気まぐれ流れ星二次小説

Open Door!

Track35『Hidden Shadows』

~前回までのあらすじ~

『スマッシュブラザーズ』に選ばれ、それぞれの思いを抱いて輝く扉をくぐったファイター達。
しかし、彼らは目的地とは異なる灰色の世界に連れてこられ、得体の知れない人形の軍勢によって1人、また1人と捕らえられていく。
そんな中、プロロ島の風の勇者リンク(トゥーンリンク)と、タツマイリ村の少年リュカが出会う。

集まったファイターはこれまでに10人。対し、エインシャントに捕まった仲間は20人近く。
お互いの他、誰の助けも恃めない絶望的な状況下で、彼らはあえて前へと進む決断を下した。
水没都市に残って先人の遺した記録を探すグループ、爆弾工場へと向かって情報を収集するグループ、そして、連れ去られた仲間を追うグループ。
10人はそれぞれこの3組に分かれて、一時別行動を取ることになった。

この別行動により、以前エインシャントが使ってきたバツ印の爆弾が、水没都市に残されていた兵器を真似た"亜空間爆弾"であることが判明する。
正常な空間を切り取り、出来損ないの時空である亜空間に落とし込む兵器。
それはエインシャントにとっても自分の領土を減らす行為であり、無闇に使用したりしないはずだとファイター達は推測する。

一方、世界の中心部へと連れて行かれる仲間達をアーウィンで追いかけていたフォックスとリンクは、
雪のように降り続ける事象素によって隠蔽されていた、迷宮のように入り組んだ建造物群に迷い込み、人形兵の苛烈な攻撃によって墜落してしまう。
その報せを聞いたリュカは激しく動揺し、そのままマザーシップを飛び出していってしまうのだった。


  Open Door! Track35 『Hidden Shadows』


Tuning

孤影悄然

『ごきげんよう』『スマッシュブラザーズのファイターよ』

頭上のどこか遠くから降ってきた声は、ノイズを混じらせながらもどこか嘲るような抑揚を持っていた。

体が重い。
フォックスは口の端でうめき声を上げながら、手をつき、膝を立てて何とか立ち上がろうとする。
しかし疲労は思ったよりも深く、ようやく膝立ちになったところで気力が尽きてしまった。

しばらくその姿勢のまま、浅く呼吸を繰り返す。
まるで全身の隅々まで鉛が詰まってしまったかのようだ。
自分はどれほどの間、気を失っていたのだろう。床に付けられていた右頬がひどく冷たかった。

少し落ち着いたところで顔を上げる。
起き上がったことで視点が高くなっていたが、目に入ってくる色彩は初めに目を覚ました頃と変わらない。

白。目の痛くなるような白しかそこにはなかった。
床も、前の鉄格子も、そしてその向こう側の壁も純白に塗りつぶされており、まるでどこかその筋の病院を思わせる様相だ。

少しでも目を覚まそうと頭を振り、そして声の降ってきた方角を見上げる。

白い鉄格子を挟んでその向こう側にぼんやりとした影が見えていた。
ほどなくそれは視野の中に焦点を結び、質量を持たないホログラムとして彼の目に映る。

『それとも、お初にお目に掛かる、と言ったほうが正しいか?』

安全な居場所からこちらを睥睨する双頭のマシン。ご丁寧に片腕を折り曲げ、軽く会釈までしている。
彼らの姿は腰を境に上だけが投影されていた。青白く半透明であることも相まってまるで亡霊のようだ。

それらの名はすでに仲間から教えられていた。

「お……まえ」

声がかすれ、せき込む。

「……お前達が、デュオンだな」

デュオンの幻は何も言わず、ただ「光栄だ」とでも言いたげに両腕を広げて見せた。
彼らに口にあたるものはない。だがフォックスには、彼らが心中で皮肉な笑みを浮かべているのが分かった。

「いや、お前達のことは覚えているぞ」

能面のように動かない機械の面を精一杯睨みつけ、フォックスは言った。

「俺がこの世界に迷い込んだ時……俺のアーウィンを撃ち落としたのはデュオン、お前達だろう」

『ほう』

眉を上げたような調子。

『いかにも』『あの日、我等は航空部隊も指揮していた』

「も」。
さりげなく口にされたその助詞は、とてつもない重みを持っていた。とてつもない、命の重みを。
見当違いの世界に連れて来られ混乱に陥っていた仲間達を、彼らは様々な手練手管でもてあそび、捕まえていった。
しかも、ファイターがもがき苦しんだ死闘の一つ一つが、彼らにとっては命じられたタスクのごく一部に過ぎなかったのだ。

自らは安全な場所に居座って一歩も動かず、何百何千という人形兵をもったいぶった腕の一振りで指揮し、
その度に仲間が1人、また1人と倒れていった。

ぎり、と、食いしばった歯が音を立てた。

あの時の記憶が脳裏に弾ける。
暖かな光に包まれたワープゲートをくぐるなり、機内に鋭く響き渡った接近警告。
急いで舵を切って衝突は逃れたものの、そこで彼は目を疑った。

空が黒い。
いや、それは全天を埋め尽くすようなフライングプレートの大編隊だった。

無数の空飛ぶ板、防御性をまるで無視したようなだだっ広い甲板に居並ぶ、奇妙な姿の敵達がアーウィンに向けて大小様々な武器を構え、
そして――

「手口が同じだったからな。
……狭い空域に放り込み、戦闘機1機に馬鹿みたいな大部隊をつぎ込む」

そこまで言って、少しずつ本来の調子を取り戻してきた彼はあることに思い至りはっと目を見開いた。

それはここに連れて来られる直前の記憶。

白亜の迷宮の中、落ちていったアーウィン。
機体を受け止めたのは地面ではなく、綿雲のような姿の人形兵達。
彼らが放った電撃はエネルギー不足に陥っていたアーウィンの電子回路を一気に過負荷状態にし、焼き切った。

弾みで脱出機構が暴走し、勢いよく開かれたキャノピーからフォックスは無防備に放り出され、後ろに座っていた少年もまた――

「お前ら……、リンクはどうした。彼をどこにやったんだ!」

立ち上がり、ふらつく足を引きずって詰め寄り、倒れかかるようにして鉄格子を掴む。
頑丈にはめ込まれた白い柵はびくともせず、ひやりとした感触を手に伝えた。

『ふむ……』『あの子供はお前の仲間か?』

「当たり前だ!
答えろ、デュオン! 彼はどこにいる。まさか――」

まさか。
逃げ延びた仲間達から聞いた言葉がよみがえり、彼は声を失う。
「エインシャントは、捕まえたファイターを"操り人形"にしている」

まさか、リンクまで。
最悪の想像をしかけて、しかしフォックスは首を振った。

冷静になれ。自分の状況をよく見てみろ。
アーウィンから放り出されて気を失った自分は、フィギュア化させるなら格好の標的だったはずだ。
それが今、こうして生身のままわざわざこんな牢屋に放り込まれている。

ここまで手間を掛けるのには何かしらの理由があるのだ。
そしてそれはきっと、リンクの方でも同じはず。

鉄格子を握りしめ、鋭い視線を向けるフォックスをデュオンはあくまでも冷静な眼差しで観察し、そして言った。

『安心しろ。彼は無事だ』『……と言っても、お前と同じくすっかり弱り切っているがな』

それはまるで研究者が実験動物を見て言うような、ごく冷淡な口調だった。

「……その言葉を信じる根拠は、どこにある」

一層、眼差しに力を込めて詰問するフォックス。対し、デュオンは静かに首を振ってこう答えた。

『ふむ……ずいぶんと疑われたものだ。しかし無理もないな』『お望みとあらば、姿を見せてやろう』

巨大な剣となった片腕が振り上げられ、こちらからでは姿の見えない部下に向かって指示を送る。
と、宙にもう一つの映像が浮かび上がった。

それは、ここと同じような牢屋を頭上の一角から見下ろしたホログラム映像だった。
監視カメラに見られていることには気づかず、捕らわれた緑帽子の少年は床にあぐらをかいて座っていた。
服はすっかりくたびれていたが、顔にやつれた様子はない。思っていたよりも元気があることがせめてもの幸いだった。

「リンク!」

フォックスは声を張り上げ、彼の名を呼ぶ。
しかし映像の中の彼は気づかないようで、全く気にくわないという感情も露わに室内をいらいらと見回すばかり。

デュオンは淡々と告げた。

『無駄だ』『ここにマイクなどない』

そんなの分かっている。
フォックスは声に出さずに言った。
そんな甘い状況じゃないことくらい。

彼の片方の視界に被さっている、ヘッドマウント型のデバイス。
その緑色のディスプレイに何の反応も現れていないことが何よりの証拠だった。

見つめる先で画面はすっかり沈黙しており、これではただの片眼鏡だ。おそらく彼らお得意の電波妨害だろう。
リンクの側でも、彼に持たせておいたバッジ型無線機は取り上げられているか、あるいは壊されているか。
つまり、自分たちは完全に孤立しているというわけだ。

それを改めて意識したとき、彼は思わず、食いしばった歯の隙間から絞り出すように息をついていた。
心臓を握りつぶされるような苦しみと共にその胸に去来したのは、怒りではなく悔しさだった。
鉄格子を両の手で掴んだまま、彼は項垂れる。

――すまない、俺のせいで……!

