気まぐれ流れ星二次小説

Open Door!

Track24『Calm befor the Storm』

~前回までのあらすじ~

『スマッシュブラザーズ』に選ばれ、それぞれの思いを抱いて輝く扉をくぐったファイター達。
しかし、彼らは目的地とは異なる灰色の世界に連れてこられ、得体の知れない人形の軍勢によって1人、また1人と捕らえられていく。
そんな中、プロロ島の風の勇者リンク(トゥーンリンク)と、タツマイリ村の少年リュカが出会う。

第1工場跡地で立ち往生していた所をルイージピーチに助けられ、
独自にエインシャントへの抵抗を続けていたファイター、サムスと合流したリンク達5人。
もはや追いつけないほど遠くに逃れてしまった敵の輸送機"鳥"のことは一旦諦め、マリオの奪還へと目標を定める。

マリオの救出と、デュオン率いる30000体を超える大部隊の襲来。
8人のファイターに2つの試練が降りかかるが、彼らは一つの目的の下に心を合わせ、立ち向かう。
複雑に入り組んだ洞窟を隠れ蓑に立ち回り、必死に時間を稼ぐサムス達だったが、ついにデュオンに発見され包囲されてしまう。
同時に防衛ラインの山脈を突破されてしまうが、際どいところでファイター達は競り勝つのだった。


  Open Door! Track 24 『Calm before the Storm』


Tuning

嵐の前の静けさ

「何故だ。
……何故、何故、どうして奴らはっ……。
認めん。私は認めん! 何もかも完璧だったはずだ、どこにも死角はなかったはずだっ!」

がらんとした灰色の部屋に、緑衣の声が響きわたる。
室内には飾り気もなく、家具と見えたものは壁から形だけが突き出たまがい物の塊ばかり。
そこは王の間というにはあまりにも殺風景で、虚しく広いだけの空間だった。

そんな城の最上階に近い一室で、エインシャントは苛立ちを隠そうともせずぐるぐると室内を巡っていた。
デュオンから山脈での一部始終を見せられた彼は、あれからこのかたずっとこのような調子であった。
"何故"。それを取り憑かれたように繰り返し、いらいらと首を振る。

彼には信じられなかった。
身体と分断し、念入りに閉じこめたはずのファイターの自我が解放されたことを。
ここに来ていないはずのファイターが、彼の知らぬ間に現れたことを。
そして、こちらの計画の一部もしくは全てが、"奴ら"に知られてしまったことを。

あり得ないはずだった。
エインシャントが潜伏する領域は現在、『スマッシュブラザーズ』の世界に対し時間的に独立している。
ここでどれだけ時間が経とうと、向こうにとっては一瞬。
相手が異変に気づくよりも前にこちらは全ての準備を済ませ、計画を発動させる。そのはずだった。

それなのに、奴らは気づいたというのか。
誤差とも言えないようなミリ秒単位の到着の遅れ、それに気づいたとでも。

だが、そう考えれば全てに説明がつくことも事実だった。
残り数人になった時点でファイター達が見せた、奇妙なまでのあがき。
計画的に破壊されていった、各地の工場。
そして、二度までも奪い返された"駒"……。

――ファイターの如き低俗な存在が、私の力に打ち勝って駒の自我を取り返せるはずがない。
そう……私の封印を解ける者がいるとすれば、奴らしかいないのだ。

『スマッシュブラザーズ』の主、マスターハンドとクレイジーハンド。
彼らと言えども、虚空を隔てた別世界に潜むエインシャントに直接手出しすることはできない。
だから手駒の1人をこちらに送り込み、この世界に囚われたファイター達に助言を与えたのだろう。
エインシャントを、間接的に抹消するために。

緑衣に隠された彼の両手が、耳障りな音を立ててきつく握りしめられる。

小刻みに身体を震わせ、彼はしばらくそうしてじっとしていた。
まるで、その身に途方もない重圧がかかったかのように。

だがやがて、彼は気を静め瞳孔のない目を開く。

「……しかし、まだ勝機はある」

灰色の世界は隅々まで彼の支配下にある。この世界に関することならば彼には手に取るように分かるのだ。
彼の感覚では、"エンジェランドの天使がファイターになった"という報告の前後でかの世界との接続は消滅。
それを最後にこの世界は外部との接続を完全に失っていた。
今この世界は、どこからも全く独立した空間となっている。

つまり、新たなファイターが送り込まれたのはそれ以前。
今や残存勢力がどうなろうと『スマッシュブラザーズ』の管理者には何が起きているか知るよしもなく、
万が一にも知ることができたとしても、もはや手を出すことは不可能。これ以上邪魔立てされる心配は無い。

しかし、未だ"駒"達を搭載した輸送機は城に到着していない。
残党どもが解除方法を知らされている可能性がある以上、何としてでも駒を回収し支配を強化する必要がある。
奴らに追いつかれる前に。

「そう。……如何なる手段を使ってでも」

虚ろな黄色い双眸。それが静かに、狂気に満ちた光を放つ。

次に緑衣が姿を現したのは、城の外に広がる灰色の平原。
草も木も生えておらず、ただ乾いた土ばかりが続く殺風景な地。
だが、ここには他の区域とは異なるものが一つだけあった。

それは空から延々と降り続く、白く輝く粒子。
落ちる速度こそ雪に似ているが、粒子はその一つ一つが自ら光り輝き、地面に着くと染み一つ残さず消滅する。

擬似的な降雪の中を、エインシャントは黙々と進み続けた。

やがて、光の向こうから目的の地帯が姿を現す。

見渡す限りに広がる、打ち棄てられた金属の塊。
灰色の砂に汚れ、所々配線をむき出しにした機械。
この世界でかつて人間と共に暮らし、人間を守っていたロボット達だ。

彼らのほとんどはその身体の大部分を失い、原形を留めないほどに破壊されていた。
エインシャントは彼らの周囲を音もなくすり抜け、しばらくして目的に適うものを見つける。

緑衣の裾から骸骨じみた腕が差し出され、ゆっくりと上がっていく。
すると、それに呼応してロボット達の残骸から2体、損傷の軽いものが浮かび上がってきた。
エインシャントはそれらを地面に立たせると、次は両手を天に掲げた。

