近づいてくる反応をじっと見つめ、それぞれの思いを抱いて接触の時を待つ。

ほんの数日前にも2人はこうして偵察船に乗り、この不毛な地を飛び回っていた。
自分たちの他にも運良く生き残ったファイターを探すため。

森陰に隠れ、峡谷を縫い、目立たぬようにしながらひたすら飛び回った。
だが来る日も来る日も、ファイターの姿はおろかわずかな手がかりさえ見つからない。
たまに異変を見つけたとしても、それはとうに終わってしまった戦闘の跡であった。

モノトーンの空の下、黒こげ崩れ果てた跡地に立った2人は、
その跡からここにいた仲間の姿を想像し、無駄と知りながらも静まりかえった地平に彼らの姿を探すしかなかった。

空しい日々が続いた。
一面灰色に塗りつぶされた世界を、仲間の名を呼びながらあてもなく旅していた。

肩を落としながらも、言葉少なに励まし合っていたルイージとピーチ。
しかし、こんな世界を見守る神がいるとも思えないが……彼らの努力はある日ふいに報われる。

突然、進行方向の空からまばゆい光が落ちていった。
見る間にそれは数を増し、未明の空を眩しく照らし出した。
急いでその星群が落ちていく地点に向かった2人が見つけたのが、リンク達4人のファイターと、その時はまだファイターではなかったピット。

そして彼らは今、サムスと共に背後を守ってくれている。

「今度は僕があなた達を守ります」

通信機越しに、真剣な声で言ってくれたピット。

「ちゃんと連れて帰れよ!」

そう言ったリンクの声は明るく、これから戦いに赴く者とは思えなかった。

「君達はただ、マリオを連れ戻すことだけを考えてくれ」

通信の最後に、サムスはそう伝えた。

それでもルイージは、モニタの1つに映る山脈に目をやる。
ピーチも同じ事を考えていたらしい。

「あの子達、大丈夫かしら」

ぽつりと呟いた。
その胸に様々な思いを抱いて。

姫の横顔を見つめルイージは言葉を探していたが、やがてこう答えた。

「…………。
……信じましょう。彼らも、僕らと同じファイターだから」

「……そうね」

今は、そうして納得するしかなかった。
たかだか10代の子供さえ戦力にかり出さなければならない状況の非情さを。
これは『スマブラ』での乱闘とは違う。ルールなどなく、負ければ即自由を奪われる。おそらくは、永遠に。

だが、彼らも"ファイター"だ。
自分の意志で戦い、自分の力で道を切り開いてきた戦士。
だから、そんな彼らを子供扱いすることは失礼にあたる。

ルイージはその結論にいたり、前をしっかりと見据えて操縦桿を握りなおした。

――その代わり僕は、必ず兄さんを連れて帰る……!

もう逃げることはしない。
戦いを避けられないことは百も承知だ。

再び、山脈地帯北東部。

リンク達が隠れている地点から2キロほど離れた山脈の中腹。
山脈の地中深くへと広がる天然の迷路の入り口が、そこに口を開けていた。
そして、そこに身を潜めるのはピットとカービィ、そしてメタナイト。

闇の中、濃灰色の地平。
グレースケールで描かれたその天と地のあわいに、いつの間にか黒い影が現れ始めていた。
遠雷のように低く響く無数の足音。かすかに見える血のように赤い光。

徐々に幅を広げ、地平に広がっていくそれを油断無く見つつ、ピットは通信機に手をやる。
彼は自分にこう言い聞かせていた。
これが、自分たちの命綱だ。これから危険な立ち回りを演じることになる、自分たちの。

絶対に無くさないよう腰に結わえ付けた通信機。
ピットは、その確かな重みに意識を集中していた。

しゃがみ、岩壁に手を添えるピットの後ろには一頭身の2人が控えていた。
カービィの方はピットの背に乗っかり、洞窟の外を窺おうと身を乗り出したり背伸びしたりと落ち着きがない。
その一方でメタナイトは壁に背を預け目を閉じているものの、戦闘に備え静かに全神経を集中させているのが分かる。

敵はまだ遠い。今はまだ、地平の向こうでただ蠢いている黒い染みに過ぎなかった。

しかし、その染みは圧倒的な広さを持っていた。
センサが探知したとおり、敵は確実に30000体を超える軍勢であった。

かつての大工場でも、数だけならば同じくらいはいたかもしれない。しかし、あの時は全ての人形兵が向かってきた訳ではなかった。
しかもあの時自分たちが生き残れたのは、たまたま相手の予想を覆すような出来事が起きたからなのだ。
それを意識し、ピットは神弓を持つ手に力をこめる。