心の中で声を振り絞り、謝る。
未探査区域に差し掛かったあの時、突入することを決めたのは2人の判断だった。
だが、操縦桿を握っていたのは自分だ。自分であれば、引き返すこともできたはずだ。彼はそう思っていた。

なぜ気づかなかったんだ。なぜ……。

自責の念に駆られ、鉄柵を握りしめるフォックス。
罠に気づかず二度も同じ手に掛かった自分を何度も咎め、行き場のない憤りに心は荒れ狂った。
激しい炎に巻かれた心中とはあくまで対照的に、握りしめた鉄格子はどこまでも冷たかった。

そんな彼の頭上から、なおも冷然とした口調でデュオンは言った。

『我々としても、まだ年端もいかぬ子供を手に掛けるのは心苦しいものがある』『そこで提案だ』

「提案……?」

再び見上げたフォックスの顔は内面に苦しみを抱えながらも、疑わしげに眉をひそめていた。
デュオンは彼をじらすように、ゆっくりと語り始めた。

『我等が主はお前たちには想像もつかないほど長い年月を掛け』『お前たちファイターのことを調べ上げられた』
『どんな能力を持っているのか。扱える武器は何か』『取りがちな戦法は。実際の戦闘経験は如何ほどか』
『陥りやすい罠、弱点』『得意とする状況』『そして……性能の限界』
『我等が主はお前たちに関することなら何でもご存じだ』

そこで彼らは、わずかに項垂れてみせる。

『だが、たった1点……見落とされていた性質があったようなのだ』

デュオンが芝居がかった仕草を見せる一方、フォックスはじっと黙って相手の顔を見つめていた。
一切の緊張を緩めず、相手の言葉に隠された真意を読み取ろうとしていたのだ。
そうしつつも、その頭の中は無数の思考が錯綜し、混乱しかけていた。

俺達のことを調べただと? 手に掛けるってどういうことだ? 一体何がしたい、何のために。
だが彼は強いて、それを表に出さなかった。
提案。デュオンの言った言葉が気に掛かっていたのだ。

取引をするならば弱みを見せるわけにはいかない。たとえ、どんな些細な仕草や表情であっても。

『お前たちファイターには、ある種の切り札が与えられているらしい』

油断なく睨みつけるフォックスの前で、デュオンは明後日の方角を向きなおも尊大な口調で続けていた。
だが彼らもまた、視界の端でフォックスの方をじっと伺っているのだった。

『普段は平均すれば同等の能力値を持つお前たちだが』『何かがきっかけとなり、圧倒的優位に立てるような力を発揮する』
『特殊な条件下で発動する真価……いわば"切り札"』『我等が主は、その条件に大層興味を持たれている』

「知ってどうするつもりだ」

と、フォックスは鎌を掛けた。
調子よく演説をぶっている彼らが口を滑らせないかと期待したのだが、彼らの答えは素っ気ないものだった。

『我々に与えられた任務は条件を突き止めることのみ』『その目的は、主の御心にのみ秘められている』

嘘だな。
フォックスは嫌悪から、眉間にしわを寄せた。
こいつらはエインシャントの重臣だ。目的を知らされないほど下っ端じゃない。

『さて……そこで提案というのはだな。ファイターよ』

再びフォックスに向き直り、彼らは本題に入る。

『お前がごく初期のスマッシュブラザーズであることはすでに調べがついている』
『そんなお前ならば、マスターハンドから伝えられているのではないかと期待しているのだ。例の切り札について』
『それを見せてはくれないか?』『そのための特設ステージはすでに用意されている。張り合いのある対戦相手も揃えてある』

「……断ると言ったら?」

睨みつけ、短く詰問した。

『無論、もう一人にその役目を任せるだけだ』『我々としてはそうなって欲しくはないのだがな……』

なるほど。向こうも多少は追い詰められているらしい。
手間取りすぎたおかげですっかり物資と兵士を消耗し、余計な戦力を割けなくなっているのだろう。
ここに今ある手持ちの兵を使って"実験"するなら、どちらか1人に絞らなければならない。そういうわけか。

フォックスは苦々しげに口の端から息をはき、そして心を決めた。

「デュオン」

なんだというように首をかしげ、こちらを見た彼らにフォックスは言った。

「お前たちは他の人形兵とは違い、高い知能を持っているようだ。
『年端もいかない子供を手に掛けるのは心苦しい』。
お前たちがその言葉を本心で言っていると信じたいところだが……こちらも保険を掛けさせてもらう」

頭に被さった軽量型のヘッドマウントディスプレイの側面をこつこつと叩いて見せ、続ける。

「俺のヘッドギアは仲間の生体反応を追うようにできている。
……この言葉の意味は分かるな?」

部屋は耳が痛くなるほどに静まりかえっていた。
だが彼はそれでも一言一言を明瞭に区切り、双頭の戦車に言い聞かせた。

「少しでも彼の身に何かあれば、提案は却下だ。俺はすぐに戦闘を止める」

『ふむ……』

デュオンは表情一つ動かさず、考え込み始めた。
そもそも、金属で出来た彼らの顔が感情を表すことなどないのだが。

一方のフォックスは相手を強く睨みつけながらも、首筋を冷たい汗が流れていくのを感じていた。

生体反応を追えるというのはブラフだ。ディスプレイは機能を停止しており、何も映ってはいない。
それを悟られないように彼は顔をわずかに真正面からそらし、ディスプレイのある側を陰に隠してデュオンを見つめていた。

うまく騙せただろうか。
この建物内が全てジャミングされているとしても、自軍の中で連絡するための周波数くらいは残してあるはずだ。
あるいは電波以外にも空間を伝播するもの、それこそリュカが感じ取れるような精神波の類を、これでキャッチしているのだと思わせることができれば。

先ほど奴らはこう言った。
エインシャントはファイターに関わるあらゆる物事を調べ上げた、と。
それが真実ならば、自分のヘッドマウントディスプレイに備わった機能の範囲も知られているかもしれない。

だが、今は自分一人ではない。
ブラザーズの出身世界は多種多様だ。それは通用されている技術も同様であり、自分たちは互いに想像も付かないようなテクノロジーを持ち合わせている。
この危機に際し、対抗手段を立てるべく生存者たちが知恵を出し合って新しい機械を作ったという可能性だってあり得るのだ。

賢い者ほど慎重になる。
彼らにとって、想定の誤りや作戦の失敗は物理的な損害となるだけでなく、己のプライドに深い傷を残す。
自分ならば予想できるはずだという自負が常につきまとっているのだ。
だからこそ彼らは全ての可能性を考慮する。誰もが思いつくところから、万が一にも起こらない物事まで。

お前たちは賢い。賢いからこそ、引っかかってくれるはずだ。

息を詰め、感情を殺して待った。
全身の神経が張り詰めるような沈黙が過ぎ去り……やがて、デュオンは重々しく頷いた。

『良いだろう……約束しよう』『お前が協力的にふるまってくれるのならば、あの少年に危害は加えない』

もう引き返すことはできない。
フォックスは顎を引き、視界の端に映るデュオンの冷たい瞳に視線をぶつからせた。

――もし、俺が何も知らないと分かったら……こいつらは容赦しないだろう。

自分がいわゆる"初代"のファイターであることは真実だった。
が、しかしフォックスはデュオンの言う"切り札"について何も知らされていなかった。
自分たちにそんな奥の手が与えられていることなど、ここで初めて聞かされた。