黄色の双眸を閉じ、身体を小刻みに震わせる。
彼の身体がわずかに暗い虹色の光をまとい、そして変化は起こった。

空から降ってくる光の粒子。
その一部が、次々とどす黒く濁っていった。
影が凝集したような粒。
それが、2体のロボットに吸い込まれていく――いや、粒そのものが意志を持って、機械の身体に入り込んでいったのだ。

 "ブー……ン"

かすかな振動音を響かせ、ロボット達の瞳に赤い光が灯る。
人形達と同じ、心を持たない赤い瞳。

エインシャントはそこまでやり遂げたところで、力尽きたように腕を下ろした。
先ほどの黒い粒を生み出すのには途方もないエネルギーを消費するらしい。
彼は肩で息をつき、だが休むことなく次の指示を送る。

数分の間をおいて、城の方角から一機の小型フライングプレートが飛来した。
その甲板には兵達の他に、人の背丈を軽く超える大きな球が載せられている。
赤いバツ印を腹に書かれたその球体には、ちょうど4つの差し込み口が備わっていた。

プレートは地面すれすれまで降下し、乗組員であるプリム達がタラップを下ろす。
2体のロボットはそれに掴まり、引き上げられていった。

フライングプレートはゆっくりと上昇していき、十分な高さまで昇ったところでジェットエンジンに点火する。
乾いた破裂音を轟かせて一気に加速し、白く煙る空の向こうへと消えていった。

エインシャントはしばらくそれを黙って見送っていたが、やがて嘲笑を含ませてこう呟いた。

「フン……悔しかろうな。もしお前に、心があるのなら」

緊迫した駆け引きから一夜明けた、山脈地帯。

ふもとには砕かれた鎧や持ち主を失った武器があちこちに転がり、ゆっくりと白い粒子に還りつつある。
その光がまるで海の泡のようになってそこかしこでゆらゆらと立ち上る他、山脈に動くものはない。

光のカーテンを隔てたその向こうではデュオン率いる人形兵が遠巻きに山脈を監視し続けていた。
山脈の中に張り巡らされた天然の迷路、そのどこかに隠れたファイター達が飛び出してくるのを今か今かと待ち受けているのだ。

早朝のふもとにてエインシャントに徹底抗戦の意を告げたファイター達だったが、現状はまったく袋の鼠といったところだった。

マザーシップは入り組んだ洞窟の中、ドーム状に膨らんだ岩の大広間に停泊していた。
今のあいだはまだその場所を敵に突きとめられておらず、彼らは束の間の平和を保っていた。
朝食の時間を過ぎた船の中は落ち着いた静けさに包まれており、ファイター達はめいめいの居場所に留まっているようであった。

船内中央部、ミーティングルームにも数人のファイターが集まっている。
だが、室内のくつろいだ雰囲気からして会議が開かれている様子ではない。

椅子に座り、片足を膝にのせて考え込んでいるのは赤い帽子に紺のオーバーオール。
彼は机に置いた何かを猫背気味になってのぞき込み、じっと考え込んでいる様子だった。

「マリオ下手ぁー! ぼくにかしてよ、ぼくのほうがもっとうまい絵かけるから」

と、横に座っていたカービィが待ちきれずにマリオの手元に身を乗り出した。
しかし、後ろに回ったリンクにすかさずその足を掴まれてしまった。

「何言ってんだよ、お前エインシャントのこと見てないだろ? 一体何を描くつもりなんだよ」

それでも、「ぼくも描く~!」と騒いでやまないカービィ。
そんな彼をテーブルから引きはがそうとするリンク。
賑やかな2人組の横で、マリオは難しい顔をして円卓に置いた薄型端末と向き合っていた。

タッチパネル式の液晶に描かれたのは、くすんだ緑色の衣と帽子。それに身を包んだ中背の人物。
肌が露出した部分は一つもなく、肌の色、年齢はおろか、そもそもどのような体型をしているのかさえ判然としない。
唯一はっきりと描かれているのは、目深に被った帽子の陰から覗く黄色に光る瞳。
マリオも、その冷たい眼差しは鮮明に記憶に残っていた。

細かい装飾を思い出そうとして、端末の表面を指でなぞっては消しを繰り返すマリオ。
しかし、たった一度見ただけの人物を細部まで思い出すことは不可能に近い。
彼は頬杖をつき、目をつぶり眉をしかめてうなったが状況は相変わらずだった。

そんな彼の背に声が掛けられる。

「マリオ、昨晩の解析結果だ」

端末を手に現れたのは、サムス。

昨晩ふもとで繰り広げられた、マリオを取り返すための争奪戦。
その間、付近に停泊していた偵察船はサムスの指示で、映像から生体データまでの戦闘中のあらゆる情報を記録していた。
エインシャントによる洗脳でどのような変化が起きているのか、また、彼がいかにしてファイターを操っていたのか、
そして、洗脳が解けた後に残る悪影響があるのかどうかを知るために。

「目を覚ました後は、君のデータは全てにおいて正常値に戻っている。暗示や刷り込みの痕跡もない。
知らない者が見たら、かつて洗脳されていた者のデータだとは思えないだろう。
私が見る限りではフラッシュバック、つまり再燃の心配は無い」

その言葉にマリオは少し安堵の表情を見せたものの、すぐに真剣な口調に戻ってこう尋ねる。

「それで、エインシャントがどうやって俺を操っていたのか分かったか?」

バイザーの向こうで、静かにシルエットが横に振られた。

「いや……。
リアルタイムの情報があれば何かデータが得られるのではないかと思っていたが、残念ながら。
操られている状態では高次の精神活動が見られなかったのが、目を覚ました途端急に正常化したのだ。
まるでスイッチを切り替えるように……」

そこでサムスは言葉を途切らせる。
目をつぶり、ため息をつく気配があって彼女はこう続けた。

「操られている間、運動や知覚がどういった方法で統合され、どこから命令されているのかは分からずじまいだ。
エインシャントは操りの"糸"を巧妙に隠している。まるで最初から洗脳などされていないかのように。
私の世界であってもこうも上手くは行かないだろう」