だが、ピットの背に乗っていたカービィだけは周囲で高まっていく緊張感に微塵も気づかないらしい。
敵が地平線でもぞもぞと波打っているだけの光景に飽きてしまったらしく、ふいにピットの背から飛び降りるとこう言った。

「あれ、メタナイトどうしたの? そんな顔して」

声を掛けられたメタナイトは、ちらとカービィの方に目をやる。

「……いや、別段変わったことはない」

「うそだぁ! だっていつもより静かだもん。ね、ピットくん」

カービィはピットに同意を求める。
しかし、ピットの方は彼は普段からこんな様子だったという記憶しかない。
それでもカービィの言葉を無下に否定することもできず、「そうですか?」と言うくらいに留めた。

カービィはしばらく難しい顔をして考え込んでいたが、理由に思い当たったらしくぱっと顔を輝かせる。

「あー! わかった! おなかすいたんでしょ?」

「お前と一緒にするな」

メタナイトは即刻否定した。
そして、カービィがまた何か言い出す前にこう続ける。

「そんなことを考えている暇があったら、周囲に気を配ることだ。
相手がいつ、どう出てきても対処できるように」

「ふぅん、わかった」

カービィはそう言ったものの、やはりあまり分かっていない様子だった。

前進せよ。前進せよ。前進せよ。

がらんどうの頭に響くその声が彼ら個人の意識であり、集団の意志であった。

師団の指導者、思考する双頭戦車の指令が徐々に簡略化、細分化されながら中隊長や小隊長を経由し全ての兵に行き渡っていく。
歩兵はその声に従うのみ。何も考える必要はなく、そもそも彼らに心は無い。

前進せよ。前進せよ。前進せよ。

声なき声がリズムを刻み、その鼓動に合わせてテキンは歩む。

護身の意志も、敵への恐怖も、暗闇への不安もない。
テキンはニワトリにも似た丸い鎧を揺らしながら、ひたすら黙々と進む。
その様子は一見滑稽だったが、鎧の頭では鋭く尖った赤いトサカが敵を突き刺す時を待ちカシャリカシャリと音を立てていた。

道の傾斜が増してきた。
しかしテキン達の歩みは滞らず進んでいく。

前進せよ。前進せよ。前進せよ。

指令を発しながら、部隊長のジェイダスも後に続く。
それらの背後には灰色の平原を埋め尽くさんばかりにして、支援部隊、主力部隊、後方部隊等々のエインシャントの傀儡が続く。

黒くたゆたう闇の波。
その波頭に立つのは緑帽子のプリム達。
テキン達の小隊は、そのすぐ後ろを歩んでいた。

ところが。
ふいに、"声"が途切れた。

テキンの足が止まる。
まもなくその挙動に、明らかな動揺が現れる。

指示がない。敵もない。
異変。異変。
どうすれば良いのか。

反射的に部隊長を振り返ったテキンの見たものは、立ち上る白い粒子、人形兵のなれの果て。

敵襲……?!

テキンは生まれて初めて"驚き"というものを体験する。
だが、それに対処する間もなく、

その身にまとう鎧が砕かれた。

崩れ落ちる鎧から逃れ、小さな本体をさらけ出したテキンはようやく敵の姿を視認する。
緑色のとんがり帽子を被った、金髪の少年。

敵襲!

テキンは叫ぶ。
小さな翼を懸命に羽ばたかせ、後続の部隊に報告しようとする。

しかし、背後から一文字に切りさかれ、そこでテキンの自我は消えた。

デュオンはわずかに顔を上げる。
先鋒の一角。その隊列に歪みが生じていた。

見極めるように目を細めて、呟く。

「やはりいたか……」

遅れて、中隊長を務めるアラモス卿から報告が届いた。

"敵襲。人数3。こちらの損害12、被害はなおも拡大中"

重々しく頷き、デュオンは攻撃の指令を出す。
修理を施された大剣が鋭く、夜の大気を斬り裂いた。

「前衛部隊、1から7まで。ファイターの殲滅にかかれ」「残りは我らと共に、進軍を続けよ」

ここに落ちてきたファイターの数、並びに未だ捕らえられていない人数は把握している。
現れた3人はおそらく、第1工場を破壊したファイター4人のうち、いずれか。

――すなわち、
――これで終わりではない。

残党を捜し、デュオンは暗く陰る曠野に油断無く目を凝らす。

――さぁ出てくるが良い。鼠ども……!

応戦せよ!

