気まぐれ流れ星二次小説

Open Door!

Track33『Windfall』

~前回までのあらすじ~

『スマッシュブラザーズ』に選ばれ、それぞれの思いを抱いて輝く扉をくぐったファイター達。
しかし、彼らは目的地とは異なる灰色の世界に連れてこられ、得体の知れない人形の軍勢によって1人、また1人と捕らえられていく。
そんな中、プロロ島の風の勇者リンク(トゥーンリンク)と、タツマイリ村の少年リュカが出会う。

集まったファイターはこれまでに10人。対し、エインシャントに捕まった仲間は20人近く。
絶望的な状況下で、彼らはあえて前へと進む決断を下した。
水没都市に残って先人の遺した記録を探すグループ、爆弾工場へと向かって情報を収集するグループ、そして、連れ去られた仲間を追うグループ。
10人はそれぞれこの3組に分かれて、一時別行動を取ることになった。

力を合わせ、爆弾工場を攻略していくマリオ達。
彼ら4人が順調に歩を進めている一方で、以前までその工場にいたガレオムは持ち場を離れてまで自らの復讐を遂げようとしていた。
エインシャントの了承も得て、水没都市に停泊するマザーシップを破壊しようと迫るガレオム。
折しも都市では、探索に出ていたカービィがポッパラムのお菓子につられ、皆とはぐれてしまう。


  Open Door! Track33 『Windfall』


Tuning

万事 塞翁が馬

「ちゃんと映ってるか? サムス」

そう言いながら、マリオは手に持った機械を工場のあちこちに向けていた。

『スマッシュブラザーズ』の十字が描かれたその機械は、サムスの船で作られた通信機械。
これには通信機としての役割の他に映像を記録する機能もあり、それをリアルタイムで送ることもできる。
つまり、少し古くさい言葉で言えば持ち運べるテレビ電話といったところだ。

『あまりひっくり返したりしないでくれ。焦点が安定しない』

通信機から、少しノイズ混じりの声が言った。

「おっと、そいつは悪かった……何せどこにレンズがついてるのか分かりにくくってさ」

マリオは通信機を振り回すのを止め、改めてその表面をじっと見つめた。
黒を基調に、オレンジ色のラインが走るシンプルなデザイン。模しているのはもちろんスマッシュブラザーズのシンボルだ。
4つに区切られたうち一番小さな区画。レンズはそこに埋め込まれていた。

「あぁ、これか!」

今度は確信を持って、エンブレムがついた表側を対象に向ける。

視点は変わって、マザーシップの操縦室。
パワードスーツに身を包み、腕を組んで待つサムスの前でスクリーンの景色が変わった。

映し出されたのは、薄暗い工場の様子。
見上げるほどに巨大な機械が据えられており、爆弾はその基部にセットされていた。
爆弾は二つに分かれたままで、中身となる暗闇の充填も半分ほどまでで途切れてしまっているようだ。
おそらく停電のために、製造が途中で止まってしまったのだろう。

『どうだ、映ってるか?』

「ああ。はっきり見える」

それからしばらくサムスは無言のうちに映し出された爆弾を眺めているようだったが、不意にこう言った。

「煤だらけの君の指も映っているのだが、一体何があったんだ?
気のせいでなければ、先ほど映った顔も煤にまみれていたようだが」

『えっ? ……あ、あぁ、大したことじゃないさ』

笑ってごまかそうとしている兄の後ろから、ルイージの声が続けてこう付け加える。

『発電機を派手に壊しちゃったんだよ。穴を開けて爆発させて。
まぁ、どっちにも怪我が無かったから良いけど……』

『あーっ、言っちゃうなよルイージ!
帰ってきてからの武勇伝にするつもりだったのに』

『今この煤だらけの顔で言っちゃったら、格好良くないってかい?』

通信機の向こうで軽く言い合いになっている兄弟。
静かにため息をつき、サムスは止めに入った。

「話は戻ってきてからゆっくり聞こう。そのためにも、帰りはあまり無謀な行動をしないように。
……それで、爆弾の細部構造はどうなっている?」

『そうだなぁ。
まず、気づいたとこで横から行くか』

その声と共にカメラが爆弾に近づいていった。
爆弾が安置された台によじ登る少しの間、画面が暗転し、そして再び焦点を結ぶ。

球体の表面には2カ所、四角く出っ張った部分があった。
出っ張りは中空で、プラグか何かを差し込める構造になっているようだ。

『何のためのものかよく分からないんだが、
ルイージが言うには、ロボットがこの爆弾を持ち運ぶための取っ手なんじゃないかって』

『あの時、爆弾はロボット2体が運んできてたよね?
この取っ手みたいな部分は反対側にもある。4カ所、つまりロボット2体分だ』

ルイージの声がそう補足する。
その横からマリオがこう言った。

『人形兵が運ぶには重すぎるからかなぁ?
……しかし大きな人形なら、こんなもの簡単に持ち運べるやつもいるよな』

サムスも、マリオと同じ疑問を持っていた。そこで彼女はこんな指示を出す。

「マリオ、もう少しカメラを近づけてくれ」

『よしきた!』

画面の中で、ソケット状のへこみがだんだんと拡大されていく。
マザーシップのAIが反応し、それを解析し始めた。
じきに、AIはくぼみの底に金属で出来たコネクタを発見する。

「……起爆装置か」

呟いたサムスの眉間に、わずかにしわが寄った。

つまり、この爆弾は起爆にロボット2体を必要とするのだ。
かつてこの世界で人間と共に暮らしていたロボット。
人間を守って散っていった彼らを無理矢理目覚めさせて、そして再び死なせるとは……何と悪趣味な機構なのだろう。