特殊な条件下で発動する真の力。
そんなものがあるのなら、アーウィンが二度まで墜落することもなかったはず。
そして、20人にも及ぶファイターが……仲間達が捕まることもなかったはずだ。

――こいつら……何か勘違いしてるんじゃないか?
だが、それを俺が指摘したところで信じるとも思えない。状況がますます悪くなるだけだ。
ここはサムス達が救助に来るまで、俺が何とか間を持たせるしかないだろう……

墜落直前に放った救難信号が届いていることを願い、彼は一つ深く息を吸う。
そして、言った。

「……その言葉、しっかりと聞いたぞ」

「それほど遠くへは行っていないはずだ。生体反応はこの敷地内に留まっている」

「そいつは何よりだが、もう少し詳しく分からないか? 隠れる所なんてそこら中にあるぞ」

「倉庫の中でしょうか? それともまだどこかを走っているのかも……」

「リュカーっ、早くでてきてよぉー!」

あちこちで上がる声をとどめるように、最初の声が皆に呼びかける。

「あまり離れるな。だいたいのエリアは絞り込めた。
2、3人でグループを作ってくれ。手分けしてエリア内の捜索を行う」

「おう!」「了解です」「わかった!」

歯切れの良い返事が答え、そして足音は様々な方角へと散らばっていった。

辺りはすっかり暗くなり、歩くのにもバッジ型通信機の明かりを頼らなければならなかった。
ルイージは隣にピットがいたため、極力恐がっているそぶりを見せないように努力していたが、眉が曇りがちになるのはどうしようもなかった。

何にせよ暗いのが悪い。
周りに居並ぶ倉庫は、昼頃に合流した時とは比べものにならないくらい背が高くなり、左右からのし掛かってくるように思えるし、
わだかまる暗闇は全ての物の輪郭を曖昧にして、いもしない存在を見せ、要らない想像力をかき立てさせる。
ここであの黒い亡霊みたいな人形兵が立ちふさがろうものなら、もう真っ先に膝から崩れ落ちるに違いない。

ついついマイナスの方向に走りがちな想像を、彼はそこで首を振って止めさせた。
今考えるべきは僕のことじゃない。どこかへ行ってしまったリュカ君のことだ、と。

閉ざされた倉庫の扉。
錆び付き、ザラザラと茶色く汚れた両開きの戸板。

2人は力を合わせ、何度目かになるだろうその扉を押す。
長年砂混じりの風に曝されてきた扉は、いかにも渋々といった様子で軋みながらゆっくりと開く。
バッジ型の無線機を胸から外し、そのライトで中をくまなく照らしたが、やはりここにも誰かが立ち入った形跡はなかった。

あまりの静けさに我慢できなくなったのか、ルイージがそこでぽつりと呟く。

「……いったいどうしたんだろう。いきなり船を出て行っちゃうなんて」

原因がリンク達の遭難にあることはピットも分かっているはずだ。
だが、彼はルイージの問いかけを今はそれどころじゃないとあしらうこともせず、真剣な答えを返してくれた。

「確かに不思議ですよね……。
大切な友達の安否が分からなくなって動揺するまでは分かります。
僕がもしも同じ立場なら、平静を保ってなんかいられません。
でも、たった1人で船から走り出てしまうなんて……」

そこで彼は首を横に振った。
信じられない。そういう気持ちがこもっていた。

ルイージも同感だった。

「一応人形がいないことは確かめてあるけど、ここは全くの安全地帯ってわけじゃない。
あんまり外側に行っちゃったら、いつ歩兵に見つかってもおかしくないんだ。
それなのに…………それに、こんなに暗いのに」

見上げた空は、またいつの間にか曇り始めていた。
ペンキを分厚く塗り広げたような妙な質感をもった暗雲。
天球はともすればその雲に覆い隠され、その度に辺りはひやりと冷たい闇に閉ざされるのだった。

周囲の気温まで5度くらい下がったような気がして、ルイージは肩をすくめる。
決して冷気のみから来るものではない寒さを忘れようと、彼は次の目的地である向かい側の倉庫に意識を向けた。

と、その時であった。

振り向いた途中、視界のどこかに違和感があった。
しかし立ち並ぶ倉庫は時たま半壊気味のものも混ざってはいるが、並びは整然としていたはず。
自分が偵察船をここに着陸させたとき、上空から見た様子がまるで碁盤の目のように見えたのでそれは間違いない。
どこに歪みを感じたのか、と視線で辿っていって……見つける。

「あれ……?」

今まで、倉庫の上半分が吹き飛んでいたり、扉がそっくりなくなっていたりという光景は目にしてきた。
しかしわずかに開きかけ、というのは初めてだ。しかもあの幅は、ちょうど人1人が通り抜けられそうな分開けられているのではないか。

ピットもそれに気がついたらしい。

「……怪しいですね。行ってみましょう!」

そう言って、真っ先に駆けだした。

もしも探している少年ではなく、人くらいの大きさをした人形兵が扉を開けて入り込んでいたのだとしたら。
一抹の不安が心をよぎったが、のぞき込んだ時点でそんな杞憂は打ち消された。

息づかいが聞こえたのだ。
それも、ひどく怯えている。

浅く早く、リズムは乱れ、一息一息が震えてしまっている。
ただでさえ恐怖に引きつっている呼吸が倉庫の高い天井にこだまし、奇妙に変調しながら暗闇の中に満ちていた。
だが、2人の予想を裏切り、そこに涙の混じったような様子はなかった。

もはや泣く余裕もないほどに彼は追い詰められているのだろうか。
倉庫の中に満ちる無数のこだまは悲しみと怯えに満ち、2人にそれ以上進むことをためらわせるほどだった。

彼は自分からこの中に逃げ込んだ。誰にも言わず、誰の助けも受け付けず。
しかし、だからこそ助け出さなくてはならない。手を貸さなければならないのだ。
ルイージとピットは互いに顔を見合わせ、頷いた。

それから2人は用心深く、そっと闇の中に足を踏み入れる。

今までのように無造作にライトを振り回すことは避け、数歩先を照らすだけに留める。
名前を呼ぶ声も、できるだけ小さくした。これ以上彼の心をかき乱さないように。

長い間閉ざされていた倉庫の空気は埃っぽく、すっかり乾燥しきっていた。
ルイージ達が歩くたびに細かな塵が舞い上がり、ライトの照らす筋道をくっきりと浮かび上がらせる。
下手に吸い込んでせき込まないよう、2人はどちらからともなく息を殺していた。

天井付近まで積み上げられたコンテナの列。
彼らは隙間を見つけるたび順々に、左右手分けして通路を照らしていった。

震える息づかいは徐々に収束していき、そして2人は最後の通路に探していた相手を見つける。

倉庫の隅、壁と壁がなす角に座り込み、彼は頭を抱えて縮こまっていた。

まるで上から降ってくるものに怯え、我が身を守ろうとしているかのように。
それでいて同時に、自分という存在を極限まで小さくし、ここから消えてしまおうとしているかのようにも見えた。

かすかに聞こえる呼吸は、まだ乱れたままだった。
ライトに照らされても彼は顔を上げようとしない。

そこで、ルイージは声を掛けてみた。

「……リュカ君」

小さな肩が、びくっと震えた。
さらに声を落とし、できる限りの穏やかさで彼は呼びかけた。

「迎えに来たよ」

返事はなかった。

「一緒に帰ろう。こんなところにいたら風邪を引くよ」

ピットもそう伝えたが、くせ毛の少年はやはり顔を上げようとしなかった。

「リュカ君……?」

訝しげに眉をひそめ、次いでピットは思い切った行動に出た。

「……一緒に戻ろう。そしてフォックスさんと、リンク君を迎えに行こう」

そう言って、
彼に向かって一歩踏み出したのだ。

途端、ルイージがその腕を掴んだ。

「……!
だめだ、止まって!」

ピットがリンクの名前を口にした時、リュカの手が自分の髪を、頭をさらにきつく掴むのが見えたのだ。

「え――」

振り返ったピットの背後で、熱が弾けた。
混乱している間にも、二発、三発。

腕を引かれるままに通路を後戻りしながらようやくリュカの方を見て……ピットは目を疑った。

熱の源は、リュカだった。
頭を抱えてうずくまったまま、手も使わずに炎のPSIを乱れうってくるのだ。
狙いはめちゃくちゃで、宙を走るオレンジ色の火はほとんどがコンテナや床に当たり、
その度に倉庫の中は一瞬だけ、ぱっとまばゆい橙色の光に満たされるのだった。