「そうか……悪いな。面倒かけて」

頭に片手をやり、マリオはそう言って苦笑した。
もしエインシャントの手口が分かれば、そこから逆算して原理を割り出し、
操られている他の仲間を一挙に助けることができたかもしれないのだ。

しかし、ここまでずっと苦戦が続いてきたサムスにとってはこれもまた想定内の結果だった。
彼女は静かに首を横に振り、こう応える。

「君のせいではない。気にするな。
……ところで、これがエインシャントなのか」

「あぁ。背丈は俺と同じくらいだと思うが、ホログラムだったから実際のところどうかは分からない。
くたびれた緑色の、何だかやけに古めかしい衣装を着ていたのは確かだが……」

そこで彼は眉をしかめ、頭をかく。

「――これ以上は無理だ。
あいつの、氷みたいに冷たい声は思い出せるんだけどな……」

そう言って彼は端末をサムスに差し出した。

「いや、これでも十分だ」

サムスは端末に描かれている絵を真剣な眼差しで観察しつつ、それを受け取った。

ずんぐりとした身体。それを、手も足も隠すほどの長衣が覆う。頭の上には古ぼけたとんがり帽子。
あれだけの超文明技術を操るにしては、エインシャントの姿はやけに時代がかっていた。
予想と大幅にずれる黒幕の姿。その黄色い双眸をしばらく眺めて、サムスは再び口を開く。

「……ただ、予想に過ぎないが、君達の事例を整理していて一つの仮説が立った」

「というと?」

マリオは椅子の背もたれに腕を組み顎を乗せて、そこからサムスを見上げる。

「エインシャントの支配を解くには、その人物にとって最も印象に残っている記憶、それを呼び覚ますことが重要らしい。
メタナイトの場合はライバルとの対決、そして君の場合は、初めてピーチを助けたときの思い出だった。
だが、それが真実なら……今捕まっている仲間を助け出したところで、うかつにフィギュア化を解くことはできない」

「なるほど。仲間とはいえ、俺達はそいつの一番大切な思い出が何か分からないから……か」

マリオ達ならクッパとヨッシー。カービィはデデデを取り返せる可能性がある。
だが、捕まっている仲間の中に必ずしも彼らがいるとは限らない。
少なくともサムス1人は、灰色の世界に落ちることなく無事に『スマッシュブラザーズ』の世界へ辿り着いていたのだ。

それが偶然だったとは考えにくい。
念入りに、マスターハンドに気づかれないよう事を進めているエインシャント。
保険として、おそらく5人前後のファイターには手を出さず向こうに渡らせたのではないか。ここにいる生き残り達の間ではそんな予測がされていた。

マリオは背もたれの上に腕を組み、サムスは端末に視線を落とし、それぞれ黙って考え込んでいた。
少し前まで騒いでいたリンクとカービィもいつの間にか、大人達のかわす重要そうな会話に耳をそばだて続きを待っていた。

だが、やがてサムスはこう言って話を切り上げてしまった。

「長々とつきあわせたな。部屋に戻って休んでいてくれ」

「ああ。そうさせてもらうよ」

ミーティングルームを後にするサムスの背に手を振り、そう応えたマリオ。
しかし、相変わらず椅子の背もたれに組んだ腕を乗せ、彼の部屋に帰る様子はない。

「さてと……」

マリオの言葉に、リンクとカービィは顔を上げる。
そんな子供たちにマリオは笑いかけ、こう尋ねた。

「このマザーシップについては、君達の方が先輩ってわけだ。
良かったら、どこに何があるのか案内してくれるか?」

リンク達が顔を輝かせすぐに頷いたことは、言うまでもない。

それから数十分経った、同ミーティングルームにて。
円卓に集まった顔ぶれはがらりと変わり、室内の空気は来たる会議に備えて静かに張り詰めていた。

やがて扉が開き、サムスが現れる。

「遅くなってすまない。さっそく会議を始めよう」

そう言って、彼女は足早に自分の席に向かう。
円卓を囲む8人分の席は、今は3人までしか埋まっていない。
ピーチとルイージ、そしてメタナイト。
年の若い者が呼ばれていないのは、マリオと同じく"休養のため"というのが理由だった。

ピーチとルイージは、どちらからともなくそっと顔を見合わせる。
彼らの今後を決定する場に子供たちを呼ばないのは、果たして良いことなのか。
サムスの説明を受けてもやはりまだ割り切れない思いがあったのだが、
下手に行動を起こすわけにもいかない、そんな暗黙の牽制がこの場には確かに存在していた。

円卓の中央にホログラムが浮かび上がり、2人とも視線を前に戻す。
描画装置のたてるかすかな唸りを背景に、サムスが状況を説明しはじめた。

「現在、我々が隠れている山脈地帯は、東西南北全ての方角に渡って人形兵に包囲されている。
包囲円の中心がマザーシップの現在地から大きく外れていることを見ると、
相手はおそらく、我々の正確な潜伏場所を突き止めていない。
しかし、それでも依然として我々が包囲されていることは事実だ」

ホログラムの中央を走る山脈。
その中心に、マザーシップの所在を示すオレンジ色の輝点がある。
そしてその輝点を囲むようにして、赤い光の帯が円を描いていた。

目を凝らすと、その帯は細かな赤い光の点で構成されていることが分かる。
その点一つ一つが人形兵1体を示しているのだ。

「昨夜の戦闘はほぼ半日に渡ったが、敵兵の総数は依然として20000体を超えている。
また、指揮官であるデュオンは、まだこの一帯に留まっていることが確認されている。
彼らは我々を閉じこめ、無言の圧力をもっていぶり出そうとしているのだ」

エインシャントの拠点へと連れ去られつつある仲間。
圧倒的な軍勢に包囲されているという、重苦しい切迫感。
そして、洞窟という閉鎖空間に閉じこもっていることからくる、原始的な閉所恐怖。
それらが、ファイター達の頭上に重くのしかかっていた。

