気まぐれ流れ星二次小説

Open Door!

Track36『Dead End』

~前回までのあらすじ~

『スマッシュブラザーズ』に選ばれ、それぞれの思いを抱いて輝く扉をくぐったファイター達。
しかし、彼らは目的地とは異なる灰色の世界に連れてこられ、得体の知れない人形の軍勢によって1人、また1人と捕らえられていく。
そんな中、プロロ島の風の勇者リンク(トゥーンリンク)と、タツマイリ村の少年リュカが出会う。

現在、偶然が積み重なり運良く助かったごく少数を除くと、20数人ものファイターが謎の存在エインシャントに捕らえられているという。
リンク達を含む10人の生き残りは、彼らを救いだしエインシャントの企みを挫くために初めて大きな賭に出る。
3つのグループに分かれ、一方はこの世界で起きたことを調べ、また一方は亜空間爆弾についての情報を得ることができた。
しかし、残る2人、別の施設へと連行されていく仲間をアーウィンで追ったフォックスとリンクの消息が途絶えてしまう。

エインシャントの腹心デュオンに捕まった2人は、すぐにはフィギュアにされなかった。
以前に第一工場を全壊させた謎の力"切り札"について、デュオンはその原理を突き止めるよう主から言いつかっていたのだ。
リンクを庇ったフォックスは、実験台として夥しい数の人形兵と戦わされることに。

一方、彼が墜落寸前に発した救難信号を受け取ったマザーシップ。
例えどんな罠が待っているとしても、寝食を共にした仲間を助けに行くのは当たり前のこと。
そんなマリオの言葉に仲間達は一致団結し、本来星間巡航用のエンジンを大気圏内で起動、
無茶を承知で彼らの元へと急行する作戦に打って出るのだった。


無味乾燥な白色に塗り込められた拘置所。
ベッドも椅子も無い檻の中に囚われたリンクは、たった一つ自分に残された行動を続けていた。

青い爆弾を背後から取りだし、手当たり次第に投げつける。
その度に橙と黄色の煙が上がり、少しずつくすみながら部屋に立ちこめていく。
鼓膜がおかしくなりそうなほどの爆音が散発的に轟き、ぱっと花火のような閃光が散った。
しかし純白の鉄格子は見た目の細さとは裏腹にびくともしなかった。

やはりひび割れた壁や薄い金属の板とはわけが違う。
彼もそれは分かっているはずだった。分かっていて、彼はそれをやっている。

一見すれば、それは無意味な行動だった。
だが、リンクは決してやけを起こしたわけではなかったのだ。

その証拠に彼はトレードマークのくたっとした帽子を取り、硝煙避けのマスクとして口元に荒く巻いている。
それは自暴自棄になった者がやることではなく、明らかに何らかの計画があることを示していた。

「でやぁっ!」

最後に、球形の爆弾を気合いとともに叩きつける。

彼の立つ室内はいつの間にか薄暗くなっていた。閉じ込められた時は、影もできないほどに上からも下からも照らされていたはずだ。
それが、格子の外の景色さえぼんやりと霞むほどまでになっている。

その理由は、拘置所に立ちこめる煙。数十発もの爆弾によって生み出された煙幕だった。
こうなればこっちのもの。監視の目を誤魔化せているうちに、リンクは急いで次の行動に移る。

まずは弓。檻の外に狙いを定め、放った。

ひゅうっと甲高い音を立てて矢は格子の間をすり抜け……寸分違わず壁面の目標に当たる。
それは檻の外、拘置所の電動扉を開けるためのスイッチ。カチリという音とともにスイッチの赤い発光が消え、檻を隔てて左前方の扉が開く。
濃い煙の向こう、扉の先に拘置所の簡易制御室らしき小部屋が現れた。

次いでリンクはブーメランを取り出した。
今度は弓矢とは少し勝手が違う。慎重に距離を測って振りかぶり、そしてスナップを利かせて投げ放つ。

くの字を象るブーメランは風を引き連れ、局所的に煙を切りさきながらこれも正確に鉄格子をくぐり抜けた。
拘置所の壁にぶつかる寸前でそれは勢いよくカーブを切り、先ほど開けた扉の向こうへと消える。