ピットは唖然としていた。彼がこんな"力"の使い方をするなんて、思いもよらなかったのだ。
仲間に向かって撃つこともそうだが、これほどまでに無鉄砲で闇雲な攻撃をすることなど、今まで共に旅してきた中では一度も無い。
自制を失っている。そんな表現がぴたりと当てはまるような有様だった。

2人が走って逃げる間にも背後から飛んでくる光はますます勢いを強め、
的を外れた攻撃が周りのコンテナを打ち鳴らし、倉庫は数百もの爆竹に火を付けたような騒ぎに包まれていく。
ピットはたまらず後ろを振り返って叫ぶように言った。

「落ち着いて! 僕らは敵じゃない!」

そんな彼の横でルイージが首を振った。

「だめだ! 聞こえてないよ、ピット君」

「聞こえてない……?
……なぜですか。なぜ僕らの声が聞こえないんですか」

共に旅をしてきた仲間から攻撃を受けたという、信じがたい事態。
驚きと戸惑いを引きずったままの顔で、ピットは聞く。
ルイージはさっと頭を低くして青白い稲妻をやり過ごし、答えた。

「はっきりとは言い当てられない。けど、たぶん、リュカ君は心を閉ざしている。
聞こえているけど、聞いていない。あるいは何も聞きたくないのかも――」

そこまで言って、彼はいきなり立ち止まる。
出し抜けに、目の前に人影が立ったのだ。

だが急には止まりきれず、ルイージはコンテナの角から現れたその人物にぶつかってしまった。
一方のピットはつんのめりつつも立ち止まり、目を丸くして相手の顔を見上げた。

「……サムスさん?」

橙色の鎧で全身武装したファイターは、転んでしまったルイージに片手を貸して助け起こし、2人に向かって短く尋ねかけた。

「彼はこの向こうだな?」

「ええ、でも……」

「そうなんだけど……あっ、気をつけて!
下手に近づかないほうが良いかも……」

聞くなりサムスは2人が逃げてきた道を進もうとし、慌ててルイージ達はそれを止めようとする。
しかし、彼女はわずかに振り返ってこう答えた。

「状況は分かっている。多少の被弾は覚悟しているつもりだ」

まるでこれから戦地にでも赴くような言い方だった。
顔を見合わせ、一緒に行くと言い出しかねない様子の2人に、サムスは続けてこう言った。

「それよりも、君達はここを出たほうが良い。巻き添えを食わせたくはないからな」

「教えてください、一体何を……」

まさか彼と戦う気じゃないだろうかと、ピットは不安そうな顔をして尋ねかけた。
だが、ルイージはサムスの手に握られた金属製のカプセルを見て、彼女の意図を察する。

「大丈夫だ。ここはサムスに任せよう」

ルイージの後をついて出口へと向かいながらも、ピットは何度かこちらを心配そうに振り返っていた。
そんな彼らの足音が少しずつ遠くなり、倉庫から出たことを確認してから、サムスは奥の通路へと向き直る。

ライトはつけていない。スーツ内蔵の暗視機能さえあれば、ターゲットの姿は真昼の屋外のようにはっきりと見える。

彼は倉庫の角、通路の隅にしゃがみ込んでいた。
やはり両手で頭を抱えたまま、完全に固まってしまっている。

人の気配が遠ざかったためか、今は攻撃も止めただただ彼は息を殺してうずくまっているだけ。
だがその全身はかすかに震えている。理由は気温の低さばかりではないだろう。

逃げ場を失い、追い詰められた手負いの小鳥。

「……」

サムスはバイザーの奥で表情を引き締めて――一歩、前へと足を踏み出す。

出し抜けに攻撃が始まった。

火矢のように尾を引き、鋭く炎が飛んできたかと思えば
六角の光がでたらめにあちこちで弾け、狙いの定まらない電光が天井へと打ち上がる。

彼が狙っているのはサムスではなかった。どころか明らかに、誰をも狙っていなかった。
強いて言えば、姿も見えず居場所も分からない敵に怯え、必死に追い払おうとしている様子だった。
『来ないで。来ないで』と。

実際には、彼は一言も発してはいなかった。
赤い炎と黄色い光、青い稲妻が目まぐるしく飛び交う向こう側、
相変わらず膝と膝の間に顔をうずめんばかりにして暗がりの中に縮こまり、耳の辺りを両の手できつく押さえつけている。

背部のスラスターの助けを借り、向かってくる流れ弾を一瞬の差で避けながらサムスは着実に、そして正確に接近していく。
駆ける炎を機敏な動きでかわし、光の煌めきを先読みして跳躍し、受け身を取ってさらに前へ。
そうしながらも彼女の目は、ひたと目標に据えられていた。

あともう少しで手が届く、その時。

少年の様子に変化があった。

近づいてくるサムスの"心"に怯えるように、拒否するように彼は強く首を振ったのだ。
と同時に、着ている服がそしてくせの強い髪までもがふわりと見えない風になびき――

光が弾けた。

彼を守るように次々と六角の光が爆ぜ、それは今まで以上に密度と勢いを増してサムスに襲いかからんとする。
純粋な白色。まばゆいばかりの心の光。無声の絶叫。
しかし、その時にはもう彼女は、手にしたカプセルを放り投げていた。

光の爆発は、金属で出来たカプセルをいとも簡単に砕いた。

細かい金属片が花火のように飛び散り、中から吹き出したのは白く濃い煙。

その煙はだんだんと薄まりながら倉庫の中に充満していき、そして、辺りは静かになった。

静寂を取り戻した暗がりを、サムスは歩いて進んでいた。
心持ち下げられていたその視線が再び少年の姿を見いだす。

彼は、リュカは眠っていた。
直前までの動揺を残し呼吸はわずかに震えていたが、少しずつ正常なリズムを取り戻しつつある。

倉庫には霧のようになって、さきほどのガスが漂っていた。
それは彼女が医務室から容器ごと持ちだした、揮発性の催眠ガスだった。
ヘルメットを外せば、そのかすかに甘い香りをかぐことができるだろう。

本来は錯乱して暴れる怪我人の鎮静や、十分な医療機器がない状況下で外科的処置をしなければならない時に
吸引マスクとセットで用いるものだが、今はそんなものを持ちだしている暇などなかった。
だから、こうして保管容器ごと持参してPSIで壊させたというわけなのだ。

リュカの元に辿り着いたサムスは彼の横に静かに片膝を付いた。
少年は埃を被る床に身を横たえ、まだわずかに苦しげな表情の残る顔で眠っていた。

周りの床やコンテナは彼のPSIを受けて盛大に焼け焦げ、へこみさえしていたが、彼自身には全く何の怪我もない。
着ている服もゆるやかに波打つ金の髪も、平常のままだった。

そこで初めて、緑色のバイザーの向こうに隠れたサムスの瞳にかすかな安堵の色が浮かんだ。

しかしそれも一瞬のこと、わずかな光の反射が再び彼女の表情を隠し、
鋼鉄の鎧に身を包んだファイターは少年を両腕で抱き上げ、静かに倉庫を後にするのだった。

空気が切り裂かれる音。
視認する前に耳で、それを避ける。

身をかがめ素早く振り向きかけて、彼はぎくりと首をのけ反らせる。
閃光。鼻先をこがすような距離で緑色の火線が走った。

そこにいたのは緑帽の一般兵。
剣持ちが1体、銃持ちが2体……全部で3体いる。

振り向いたその流れのままついた足を軸にし、フォックスは前方に飛び掛かるようにして勢いよく回し蹴りを放った。
鈍い音ともに、3体の緑帽が宙を舞う。

そんな光景には目もくれず、着地した彼の体勢はすでに次の行動へと向けられていた。

転がり込むように床に手をつき、踏み切って距離を詰めると手近な人形兵の胸ぐらを掴む。
不格好なほど大きく丸い頭を持った黒とピンクの人形は、爆弾になっている頭部を投げかけた格好で動きを封じられた。
彼はそれを後ろに投げ飛ばし、ブラスターを抜き放って追い打ちを掛ける。