「だが、ここで慌てて行動に出ればまさしく相手の思うつぼだ。
そこで、今回は"最善の脱出方法"、これを議題とする」

サムスはそう言って言葉を切り、3人の仲間を見渡した。
昨晩の戦いでも3分の1を減らすのがようやく。そんな状態では真正面から残りの軍勢を打ち負かすなど不可能であり、
体裁など構わずに逃げることこそ、今の彼らが取り得る最適な生存戦略であった。

はじめに口を開いたのはルイージだった。
言葉を整理しつつ、訥々と語りはじめる。

「相手は……デュオンは、僕らの隠れている正確な場所を知らないんだったよね。
それなら、思いもよらないところから姿を現してみせて、動揺させるのはどうかな?
つまり……サムス達が昨日やったように、洞窟の迷路を伝って何人かがどこかに……
例えば、デュオンの包囲の外に出て見せて、それで注意を引く」

「包囲が失敗していたと思わせる、そういうことだな」

サムスが確認すると、ルイージは頷いた。
彼女の口調に同意を感じ、ルイージの語りから少し緊張が消える。

「その間にマザーシップは、あの裏の洞窟が崩れた跡から外に飛び出す。
あそこは外からの見かけじゃ、後ろに空洞があるとは気づかれてないと思うんだ。
……そして、誘導のために外に出た人と合流して山脈を抜ける」

そう言って、ルイージはサムスの顔を見た。

「誘導の班員は徒歩で移動するのか?」

問い返した口調は静かだったが、そこには有無を言わせぬ気配があった。
照り返しの向こうに表情を隠した相手を見上げ、ルイージは気圧されたように目を瞬く。

「あ、ええと、そう考えてたけど……でもやっぱり歩きじゃまずいよね」

「決行が夜になるとは限らない。今回の場合、敵の動きによっては時刻さえも選べないのだ。
誘導班には偵察船を貸し出す。それならば日中になったとしてもある程度の安全は保証されるだろう」

「ああ、そうか……そうだよね」

半ば呟くようにして相づちを打つルイージ。
彼が特に何か続けて言う様子でもないことを見て取り、サムスは円卓を見渡して先へと進む。

「他に意見のある者は? あるいは確認でも良い」

「……ならば、一つ確かめたい」

メタナイトの手が挙がった。

「船の修繕にはあとどれほど掛かるのか。
あまり沈黙を長引かせてしまうとデュオンは怪しみ、本格的にこの洞窟内に踏み入ってくるだろう。
そうなれば、船を捨てる選択肢も念頭に置いたほうが良い」

サムスはバイザーの表示をさっと眺め、そして答えた。

「修理機械をフル稼働させているが、今日中には終わりそうにない。
トラブルが無ければ明後日の昼……といったところだ」

「明後日の昼か」

繰り返し、彼はしばし目をつぶる。
黙考の後、メタナイトはこう言った。

「……相手が辛抱強いことを願おう。
拠点を捨てるか、寸前までここに残るか。五分五分といったところだな」

彼はあえて方針に口を挟むことはせず、意見のみを述べるような形で切り上げていた。

次いで、ピーチが遠慮がちに手を挙げる。
サムスは、目で彼女の発言を許可した。

「方法はそれ以外にないのかしら? つまり、誰かをおとりにする方法の他に。
だって……状況は昨日とは違うわ。相手は、私達が出てくることを予想してる。それがどこであろうと」

彼女は手袋をはめた手を祈るようにそっと組み、続ける。

「でも私達が船を持っていることは、向こうにはまだ知られていないはず。
それなら、私達全員で船に乗って、裏の崩れた出口から出て行くのでも十分ではなくって?」

しかし、サムスはバイザーの奥で静かに首を振った。

「相手が歩兵だけならば、それでも構わなかった。
だが昨日の戦闘で見たとおり、相手には何機もの航空機がある」

その言葉と共に、ホログラムが浮かび上がる。
平板状の飛行体。何十体もの人形兵を収容し、自在に離着陸する"フライングプレート"。
輸送機と戦闘機を兼ね、戦闘時は搭乗している兵士がそのまま機関砲の役割を果たす。

「この航空機のスペックは、まだ未知の部分が多い。
機動性、搭載している武器、最高速度……それらが分からないうちは、うかつに一点突破を狙うことはできない」

「そうね……」

ピーチは肩を落とし、大人しく引き下がる。
こういう場面においては、自分の感情を優先するよりも経験を積んだ者の言葉を信じた方が良い。
彼女は心の中で自分にそう言い聞かせていた。

そんなピーチに、円卓の向かいからメタナイトが声を掛けた。

「偵察船で敵の輸送機を引きつける際、撃墜されたとしても歩兵が追いつくまでには余裕がある。
足の早い者がおとりになれば良い。そうすれば逃げ切ることは可能だ」

その言葉は暗に自分がおとりになることを示していた。
それに気がつき、すぐにルイージも後に続く。

「僕も行くよ。この案を言い出したのは僕だ」

はやる2人を、サムスは手を挙げて制する。

「2人とも待て。……誘導班を募るのは今日の夜、全員がここに集まった時とする」

その言葉に、ルイージは上げかけた腰をためらいつつも下ろした。

最後に3人を見渡し、サムスは確認した。

「他に意見のある者は?」

3人分の視線が返ってきたが誰も口を出すことはなく、円卓の上はしんと静まりかえっていた。

「……それでは、誘導班を用いての突破、脱出方法はこれに決定する。
方角は、"鳥"が最後に確認された東南東に針路を取る。
明後日マザーシップの修理が終了し次第、作戦を決行。
詳細は後で私が詰めておく。明朝、全員に作戦を伝えたのち誘導班の人員を募ることとする」

灰色の大地を照らす、白く輝く天球。
その光が次第に弱まり、山脈地帯に夜が訪れた。

気温は低下し、静寂と暗闇が辺りを支配する。
だが人形兵は夜営も取らず、昼間と全く同じようにそこに留まり続けた。
それは指揮官たるデュオンも同じ事だった。

機械である身体は疲労など覚えない。
一方の人形達は、疲労を感じる心さえ持っていない。

ただ命じられた守備範囲につき、目の前の山脈に警戒を続ける。

その沈黙を、不意に一機のエンジン音が破る。
人形兵は振り返らない。彼らは、その音が敵に属するものでは無いと分かっていた。
デュオンは、後ろを向いた側の頭を上げる。何が接近しているのかを見極めるために。