冷ややかな嫌悪の眼差しをもって映像をじっと見つめていたサムス。

そんな彼女に、通信機の向こうからマリオが再びこう切り出した。

『あ、そういえばもう一つあるんだ。言っとかなきゃいけないことが』

思考を切り替え、サムスは彼の言葉を待つ。

『……結局、俺達の方はここに来るまで一度もガレオムに出くわさなかったんだ。
ピット達からも連絡は来てないから、たぶん、この工場に今ガレオムはいない』

「何……?」

思わず、言葉が口をついて出た。

そんな彼女の背後で、急に操縦室の扉が開く。
駆け込んでくる慌ただしい足音が2つ。

向き直るよりも先に、言葉が耳に飛び込んできた。

「大変よ! カービィが……水に落ちてしまったみたいなの!」

目を見開き、サムスは振り返る。そこに立っていたのは焦燥を顔に表したピーチ。
彼女は、包み紙らしきものをその手に固く握りしめていた。

「廊下にこんな紙が残されていて、それを辿っていったら……」

首を横に振り、うなだれてしまうピーチ。
その後は傍らに立つリュカが継いだ。

「そしたら、床が抜けたところに着いて、
その先には……湖みたいに広がった水が、渦を巻いていて……」

訥々と、今にも消え入りそうな声で語るリュカ。
彼もまたカービィの身を案じ、眉を曇らせうつむいていた。

「なぜ廊下に菓子が……」

問いかけた矢先、サムスの脳裏に答えが閃いた。
人形兵。それより他には考えられない。

彼女は瞬時に決心し、毅然とした表情で立ち上がる。

「私が探しに行く。君達はここに」

短く言って操縦室を出ようとするサムスに、ピーチが追いすがった。

「私も行くわ……!
目を離してしまった私に責任があるもの」

しかし、サムスはその手をすり抜ける。
振り返り、バイザー越しに目を合わせてこう言った。

「君達では水中の探索は不可能だ。
それに、これがエインシャントの罠である可能性もある。君達にはここで待機し、船を守って欲しい」

その言葉に、ピーチは差しのべかけた手を胸の前に戻す。
依然としてその顔には動揺が残っていたが、彼女はおずおずと頷いた。

「……分かったわ。
あなたもどうか、気をつけて……」

サムスは黙って頷き返し、靴音を響かせて足早に操縦室を後にした。

一方その頃、爆弾工場の最上階にて。

停電に見舞われた工場の作業員達は混乱こそしていたものの、ただ手をこまねいていた訳ではなかった。

亜空間爆弾の製造ラインを見下ろす、ガラス張りの制御室。
そこでは在駐していた上級兵士、ふわふわと浮かぶ気球兜の人形が指示を下し、緑帽子と水槽人形が大慌てで復旧作業に当たっていた。
彼らはわずかに残っていた電力でコンソールを動かし、屋上にある補助電源、太陽光発電機へのアクセスを試みていた。

工場全体をフル稼働させるには足りないが、今は制御室に電力が戻りさえすれば良い。
爆弾の製造。それこそが絶対であり、何としてでも続けなくてはならない。それが、彼らに与えられた命令であり、本能のようなものだった。
だがまずは、警備システムを再起動して現状を把握する必要がある。

一体何が起きているのか。そして、どうすれば亜空間爆弾の製造を再開できるのか。

非常灯さえ点かない真っ暗な室内で人形兵達は必死に、そして黙々と働き続けた。
そうしてやっとのことで発電機との接続が確立し、昼の間に蓄電されていた電力が制御区画へと流れ込む。

制御室に明かりが戻り、室内の機械が次々と息を吹き返した。
それは四方の扉も例外ではなく、復旧と同時に一枚の扉が勢いよく開かれた。
次の作業に移りかけていた人形達は振り返り、いっせいに無表情な瞳を向ける。

飛び込んできたのは、2人のファイターだった。

翼を風に乗せてその手にギャラクシアを構え、メタナイトは言った。

「扉は任せた。兵士は私が片付ける」

「分かりました!」

勢いにつられて頷いてから、ピットはきょとんと目を瞬かせる。

「……えぇと、扉の何をどうするんですか?」

思わず立ち止まってしまった彼の横を、青い剣士は滑空したまま飛び過ぎていった。
その流れで緑帽集団の真ん中に飛び込んでいき、次々と人形兵を薙ぎ払う。その剣を休めずに振り返り、彼は答えた。

「枠の上部を壊せ。おそらくそこに開閉機構が埋まっているはずだ」

ピットは頷き、手近なところにあった左の扉に向かう。
強く地を蹴って飛び上がり、センサに掛かる寸前で双剣を交差させ一気に枠を斬りつけた。

硬質な音がして枠が割れ、内部構造がすき間から顔を出す。
黒く厚みを持ったベルトと金属のレール。双剣はカバーを割った勢いのままにぶつかり、それらをひしゃげさせた。

そこで人が近づいたことにセンサーが反応し、駆動装置に電力が流れた。
しかし、扉は何かに引っかかったようにガクガクと震えるばかりで開こうとしない。

上手くいったことを確認し、すぐにピットは次の扉へと向かっていった。

彼が順調に扉を封じていく一方で、メタナイトは敵陣を斬り飛ばし突き進んでいた。
さすがに剣の一撃では倒しきれず、弾きとばされた緑帽はすぐに立ち上がりこちらに向かってくる。
だが、剣士の目に映る相手はただ1体。兜に身を包んだ上級兵、この部隊の指揮者のみ。

迫るファイターに備え、浮遊兜も細身の槍2本を奇妙なほどしなやかで細い腕に構える。

乾いた音。
振るった剣と槍が、宙でぶつかり合った。

メタナイトにとってはそれは仮面のすぐ外側だったが、浮遊兜にとっては体にかすりもしない位置だった。
腕の長さでは完全に相手に分があった。

だが、彼は少しも怯まなかった。

追撃を食らう前に素早く飛びすさり、距離を置いて着地する。
怖じ気づいたと見たのか、浮遊兜はゆっくりと槍を構えて近づく。
しかし、彼の後退は次の技を放つための準備に過ぎなかった。

十分に間合いを詰めたところで浮遊兜は槍を交差させ、一気になぎ払う。

それを見切っていたメタナイトは、瞬時に翼を広げた。

槍が何の手応えもなく振り切られ、浮遊兜は驚愕に固まる。
長すぎる腕のために生じた槍の交差と体の間のスペース。
飛び込んできた相手は一瞬だけ生じるその空間をくぐり抜けるようにして宙返りし、攻撃を避けたのだ。
それを理解した時には、すでに眼前に黄金に輝く剣が迫っていた。

窓ガラスに何か重たいものがぶつかる音がして、ピットは驚いて顔を上げた。

彼の目に映ったのは、無防備な格好で背を窓に打ち付けた浮遊兜。
仮面の剣士が追い打ちをせんと迫るが、周囲では再び兵士が立ち上がり、吸い寄せられるように包囲の輪を縮めていた。

扉はすでに、来た道を除いて封鎖し終えている。後続が来る心配はなくなった。
そこで迷わずピットは双剣を組み合わせ、神弓となったそれを構えた。

緑帽の集団に一矢放ち、振り返った兵士に声を張り上げて言う。

「こっちだ! かかってこい!」

その言葉が通じたかどうかは定かではない。
しかし、剣を構え戦意を露わにしたファイターを見て緑帽が反応しないはずもなかった。

兵士達が群れをなし、こちらに向かってくる。
対し、ピットは双剣でなぎ払い、距離を詰められそうになれば翼をはためかせて後退し敵の波頭に光の矢を撃ち込んだ。

武器を弾きとばされても、緑帽は素手となった手を握りしめ拳を振り上げ、戦うことを止めようとしなかった。
その身が光に還るまで敵意を向けてくるのであれば、今の彼にはとどめを刺してやることがせめてもの慈悲だった。