リンクは格子の外に目一杯手を伸ばし、待ち受けた。

やがて、ブーメランが戻ってくる。どうやら一辺で何かを引っかけているようだ。
彼はブーメランごと、それをしっかりとつかみ取る。

小さな穴がいくつか開けられた銀色の板。この牢屋を開けるためのカードキーだった。

実はこの一連の流れ、彼は全て計算ずくで行っていた。
牢屋に連れて来られるまでの間、彼は精一杯もがいて反抗するように見せかけつつ時間を稼いで道のりを覚え、鍵が掛けられている位置も確認し、
閉じ込められてからも、室内に仕掛けられた監視カメラの大体の位置をデュオンの反応から割り出していたのだ。

「へへっ、ちょろいちょろい!」

にまっといたずらっぽく笑う。
空いた手で帽子を被りなおし、彼はそのまま鉄格子に備え付けられたボックスにキーを差し込んだ。


  Open Door! Track36 『Dead End』


Tuning

逆境

『デュオンよ、首尾はどうだ?』

とうとうしびれを切らしたらしい。
主の声が降ってきたのは、しかしファイター2人を捕らえてからまだ一昼夜も経っていない頃だった。

対し、デュオンは不服や苛立ちなどつゆほども見せず主の幻に向けて深々と礼を返す。

「これは我等が主。只今1人のファイターを対象に試行実験を続けております」「じきに結果も見えて参りましょう」

『この私に待てと? いつまで待てというのだ』

エインシャントの声が一層硬さを増す。
青味を帯びたホログラム、帽子の庇から冷たい目線を向けて彼はこう言った。

『ただでさえ駒の再調整の目途が立っておらぬというのに……。
第一、お前達の予想が合ってるという保証はどこにある。
未知の因子と言ったか。私の知らぬ性質がファイターにはあり、それを把握していないがために駒は不完全であると?
……お前達の空論にいつまでも付きあうほど私は愚かではないぞ。分からぬなら分からぬと、さっさとその2体も駒にしてしまえ』

見る者の心に冷たく突き刺さるような一瞥をくれ、エインシャントは外套を翻して完全に背を向けてしまう。
そのまま通信を切ってしまおうとした彼の素振りに気がつき、デュオンはすかさずこう声を掛けた。

「はっ。そう仰るのもごもっとも」「しかし、我々に今しばらくの猶予を」

そう言ってからゆっくりと背筋を伸ばし、彼らはこう続けた。

「我等が主。お言葉を返すようですが」「こうしてファイターを生け捕りにできたことは、この上ない僥倖なのです」

『僥倖だと?』

訝しげに眉を上げるような調子で、エインシャントのホログラムは振り返った。

「然り。現に、あなた様の元には22体もの駒が届けられました」
「しかし、それだけの数を持ってしても駒の不安定性……その原因は未だに分かっておりません」
「それはつまり、彼らが覚醒している状況を見なければ原因を突き止めることはできない」「左様な可能性も考えられますまいか?」
「現に、今までに起きた駒の暴走はいずれもフィギュア化した状態ではなく」「起動した状態で起こっているではありませんか」

根気よく説くデュオン。それを見上げるエインシャントの瞳は、吟味するような色を帯びはじめる。

「無論、『二度までも誤作動を起こした駒を、これ以上起動させるわけにはいかぬ』」「主がそう思われているのは、我等も承知しております」
「あなた様の崇高なる計画を実行に移すその時までには原因を突き止め、是が非でも駒を修正しなくてはならない」「そこで、あの2人が役に立つのです」

重々しい沈黙を挟んで、主は言った。

『ふむ……続けろ』

許しを得たデュオンは、会釈を挟んですかさず本題に入っていった。

「今、我等があの2人を別々に閉じ込めたその目的は他でもない」「相互関係の中からのみ立ち現れる事象、それを再現させるためなのです」
「ご存じの通り、ファイターは集団の数が増えるほど相乗的に強さを増し」「その係数は人形兵でのそれとは全く比べものになりませぬ」
「このことから我々は、彼らはお互いに何かしらの影響を及ぼし合う。それこそが残された最後の変数である……左様な仮説を立てております」
「ファイターにあって兵に無い何かしらの要因」「おそらくはそれがために、現在の駒には不安定性がある」
「そしてそれがために、ファイターはあなた様の創られた兵よりも強く、底知れぬ力を持っているのだとしたら」