電光のごとく指令が広まり、前衛部隊に緊張の波が走る。
彼らは一斉に部隊長の指す方角に顔を向け、ほぼ同時に武器を構える。
大ぶりな黄色の光線銃、緑の光刃を持つ剣、鋼色に光る鋭い槍……。

態勢が整ったと見るや、部隊長は突撃を命じた。

数十体の人形からなる7つの部隊が3人のファイターを囲み、一気に攻めかかる。
聞こえるのは無数の足が地を蹴る音のみ。雄叫びを上げることもなく、人形兵は奇妙なほど静かに殺到する。

だが、彼らの刃が届くことはなかった。

突如、ファイターの1人が地面に何かを投げつける。

閃光。
そして湧き上がる、鮮やかな橙色の爆煙。

プリム達は煙の中に飛び込んでいったが、そこにはもう誰もいなかった。

部隊長でさえ次の判断を下しかねていると、またしても爆発音がとどろき渡る。
今度は全く別の方角から。

見ると、先ほどのファイター達がいつのまにか70もの人形の包囲を抜け、横から攻撃を仕掛けていた。
すぐさま人形達は、プリムやマイトを先頭に応戦に向かう。

部隊の陣形は臨機応変に変えられ、命令系統がスムーズに切り替わっていく。
個を持たない人形達が、文句や不満を言うはずもない。まさに理想的な兵士が揃っていた。

だがしかし、それをもってしてもファイターの神出鬼没な戦法には敵わなかった。

退路を断ち、取り囲んだはずなのにいつの間にかくぐり抜けられる。
幾度となく盲点を突かれ、少なからぬ被害を負う。
追えば追うほど深みにはまり、こちらの損害ばかりが増えていった。

だが、人形達は愚直にファイターを追い続けた。

彼らは考えることをしない。ただ敵と出会うまで歩き続け、戦うためだけに創られた存在なのだから。

戦況の怪しげな雲行きに気がついたのは、やはりデュオンであった。

――いつまで手間取っているのだ……?

前を向くソードサイドは、前衛部隊が展開している山脈斜面に厳しい目を向けた。
遠くからでも、また報告を待たなくとも彼らが苦戦している様子が分かる。

ひとところに落ち着かず、点々と戦場を変える。
その様子には全くと言って良いほど方向性がなかった。逃げるファイターを追い詰めているのではなく、彼らに翻弄されているのだ。
追いかけ、囲んでつぶそうとしてはすり抜けられ……それを飽きもせず繰り返している。

"増援要請!"

"増援要請!"

まもなく、矢継ぎ早に伝言が告げられる。
だがその頃にはすでに、デュオンは次の指令を放っていた。
その声に応え、部隊の上空を横一列に並んで飛行していた"フライングプレート"、そのうちの1機が山脈へと急行する。

"ザザッ"

ピットの腰に結わえ付けられた通信機が、砂をこするような音を発した。
すぐにそれは、サムスの声に変わる。

『――ピット、聞こえるか』

「はい。聞こえます」

ピットが答え、洞窟で待機していたカービィも近くに寄る。

『北、そこから見て右の空、飛行物が見えるはずだ』

その声に、3人は急いで洞窟の出口から顔を覗かせた。
彼女の言った通り、デュオンらの向かってくる方角から1機、何かが飛んでくる。
長方形のシルエット。およそ空を飛ぶとは思えない形だがそれは現に、飛んでいた。

ゆっくりと宙を滑るように飛翔し、それが向かう方角はサムス達のいる斜面。
つまり、あれは敵の増援部隊だ。

『南側から接近してあれの注意を引き、南東へ引きつけてくれ』

そう言うサムスの言葉が終わらないうちに、

「いよいよぼくたちも"しゅつげき"だね~っ!」

待ちきれなかった様子でカービィがぴょんぴょん跳ねて言った。

『危険を感じたら、すぐに離脱するように』

通信機の向こうでそう言っている言葉も聞かず、カービィは真っ先に外へ駆けだしていった。
その後を追い、メタナイトが翼を広げて飛び立つ。

1人残されたピットは慌てて通信機の紐を腰に結わえ付けると、2人の後を追った。

先陣を切ったカービィであったが、なぜか、飛翔体のいる方角とは別の方へと向かっていく。

「先にいっててー!」

そう言って手を振り、1人で敵の先鋒に突っこんでいく。

「大丈夫でしょうか……?」

ピットは走りながら、前を飛んでいるメタナイトに聞いた。
しかし彼は振り返らず、

「彼には何か計画があるのだろう」

それだけを言って翼をひとつ羽ばたかせ、ピットの視界から消えた。
ピットはカービィのことが気がかりであったが、付き合いが長いであろうメタナイトの言葉を信じ、
彼の後を追い、地を蹴り飛翔する。

2人の向かう先には、段々と山脈に接近しつつある長方形の飛行物体プレートがあった。

偵察船はやがて、ファイターの反応があった地点に着陸する。

安全確認のため先に船外へと降り立ったルイージは、ふと顔を山脈の方へと向ける。
山脈を挟んだこちら側でもかすかに戦いの音が聞こえていた。
地の底から轟くような無数の足音を背景に、刃物がぶつかり合う音、そして散発的な爆発音も続いている。