牽制の矢を放ち、距離を取ってから仲間の様子に目を向ける。

押されている。
メタナイトは再び間合いを空けられ、いつの間にかその剣は相手の槍を受け流すためだけに振るわれていた。
彼は自らの速力を活かして敵の隙を突こうとしていたが、相手もさるもので、すんでの所でひらりと身をかわしてしまう。

それを見たピットは、急いで助けに向かおうとした。
しかし、

「助太刀は無用!」

ぴしゃりと言い放ち、次いでメタナイトは浮遊兜に向かって跳躍する。

気圧されて立ち止まってしまったピットの見る前で、
相手の浮遊兜は待ち構えていたかのように槍を構え、勢いよく突き出す。
だが、その槍が相手を貫くことはなかった。

剣を支点に、剣士の身が一つの旋風と化した。
それは鋭く突き出された槍をあっさりと跳ね返し、なおも勢いを止めぬまま容赦なく、浮遊兜に襲いかかる。
武器を弾かれた浮遊兜は為す術もなく地面に叩きつけられた。

そこで剣士が一旦飛び退き、ようやく解放された浮遊兜は急いで浮上し槍を構えようとする。
しかし、速さの点では相手の方が上だった。

浮遊兜が最後に見たのは、翼を広げて迫り来る剣士。その手には、すでに真横へと構えられた黄金の剣。
次の瞬間。それが目にも止まらぬ速さで薙ぎ払われ、上級兵は光の塵へと還っていた。

数分の後、残党を全て片付け終わったピット達は制御室の中央に置かれた台座の前にいた。
人形兵はまだ水槽の中に浮かぶ非戦闘要員が残っていたが、主にピットの意見で彼らには手を掛けず、
水槽内のタッチパネルから制御室の機器へと延びていたコードを切断するのみにとどめている。

文字通り手も足も出なくなった水槽人形が虚ろな目を向けてくる中、ピットは通信機に目を落とし険しい顔をしていた。

「……おかしいな。誰も出ない」

呟いて、ピットは先ほどの乱闘で割れた窓の方に行き、そこから顔を出した。
階下にいるマリオ達を大声で呼ぶ。

「すいませーん!
サムスさんから、何か緊急の連絡、ありましたかー?」

警備システムが動きだし、安全のため機械類から離れていたマリオ達は上を見上げ耳に手を当てる。
訝しげな顔をしているところを見ると周囲の騒音で聞こえなかったらしい。

大きく息を吸い、さらに声を張り上げようとしかけたピットの背に、メタナイトが冷静な一言を掛けた。

「通信機があるだろう」

「あ……」

あっけにとられてピットは目を瞬く。
通信機は母船のみならず、それ同士でも通信が可能だと説明されていたことを思い出したのだ。

機械に慣れていない彼が忘れていたのも道理なのだが、
恥ずかしさに少し顔を赤くしつつ、ピットはマリオ達の持つ無線機をコールした。

応答したマリオに改めて同じ質問をし、今度は答えが返ってきた。

『こっちもさっき、途中で通信が切れたんだ。
何だかやけに向こうが慌ただしかったな……』

そう言ってから、通信機の向こうで彼は一つ『うーむ』とうなる。
思い出しながらといった様子で、マリオはこう続けた。

『そうだな、確か……。
俺の聞き違いじゃなければ、誰かがいなくなって、サムスはそれを探しに行ったようだが……』

「いなくなった……?
まさか、誰かが行方不明になったんですか?」

目を丸くし、せき込んで尋ねるピット。

『どうもそうらしい。向こうはどんなことになってるのか……続報が欲しいところだが、今のところ連絡はないんだ。
しかし、どっちにせよ今ここにいる俺達がしてやれることはない。早いところここを片付けて、急いで帰るしかないだろう』

いつもは明るく能天気に振る舞っているマリオが、その時はいつになく真面目な声になってそう言った。

「そうですね……。こちらも早く済ませます」

『分かった。それじゃあ外で落ち合おう。お互い気をつけて行こうな』

通信を終えてこちらに向き直ったピットに、メタナイトは操作卓を操る手を休めずに聞いた。

「向こうで行方不明者が出たのか」

「はい。……誰かは分からないみたいですが」

と言い終わるか終わらないかのうちに、相手は小さくため息をついて呟いた。

「……カービィだな」

「え?」

思わず聞き返したピットに、メタナイトは操作卓から顔を上げずに淡々と答える。

「船外活動において、サムスは今まで通り集団行動などの安全策をとっているだろう。
その上で失踪する者が出るとすれば、彼以外考えられない」

「……まぁ、僕もピーチ姫さんやリュカさんがいなくなるとは思えないですけど……」

どんな状況においても自分のペースを貫き、人形兵などどこ吹く風といったカービィの姿を思い出しつつ、
それでもピットは眉をひそめて首をかしげる。

自分の知り合いがいなくなったというのに、メタナイトがあまり心配そうにしていないのが引っかかっていたのだ。
仮面の隙間からのぞくその瞳には、案じるどころかどこか呆れたような様子さえある。

訝しげな視線を向けるピットに、彼はこう言った。

「それほど騒ぐことはない。
彼は全く悪運が強いというのか何というのか……転んでもただでは起きないのだ。
しかし、今更それを伝えるには遅いだろう」

その言葉と共に最後の一手が置かれ、目の前の空間にいくつもの窓が開く。
淡く輝く幻の絵。規則正しい升目の上に描かれた、直線と曲面の模式図。
ホログラム映像で示されたそれは、爆弾の設計図だった。

思わず見入っていたピットははっと我に返り、通信機のレンズを向けて記録を取っていく。

一枚一枚、丁寧にシャッターをきっていく彼の横で、メタナイトは設計図のある一点に訝しげな目を向けていた。

そこに書かれていた文章は、彼には読むことができなかった。
操作卓で使われていてかつ読解が可能なエインシャント側の字とは異なる、しかしどこかで見覚えのある文字。

それを見た記憶を思い起こそうとして、彼は気づいた。
そう、あれは水没都市に残されていた書籍、そこに記されていた文字と同一のものだ。

エインシャントがこの世界の人々によって作られた人工知能だというのなら、あの文字がここで使われていてもおかしくはないのだが、
しかし、何かが引っかかる。

その理由を思索しかけた時、傍らのピットが声を掛けてきた。
思考を中断させ、彼はピットの方を見上げる。

「それにしても、よく設計図の出し方が分かりましたね。
こういう機械を故郷でも扱われてるんですか?」

メタナイトは、全く表情を変えずにこう答えた。

「……いや、部下の見よう見まねだ。
それに、緑帽にここの機械が動かせて私に動かせないわけもないだろう」

そう言われて、ピットは改めて操作卓の画面をのぞき込んだ。

「確かに文字は読めますけど……でも僕はこれだけじゃ何をして良いのかさっぱりですよ」

その言葉に、メタナイトも再び画面に目を戻す。
タッチパネルとなった画面。そこに映し出されている文字はどれも読むことができる。
正確には、ファイターとなった自分が"読める"文字で書かれている。

そして、気づく。先ほど心に引っかかっていた違和感はこれだったのだ。

この世界で元々使われていた、したがってファイターには読めない文字と、
読むことのできる、つまり『スマッシュブラザーズ』と何らかの関わりを持つ文字。
なぜ、エインシャントはわざわざ二種類の文字を使っているのか?