折しもそこに集まっていたのは電気をまとわせた雲人形の群れ。
ブラスターの弾で導火線に着火してしまった爆弾人形が、そのど真ん中に飛び込んでいった。

直後、爆発。
黒煙の花火が咲き、遅れて人形兵の亡骸、大量の白い雪片がステージ上空へと舞い上がる。

しかし包囲が崩れたのは束の間のこと。
数秒も休む時を与えずに、立ちこめる煙の向こうから新たな一陣が現れた。

フォックスはすぐにブラスターを構え、まだ姿の現れきっていない敵に向けて乱射する。
その緑の瞳は追い詰められた野生の獣のようにきっと見開かれ、鋭い光を放っていた。

戦いはじめてからどれほどの時間が経っているのか。どれだけの敵を倒してきたのか。
そんなことなどもはや覚えていなかった。

精神的な疲労は蓄積しているはずだったが、全神経を戦いに集中している今は意識にさえ上らなかった。

対処しきれなくなれば強引に人形の壁を突き抜け、幻影を引き連れて向こう側に抜ける。
視界の端から何かが迫ってくれば、それが何であるか確かめるより先にリフレクターを展開し跳ね返す。
ただひたすら手順を決めて、機械的に、機械のように戦い続ける。

目に映る全ての人形兵は、もはや"敵"と言う名の記号と化していた。
どんな攻撃をしてくるのか、どんな攻撃に弱いのか。そんな情報を持った記号。
記号の群れから浮かび上がる、取るべき最低限の対処法。それをできるだけ早く判断し、先制される前に打つ。

インプット。アウトプット。
インプット。アウトプット。

エンドレス組み手でさえ、ここまで大量の敵と一度に戦わされることはなかった。
向こうでは、ステージに載せることのできるザコ敵軍団の数に上限があったのだ。

だがここでは違う。
八角形のリング、ただ一つの一枚板の上にこれでもかというほどの人形兵が詰められて、四方八方から向かってくる。
それもこちらが先陣を倒しきるのも待たずに、次から次へと降ってくるのだ。

真っ白なステージの上に満たされた、真っ黒な混沌。
あるべき秩序と為されるべき制御を失い、"バグった"システムのただ中に放り込まれたような悪夢。

しかしある意味で、この状況は本当のエンドレス組み手だった。

不意に左の空間がしんと静まりかえり、違和感を覚えたフォックスはそちらに目をやった。
敵がいない。まだ空白が埋められていないのか――

そう思った矢先、何も無いはずの床から突如として塔がそびえ立った。

黄色のダルマ落とし。その頂上には太陽か花か、何かを模し損ねたようなモニュメントが乗っかっている。

見たことのない敵を前に、フォックスの反応が遅れた。

"ブー……ン"

唸るような音を立ててモニュメントの顔が目を閉じる。

何が来る?

疑問を心に封じ、歯を食いしばって咄嗟に横に転げ込む。
一瞬遅れて、その背に熱を感じた。

――こいつもエネルギー系か。それなら!

相手が第二撃を放つのと同時に、膝立ちになってリフレクターを起動する。

思惑通り、太陽の塔が放った光の槍は水色のバリアに弾かれて180度方向を変えた。
間髪おかず光線を追いかけて、彼は反撃に出ようとする。

しかし。

腹部に、重い衝撃。

跳ね返したはずの光が、なぜか再び向きを変えたのだ。

きついボディブローを食らい吹き飛ばされながら、苦しさに歪む視界を懸命に前に向けたフォックスはその理由を知る。
自分と太陽の塔の間に鎮座する敵がいた。短いブレードを回転させる、厄介者の銀色ボール。
こいつが自分の跳ね返した光の槍を、絶妙なタイミングでもう一度反射させたのだ。

遠距離攻撃を持つフォックスが緒戦から警戒していた人形兵。
それがいつの間にか、知らないうちにこんな近くまで来ていた。接近を許してしまった。

フォックスが塔の出現に気を取られている間に、忍び寄られたのだ。

無防備に飛ばされていく彼の周囲で、不気味なざわめきが高まる。
今か今かと待ち受ける操り人形達。彼らの放つ無彩色の殺気、そのただ中に飛び込んでいく彼はもはや手も足も出ない。

そして――

彼は、俯せに倒れていた。
目の前にあるのは、フィンガーレスグローブをはめた自分の右手。支障なく動く。
身体の疲れもいつの間にかどこかへと消えていた。

直前の敗北の瞬間はまだ記憶に新しく、しかしそれをあざ笑うかのようにステージはまっさらになっている。

これが夢ならば良いのだが。覚めてくれれば良いのだが。
顔を横にし、起き上がろうとしないフォックスの顔は苦悩に沈んでいた。

そんな彼を急かすように、頭上から声が降ってくる。

『いつまで寝ているつもりだ。続ける気があるのなら立ち上がりたまえ』『それとももう戦意を喪失したか? それならば……』

その先を言わせる前に、フォックスは天井の辺りを睨みつけ立ち上がった。
ダメージを完全に回復されたはずなのに、その動きは精神の疲労を反映してどこかぎこちなかった。

『ふむ、まだ戦えるか』『空恐ろしいものだ。お前たちをそうまでして戦いあわせるように仕立て上げた奴らの心』『我々には到底理解できぬな』

デュオンはそう言って、鼻で笑うような音を立てた。

「……」

フォックスは両の拳をきつく握りしめ細かく振るわせて、ひたすらに沈黙を守った。

初めの頃は文句や皮肉を言う気力もあった。そう、初めの頃は。
それが、幾度となく数の暴力にねじ伏せられ休む暇もなく甦らされて――もはや彼には無言の抵抗しか残されていなかった。
ただひたすら表情だけで、相手に対する嫌悪を示すのみ。

しかし、感情のない機械戦車にとっては大した反抗と映らなかったらしい。
彼らは平然とした様子で続ける。

『ファイターよ、一つ教えて欲しいのだがな』『何が足りないと言うのだ? 組ませる相手も戦う舞台も、お前のために用意してやったというのに』
『お前と来たら、先ほどからただ倒すだけではないか』『これでは兵の再生産が追いつかん』

デュオンは返答を待ったが、彼に答える気が無いと知ると一つ深いため息をつく。

『そうだな。簡単に教えられるものではない……と言いたいのだろう』『なれば、我々の予測から次の試行を行うのみ』

その言葉に引き続いて、虚空にいくつもの暗い穴が開く。
また"組み手"が始まるのだ。

『我々は失敗の原因を、負荷が足りなかったことによると判断した』『次からは補充一回あたりの兵数を3割、増やすこととする』

人形が降ってくる。
手に手に武器を携えて。

色を除けば、限りなく『スマブラ』の"終点"に似ている純白のステージ。
その白はあっという間に人形達の影に埋め尽くされ、たった1人迎え撃つファイターも、また。

鉄格子をきつく握りしめた手。
顔を付けんばかりにして格子に近づけ、目を見開いてリンクはその映像を見ていた。
繰り返される惨劇に息を詰め、我が目を疑って。

何度目かにホログラムの中でフォックスがフィギュアとなって倒れ伏したとき、ついにリンクはその視線を横に向ける。
白い格子の向こう側、天井際に備え付けられたスピーカー。
その彼方にいるはずの双頭の戦車を睨みつける。

リンクが口にしたのは懇願でも交渉でもなく、純粋な怒りの感情だった。

震える息を吸い、一層目を怒らせると彼は叫ぶ。

「……ばかやろーッ! おれ達は、おれ達はお前らのおもちゃじゃないんだぞ!」

しかし、間髪おかず、彼のその威勢を叩き落とすようにデュオンは返した。

『否! お前たちはただの玩具だ』

「なんだと……?」

あまりのことに目を見開き、硬直するリンク。

そんな彼に機械は朗々たる声でこう語りはじめる。

『そう。お前たちなど玩具に過ぎぬ』『如何なる攻撃を受けても傷つかず、力尽きれば銅像と化す』
『そればかりではない』『主の御業を受ければ、お前たちは純粋に戦い続ける兵士となる。個人の"意思"など喪って』
『心など儚い』『技能と性能……我等が主にとってお前たちファイターは、それを刻印されたフィギュアに過ぎんのだ』