それは一機の小型フライングプレートであった。
デュオン・ソードサイドはそのプレートに載せられたものに気がつき、すっとアイセンサを細める。

『デュオンよ』

その声と共に、主が再び彼らの前に現れた。
青い光の姿を取ったエインシャントに、デュオンは静かに、しかし詰め寄るように問う。

「我らが主、これはどういうことです」「あの兵器は決戦で用いられる予定のものではありませんか。それをここで使うと仰せられるのですか?」

だがエインシャントは平然としてこう言うのみだった。

『いかなる兵器も、試用することが重要だ。そうではないか?』

「それは然り……しかし、何もこの世界の中で使うことは」
「ただでさえ、エンジェランドからの粒子供給が止まった今、この世界は少しずつ崩壊し始めているというのに」
「これ以上脆弱性を増すようなことをすれば……」

主はにべもなく、叩き伏せるように言った。

『お前達の意見を聞かせろと言った覚えはない』

厳しい言葉に、デュオンは自らの非礼を黙して詫びる。
こうべを垂れた腹心に、エインシャントは言い含めるように言葉を続けた。
一言一言ゆっくりと、重みを加えていくように。

『よいか。お前達も分かっているだろうが、計画の遂行のため残されている時間は少ない。
奴らに私の存在を気づかれた今となっては、事態はいよいよもって切迫しているのだ。
かくなる上は最後の障壁、すなわち奴らの手先を消滅させる。それより他、方法はない』

「はっ……」

デュオンは頭を下げたまま、応える。 『ついては、お前達には引き続き包囲を続けてもらおう。
残党どもがその山脈に立てこもっていることは分かっている。
奴らをその一帯に閉じこめておき、ロボットどもが山脈に接近できるよう注意を引きつけておけ。
決して相手に悟らせてはならぬ。兵器が作動するその瞬間まで、お前達は一歩たりともそこを動くな』

最後の言葉に、さすがのデュオンも虚を突かれて顔を上げる。
その目に表れる動揺を隠そうともせず、彼らはやっとのことでこう聞き返した。

「我らが主……」「兵達を見捨てよと仰せられるのですか?」

青い輝きの向こうでいらいらと首を振る気配があって、主は答えた。

『兵などいくらでも創れる。お前達が戻りさえすれば良い』

その言葉に、しかしデュオンはゆっくりとアイセンサを切る。
彼らの頭脳は主の隠された真意をしっかりと読み取っていたのだ。

これは、自分たちに科せられた罰だ。
ファイターの意図を読み切れず、残党を捕らえることはおろか、勢力の拡大を許したことへの罰。
だが高度な創造物であるデュオンを直接傷つけるほど、彼らの主は愚かではない。
だから、同じ被造物であり自分たちが直接率いた部下でもある兵達が消滅してゆく様子を見せしめにして、罰するのだ。

重々しい無言を越えて、やがてデュオンはいらえた。

「……承知いたしました」「我らが主」

彼らの返事を聞き届け、青い光はふっとかき消えた。

それが消えた辺りをしばらく見つめ、次にデュオンは、再びフライングプレートに目をやる。
赤い目を光らせ、微動だにせず待機するロボット。
そして、その間に置かれた鋼鉄の球体。

赤い十字が描かれた鈍色の兵器。
例えマスターハンドの支援を受けたファイターであっても、これから逃れる術はないだろう。
しかし、デュオンの目には疑念が残っていた。

――相手が持つのは、昨晩見た小型船1機。あれでは、この兵器の侵蝕速度に勝てる速力は出せまい。
その他あらゆるデータから言っても、奴らが対抗できる手段は皆無。
だが……

――そう、我々は見てきた。この目で。
覆しようのない戦力差を覆し、完全無比なる予想を打ち砕く、奴らの姿を。

――最後まで油断はできない。

そうして彼らは夜の底に横たわる山脈に、その輪郭を隅々まで見定めるような鋭い眼差しを向けた。

「どうした、何か問題でもあったのか」

ドアを開けた時の彼女の反応は速かった。

朝だというのに操縦室は照明を落としていた。
四方のモニタが放つ蛍光グリーンの光だけが、座席を半回転させてこちらに向き直った部屋の主をぼうと浮かび上がらせていた。
ルイージは少しの間躊躇していたものの、思い切ってこう尋ねる。

「ええと、ちょっと気になることがあってさ。
……あれから外の様子に変わりはないかな、って」

「ああ、そのことか。異常があればすぐに知らせると言ったはずだが」

そう言いつつもサムスはすぐに傍らにホログラムを呼び出し、片手でデータの呼び出しをはじめた。
何となく部屋の中に歩み入ってから、遅まきながらはっと気がついてルイージはこう言った。

「忙しかったかな……?」

「いや、特にすることもない。
修理状況の確認が済み、偵察船を潜らせるルートを考えていたところだ」

それを"特にない"と言ってしまって良いのだろうかという疑問は飲み込み、ルイージは無難な相づちを打つだけにしておいた。

数秒も待たないうちに視界の前方で変化があった。
顔を上げると、半ドーム状の操縦室で"窓"の役目を果たすメインモニタに映し出された映像が切り替わっていた。

ムラのない黒を背景に黄緑色の格子目で描かれた起伏のある地形。
中央には二分するように鋭い山が連なっており、それを挟むようにしてほぼ正円の包囲網が赤く掛けられている。

変化はない。良い意味でも、また悪い意味でも。

「やっぱり諦めちゃくれないか……」

肩を落とし、ルイージはため息と共にそう呟いた。
彼の気弱な言動を咎めることもせず、サムスは座ったままバイザーの陰からこちらを見て言った。

「心配するな、すべきことはもう決まっている。後は時機を待つだけだ」

自他の年齢はそれほど変わらないはずだが、まるで怖がる子供をなだめるかのような声音だった。
どこか庇護者めいたものを彼女の口調に感じてルイージは思わず困ったように笑い、頭の後ろに手をやった。
必要以上に心配しているのは自分でも分かっている。それでも確かめずにはいられなかったのだ。