――始まったんだ……。

くちびるを噛み、心の中で呟く。

束の間仲間を案じるような視線を向けていると、後ろで乾いた小さな音が立った。

振り向くと、ピーチが船のタラップから地面に降り立ったところだった。
そのまま彼女は、こちらへ歩いてくる。

「……姫!
姫は、船に残っていてください。
山脈を越えて人形達が来たら僕に教えてくれないと――」

ルイージは止めようとしたが、ピーチは決意に満ちた歩調を崩さない。

「大丈夫よ。そんなことになったら、必ずサムスから連絡が入るわ」

そう言われたルイージは、それ以上の言葉を見失い困ったような顔をする。
やはり、あんな言い訳では姫をごまかすことはできなかったのだ。
それでも彼は引かない。引くわけにはいかなかった。

「……戦うのは、僕1人で十分です」

そう言って、姫を真正面から見据えた。

偵察船で飛び立つ時、リュカは真剣な顔をしてルイージにこう伝えた。
「心に響く思い出……それがきっと、目を覚まさせるために必要なんです」

――自分は、兄さんの弟だ。
辛いときも楽しいときも一緒に過ごしてきた。
兄さんの記憶は、僕の記憶。だから、思い出させるには自分1人で十分役目を果たせる。
それに……姫には、これ以上辛い思いをさせたくない。

そう思ってのことだった。
彼女は今でこそ気丈に振る舞っているが、果たしてその気持ちは本番に持ちこたえられるだろうか。
誰だって、自分の近しい者と戦いたくはないはずだ。成長も発展もない、ただただ無意味で悲しいだけの戦いを。

しかし、ピーチはかぶりを振る。

「だめよ。私も行くわ」

「でも、姫……」

なおも案じるルイージに、姫は首を横に振った。

再び顔を上げたピーチの表情は明るく、口には微笑みさえ浮かべていた。
そして、彼女は繰り返す。

「心の準備はできてるわ。
……私も、あなたと同じファイターよ」

十数分前に、ルイージが言った言葉を。

ルイージは口を引き結び姫の顔をじっと見つめていたが、やがて決断する。

「……分かりました。行きましょう」

そして、2人は灰色の大地ステージに並び立つ。

距離を隔てて宵闇の中から現れるのは、赤い帽子の男。
一切の人間らしさを失った無表情な顔が、ゆっくりと2人の方へ向けられた。

人形兵達は、すでに平常の歩調に戻っていた。
これが、ファイターの急襲から数分も経っていない軍の様子とは思えない。

心を持たない人形の挙動は、ある程度司令官の精神を反映する。
つまり数分も経たないうちにデュオンの中では莫大な想定と計算が行われ、現状への対策が立てられたのだ。
事実、3人のファイターの行動範囲はほぼ一定の範囲に封じ込められていた。 "新たなファイターを発見。人数1。交戦開始"

そんな報告が入ってきたときも、デュオンは微塵も驚かなかった。
全ては予想通り。あれで終わりではなかった。

すぐさま、デュオン・ガンサイドが先鋒中列の一隊に援護を命じる。
前列はすでにファイターとの交戦を終えて山脈の裾野を突破しており、交戦部隊の役目はもはや中列に移っていた。
デュオンの指令を受けてまた一隊列、先頭から速やかに離れていく。

デュオン・ソードサイドは進行方向に広がる山脈地帯、その上の暗い空に視線を向ける。
山脈を隔てた向こう。エインシャントが予見した通りであれば、そこに"駒"がいる。
ファイター達に勘づかれる前に、それを回収しなくてはならない。

デュオンは引き続き、本隊に前進を命じた。

今しばらくは先鋒に時間稼ぎをさせ、本隊が駒を回収するまでファイターを足止めしておく必要がある。
なかなか捕まらないのが癪にさわるが、もう少しの辛抱だ。
駒さえこちらの統制下に戻れば、悪あがきを演じている残党などすぐに片付くだろう。

「なぁ、さっきから同じところを回ってないか?」

リンクは、隣のサムスに尋ねた。
今まで走っては戦い、戦っては逃げを繰り返してきたにもかかわらずその顔に全く疲れた様子はない。

「心配するな。これも作戦のうちだ」

歩幅広く走るサムスも、息も切らさずそう言ってのける。
そんな2人の後ろで、リュカは置いて行かれまいと必死に走っていた。
更にその後ろからは、距離をおいて大勢の人形が追いかけてくる。