背面のガンサイドがそこで部下達に指示を出す。
プリムやらミズオやらが慌ただしく手を動かす音がさざ波のように広がり、やがてモニタの様相が変わった。

壁面の全てを使って、ある一風景を映し出す。

「ご覧下さい」

大写しになったのは、今まさにステージの上で戦っているファイターの姿。
獣人の男が素早い身のこなしで走り、跳び、次々とエインシャントの兵士を退けていく。

「回復はこちらで行っているものの」「彼はこれまでに通算37回、休みなく戦い続けております」「その理由はいずこにあると思われますか?」

ファイターは一切の表情を排し、ただひたすらに目の前の相手を倒し、おびただしい兵士の群れを切り開いていた。
その血路が最終的にはどこへも繋がることのない道だと分かっているはずなのに、彼の目には揺るぎない強さがあった。

「彼が捕らえられたとき、我等にある取引を持ちかけてきました」「自分が戦う代わりに、もう一方には手を出すなと」
「つまり、彼は仲間を庇って戦っているのです」「どんな者も耐えうるはずのない、単調な作業の繰り返し」「何を生み出すこともない、無意味な戦闘」

壁一面に大きく映し出された終わることのない戦い。
デュオンはそれを背景に、熱意を込めて主を見つめる。

「それを継続可能にしているのはおそらく」「"仲間との相互関係"でありましょう」

しかし、腹心の力説を最後まで聞いたエインシャントの反応は冷たかった。

『フ……馬鹿げている。そんなものが何になるというのだ』

首を振り、興味を無くしたようにモニタから背を向ける。

『それで、待てばその相互関係とやらで何とかなる、とでも言い出すのではあるまいな?
私は初めに言ったな。いつのことになるのだ、と。
先ほどから見ていればこやつ、いつまでも逃げては戦い、そればかりで"切り札"の片鱗さえ見せようとせん。
ただ単にお前たちのやり方が手ぬるいだけではないのか』

そこを突かれては、デュオンも返す言葉がなかった。
主のこと、これ以上予測に過ぎない語句を重ねても決して心を動かさないだろう。

深々と礼をし、主の審判を待つデュオン。

その向こうで不意に、思い出したような口調でエインシャントが言った。

『……良いことを思いついた』

てっきり実験の中止を言い渡されるものと思っていたデュオンは、怪訝そうに顔を上げる。
そんな彼らに、エインシャントは先ほどとは打って変わって自信に満ちあふれた様子で向き直る。

『駒が手元に届いたことで、一つだけ進歩があった。あれを元に、新たな兵士を作ることができたのだ。
これまでの兵士とは比べものにならぬはず。ちょうどよい、これをファイターと戦わせてみろ』

「新たな兵士、でございますか?」「それは一体いかなる……」

言いかけて、デュオンの動きが止まる。
コントロールルームにサイレンが響き渡ったのだ。

指示が飛ぶより前に部下達が一斉に手を動かし、モニタが瞬時に切り替わった。

ソードサイド側の壁に映し出されたのは、拘置所に閉じ込めてあったはずの少年ファイター。
剣を携え弓をつがえて、彼は追っ手の衛兵を次々と塵に返し、廊下を駆け抜けていく。
だが、哀れなことに彼が進路に捉えているのはこのコントロールルームなのであった。

『愚かな。出口など無いというのに』

呆れたように呟くエインシャント。対し、モニタを見つめるデュオンのアイセンサは少なからぬ驚きに見開かれていた。
やがてその目にやや落ち着きが戻り、変わって奇妙なほどの確信に満ちて静かな熱意が立ち現れる。

「どうやら最後の演算が動き出したようです」「今しばらくお待ち下さい。必ずや、奴らの秘密を暴いて見せましょう」

そう言って彼らは主に黙礼し、部屋を後にした。

残されたエインシャント。
彼のホログラムを左右から挟むようにして、まだ映像は続いていた。

仲間を庇い、自分の身を粉にして戦う狐顔の男。
彼と合流するために鉄格子をこじ開け、ただひたすら走る少年。

壁一面に大きく映し出された彼らの表情は張り詰めていたが、同時にどこか生き生きと光り輝いているようでもあった。

それは窮地に追い込まれた者だけが発する刹那の光。
生き延びることへの切実な願い。

対するエインシャントの瞳はどこまでも冷酷で、一瞬の揺らぎさえも示さない。
ファイターが繰り広げる活劇にはつゆほども目をくれず、彼は部屋を出ていった自軍の参謀に、その確信を問うような視線を向けていた。