水流に飲まれてからずっと、カービィはかたくなに目をつぶっていた。
目をあけたとしても周りは暗闇。ひっきりなしに体がぐるぐる回っていて、方角もとっくの昔に分からなくなっている。
激流を泳ぎ切るほどの力もないから、彼は無駄な抵抗はせず力を抜いて流されるままにしていた。

――うーん……。
カインがいればなぁ。

仲間とはぐれ危機的状況にあるにも関わらず、彼が今思い出しているのは故郷にいる魚の友達のことだった。

天も地も、右も左も分からない。
しかし、何となく自分がどこまでも落ちていくのだけは感じることができた。

――どこまでながされちゃうのかなぁ?

カービィは純粋な好奇心からそう思った。
渦に落っこちた時の驚きが過ぎ去り、彼の心はもう、次のことに関心を持っている。

水に落ちて十数分が経っていたが、苦しくはなかった。
溺れることもなく水中で水鉄砲を放ったりもできる彼に、窒息という概念は無いのだ。

真っ暗な中、周りにはごぼごぼというくぐもった音だけが響いていた。
肌を素早くなでていく水は冷たくもなくぬるくもなく、どちらかと言えば少しくすぐったい。

しばらくして、体がふわりと軽くなったような感覚があった。
ようやく流れの穏やかなところについたのだ。

意を決して、カービィは目を開ける。

(うわぁ……)

思わず開けた口から、ぽこぽこと空気の泡がもれた。

最初は、図書館の書庫を上から眺めているように見えた。
しかしよく見ると、本棚だと思ったものにはあるべき本を収める部分が無く、
ずらりと並べられた全てが、縦長でのっぺらぼうの大きな箱なのだった。

白色の筐体。その列を、弱々しく青白い光が鈍く照らしている。
見上げてみると、はるか上の天井に並ぶ照明のいくらかが灯っていた。
驚いたことに、ここはまだ電気が通っているらしい。

青い水の底に沈む、見渡す限りの箱たち。
まるで都市のミニチュアを上から見ているような、静かでどこかもの悲しい光景。
眼下に広がるそれをひとしきり眺めてから、カービィはふと顔を上げた。

部屋の向こうが真っ暗だった。
明かりが届いていないのではなく、そこからすっぱりと割り切ったように暗いのだ。

――……なんだろう?

少しも恐がることなく、彼は足で水を蹴って泳ぎ始めた。

近づくにつれ、真っ黒の正体が分かった。
壁のほぼ一面がモニタになっていたのだ。
電源の落ちた黒い画面。その向こうから、不思議そうな顔をした自分が見つめ返している。

つややかなガラスには、自分の姿だけでなくその背後の箱たちも映っていた。
まるで部屋が二倍広くなったように見えて、面白くなったカービィはモニタの前から離れずに泳ぎ回り、
画面に映り込んだ景色が様々に様子を変えるのを観察しはじめた。

筐体の列はカービィが泳ぐのに合わせて、画面の向こうで傾いたり持ち上がったりする。
まるで部屋全体が無重量状態になってしまったかのようだった。

――あれ……?

と、いきなりカービィは泳ぐのを止める。

彼の視線の先には、操作卓らしき台座があった。
その上にはいくつかのボタンとレバーが備え付けられていたが、
彼の目を引いていたのは台座の陰、向こう側の床の上に落ちていた一枚の板。

今まで自分たちが探していた"ディスク"にそっくりだったが、その板は色だけが今までとは違っていた。
おもちゃっぽい青や黄色などではなく、つや消しがなされたやわらかな金色。

(……)

彼が迷っていた時間は一秒にも満たなかった。

決心を持って水を蹴り、小さな手を差しのべる。
台座を乗り越えてディスクを掴んだその時、偶然足が台座のボタンに触れた。

ぶるり、と周りの水に振動が走った。

驚いてあたりを見回すと、いつの間にか周りの筐体に光が灯っていた。
天井の蛍光灯も心なしか元気を取り戻し、部屋の中が少しずつ明るくなっていく。

地の底から伝わってくるような低い振動。それが音となり、また水の震えとなって全身を揺さぶる。

出し抜けに、部屋に真っ白な光があふれた。
水を蹴って振り返ると、さっきまで一面の黒だった巨大モニタが息を吹き返し、まばゆいばかりの光を放っているのだった。

『――、――――』

部屋に声が響いた。
人工的な抑揚を持つ、マザーシップのAIにも似た声。
しかし、何を言っているのかが分からない。

『――――。――。
――、――――――。
――――』

戸惑うカービィをよそに、モニタは一人で喋り続けた。

モニタに映る景色も、次々と移り変わっていく。
崩壊し、水の中に沈んでいるハイウェイ。互いに身を寄せ合って佇むビルディング。
静かに波面を揺らす水と、そこに映り込んだ電線のジャングル。

どこもかしこも、静謐な闇に包まれている。
外はいつの間にか夜になっていたのだ。

見入っていたカービィの前に、モニタは次の場面を映し出した。
その視点は、都市を守り円形に水を溜め込んでいるあの高い塀、そこから外を眺める場所にあった。

そこに広がるのはわびしい灰色の大地。
ただひたすら草の一本も生えていない岩場が広がり、動くものは何も無いかのように見えた。

しかし。

向こうの稜線から何者かが降りてくる。
その正体を見極めようと目を凝らしていたカービィは次の瞬間、驚きにその目を見開く。

あの日、爆弾工場に迷い込んだリンク達を迎えに行った時、工場の床でのびていた巨大な戦闘機械。
鋼の鎧に身を包んだエインシャントの腹心が、こちら目がけて一直線に向かってきていたのだ。
サムスの話によれば、彼はマザーシップを飛べなくした張本人だったはず。まさか、また自分たちの船を壊しに来たのだろうか。

――たいへんだ!
みんなにしらせないと……!