前を走るオレンジ色の広い背だけを見つめ、ひた走るリュカ。
そんな彼の速度に合わせ、リンクが彼の横にやって来た。

人形達の足音に紛れるよう、声をひそめてこう言う。

「でもなんて言うかさぁ、卑怯だよな?
さっきから、陰に隠れておびき寄せての鬼ごっこじゃんか。
ファイターってもっとこう、正々堂々と戦うもんだと思ってた」

だがリュカは答える余裕もなく、一生懸命足を動かし続ける。
思うのは、"早く終わってほしい"。ただそれだけだった。

代わりに答えたのは、サムスだった。

「卑怯で悪かったな」

振り返らず、しかしさほど気分を害した様子もなくバイザーの向こうから言う。

「あ、聞こえてたか」

リンクはさすがにばつの悪そうな顔をした。
背後を走る少年2人に、サムスは淡々と語った。

「正々堂々と戦って通用する相手なら良い。
しかし我々には、時には卑怯とも取られかねない手段を強いられる場面がある。
格好よりも、まずは生き延びることが優先されるのだ。
……2人とも、次はあの洞窟へ」

指差した洞窟へリンクとリュカの姿が消えたのを視界の端で確認すると、
サムスは振り向きざま、追いすがる人形の集団にミサイルを撃ち込んだ。

ミサイルは人形達の足元に着弾。
巻き起こった爆炎に先頭集団が怯み、たたらを踏む。

粉塵が彼らの視界を遮っているうちに、3人は安全な闇の中へと退避した。

夜風を切り裂き突き進むフライングプレート。
掴まるものもない吹きさらしの甲板の上には、船内に入りきらなかったバズーカプリムやメタルプリムを初めとする歩兵が列をなし、
交戦の時を待って微動だにせず立ち並んでいた。

そこに、一筋の白い影。

人形達はそれを、赤く光る目で追う。
軌跡は高い放物線を描いて、甲板の左側に降り立った。

膝をつき、立ち上がる白衣の天使。
ファイターの姿を認めた人形達の間には素早く緊張が走り――一気に飛びかかっていく。

視界を埋め尽くし、襲い来る無表情な殺意。
怒濤を前にファイターは手早く神弓を繋ぎ、構える。そして、

「うりゃりゃりゃりゃりゃっ!」

突き出された神弓はバトンのように回転し、輝かしい天使の輪を描く。
その鋭く明るい光に触れ、人形の波は真っ二つに切りさかれた。
暗い色に満ちた波頭からは人形兵が次々と弾け飛び、無防備な姿で宙を舞う。

しかし、甲板に叩きつけられてもなお人形達はすぐに立ち上がり、再びファイターへと向かっていく。
運悪くプレートからはるか下の地面へと落ちていった同胞には目もくれず、手に手に武器を構えて。

だが、相手は1人ではなかった。

2つの頭を持つ黒い影の人形、ジェイダスの横でふいに白い粒子が舞い上がった。
のっぺらぼうの顔が同時に横を向く。
立ち上る同胞の残骸の向こう、仲間のものではない双眸が光っていた。

それを見つけるや否や、ジェイダスは両腕を交差させて斬りかかる。

堅い手応え。
仕留めたか、いや――

やがて、光る粒子の向こうから現れた一頭身の剣士は黄金の剣を真横に構え、
ジェイダスの両腕から生える二振りの剣をたった一太刀で食い止めていた。

ジェイダスはすぐさま、第二撃を浴びせるために剣を引く。
しかし次の瞬間、ファイターの姿はかき消えていた。

上段から斬りかかろうとした動作を止め、ジェイダスは2つの頭で辺りを窺おうとする。
しかし。

「……甘いな」

その声が意識に届く間もなく、ジェイダスは粒子に還された。

「う~ん、良いのがないなぁ」

振り下ろされる拳、突き出される剣、飛び交う光弾……
それらを難なくかわしつつ、カービィは人形達を吟味していた。

「メタルじゃだめだし、ボムもとどかない。
ジェットとかあると良いんだけどなぁ~」

そう呑気に独り言を言いながら、まるでショッピングモールの中でも歩くかのように兵団の中を進んでいく。
行っては戻り、何の前触れもなくきびすを返す。
その動きの気まぐれさに、前列部隊は完全にもてあそばれていた。

振りかぶった拳は寸前でかわされて、狙い澄まして撃ったはずの銃弾は気がつけば仲間に当たっている。
運が良いのか意識して避けているのか。少なくともカービィの表情には緊張の欠片さえなく、後者の可能性は限りなく低いだろう。
いずれにせよ、それもまた一種の才能なのかもしれない。

カービィを中心に一塊となって、しかし全く彼に触れることさえできていない人形達。
ざわざわと蠢くばかりの彼ら。いつの間にかその彼方から、地響きのような足音がわき起こっていた。
デュオンが命じた増援部隊がついに到着したのだ。