と、背後で自動扉の開く音がした。

「なんだ、ずいぶん暗くしてるんだな……あっ、ルイージここにいたのか!」

聞き慣れた声に振り向くと、戸口に2人分の人影が立っていた。
声を上げたのはマリオであり、彼はリンクと肩を組んでいるようだった。

やってきたのは彼らだけではなく、マリオに続いてカービィとピット、そしてピーチまでもが操縦室に入ってきた。
横に退いて立つ場所を譲りつつ、ルイージは兄に尋ねる。

「どうしたの? こんなに大勢で」

「ん? ちょっとぶつかり稽古してたのさ。
いやぁそれがさ、ルイージ。サムスも聞いてくれよ。こうやって互いに押し合いしてたんだけど、リンクがなかなか強いんだ。
結構本気を出したつもりだったんだけど何回か壁際まで押し返されちゃってさ。
こりゃあ向こうに帰った後が楽しみだな!」

肩を組んでいたのをほどき、手振り身振りを交えて実に楽しげに説明するマリオ。
リンクも褒められてまんざらでもないらしく、鼻の頭をちょっとこするとこう言った。

「へへっ、まぁダテに冒険してるわけじゃぁないってことさ!」

「ほほう、冒険なら俺だって負けてないぞ。
今日のところは君の勝ちだが、大乱闘ではこうはいかないからな。先輩の実力というものを見せてやろう」

腰に片手を当てて胸を張り、リンクに向かって宣言するマリオ。しかしその視線が向けられる角度は下というよりは横に近い。
その角度を真横に持ってこようと背伸びして、リンクは勝ち気な笑みを見せてこう応えた。

「その言葉、ばっちり覚えたからな!」

そのやりとりを、ルイージは少し意外そうな顔をして見ていた。
リンクは元から感情を隠すことなくすぐ顔に出す少年ではあったのだが、どちらかと言えばその表情は同年代に向かって見せることが多かった。
そんな彼が年上の相手に対しこれほどまでに屈託のない反応を返すなど、今までにないことだ。

ここに来たばかりのマリオは当然それに気がついていない様子で、こちらも似たような笑い声と共にリンクの肩を叩いていたが、
一歩後ろに控えて子供たちとマリオのやりとりを見守るピーチは、いつもより一層嬉しそうな笑顔を浮かべていた。
その理由はおそらく、気に掛ける人が帰ってきたことばかりではないだろう。

肩を組み心の底から愉快そうに笑っている2人に、操縦席に座るサムスが問いかけた。

「稽古と言ったが、どこで遊んでいたんだ?」

しかしすでに2人には聞こえていなかった。
冒険のことから始まって、自分がこれまでにどんな凄いものを見たか、どんな凄い場所に行ったか。それを自慢し合っていたのだ。
自分から部屋を訪ねておきながら、すっかり話に夢中になってしまった彼らに代わって答えたのはピットであった。

「格納庫です。でも本当にただ押し合っていただけなので特に問題はなかったですよ。
カービィ君やリンク君が稽古を付けてもらっていたときも、ピーチ姫や僕がちゃんと見ていたので」

はきはきと答えた横から、いつの間に聞いていたのかマリオが口を挟んだ。

「なんだいピット、それじゃあまるで俺達が手の掛かる子供みたいじゃないか」

「えっ? ……いや、まさか、そんなこと思っているわけないじゃないですか!」

相手がわざと拗ねたような口調で言っているのを本気と受け取ったのか、慌てて弁解するピット。
そんな彼をカービィが見上げ、笑ってこう言った。

「だいじょうぶ、だいじょうぶ! スマッシュブラザーズはおとなもこどももないもんね!」

マリオも大きく頷いてそれに賛成した。

「そう! そこが良いところなんだよな」

操縦室に笑い声があふれている。たくさんの笑い声が、ルイージの耳に届いてくる。
その中には耳慣れた、そしてずっと聞きたかった兄の声も混ざっていた。

弟である自分や、彼をよく知る姫がいたとはいえ、兄はまだこの集団の中に入って何日も経っていない。
それだというのに、出会って間もないファイターともう肩を組み、あんなに自然に溶け込めているのだ。
兄のその才能は今までも何度となく見てきたが、いつ見てもルイージは羨ましさと誇らしさの入り交じった複雑な感情になるのだった。

でも今は、嬉しい気持ちの方が大きかった。

ルイージは自分も自然と笑顔になっているのを意識しつつ、ふと操縦席の方に目をやった。

橙色の鎧はすでに席を戻し、静かに自分の仕事を続けていた。
向けられた背中は、談笑を閉め出すかのように張り詰めた空気を漂わせていた。

「おはよう……ございます」

ミーティングルームの扉を開けたリュカは、先客に気づいて挨拶した。
そしてその後で、壁に掛かった時計がすでに昼を指していることに気がつく。
あっと口を開けたリュカに、先客、マリオは笑ってこう応えた。

「まぁおはようで良いさ。俺も昼寝してて今起きたばっかりだから」

「そうだったんだ……起きたらもう、部屋に誰もいなくて」

「おとといは色々と大変だったみたいだからな。
それに、何もない日は少しくらい寝坊したって罰は当たらない」

そう、リュカにとっては何もない。
昨日のミーティングで決まった誘導班には、立候補した者のうち比較的足の速い者が絞り込まれた。
ルイージとメタナイト、そしてコピー能力を前提としてカービィ。
後の6人は船内に待機し、タイミングを見計らって脱出及び誘導班の救出を実行する。

「それはそうと、朝ごはん食べるか? 温めるくらいなら俺でもできるぞ」

マリオはそう尋ねたが、リュカは首を振ってこう言った。

「あんまりお腹空いてません。昼まで待ちます。
……となり、座っても良いですか?」

「あぁ。遠慮することはないよ」

そう言うと、リュカは丈の高い椅子に、半ばよじ登るようにして座った。
今円卓の中央に映し出されているのは、今や見慣れた灰色の世界地図。
それにじっと目をおとし、リュカは真剣な顔をして黙り込む。