彼はくるりと方向転換し、来た道を戻ろうとして……目を瞬く。

――……あれ?
ぼく……どこから来たんだろう?

だが、それも取り越し苦労に終わった。

前触れもなく、再び周りの水が動き始めた。

わずかなたゆたいは寄り集まって揺るぎない流れとなり、
有無を言わせぬその流れに背中を押されるようにして、カービィは部屋の中を上へ上へと運ばれていく。

ダクトに吸い込まれる寸前、視界に入ったモニタ。
画面はまだ切り替わっておらず、砂煙を立てて刻一刻と近づいてくるガレオムを映し出していた。

それはまるで、この都市が自分の意思を持ち、こちらに向かってくる存在を凝視しているかのようだった。

"エマージェンシー、エマージェンシー"

出し抜けに響いた、人工音声。

マザーシップの操縦室で待機していたピーチとリュカは、驚いて顔を上げる。
カービィが見つかったという報せを待ち望んでいた2人だったが、AIが知らせてきたのは緊急事態。
できれば聞きたくなかった言葉だった。

それでもすぐに気持ちを切り替え、ピーチはAIの集音マイクがあるあたりの見当をつけ、呼びかける。

「どうしたの、何があったの?」

"南南東 約2キロ先に『人形』の生体反応。個数1"

感情を排した声が淡々と答えた。

「1体……?」

ピーチはリュカと顔を見合わせた。
残党兵がうろついているこの水没都市では、たった1体の人形なんていちいち見つけていてもどうしようもないはずだ。
それをわざわざ知らせてくるからには、何か理由があるのだろうか。

「AIさん、その人形を私達に見せてくれるかしら?」

"了解"

その言葉と共に、どこか天井の上の方で軽く空気を撃ち出すような音がした。
おそらく、超小型の偵察機を打ち上げたのだろう。

ほどなくして室内がゆっくりと暗くなり、2人の前にホログラムのウィンドウが開いた。

視点は俯瞰だった。
水没都市を囲む厚い防壁が視界の真ん中を横切り、水に満たされた都市と乾ききった大地を区切っている。
そして、灰色の大地に立ち今まさに壁を破らんとしているのは――

「ガレオム……!」

リュカは思わず、その名を口にしていた。

巨大な腕とミサイルサイロ。鎧に覆われた頭部と、不釣り合いなほど貧弱な下半身。
どちらかと言えばゴリラに似た変形戦車はその拳を大きく振りかぶると、都市を守る防壁に叩きつけた。

激しい衝突音が水没都市いっぱいに鳴り響く。
音はマザーシップの中にも届き、乱暴な敵意を持ったその轟音に2人ははっと身を固くした。

反射的な恐れを抱いたせいもあったが、リュカだけは別のものを感じ取っていた。
ガレオムが拳の一撃を加えた直後、急に周りに音があふれたように思ったのだ。
今までのようなざわめきとは比べものにならない、はっきりとした意志に満ちた幾千もの声。

それらは互いに別個でありながら、互いに限りなく似ていた。
人間とは違うが、しかしどこか親近感を覚える響きが船の外に満ちていく。

「おかしいわ。なぜ繋がらないのかしら」

その声に意識を戻すと、ピーチが操縦室のコンソールに向かっていた。
おそらく、サムスにガレオムのことを伝えようとしていたのだろう。

"通信状況、不良。『砦』を中心に、通信帯の許容範囲を超える電磁波が発生しています"

自分に問われたと判断したのか、AIがそう答えた。

「電磁波? 今になってどうして……」

「たぶん……」

背後で声がして、ピーチは振り返る。
リュカは床をじっと見つめていたが、やがて顔を上げてこう言った。

「……たぶん、街が目を覚ましたんです」

彼の言った言葉の通り、マザーシップの外は一変していた。

船が停泊しているがらんどうのホール、その全てが騒がしい音と光に満ちていた。
天井から垂れ下がる電線はバチバチと火花を散らし、独りでに蛇のようにのたくり、
壁面に埋め込まれたモニタも、意味の分からない図形や文字をせわしなく明滅させている。

そして、どこからともなく響き渡る声。
男性とも女性ともつかないその声は、マザーシップのAIとどこか似ている。

――誰かいませんか。
そこに誰か、いませんか。

リュカには、そう言っているように聞こえた。

2人は今、マザーシップを出て外を走っていた。
船の中にいるように言いつけられていたが、今はそれを守っている場合ではないと判断したのだ。
通信が繋がらない今、一刻も早くサムスに追いついてガレオムの接近を知らせなければならない。

しかし、もうすぐで大ホールを抜けられるというその時。
開かれた出入口の向こうから思わぬ人物が飛び込んできた。

「うわぁ!」

勢いのままにリュカとぶつかってしまったのは、丸いピンクのひと。
はるか下のフロアで行方不明になってしまったはずの、カービィだった。

「カ……カービィ?!」

「どうしてここに?」

揃って驚きの声を上げるリュカとピーチ。

「んーと、ぼくもよくわからないんだけど……」

そう言って頭に片手をあてるカービィだったが、そこで言うべきことを思い出す。

「あっ、そうだ!
あのおっきいキカイがここに向かってきてるんだよ!」

「ええ、それは私達もマザーシップのAIさんに教えてもらったわ」

真剣な表情で頷くピーチ。
しかし、カービィはかぶりを振ってこう続けた。

「それだけじゃないんだ。
あのキカイ……サムスのいるとこに近づいてるんだ!」

これにはピーチ達も目を丸くした。
サムスが探索に出たことは、彼自身は当然知らないはず。それがなぜ、分かっているのだろうか。

「せつめいはあと!
2人とも、ぼくについてきて!」

普段見せないほどきりっとした目をして言うと、カービィはきびすを返し全速力で駆け出した。
しかし、向かっていくのはサムスがいるはずの下のフロアではなく、上に向かっていく階段。

逡巡の後、ピーチとリュカもそのあとを追った。
サムスのことが気がかりではあったが、彼女のこと、スーツの能力を活かして2人では通ることのできない最短距離を取ったに違いない。
おそらく今から追いかけても間に合わないだろう。

わずかな水流の違いで、サムスはカービィの流された部屋とはまったく異なる場所に着いていた。
細長く入り組んだ通路。彼女はそこを、都市内の建物と建物を結ぶ地下通路だろうと見当をつけていた。