どんな幸運の女神がついていようと、数で圧倒されれば勝ち目はない……はずだった。

丸い鶏鎧の突進をジャンプで飛び越え、その流れで相手の頭に飛び乗ったカービィは、小手をかざして彼方を眺める。

「あっ」

群がる兵の向こう、周囲に集まる小型の人形と比べると倍以上もある図体を持った人形達が、群れを成しこちらへ向かってきていた。
しかしそれを認めたカービィの目は焦るどころか、逆にキラキラと輝いていた。

「見ぃつけた~っ!」

そのまま居並ぶ緑帽達の頭を踏み台にして、まっすぐに増援部隊へと向かっていった。

目標は、地響きを立てて先頭を走ってくる4本足の巨大なカブトムシ人形。
その前に、まん丸ファイターが着地する。

彼はひとつ息を吐き、そして――

嵐が巻き起こった。

あまりの風勢に、彼の背後から襲いかかろうとしていた人形達はよろめき、転んだ。
彼の真正面から向かってきていた増援部隊は尚更だった。

中心に立つカービィは足を踏ん張って、延々と空気を吸い込み続ける。
正面のカブトムシ人形も、緑色の4本足を突っ張って引き込まれまいとする。

しかし、決着は最初から決まっていた。

ほどなくカブトムシ人形の四肢が地面から浮く。
慌てふためき足を動かすカブトムシ人形。その姿が風の漏斗の中で縮み始め……
そしてあっという間に、それはカービィの口の中に消えた。

 "ごくん"

自分の何倍もあるはずの人形を、一口で飲み込む。
その額には、いつの間にか青いはちまきが巻かれていた。体の色も心なしか浅黒くなったように見える。

「よーし、思ったとおり!」

その上空では。
フライングプレートのブリッジを前にし、ファイター2人が立ち往生していた。

彼らは操縦室のコントロールを奪い、この飛翔体を墜落させようとしていた。
そうすれば一体ずつ倒していくよりも早く、そして確実に増援を防ぐことができる。

押し寄せる兵士の波を強引に切り開き、2人はフライングプレートの船首へと向かっていった。
しかしようやく当該の部屋に至る扉を見つけたところ、操縦者らしき人形に勘づかれ、扉にロックを掛けられてしまったのだ。

円形の小さな覗き窓の向こうでは、水槽に浮かぶ操縦者が無表情な目をこちらに向けて様子を伺っていた。
その赤い目と目を合わせてピットはしばらくここの扉を破る方法を考えていたが、やがて諦めをつける。
金属の扉はあまりにも厚く、すでに背後では倒しきれなかった人形達の殺気が膨れあがりつつあった。

「注意を引きつけるのが目的でしたし……戻りましょう」

双剣を両手に構えて後ろに向き直り、ピットはそう言った。
メタナイトはそれに同意する。

「ああ。……いずれにせよ、そろそろ彼がどうにかする頃だろう」

「どうにか……?」

「そうだ」

言葉短くそう言うときびすを返し、彼は確信に満ちた足どりで助走をつけて踏みきり、人形達の頭上を飛び越えていった。
首を傾げつつも、ピットはその後を追う。

人形達の射撃をかわしながら、船の南東側へ抜ける。
一気に眼下の視界が晴れ、灰色の地面が広がった。

水平滑空から徐々に降下の姿勢に移りつつ、ピットは再び尋ねる。

「彼ってつまり、カービィさんがそろそろ何かする頃だって言うことですか?」

だが、返事を待つ必要は無かった。

空を切り、2人の横をもの凄い速さで何かがすれ違った。
それは、通常サイズの3倍はある緑帽の人形兵。手足をぶらつかせ、無防備に飛ばされていく。

ピットは呆気にとられ、空中で制動をかけて振り返った。
彼の見る前で、巨大な人形兵はそのままの勢いでプレートの底面にめり込む。
この強烈で思いがけないアッパーにプレートは嫌な音を立ててきしみ……そして真っ二つにへし折れた。

「…………」

間もなくオレンジ色の爆炎が花を咲かせ、熱い爆風が髪を騒がせても、
ピットは自分の目で見たものを理解できず、ただただ口をぽかんと開けるしかなかった。

横でゆっくりと羽ばたきながら、メタナイトは言った。

「……そういうことだ」

その時、リンクとリュカもまさにピットと同じ表情をして空を見上げていた。
不気味な静けさと共に接近しつつあった空飛ぶ一枚板が、見る前で真っ二つに折れ、盛大に爆発したのだ。
やや遅れて、地の底から響くような低い音が彼らの体を震わせる。

ピット達に送られた"注意を引きつけろ"という旨の通信は、戦闘中であったために2人は聞いていなかった。
そのため敵機である飛行プレートの接近に気がついたのも、それが爆発するのとほぼ同時だった。