そんな彼を、マリオは横目でそっと見守り、何も言わずに待った。
なんとなく、彼が何か言いたげなのを察したのだ。

やがて、俯き加減のままリュカはこう口を開いた。

「僕、マリオさんに謝ることがあります」

小さな声で、しかしはっきりと。

「謝る……?」

マリオは目を丸くし、少年の横顔に向き直った。
金髪の少年はホログラムを一心に見つめたまま、小さく頷いた。

彼はしばらくの間、何かを言いかけてはためらい、椅子に手をついて所在なく足をぶらつかせていた。
その足がはたと止まり、そして彼は目を合わせぬまま言葉を切り出した。

「僕は、間違ってました」

彼は自分の思いを少しずつ言葉にしていった。ぽつぽつと、雨だれのように。

「おととい……デュオンが僕らを元の世界に帰してやっても良いって言った時、僕はほんの少しだけ、心が動いたんです。
エインシャントが何を考えているのか分からないけれど、デュオンでもあんなにたくさんの兵隊を持ってた。
それだったら、エインシャントは一体どれくらいの兵隊を持っているのか……僕はあれでも自分の精一杯だったのに。
……だから、ここから帰してくれるなら、帰ろうかなって思った。
他の人を置いて行くことになるけど、そうでなきゃ、僕はここからずっと出られなくなる気がして……。
でも、その後でマリオさんが言ったことで……僕の考えは正しくないって分かったんです」

少し背筋を正し、マリオは一昨日の記憶を掘り起こす。

「俺の言ったこと……。あぁ、あれか!」

"仲間を取り返すまで、俺は帰らない"。
胸を張り、マリオはそう断言したのだ。

机をじっと見つめたまま頷き、リュカはこう続ける。

「同じ"スマッシュブラザーズ"に選ばれた仲間を見捨てるなんて、そんなことは正しくない。
たとえどんな相手が待ちかまえていても、助けなくちゃいけないんだ。
それなのに僕は……」

そこでついに言葉が途切れてしまい、彼は所在なさげに口を引き結んでうなだれた。
しかし、傍らからふいに笑い声が返ってきて彼ははっと顔を上げる。

それは子供のように明るく、それでいてどこかばつの悪そうな笑顔だった。
マリオはそのまま赤い帽子のつばをくいっと持ち上げ、見上げた少年にこう返した。

「いや、今思えばみんなの選択肢を狭めてしまったと思ってる。
目を覚ましたばっかりで俺達を取り巻く状況を分かってないっていうのに、俺はあんなことを言ったんだ。
あの後みんなから今までの話を聞いたとき、正直言ってちょっと後悔もした。ずいぶん大口を叩いちゃったもんだなって。
参ったことに、俺にはどうもでっかい敵を前にするとがむしゃらになる癖があってさ……。
たとえ同じ事を言うにしても、サムスとかが言った方が収まりがついたんじゃないかって」

その言葉に、リュカは今まで落ち込んでいたのも忘れて強くかぶりを振った。

「そんなことないです……! だって……僕はずっと決心がついてなかった。
自分がスマッシュブラザーズの一員で、だから、連れてかれた人達を助けなきゃいけないってことが。
ここで帰ったら僕はずっと後悔することになる。僕らがここで諦めたら、もう他に助けられる人はいないから……!
マリオさんの言葉でやっと分かったんです!」

それを聞き、マリオは素直に嬉しそうな顔をする。

「ははっ、だったら俺も言った甲斐があったな!」

彼はそう言って帽子の後ろに手をやり、今度は屈託のない快晴の笑顔を見せた。
そのどこか少年を思わせる底抜けの明るさに、気づけばリュカもつられて笑っていた。

そこに、リンクの声が掛かった。

「あ! リュカそんなとこにいたのか」

ぱっと振り向いたリュカに、彼は戸口で手招きしてこう言う。

「来いよ、船がどこまで直ったか見に行くぞ」

リュカは椅子を降りる前に、もう一度マリオを見上げた。
その目には、もう先ほどの後ろめたさは残っていなかった。

マリオは何も言わず、きっぱりと頷きかける。
リュカも頷き返した。控えめながら、笑顔を見せて。

そして椅子から降りると、友達と共にミーティングルームを後にした。

――
―――

不時着から おそらく30日くらいが経った。

朝……いや、昼かも知れないが、振動音で目が覚めた。
重い金属がぶつかり合う音。床から伝わって、耳の先まで震わせるような振動。

今までずっと聞こえてきた工場の稼働音よりもはるかに大きい。
これを書いている今も、ずっと続いている。

そして、気のせいなら良いのだが

この音、まるで足音のようだ。
鋼の身体を持つ巨人が、工場の中を闊歩している……?

―――
――

船の修理の進捗状況と、こちらを包囲している人形兵の動き。
監視すべき対象は2つあった。片方は早く終了すべきもので、片方は変化のないことが望ましいもの。

操縦室に立ち、サムスはその2つを示す仮想モニタをじっと見つめていた。
だが、今日は少し様子が違う。

脱出の日がさし迫り、いてもたってもいられなかったのだろう。
データの簡単な見方を教えられたルイージとピットが、その傍らについていた。
実際のところ船のAIがあれば監視に人手など要らないのだが、サムスも彼らの気持ちは分かっていて無下に断ることはしなかったらしい。

仮想モニタを見やすくするため、室内は照明を抑えられている。
くっきりと浮かび上がる2枚のウィンドウ。それに注意を向ける、6つの瞳。

ふと、サムスの目が細められる。ルイージも同じものに気がつき、身を乗り出した。
2人が見るモニタは、山脈の外に置かれた擬装カメラから送られてくる映像を映し出している。