天井まで完全に水没した通路を、彼女は水の抵抗を受けながらひたすら歩き続けていた。

――まるで迷路だ。
……一体どこまで流されたのだろう。

パワードスーツに身を固めたサムスは、バイザーの奥で眉をひそめた。
こちらには生体反応を感知するモジュールがついているが、今のところ仲間の反応は見あたらない。

ヘルメットについたライトが、暗く冷たい水に満たされた通路を浮かび上がらせる。
バイザーの色のせいで、こちら側から見た周囲の水は暗緑色を呈していた。

金属の外殻を隔てた外を流れる水、その速さと方角に気を配り、
少しでも水流が淀んだ場所を探しては、ライトを向けて徹底的に調べ上げた。

これが宇宙連邦軍に所属していた頃なら、制服につけられた識別タグで5分と掛からずに見つけられたかもしれない。
しかしカービィには何も持たせていなかった。あの時、通信機を持っていたのはピーチ。
こういう事態を想定し、いずれは全員に持たせようと思っていたのだが、製作が間に合わなかった。

過ぎたことを悔いても仕方がないのだが、それでも彼女は内心に自責の念を抱いていた。

いつもより一層表情を硬くして、無言のまま仲間を捜し続けるサムス。
ふと、その足が止まった。

"ごぉ……ん"

鈍い音が響き渡り、周囲の水を、そして彼女の立つ通路を揺さぶる。

――爆発……?

音は10時の方向、やや上から届いてきた。
何かが崩れ落ちる音が続き、水面に次々と重たいものが落ちていく音までも加わる。
アームキャノンに左手を添え、臨戦態勢に入ったサムス。その頭上でじきに降雨のような音が背景から現れ、だんだんと大きくなっていく。

突然、目の前に壁が出現した。

円柱状のコンクリート塊が上階から降ってきて地面を貫き、地下通路まで達したのだ。
それがサムスのいた場所から数歩離れた位置だったのは不幸中の幸いだったが、
天井が崩落したことで、地上の騒乱が地下通路の中にまで持ち込まれてしまった。

大小様々な破片を含んだ水が地下通路にどっと流れ込み、全てをかき乱す。
金属の膜を一枚隔てた向こう側で泡と砂礫が荒れ狂い、両足がいとも簡単に床を離れた。

サムスはとっさにグラップリングビームを作動させようとした。だが、濁流の殺到がそれに先んじた。

カービィの先導で辿り着いた部屋は、それまでのオフィススペースや研究室とは全く異なる趣を持っていた。
舗装された道に、花壇と林。天井は一面ガラス張りになっていて、そこから月明かりに似た天球の光が差し込んでいる。
木々の枝には鳥まで留まっていた。しかし、3人がそばを駆け抜けても彼らは微動だにしない。
よく見ると、彼らは全て金属で出来た作り物だった。

木々や花は本物で、道の両脇を流れてくる川によって辛うじて緑を保っている。
この灰色に閉ざされた外の世界で久々に見る、色彩を備えた風景だ。
今は通り過ぎるほかなかったが、こんな状況でなければ立ち止まって見とれていることだろう。

とっくの昔に剪定師がいなくなってしまったためか、花の分布はまるで秩序を失い、枝葉もあまり整っておらず道にはみ出しているものもある。
木々などは百年単位の月日を経てめいめい勝手に生い茂り、天井を突き破らんばかりに成長していた。

人工物と自然が融合した不思議な風景の中を、リュカとピーチはカービィの後について進んでいく。

「部屋の中に庭なんて……」

設計者のセンスが理解できず、リュカは首をかしげた。
そんな彼に、ピーチはこう言う。

「そういう趣を好む人もいるのよ。
こんな大きな街に住んでる人でも、たまには自然が恋しくなるのかもしれないわね」

「そういうものなんですか」

応えつつも、リュカはまだ不思議に思っていた。
一歩外に出ればすぐそこに自然が広がっているような環境で育った彼には、やはりその考えがしっくりこなかったのだ。

恋しくなるのなら、最初から自然の中に建ててしまえば良いのに。こんなに広く建てる必要もあったのかな。
そう考えていた彼は、カービィの声で目の前に注意を戻した。

「ずぅっとながされて、気がついたらぼくはここのへやにいたんだ。
ちょうどあそこの川から出てきたんじゃないかな」

指さす先、木立の陰になった壁際に丸く穴が開いていた。昔は金網で塞がれていたようだが、長い年月が経るうちに外れてしまったらしい。
おそらく地下から汲み上げた水をそこから流し、この小さな森を養う川として利用していたのだろう。

「すっかりみちが分からなくなっちゃったから、あのとびらを開けてみたんだ。
そしたらしんせつな窓さんがいて、ぼくにいろいろなことを教えてくれたんだよ」

「窓さん?」

一つ頷いて、カービィは道の終点にあった扉を両手で押した。
木立に囲まれ、今にも緑に埋もれそうになっていた扉。カービィがいなければそこに扉があることさえ気づけなかっただろう。
その様子から狭い部屋を想像していた2人は、扉の向こうに現れた光景を目にして思わず立ち止まった。

そこには、打って変わって近未来的な大部屋があった。

床には銀灰色のタイル。鉄骨で作られた柱が等間隔に並び、高い天井を支えている。
四方の壁は落ち着きのある黒で塗られ、室内には至る所に様々な機材や筐体が置かれていた。
青や赤で塗り分けられた配管の類は邪魔にならないよう高いところに張り巡らされている。

「こんなところにも研究室があったのね……」

ピーチはぽつりと呟いた。

このフロアは以前、彼女を含むメンバーで探索していたのだが、電気が通じていなかったために開かない扉がいくつかあった。
時間を割いて無理にこじ開けるよりは他を当たろうとその時は素通りしてしまったのだが、
その一室にこんな人工庭園と大規模な研究室が隠されていたとは、思いもよらなかった。

「これこれ! これが窓さんだよ!」

向こうでカービィがぴょんぴょんと跳ねて2人を呼んでいた。

彼が窓と呼んでいたものは、壁に埋め込まれたモニタだった。
おそらくは、この研究室のメインコンピュータ。
何かしらの通信網と繋がっていて、それを通じてカービィの知りたいことを教えてくれたのだろう。
リュカの感覚では、ここ数日探していた砦下層のどこかに存在する"声"の主、それと同じ声がここからも感じられていた。

モニタの前の9枚のタイルだけはそこだけ青緑色になっていて、一段持ち上がっている。
四角いボタンに見えないこともないが、大きさはカービィほどもあり、およそ人間が押すサイズではないように思えた。

壁面のモニタにはすでに電源が入っており、黒い画面をバックに白い線で図形が映し出されている。

木やイソギンチャクにも似た、枝分かれし大小様々な葉をつけた図形。
それが斜めに傾き、同じような図と何層も重なりあって描かれている。
図形の数カ所には赤い点があり、中央付近の四角い"葉"には3つの点が映し出されていた。