見る先の高空で起こった大輪の花火。
少年2人は顔を見合わせ、ついでその視線をサムスに向ける。

オレンジ色の爆炎をバイザーに反射させて、彼女は少し目を細めて空を見ていた。
そして、こう呟く。

「撃墜しろとまでは伝えていなかったはずだがな……」

それだけの呟きから、リンクはここに至るまでの成り行きを把握した。

「えっ、じゃあ今のは……」

忙しく目を瞬かせ、再び空を見上げる。そこから先の言葉は続かなかった。
二手に分かれたもう一方。彼らが、知らぬ間に迫っていた危険から自分たちを助けてくれたのだ。

――これが、一緒に闘うってことなのか……

見上げる空から、やや遅れて熱気を含んだ風が届く。

進行方向で起こった爆発が、デュオンの目に留まらないはずもなかった。

彼らは思わず車輪を止め、1時の方角に厳しい視線を向ける。
わずかなタイムラグを持って周囲の兵から怒濤のような報告が返ってきた。

"フライングプレートより報告。ファイター2名が操縦室に向け接近中"
"搭載した兵に被害が拡大。3分の1を損失"
"操縦室を緊急封鎖"
"ファイター2名のうち1名は元駒であった者と推測"
"増援部隊より報告。ファイター1名と交戦開始"
"異常事態発生――"

「分かった、もういい!」

苛立った声を張り上げ、デュオン・ソードサイドが剣を振り払うと、
途端に、上級兵達はしんと黙り込んだ。

同時に、デュオン・ガンサイドは己の片割れに問うた。

――今、何が起きている?

――分からん。先を行く兵達は皆混乱している。
  しかしただ一つ確実に言えることは、こちらの出方を読まれているということだ。

ソードサイドはそう答え、鋭い眼差しで周囲を見渡した。
しかし激戦地から遠いここはしんと静まりかえり、どこからも見られている気配はない。
空の高いところでは風の音ばかりが流れていた。

不愉快だった。
自分の指す手を読まれる。そんな感覚を覚えたことはこれまでにただの一度も無かった。

彼らはしかし、その苛立ちを鎮める。
指揮官が疑心を抱き激情に駆られていては正確な判断を下すことなどできない。
アイセンサが再び起動した時、彼らの目は平時の揺るぎない光を取り戻していた。

「……作戦を変更する」

やがてデュオンは言った。

「これ以上の被害が広がらぬうちに」「やつらを止めるのだ!」

何の前触れもなく、男は向かってきた。

「兄さん!」「マリオ!」

ルイージとピーチはわずかな望みにかけて彼を呼ぶ。
しかし、男の足は少しもためらいを見せない。

右の拳を構え、それを一気に振り下ろす。

2人は左右に分かれ、寸前でそれをかわした。
地面と拳がぶつかり、確かな質量を持った音が耳を強く打つ。

その音で、ルイージ達は改めて現実に直面した。

彼は今や、エインシャントの操り人形なのだ。
そして、その糸から彼を解放する鍵は自分たちの手にある。

二手に分かれたターゲットに、駒は一瞬立ち止まる。
しかしその顔には一切の逡巡も浮かばず、次の瞬間、駒は近くにいたファイターへと走る。
緑の帽子の男へ。

まっすぐ繰り出された拳を、ルイージは腕で防ぐ。

乾いた音が立ち、火の粉が顔に散った。
しかし、

――……冷たい。

その拳は、冷たかった。
血の通っていない、心や魂といったものをまるで感じさせない拳。

「……違う。こんなのじゃない」

ルイージは呟き、兄が矢継ぎ早に繰り出す拳や足をかわしながら、徐々に後退していく。

――
―――

「強くなったなぁ!」

 一旦後退し、赤い帽子の兄は言う。
 笑いつつも、その声には本心からの驚きが隠れていた。

 緑帽子の弟は、少し得意げな顔をする。
 周囲の観客の歓声に負けじと声を大きくし、こう答えた。

「当たり前じゃないか、僕だって冒険したんだから。兄さんと一緒に」

―――
――

「……そう、僕らは一緒に冒険してきたじゃないか。
クッパが建てた溶岩だらけの城も、クリボーやノコノコが見張る平原も、真っ暗な地下通路もみんな……!」

初めは呟くように、やがて語気を強めて。

それと共に、ルイージは兄を押し返しはじめた。
激しく燃える緑の炎を手に握りしめて、言葉と拳をぶつけていく。

「キノコ王国だけじゃない。恐竜ランドのヨースター島、覚えてるだろ?
僕らがヨッシーと出会った場所だよ。フルーツが大好きなスーパードラゴン、彼とももう長い付き合いだ」