四角な枠の中、こちらに向けて何かが近づいてくる様子が見える。
しかし、センサが反応していないことからして人形ではない。では、何か。

「あれは……"ロボット"?」

2人の様子に気がつき同じモニタに注意を向けたピットは、しばらくしてそう呟いた。

「ロボット……。君達が廃墟の街で会ったという、この世界の先住者だな?」

サムスが確かめると、ピットは頷いた。
しかしモニタに向けた目をそらさず、彼は訝しげな顔をする。

「でも、どこか変です。僕らが見せられた幻では、彼らの目は黄色く光っていたはず。
……ただ単に色違いというだけなら良いのですが」

その言葉に、サムスは急いでモニタに目を戻した。
確かに彼の言うとおりロボット達のアイセンサは赤く光っている。
その色は、最も一般的な人形兵、"緑帽"の赤い瞳を思わせた。

不吉な予感は色から来るものばかりではない。
ロボットはかつて、自分たちの奉仕する人間のためにエインシャントの軍勢と戦い、破壊されたはずだ。
それが人形兵の抵抗も受けず包囲網をくぐり抜けてこちらへやってきたとなると、彼らの目的は自分たちへの援助などという楽観的なものではない。

おそらく、彼らは操られている。
そして彼らが運んでくるものは――

3人はほぼ同時にそれを直感した。
すぐにピットが立ち上がる。

「……僕、リンクさんを連れ戻して来ます!」

「頼んだ。外にいるのはリンクとリュカ、そしてピーチ。この3名だ。
3人はそれほど離れていないはず。急いでくれ」

サムスは手短に命じ、ピットは双剣弓を手に操縦室から駆け出る。

「そうだ、まだ姫が外に……!」

ルイージははっと顔をこわばらせて言い、モニタを凝視する。
そこに映るロボット達は2体がかりで大がかりな装置を運んでいた。
赤いバツ印の描かれた、大きな球体を。

同じものを、リンクとリュカも洞窟の長い通路を挟んで見ていた。
洞窟の内外で明るさに大きな差があるためか向こうはまだ2人に気づいていない。
しかし、ロボット達は確実にこの洞窟へ入ってこようとしていた。

2人は目を細め、固唾をのんでロボットの様子を見つめる。

2人はほんの少しだけ、行っても良いと言われた場所から離れたところに来ていた。
こっそり洞窟の縁まで行って人形兵の包囲網をこの目で見よう、リンクのその提案に反対しきれずリュカも後についていったのだ。
それがこんなものに出くわすなど、2人とも予想だにしていなかった。

「あれは街で見た……」

リュカはそう言いかけて、口を閉じる。
心の表面を嫌な感触がよぎっていったのだ。
傍らのリンクも、厳しい表情でロボット達の挙動を見つめている。

2人とも、街で見たロボット達とは違う何かをそれぞれの方法で感じとっていた。

岩肌をくりぬいて丸くあふれる外の光。
その中に立つロボットは2体で向かい合うようにして大きな球体を挟んでいた。
金属で出来た、完全な球。

あれを持ち込ませてはいけない。
それが何か分からないが、危険なものであることはほぼ間違いない。

リンクは弓を手に、リュカは神経を集中させて彼らの様子を伺う。

やがて、ロボットの台座が洞窟の斜面に差し掛かった。

2人は顔を見合わせ、心を決める。
そしてリンクを先頭に一気に仕掛けようとした。

「待って! 2人とも!」

洞窟にピーチの声が響き、2人は驚いて立ち止まる。

振り返ると、やってくるのは1人だけではなかった。
ピーチと併走している白服のファイターはピット。彼は足を止めることなく、声を張り上げて呼びかけた。

「彼らが運んでいるのは、おそらく爆弾です!
2人とも早く船へ! ……まだ直りきっていませんが、緊急発進するそうです!」

「爆弾……?!」

リュカがはっと身をすくめる。
リンクはそんなリュカの手を引き、急いでピーチ達の方へと向かいかけた。

が、そこで彼の足がぴたりと止まる。

船のある方角と、洞窟の外。
両者の距離を見極めそして――

「2人とも、こっちに来い!」

そう言って、風のタクトを取り出した。

ピットはすぐにその意味に気がついた。
一瞬のうちにリンクの考えの裏にある思考、そしてその正しさを理解する。
戸惑っているピーチの手を引き、さらに速力を上げてリンク達の元に向かった。

彼らが走る方角はロボット達のいる位置、つまり洞窟の出口へと向けられていた。
母船が停泊している場所とはまったく真逆。わざわざ敵の目に身を晒すというのだろうか。

「リンク……何を言っているの?」

困惑した表情で問いかけるピーチ。
しかし、リンクは振り返らない。

「説明は後だ! 急げ!」

リュカの手を引っ張り、後ろに2人を従えてロボット達の脇をすり抜け、外へ。

すぐさま、タクトを振るう。
定められたリズムに従い正確に、慌てず。

雲が目を覚まし、風が応えた。

ふもとを駆け下りていく4人の周りに、円を描くようにして風が次々と集まってきた。
もうもうと土埃が上がるが、それはある一定の距離を置いて内側には入ってこなかった。

差し伸べたリュカの手をピットがしっかりと掴み、4人はひとつながりになる。
ピットの右の手を握るピーチは、ふと後ろを振り返った。

砂埃の向こうに目を凝らすと、洞窟の入り口で立ち止まったロボット達の姿が見えてきた。
彼らの持つ球体はいつの間にか変形し、中央からゆっくりと2つに割れていく。

中から現れたのは、暗黒を収めた透明な筒。
そして、その下には時計のような表示があった。
赤く光る数字は刻一刻と値を減らしていく。

やはり、あれは時限爆弾だったのだ。

ピーチはマザーシップがあるであろう方角へ痛切な眼差しを向ける。

――マリオ、ルイージ……みんな、無事でいて!

その思いを最後に、4人の周囲で風が一斉に吼えた。
台風の目。彼らの立つ無風地帯が少しずつ狭まっていく。

ひときわ鋭い風の音とともに身体が浮かび上がり、4人はあっという間に空の高みへと運ばれる。
気圧の変化に耳鳴りを覚え、視界が荒れ狂う雲の暗さに閉ざされる寸前、彼らは眼下に見た。

突如として現れた、巨大な球形の闇。
それが乱暴に山脈を食い荒らし、なおも広がり続ける光景を。

そしてそれから逃れるように飛び去っていった、一筋の光を。

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最終更新:2015-06-21

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