リンクはきつく歯を食いしばった。

「違う!」と、そう叫びたかった。剣を抜き放ち相手に詰め寄って、自分たちがそんな脆い存在ではないことを知らしめてやりたかった。
しかし、彼らのいる部屋はおそらくは幾重もの壁を隔てて遠くにあり、彼らの放った言葉には一定の真理が含まれていた。

それでも何か行動せずにはいられなかった。

彼はほぼ反射的に爆弾を手に取り、目の前の、自らを閉じ込める檻に投げつける。
何度も、何度も。

オレンジ色の爆煙が上がり、腹の底に響く音が耳を聾せんばかりに響き渡った。
しかし、純白の格子はびくともしなかった。

大工場と山脈。二度の戦闘で二度ともデュオンを退けたファイターは今、全く手も足も出ずに囚われの身になっていた。
あの時は仲間がいた。仲間がいたから互いの力を合わせ、この双頭の司令官に勝てたのだ。
だが今は全くの1人。できることなど限られている。

とうとう腕が疲れ切ってしまい、最後の1発をやっとのことで投擲するとリンクはそのまま倒れ込み、膝をついて荒い息をつく。
呼吸をするたびに、室内に満ちた硝煙でのどが焼けるように痛んだ。

傍から見れば無謀としか思えない行動を止めもせず最後まで見届けてから、デュオンは思い出したようにこう言った。

『だが、助かる道はある』『お前が知っていることを我等に話してくれれば良いのだ』

「知っている、こと……だって?」

まだ煙の晴れない視界を上に向け、膝立ちのままリンクは息を切らせてそう尋ねる。

『そうだ。初めに言った通り、お前の仲間がこうして何度も戦わされている理由は』『お前たちが隠している、ある特殊な性質を再現させるためだ』

デュオンはそこで一旦口を閉じファイターの返答を待った。
しかし、少年は沈黙を守り、油断なくスピーカーを見据えてゆっくりと息を整えるのみ。

『リンク』

そこで初めて、デュオンはファイターの名を呼んだ。

『お前は知っているはずだ。お前が侵入し、破壊した第一工場……』『あれもまた、お前たちの持つ切り札で破壊されたのだぞ』

「第一工場?」

小さく呟いて、リンクは直後に悟る。
ピットの故郷から光の粒を盗みとり、次から次へと人形兵を生み出していたあのバカでかい工場のことだ。
そして、後から聞かされた話によれば工場が壊れた原因は――『空から降ってきた星』。

続いてある確信が閃いたが、彼はそれを決して表に出さなかった。

脳裏に甦ったのは、マザーシップに乗り込んで間もない頃の出来事。
リンク達に大工場が跡形もなく消え去るまでの顛末を尋ねたサムス。
彼女に対し、リンクは「もしかしてあの工場を壊したのは、こっち側の誰かなのか」と尋ねた。

サムスはそれに曖昧な返答しか返さず、工場についての話もそれきりになってしまった。
だがあの時の彼女の様子に、リンクはある疑いを持っていたのだ。彼女は何か隠しているのではないか、と。

――やっぱりあれは、おれ達のうちの誰かがやったことだったのか……

ようやく鼓動が収まってきたのを意識の隅で感じながら、リンクは油断のない視線をスピーカーの方へと向けていた。

その向こうで、彼らが再び口を開く。

『空は裂け、星は降り』『堅牢にして最大の工場は、いとも簡単に崩れ去った』
『主の計画は少なからぬ損害を受け』『我等の兵達も数えきれぬほど塵と消えた』

姿が見えないにもかかわらず、彼らが何処ともしれない監視室からその鋼鉄の眼差しを向けるのが感じられた。

『……あの時、お前は何を見た?』

リンクは何も言わず、ただ彼らの声が聞こえてくる方角、ある一点に向けてありったけの反抗を込めて睨みつけた。

あの時フィギュア化していた彼に、何か見えたはずがない。
例え見えたとしても、知っていたとしても話す気などなかった。

『言えば解放してやろう。辛く苦しい戦いを続けているお前の仲間も』『為す術もなくたった1人、閉じ込められているお前も』

それを聞いた途端、リンクの瞳に怒りが灯った。

「ばっきゃーろ! だれがそんな言葉信じるかよ!」

怒鳴ると同時に、勢いよく爆弾を投げつける。
それはやはり虚しい爆音を響かせるだけだったが、少なくとも拒否の意図を伝える役には立ったらしい。

『フン……愚かな』

その言葉を最後に、耳障りなデュオンの声は途絶えた。

残されたリンクは肩で息をしながら、黒煙漂う鉄格子の中、消えた声の辺りをきっと睨み続けていた。

マザーシップ、操縦室。
船に残った人員のほとんどが、決して広くはないその部屋に集まっていた。

誰も言葉を発さず、身じろぎもせずに聞き入っていた。

『――メーデー、メーデー、メーデー。こちらはアーウィン。
位置は……ゼロポイントより320スペースキロ。方位角、21度38分。敵襲を受けた。間もなく墜落する』

室内に響くその声は、フォックスのもの。
さすが元は士官候補生だっただけあり、落ちつつある船の中で救難信号を送る彼の声は動揺の欠片さえ見せず、
明瞭に、正確に現状を伝えていた。

だがその冷静沈着な声は、彼の人となりを知る者達の耳にはかえって辛い感情を持って響いていた。

『敵は罠を掛けている。事象素を使った罠だ。
目に映るものを信じるな。奴らは――を――――隠して――』

終わりの方はほとんどノイズに紛れ、誰も言葉を聞き取ることができなかった。
通信圏外に外れてしまったのか。それとも外部からの妨害を受けたのか。
やがてプツリという無情な音とともに通信は終わり、ファイター達は耳の痛くなるような沈黙の中に取り残される。

しばらく、誰も動こうとしなかった。

ピーチは胸の前で組んだ手を、祈るようにそっと握りしめていた。
カービィはもの問いたげな顔で傍らのルイージを見上げ、それに対し彼は何も言わずただ首を振った。
操縦席に座るサムスは腕を組んだまま、こちらを振り返ろうとしない。

最初に口を開いたのは、やはりマリオだった。

「何を待ってるんだ?
俺達の準備はできてる。すぐにここを出て、2人を助けに行くんだ!」

拳を握りしめ、眼差しに力を込めて彼はそう宣言する。

しかし操縦席の鎧は微動だにせず。
代わりに、背後からこう声を掛けられた。

「……無理だよ、兄さん」

「無理? ……なんでだよ。
船はもう直った。リュカも戻ってきた。フォックス達の位置も分かってる。他に何が足りないって言うんだ?」

こちらに向き直り、少し戸惑った顔で尋ねる兄に、
ルイージは言いにくそうにしていたが、やっとこう答える。

「速さだよ。
フォックスの船が選ばれた理由はそれだったでしょ?
僕らの持つ移動手段の中で一番速いから、連れ去られた仲間に追いつくことができたんだ」

他の仲間も同じ考えのようだった。
黙って視線をぶつける兄弟、それを静かに見守るピーチの目は悲しげに曇っている。
ピットもいつになく元気をなくし、床の一点を見つめて口をひき結んでいた。

だが、マリオはまだ引き下がらなかった。

「だからってまだ終わったことにはならないだろ。
俺達の仲間が捕まったんだぞ。追いかけないでどうする?
速さが足りないって、そんなつまらない理屈で諦めるなんてもってのほかだ」

仲間を奪われ息巻く彼に、別の方角から声が掛けられた。

「僭越ながら」

メタナイトはそう前置きし、向き直って正面から相手の目を見上げるとこう続けた。

「すでに、彼らが砂漠を発ってから2日が経っている。
我々は速さだけでなく、時間でも後れを取っているのだ。
仮に今から追いかけたとして何日掛かることか」

どんなに甘く見積もっても2日以上。フォックス達に、その時間を待つだけの余裕はあるのだろうか。
彼はそれを言葉にしなかったが、しかし誰の心にも予想がついた。

束の間目をつぶり、そしてメタナイトは操縦席の方角を見やる。

「……彼が残した言葉も気がかりだ。
『敵は罠を掛けている』。ここで我々が動揺し、駆けつけることさえ敵の計画のうち。
捕縛された2人が真の拠点から我々の目を逸らすための、あるいは……これを機に我々を殲滅するための"おとり"にされているのだとしたら」