ピーチはほどなく、その図形の意味に気がついた。

「これ……もしかしてこの砦の地図を表しているのかしら」

「うん! でも、見れるのはそれだけじゃないんだ」

そう言って、カービィは足場にしていた青緑色のタイル、その一枚に飛び移った。

"DOWN"

タイルが沈み込むと共に人工の声が響き渡り、図形が縮まっていく。
それと同時に、周囲に似たような見取り図がいくつも現れていき、やがて円形にまとまって静止した。
水没した都市。その全貌を表す緻密な立体地図が3人の目の前に示されていた。

都市の左側から中心の砦に向けて、時々刻々と近づいてくる点があった。
3人が見ているうちに、モニタはそこから線を引いてウィンドウを表示させた。

新たなウィンドウに映し出されたのは、やはりガレオムの姿。
水が引ききるのも待たず、彼は腰ほどまで水につかって必死に歩を進めていた。
機械の彼には表情こそ無いものの、荒々しく水を蹴散らし邪魔な瓦礫を腕で薙ぎ払うその様には紛れもない怒りがこもっていた。

視点が切り替わり、彼の背中が映し出される。ガレオムが睨みつける先に何があるのかを知り、ファイター達は息をのんだ。
そこに映り込んでいたのは、砦に停泊する橙色の宇宙船。
やはり、彼の目的は自分たちの移動手段であり唯一無二の拠点である船、マザーシップだったのだ。

「あっ、見て!」

ピーチが言い、リュカは彼女が指さす先に注意を向ける。
鬼の形相で水を掻き分けるガレオム。その後ろで瓦礫の陰に隠れ、彼をやり過ごそうとしている人影があった。
映像は暗かったが、それが誰であるかはシルエットで分かった。

通り過ぎていったガレオムの背を、彼女は用心深く観察する。
それからミサイルポッドを構え直し、近くの廃墟に駆け込んでいった。

彼女のルートはガレオムと併走するようにして、追いかけるように取られていた。

その意味するところに気がつき、3人は絶句する。

「そんな……ま、まさか、1人で戦うつもりじゃ……!」

リュカは驚きに声を詰まらせる。
一方、その隣に立つピーチは背筋を伸ばし、じっとモニタを見つめていた。

やがて、彼女はこう言った。

「きっと……いえ、彼女はそうするつもりだわ。
船と、そして私達を守るために」

静かな口調だった。しかしその目は心痛を堪えるかのようにわずかに細められていた。

「だめだよ1人じゃ! ぜったいたおされちゃうよ!」

カービィは跳び上がって、モニタに駆け寄った。
その黒い画面を小さな手で叩き、叫ぶ。

「ねぇ窓さん、おねがい! サムスをたすけて!」

「カービィ、この画面に呼びかけても……」

止めかけたピーチだったが、隣から聞こえてきた声に押しとどめられる。

「届きます」

それはリュカだった。
モニタをまっすぐに見つめ、彼はこう続けた。

「今、やっと分かりました。
僕が探してた声、誰かを呼び続けていたのは、この街全体だったんです。
頭があるのは街の底だと思いますが、目と耳はどんなところにもあります。
僕らの言うことも……完璧には分からないかもしれないけれど、でも聞こえてるんです」

いつにない芯の強さではっきりと言い切った彼に、
ピーチは少しの間、自分たちを取り巻く状況も忘れて驚いたような視線を向けていた。

「でも……聞こえたところで、何かできるのかしら?」

「それは……」

リュカは床の方に目を逸らした。
しかし、それは話を終えたのではなかった。

「……はっきりとは言えないですけど、でも、この街はずっと誰かを待っていた」

そこで再び、彼は顔を上げた。
ピーチの目を見つめ、こう続ける。

「それはたぶん、僕たちみたいな人間だったんじゃないかって思うんです。
エインシャントの人形なんかじゃない、生き物を」

そう言ってから、彼もモニタの前に走っていった。

モニタの向こう、いるとも分からない存在に向かって懸命に呼びかける2人。
彼らの背を見つめていたピーチは、やがて迷いを振り切るように一つ頷き、自分も前に進み出た。

「私からもお願いするわ。あなたの力を、貸して頂戴!」

不意に、表示されていた全てのウィンドウが消えた。

真っ黒な画面の向こうから次に現れたのは、白色に光る大きな字。
右端の文字だけが、規則正しいリズムを持って変わり続けていく。
見ているうちに変化は隣の文字に波及し、カチリと一回だけ文字が変わった。

3人はほぼ同時に気づいた。これは、何かしらの秒読み――カウントダウンを示しているのだ。

「なんだかすっごいことになっちゃったみたい……」

カービィは思わず後ずさり、放心したように目を瞬いた。

「何か発射するつもりなのかしら。それとも……」

そこまで言いかけて、不意にピーチはディスクに記録されていた研究者の言葉を思い出した。

『だが、勝てなくとも道はある。勝たなくとも、負けなければ良いのだ。
我々もまもなく、先に行った仲間を追ってここを脱出する。
その際に、○を起動させる。上手く行けば、彼に深い痛手を負わせられる』

「もしかして、あの人が言っていた武器……それがまだ残されていたのかしら?」

脱出する際に起動するもの。そしてこのカウントダウン。
その意味するところに気がつき、ピーチははっと口に手を当てた。

「2人とも、ここを出るわよ!」

「えぇっ、いきなりどうしたのっ?」

カービィはますます目を丸くしてピーチの顔を見上げた。
一方でリュカは彼なりに何かに気づいていたらしく、それほど驚いた様子を見せず素直に頷いた。

「そっか、そのせいだったんだ……声が聞こえなくなったのは」

画面をじっと見つめたまま、彼は少し寂しげにぽつりと呟いた。

声だけではなかった。都市はいつの間にかしんと静まりかえっていた。
跳ね回る電線が立てる音も壊れた画面が火花を散らす音も消え、都市は再び眠りについてしまっていた。

3人が駆けていく通路、その壁面に掛けられたモニタだけはあの秒読みを映し出していた。
音も出さず、静かに変わっていく数字。都市の終わりへのカウントダウンだ。

都市の人工頭脳は、あらかじめ自爆するように命令されていたのだろう。
しかし、エインシャントの攻撃によって通信網が麻痺し、人間からの最終的な命令はついに届かなかった。

人々は街を永遠に去り、後には灰色の世界だけが残された。

気の遠くなるような月日を、人工頭脳は下されるはずのゴーサインをひたすら待ち、堪え忍んでいた。
そこに現れたのが、人間と機械達が作り上げた文明の仇敵であるエインシャントの手下と、3人のファイター。
人工頭脳の目には少なくとも2人は人間として見えただろう。