対し、兄は同じ側の拳を突き出して正確にルイージの打撃を相殺し続ける。
拳は体に届いていたが、言葉は心に届いていない。
感触は相変わらず。まるで手応えがない。

それでもルイージは諦めず、言葉を掛け続けた。

「それに、動物に変えられた王様達を助けに7つの王国を渡り歩いたり、
過去にタイムスリップして、ちびっ子の僕らと一緒に冒険したこともあった。
……兄さん、聞こえているのかい? 聞こえているのなら……目を覚ましてくれ!」

跳び上がり、大上段から拳を振り下ろす。
しかし、兄は横に受け身を取ってそれをかわしてしまった。

すぐに体勢を立て直しなおも向かってくる男の前に、今度はピーチがすっくと立つ。

「そうよ、あなたはいつも助けてくれた。ルイージや、他のみんなと一緒に。
私がいつ誰に、何度さらわれても助けに来てくれたのよ。覚えていないの?」

そう訴えかけても、男は全く止まる気配を見せない。
こちらを向く眼差しは、あくまでガラス玉のように無感情だった。
それを見て取りピーチは顔を曇らせたものの、目の前まで迫った攻撃を避けることは忘れなかった。

横に身をかわした姫に向け、追撃をかけようとする赤い帽子の男。
だが、横から勢いよく飛んできたルイージがそれを阻む。

急いで立ち上がり、帽子の向きを直すルイージにピーチはこう言った。

「動きに迷いがないわ……。本当に、これで大丈夫なのかしら?」

彼女は不安そうに、白い手袋をはめた手を胸の前で握りしめていた。
それに対し、ルイージは少し眉を曇らせたものの、こう答える。

「今はこうするより他、方法はありません。呼び戻せるとしたら僕らしかいないんです」

そして彼は再び、兄めがけて走っていった。

拳と拳をぶつけ、なぎ払われる足をかわし、そのわずかな合間に語りかける。

「……たった一度だけだけど、僕が兄さんを助けたこともあっただろ? ほら、あのおばけ屋敷でさ。
僕はそこで……兄さんの落としたものを拾いながら1人で……兄さんを探したんだ。
僕の苦手な……おばけだらけの古屋敷で!」

握りしめた手と手がぶつかり合い、頭をかばった腕に足が振り下ろされ、勢い余った拳が地を打つ。
その音に負けじと声を張り上げてルイージは彼の思い出を、兄との思い出を語り続けた。

海を渡り、空を駆ける奇想天外な冒険を。
スポーツにパーティ、カーレース。友人達と共に騒いだ日々を。

しかし、攻撃の手はゆるむことがない。
非情なまでに徹底的に、彼は自分の弟を倒そうとしていた。

「くっ……」

ルイージは口をつぐんだ。
思い出が尽きたのではなく、迷いから。

――これで……本当に合っているのか?

後退し、肩で荒く息をつく。

視線の先にとらえた兄は、今は立ち止まっている。
油断無く拳を構え、2人のファイターの内どちらを先に倒すべきかを吟味している目であった。
こちらにかかってくるのも時間の問題だろう。

「もしかしたら……」

ふいに横でピーチの声がし、ルイージははっと顔を上げる。
彼女は赤い帽子の男を一心に見つめたまま、こう続けた。

「言葉だけでは足りないのかもしれないわ。……そうじゃなくって?
だって、カービィは戦うことで呼び戻したはずよ。その時について、剣士さんはどう言っていたかしら?」

「それは……確か……」

荒く息をつき、ルイージは記憶を探る。

「……そうだ、夢のようなものを見ていた、と言っていました。
過去を再現した、限りなく現実に近い夢を」

そう言って、ルイージはピーチを見上げる。
が、しかし。その目から急速に希望の色が消える。
力無く目を伏せ、彼は首を横に振った。

「……だめです。僕も姫も、本当の意味で兄さんと戦ったことはない。
戦う以外でなら何をするんです? 今の兄さんは僕らを敵だと思ってる。
どのみち何を再現するとしても相手がそれに乗ってくれなきゃ意味がありません。
でも……それなら僕らは、何をすれば――」

最後まで言うことはできなかった。

兄が待機時間を一方的に切り上げ、足早に迫ってきたのだ。

ルイージはすぐに腰を落とし、臨戦の構えに入る。

――向こうが拳でかかってくる以上、こちらも拳を返すしかない。
だとしたら、『スマブラ』での乱闘、そこに埋もれる"心を揺さぶるような思い出"。
それにヒットすることを狙う……それしかないのか?

「思い出してくれ、兄さんっ……!」

歯を食いしばり、悲しみを強い意志でねじ伏せて。

弟は、炎の拳を放つ。

Next Track ... #22『Endeavor』

最終更新:2015-02-17

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気まぐれ流れ星

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