「その時はその時だ」

腕を組み、自信を込めてマリオは言った。
剣士から訝しげな黄の眼光を向けられても、彼は全く動じなかった。

「始まってもいないことを今から気にしてどうするんだ?
ここに落ちてこのかた、思い通りに物事が進んだことなんていくつあった?
どっちかって言えばハプニング続き、そうだったよな」

そう言って周りの皆に同意を求める。
ルイージ達は互いに顔を見合わせ、ややあって三々五々肯定的に頷いた。

「それでも、俺達はここまで来た。ここまで来れたんだ。
紆余曲折ってものもあったかもしれない。だけど、どんな困難が立ちふさがっても上手く切り抜けてきた。
それも何回って話じゃない。つまり、今俺達がここにいるのは偶然なんかじゃない。俺達の実力なんだ」

操縦室に集まった7人。その1人1人に聞かせるようにして、彼は続けた。

「予想を立てるなとは言わない。だが考えてたらキリがなくなるのも事実だ。
そういうことは、どこかですっぱり一区切りつける。そうでもしなきゃ俺達は前に進めない。
考えるべきは"今"だ。今起こっていること。そこから始めるのが肝心だろう?」

その言葉に、しかしファイター達は戸惑いの顔を返すだけだった。
彼らの気持ちを代表するようにしてルイージがこう言った。

「でも兄さん、どうやって追いかけるつもり?
フォックスの船が落とされて、きっと2人はもう捕まっている。
2人が向かっていたのはこの世界の真ん中、僕らがすぐには追いつけないほど遠くに行ってしまった。
それが兄さんの言う今だ。ここからどう動いていくつもりなんだい?」

ここまで言及した彼だが、ぎりぎりのところであることに触れるのを思いとどまっていた。
相手はあのエインシャントだ。たった数人の敵に数千の兵士をぶつけてくるほど警戒心の強い彼ならば、
捕まえた2人をあっという間に無力化し、"別のもの"に変えていてもおかしくはない。
口に出せばそれが現実になってしまいそうな気がして恐ろしかった。そして兄もその気持ちを汲み取っていた。

「それはだなぁ……」

マリオは、そこで初めて言いよどんだ。
これまで感情のままに仲間を助けることを主張してきたが、具体案というものは何も持っていなかったのだ。

腕組みをし、懸命に頭を働かせる。
何か見逃していることがあるはずだ。

距離は確かに否定しようがない。ここと向こうが何千キロと離れているのは揺らぐことのない事実だ。下手をすれば万の単位まで行っているかもしれない。
フォックス達が2日かけ、可能な限りのスピードでその距離を渡っていったことも間違いないだろう。

それでは時間についてはどうか。エインシャントがファイターを"駒"に仕立て上げるにはどれほどのエネルギーと時間を費やすのか。
何か必要不可欠な設備なり場所なりがあるのであれば、そこに持って行かれるまでに取り戻せば良い。
だが、助けに来る仲間がいると分かっていながら獲物を弄ぶほど、エインシャントも自惚れてはいないはずだ。
彼はエインシャントの常人離れした冷酷さと冷静さを、ここにいる誰よりも深く、その身をもって理解していた。

操縦室に再び沈黙が降りる。

その重苦しい静けさの中、ことさらに外部からの干渉を拒む姿勢の者がいた。
先頭の操縦席に座り、船外モニタに席を向けたまま振り返ろうとしないサムス。
仲間との話し合いを背で拒否するかのように佇んでいる彼女の瞳は、ただひたすらに過去へと向けられていた。

なぜ止めなかったのか。あの時、未探査区域に突入すると言ったフォックスを。
もちろん安易に許可したわけではない。
彼の送ってきたデータを確認し、半径数百キロに及ぶ地帯に何も不審な構造物はないことを確かめた。
そしてその上で、最終的には彼の戦闘機乗りとしてのプロフェッショナルを信じたのだ。

その結果が、これだ。

――私達には、信じることさえ許されないのか……?

あざ笑うエインシャント。あの時集音マイク越しに拾った彼の声が、聞こえるような気さえした。

救難信号が発せられた地点は、フォックスが送ってきたデータと照らし合わせると何も無いただの平原にポインタが立つ。
罠を遮るものも隠すものもないはずのまっさらな平原で、彼らは何らかの事故にあった、ということになる。
あり得ない。万に一つもないはずの災難。だが、それは現に起こったのだ。

過去を振り返っていても仕方がない。今はAIに新たなタスクを割り振って、現状の打開策を探すべきだ。
彼女の理性はそう言っていた。

だが、手が全く動かなかった。

今まで耐えてきた糸が、ぷつんと途切れたように。
あまりにも長きに渡って緊張を強いられ、大人数の動向に気を配り続ける。こんな局面に立たされたのは初めてだった。
頭の方は続けなくてはならないと叫んでいる。しかし心はもう、限界だという声を上げていた。

こんな状況で、何を信じられると言うのか。何を、決断できると言うのか。

窓の外では夜が明け始め、船が停泊している倉庫の外も少しずつ明るくなっていく。
空は白く、それと同じくらいに、自分たちの前に横たわっている航海図も真っ白だった。

ついに彼女は目を閉じ、わずかに項垂れる。

しかしその時。
背後で、マリオが思い出したように言った。

「そうだ」

彼は操縦席に歩み寄り、今まで沈黙を守っていた彼女に声を掛ける。

「サムス。本当に、追いつけないか?
宇宙の広さっていうのは何千キロの単位じゃないだろう。それを渡り歩くための船だ。
この船……本当は、フォックスの船より速いんじゃないか?」

その言葉に、サムスははっと目を見開く。
だが彼女が向こうをむいている今、その表情を認めた者はいない。

静かなままに動揺が過ぎ去り、彼女は目の前に開けた新たな展望を吟味しはじめる。

操縦室にいる誰もが、固唾をのんで答えを待った。
そして、意表を突いた、それでいて皆が心の底で密かに望んでいた言葉が返ってきた。

「……純粋に速度だけで言えば、その通りだ。
この船に積まれているエンジンは亜光速まで出すことができる」

しかし、間を開けずにサムスは操縦席を回しこちらに向き直る。
万策尽きたかと思われた荒れ野から、思いがけなく拓けた新たな展望。彼女の目はその先を見据えていた。
照明の陰に入ったヘルメット、そのバイザーから覗く鋭い眼差しとともにこう続ける。

「だが、ここは真空の環境ではない。
大気のある状況下で星間巡航時のエンジンを使うことは用途外使用であり、あまりにも危険だ。
船にとっても……そして、私達にとっても」

「用途外……?
でも、この船はそういう速さが出せるように作られてるんだろう?」

怪訝そうに問い返したマリオに、サムスは一つ頷きを返す。
彼女の顔にはすでに迷いの欠片もない。

「エンジン自体は、確かに亜光速での運用に十分耐えうるよう設計されている。
しかし……私達の前には解決すべき課題が2つ、立ち塞がっている」

それから彼女は2、3の動作で操縦室の中央にホログラムを呼び出した。
緑色のワイヤーフレームで描かれた、ほぼ楕円形の宇宙船。マザーシップのシルエットだ。

「その1つが、"熱の壁"だ」

彼女の言葉と共に、網目模様の船、その進行方向に垂直になるようにしてオレンジ色の層がいくつも描かれる。
層は船体に当たったところからぐにゃりと曲がるようにして、船の周りにどんどん層を作っていった。

一息置いて、彼女は解説を始めた。

「大気には粘性がある。我々が普通歩くときなどは気にもならない程度だが、
物体の速度が音速を超えると、それは相対的に無視できないほどの大きさになる。
そのため進行方向にある大気は自らの持つ粘性のために船体を避けきれず、その前でだんだんと圧縮されていく。
圧縮された空気は熱を生み、それが船体の耐熱限界を超えると――」

ホログラムの船体表面が赤熱しはじめ、徐々にその色は赤から橙、そして恒星を思わせる黄色、白へと変わってゆき、
そしてついに、マザーシップの幻は前面から溶解していった。

「耐熱性に由来する限界速度。これが熱の壁だ。
アーウィンが大気圏内を航行する時はおそらく、空気抵抗を減らした機体形状とエネルギーシールドによってこれを耐えているのだろう。
もちろんマザーシップにも後者は備わっている。……問題となるのは航続時間だ」