そこからどういう判断を下したのかは分からない。
しかし、この状況の何かが人工頭脳にとっての最終命令の条件を満たしたらしい。
自爆することを決断した彼に残された仕事は一つ。4人の訪問者に対し、こういう表示を見せることで脱出するように促しているのだ。

ほとんどの機能が静まりかえった今なら、電磁波も収まっているかもしれない。
そのことに気づいたピーチは、急いで通信機を手に取った。

「サムス、聞こえる?」

祈るような思いと共に、彼女は無線の向こう側に呼びかける。

廃墟の廊下を、サムスはひた走る。
床は傾き、時に崩落して大穴が空いていた。すでに水は引き、穴のはるか下には底の知れない闇が淀んでいる。
しかし立ち止まっている暇は無かった。窓の外に見えるガレオムの姿は、少しずつ速力を上げていた。
足元に纏わり付く水のかさが減ったことで本来の性能が出せるようになってきたのだ。

時間が無い。何としても追いつかなくては。そして、止めなくては。
サムスは歯を食いしばり、目の前に現れた窓を肩で突き破る。

ガラスの破片を盛大に散らし、パワードスーツが宙を舞う。
向こう岸もまた、同じような構造の建物だった。
開いた窓を視認するやいなや、グラップリングビームを発射し、すぐに身を引き寄せる。

ガラスの割れる音にガレオムが立ち止まる気配があった。
彼に見つからないうちに、サムスは急いで窓から体を滑り込ませた。

機械戦車はまだ動いていない。
今のうちに距離を詰めようと、サムスは再び立ち上がり走り出そうとした。

が、その時。ヘルメットに通信音が響き渡った。

足音を殺して走り始めながら、彼女は通信を許可する。

「どうした。何かあったのか」

『サムス! あぁ良かった、無事だったのね!』

「無事?」

まるで、彼女がしようとしていたことを知っていたかのような言い方だった。
怪訝そうな表情をするサムスに対し、いつもより早口になってピーチの声はこう続けた。

『あのね、早く戻ってきてほしいの。
カービィのことは大丈夫。もう見つかったわ。だからこの街を出ましょう。
急がないと爆発に巻き込まれるわ。マザーシップを運転できるのはあなただけよ!』

「爆発……?
待ってくれ、君達は一体何をし――」

思わず立ち止まり、問いかけて、その途中で言葉が途切れる。
彼女が見つめていたのは窓の向こう、未だに立ち止まっているガレオムの姿。それも、どこか様子がおかしかった。

彼は中空を睨みつけ、不服そうな目つきをしていた。その視線の先にあるのは、青い光。
以前、マザーシップに対し影蟲をけしかけたものと同じ輝きだ。

宙に浮かぶそれに対し、ガレオムの言い立てる声がサムスのいる所にまで響いていた。

「ここまで来て引き返せと?!
しかし、エインシャント様。攻撃命令を出したのは他ならぬあなた様じゃないですか!」

"エインシャント"。
その単語を耳にしたサムスは、急いでマイクモジュールを立ち上げた。
集音方向を青い光に慎重に定め、耳を澄ませる。

『その他ならぬ"私"が言うのだ。
ガレオムよ、今お前をここで失うわけにはいかぬ。
お前にはまだ、果たすべき役目があるのだ』

初めて耳にしたエインシャントの声。
それはノイズを含んでいるというのに、刃物のような冷たい鋭さを持って耳を打った。
全く心というものが感じられない声。それは、およそ生き物に出せる声ではなかった。

「ですが……」

ガレオムは排気音を低く轟かせ、あからさまに不満を態度として表す。

「これはまたとないチャンスです。奴らを徹底的に叩きのめすチャンスなんですよ!
奴らの船はもうすぐそこです。それでも、ここまで来て……オレに引き返せと!?」

握られた巨大な拳はぶるぶると震え、今にも癇癪を込めて振り下ろされそうだった。
しかし、エインシャントと呼ばれた光は考えを変えなかった。

『言ったはずだ。この都市は間もなく亜空間に落ちる。
仮にお前があの船を破壊できたとして、お前の足では脱出するまでの時間は残されていない』

「仮に、ではありません! 必ずや破壊してみせます!」

ガレオムは目をらんらんと輝かせ、詰め寄る。
そんな部下を、エインシャントはついに一喝した。

『ならん!』

気圧され言葉を失ってしまったガレオムに、彼はこう続けた。

『今は退け。つまらぬ感情にとらわれるなと、私は言ったはずだ。
……良いな?』

長い沈黙を挟み、ようやくガレオムは答えた。

「……承知しました。エインシャント様」

それを聞き届け、青い光はふっとかき消えた。

取り残されたガレオムはのろのろときびすを返したが、しかしそこで足を止めてしまった。

彼はしばらくの間、そうして地面を睨みつけていた。
その場に立ち尽くし、大きな顔を項垂れさせて。その背中からは幾筋もの排煙が立ち上っていた。

やがて彼は悔しげに拳を振り下ろし、砦を振り返って叫んだ。

「命拾いしたな、ファイターども!
だが次会った時は覚えておけ。今日の分もまとめて返してやるからな!」

そうして彼は戦車形態に姿を変え、盛大に水しぶきを立てて走り去っていった。
後には、八つ当たりを受けてえぐれた路面だけが残された。

その一部始終を、サムスは煤けた窓ガラス越しに見ていた。
すぐには動き出さず、ガレオムが十分に離れるまで待つ。
水煙を上げて遠ざかっていく機械戦車。そのシルエットが夜の闇の中に紛れ、辺りの壁を震わせていた駆動音も止む。

一呼吸置き、サムスはきびすを返すと砦に向かって走り始めた。
ちょうど新たな建物に入ったところだったので、彼女の前には理想的な長さを持った廊下が延びていた。
砂埃ばかりが漂う殺風景な廊下に足音がこだまし、だんだんとその間隔は狭まっていく。

数秒走り続けたところで、背中のスラスターに炎が灯った。
爆発的な加速力を得たサムスは一気に残りの距離を走り抜け、ついに建物の端に達する。

空間がわずかに開ける。
廊下の端はちょっとした休憩所に当てられていたらしく、こぎれいな小部屋になっていたのだ。
サムスの行く先には広いガラス窓が立ちふさがっていた。が、しかし彼女が足を止める気配は無い。

わずかな瞬間、サムスは顔を上げる。

ガラス窓の向こうには、"砦"の偉容が見えていた。
ここから見ると、マザーシップの停泊している大ホールはまさに真正面に位置している。
崩落した壁。穴の縁に立ち、外を心配そうに眺める3人の姿も目に入った。

「今行く。そこから離れてくれ」

通信機の向こうに一言告げ、そしてサムスは、力強く最後の一歩を踏み切った。

Next Track ... #34『Flashback』

最終更新:2016-04-25

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