無数の大気の壁に阻まれ、燃え尽きようとしていた船。そのホログラムが復活し、今度は周りに黄緑色のシールドを携えてきた。
同時に、その後ろにいくつかのグラフが現れる。

「見て分かるように、この船は大気圏で超音速を出すのに適した形状ではない。
シールドがあればある程度の時間耐えることも可能だが、その間シールド発生装置には多大な負荷が掛かる」

説明とともにワイヤーフレームの船が飛行を続け、グラフに時々刻々と変化が現れていった。
残りエネルギーを示す棒グラフが減り続け、船外温度を表すホログラム表面の色も少しずつ赤みがかっていく。

「なるべく空気抵抗を受けない領域、つまり超高度で事象素も少ない空域を飛行し続け、
なおかつ断熱圧縮をシールドで耐えることができ、船体のダメージを最低限抑えられる速度を終始守り続ける。
この条件を満たすことが必要となる」

そう締めくくったところで、一歩前に進み出る者がいた。
彼、ピットは言葉を慎重に選びつつ、初めて口を開く。

「つまり、その……見晴らしの良い空を選ぶ必要があって、途中何があってもそれ以上の速さは出せない、ということですか?」

「その理解でおよそ間違いは無い」

サムスが首肯したのに勇気づけられたか、ピットの顔が少し明るくなった。

「それなら、壁は高いけれど乗り越えられないことはない。そうですよね。
条件を満たすような速さで向かった時、向こうに辿り着くまでにどのくらい掛かるんですか?」 

対し、バウンティハンターの表情はどこまでも冷静だった。
彼女はその視線を相手に据えたまま、こう言った。

「その問いに答えるには、もう一つの課題をクリアする必要がある。すなわち、加速時に掛かる乗組員への負荷だ」

「乗組員への、負荷……」

表情を引き締めてピットは繰り返す。
彼が思い返しているのは、シップが加速したり減速したり、あるいは離着陸するときに全身で感じるあの重みだった。

「そうだ。
生物が耐えられる加速度には限界がある。ここにはヒューマノイド型でない者もいるが、耐加速度能はおおよそ同程度と仮定して良いだろう。
もちろん今の我々はファイターだ。フィギュア化してしまっても良いから出せるだけの速度を出す……そういう考えもある。
しかし、向かう先で何が待ち受けているか分からないこの状況ではその選択肢はあまり望ましくない。
最悪、降りてすぐに戦闘ということもあり得るからだ」

繰り返し飛行シミュレーションを続けるホログラムを前に、彼女はこう続ける。

「そのため、乗組員に掛かる負荷はできるだけ小さくしなければならない。
マザーシップにも加速度を擬似重力で打ち消す機構は搭載されている。だが、これに対しあまりエネルギーを費やすことはできない。
今回の場合、まず何よりもエネルギーシールドに最優先で供給しなければならないためだ。
これまでの条件全てを満たすとなると……」

おもむろに操縦席から立ち上がり、サムスは天井の辺りに呼びかけた。

「AI、目標地点への到達予想時刻は」

次々と目の前に提示された条件。
ファイター達がその膨大さと複雑さに目を回しかけている一方で、AIの答えは即座に返ってきた。

"概算、4時間26分。
なお、加速には内訳の10分程度、減速には30分程度掛かることが予想されます"

淡々と簡潔に伝えられた返答。その内容にマリオは目を丸くした。

「4時間半?!
嘘だろ、あの飛行機でも2日掛かったって言うのに……」

「彼らはなるべく目立たないようなルートを取っていたからだ。
わざと霧の深い空域、つまりは事象素の濃い領域を通り、そのため本来の最高速度を出すことができなかったのだろう」

ここまでの話を聞き、ルイージは半ば自分で確かめるように言葉の形でまとめる。

「ということは、条件は厳しいけど僕らと船が耐えられるなら追いかけることはできる。
でも、そのためには見通しの良い場所を通らなくちゃならない。
エインシャントや彼の手下に気づかれてしまうかもしれないってことか……」

眉を曇らせて呟いた彼に対し、隣に立っていたピーチの表情は少しも恐れを抱いていなかった。
どころか、それまでにはなかった希望の光さえ瞳にきらめかせてこう言う。

「向こうの方々も、それは覚悟しているのではないかしら?
私達に宇宙船があるのはもうあの山での戦いで知っているはずよ。
あれだけの技術を持っているんだもの。本気を出した宇宙船がどんなに速いのか、分からないはずがないわ」

「それじゃあ、着陸した先で敵の大軍が待ち構えてるかもしれないってことですよ。
姫は何でそんな平気そうにしていられるんですか……?」

耳を疑いこちらを見上げるルイージ。姫君は自信たっぷりに答えた。

「大丈夫よ、降りる場所までは分かりっこないわ。
私が言いたかったのは、そんなこと今は気にする必要ないってことなの。
心置きなく飛べば良いのよ。2人を助けるために、ね!」

先ほどは否定的な意見を口にしていたメタナイトも、これまでの情報を聞いて考えを変えていた。
真剣な眼差しで、サムスに対しこう確認する。

「離陸後10分間と着陸前の30分間。その間掛かる加速度に耐えられれば良いのだな?」

「空域の状況で多少前後することも予想されるが、我々に掛かる負担はそれだけと言って良い」

答えたサムスの足元に、カービィが駆け寄った。

「じゃあ早くいこうよ、助けにいこう! ぼくはいつでもじゅんびできてるからね!」

懸命に背伸びし、サムスの手を引いてそう言う。

操縦室に集まったファイター達の顔は、いつの間にか皆それぞれに前向きな表情を取り戻していた。

「僕も覚悟はできています。すぐに出発しましょう!」

ピットが胸の前に上げた片手を握りしめ、そう言う。
続いて、ルイージも前に進み出た。

「賭けてみても良いと思う。4時間半……あの2人なら何とか耐えててくれるはずだよ」

そんな5人の様子を見渡して、マリオは満足そうに一つ笑った。

「なんだ、ようやく元気出たみたいだなみんな!
そうと決まれば話は早い。サムス、さっそく船を飛ばそう!」

黒一色に統一されたコントロールルーム。
部屋の一面に隙間無く並べられたモニタを、円筒形の水槽に入った20体ほどのミズオが監視していた。
水槽の中に表示されたコンソールをか細い指で叩き、監視カメラを切り替えていく。

部屋の照明は床に点々と設置されており、下から照らし出された彼らの姿はいつもの滑稽さを失い、どこか不気味なものに映っている。
しかし、彼らには外見など気にする感情もない。ただ黙々と自らに与えられた簡単なタスクを続けるのだった。

ふと、そのうちの1体の小さな目が、あるモニタに止まった。

"…………"

彼は振り返り、指揮官に指示を仰ぐ。

指揮官、デュオンは別のコンソールを担当する兵士達の働きを監視していた。
そちらの壁面に映し出されているのは、戦い続ける狐顔のファイター。
もう十をとうに超える実験回数を経て、実りのない結果を見せられ続けたにも関わらず、
デュオン・ソードサイドの瞳には相変わらず何の感慨も浮かんではいない。

無言のうちに役割分担がなされ、デュオン・ガンサイドが返答する。

「何かあったのか」

ミズオはそれに対し、その丸い胴体に見合わないほど細長い腕を伸ばし、水槽のガラス越しに1つのモニタを指さした。

そこに映し出されていたのは、飾り付けなど一切ない白一色の部屋。もう1人のファイターを閉じ込めている拘置所である。
収監されたとんがり帽子のファイターは、反抗心も露わに先ほどから鉄格子目がけて爆弾を投げ続けている。
仲間と引き離し一人きりにされたというのに、彼にはあまり堪えた様子がない。年に見合わずと言ったところか、あるいは若さ故の無鉄砲か。

「愚かな。その格子を壊すことはできん。お前に割り振られた能力値では、決して」

大して面白くもなさそうにガンサイドは言い、続けてミズオにこう命じた。

「好きにさせておけ。いずれは自分の行為の無意味さを悟るだろう」

ミズオは頷き、再び個を埋没させて平常のタスクへと戻っていく。
少年ファイターに向けられていたカメラはそれから数分間モニタに映像を送り、やがて次のカメラへと切り替えられた。

だが、このとき下級兵は気づいていなかった。
拘置所を映し出すカメラ、その視界が少しずつ煙の中に閉ざされていくことに。

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最終更新:2016-08-21

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