うち捨てられた倉庫群。
さびに汚れ砂にまみれた金属のガレージが列をなし、涸れた海のそばに身を寄せ合っている。

一陣、砂混じりの風が吹いた。
老朽化した倉庫は音を立てて軋み、がたがたと身震いをする。

明け方の寒さに震える寂れた倉庫群。その一角から、音も立てずに一隻の船が姿を現した。

橙色と黒色のモザイクを呈した楕円形の中型宇宙船。
吹きすさぶ風にも動じず、それは束の間質量を全く無視した静けさでその場に浮かんでいた。

そして、すい、と浮上する。

灰色に高曇りした空に向かって、吸い込まれるように。

順調にいけば、あと5分も経たずに予定高度に達する。
それまでに間に合うよう、ファイター達は各自部屋に戻り加速に備える準備をしていた。

船内の廊下には慌ただしく行き来する足音が響き渡り、問う声とそれに答える声とが入り乱れている。

そのただ中を揺るぎない足取りで歩いて行くサムス。
彼女は1人ではなく、その後ろにはカービィがついてきていた。

目的地に向かう道すがら、サムスは仲間達の居住室にも立ち寄り最終確認を与えていく。

「進行方向に対し垂直に……そう、その壁だ。
あとは壁を床と思って、"仰向け"になってくれ」

「こう、ですか……?」

そう確かめたピットの顔はどこか怪訝そうだ。
無理もない。今彼は何枚かの毛布とマットレスを壁に立てかけ、
同じ部屋に配分されて来たメタナイトと共に並んで背中で押さえつけるという妙な格好で立たされているのだ。

ともすれば上から倒れてきそうになる毛布を手で支え、踏ん張っている彼らにサムスはこう説明した。

「これから加速で掛かる加重は、重力に換算して一般的な惑星の3から4倍にもなる。
だが、負荷が掛かる方向に対し身体を平らに保てば、特殊な訓練を受けていない者でもこれを十分耐えることが可能だ。
少し息苦しさを覚えるかもしれないが、そう長くは続かないだろう」

そう言ってから、彼の背に備わった白い翼を見て付け加える。

「それに、君は元々空を飛ぶことができるのだったな。
飛行中に急降下や旋回をしても支障がないのなら、おそらく大した負荷には感じられないはずだ」

ここまでを聞いてようやく不安も解けたらしい。
ピットはいつものきりりとした表情を取り戻し、こう言った。

「……分かりました。船の方はお願いします」

サムスはそれに対し何も言わずに頷きで返答し、部屋を後にする。
一方のカービィは廊下に座り込み手持ちぶさたに足をぱたぱたさせていたが、
彼女が先に行ってしまったことにやや遅れて気づくと、ぱっと立ち上がり後について走っていった。

医務室の扉が開かれて、そこに先客がいることに気づいたカービィは目を丸くした。

「あれーっ? リュカ、こんなとこにいたんだ!」

そのまま駆け寄ってベッドによじ登る。
以前ピットが寝かされていた時と同様、斜めに立てかけられたベッドには青く透明なカバーが掛かっており、
彼はその青い覆い越しに、顔をくっつけんばかりにしてリュカの寝顔をのぞき込む。

と、後ろからこんな声が掛かる。

「一旦下がってくれ。今から覆いを解除する」

ぱっと飛び退くと、微かな唸り音と共に、実体を持っていたはずのカバーは跡形もなく消えた。
光を浴びるだけで回復できる装置と言い、手に触れることができるエネルギー帯と言い、マザーシップにあるものはことごとく想像を超えている。
しかし、カービィはそんなことは気にもとめず友達の枕元へと一足飛びに跳び乗った。

これだけ外が騒がしいというのに目を覚まさないリュカ。
その額に、カービィはその丸い手を載せる。

「んー……なんだかちょっとつめたい」

もう片方の手を自分の頭に載せ、熱を比べようとしているとサムスがこう言った。

「心配は要らない。彼はただ疲れているだけだ」

催眠ガスを使ったことは誰にも言っていなかった。
軽々しく口にするには、この事態はあまりにも複雑すぎる。そう判断したのだ。
だがルイージはうすうす分かっていたようだったし、他の皆も何となく察しがついた様子ではあった。

普段から目立とうとはせず、同年代の子供達の間でおとなしくしていたリュカ。
そんな彼があれだけの動揺を見せたのには並ならぬ理由があるに違いない。

気がかりではあったが、しかし今はそれを問い詰めるべき状況ではないだろう。

ややゆっくりとした呼吸をし、深く眠っている様子の少年。
彼の横顔を口をひき結んで見守っていたサムスは、カービィの声で我に返る。

「そっか! それならぐっすりねむれば元気になるよね」

納得がいったというように頷き、カービィはついでサムスの顔を見上げて尋ねた。

「それで、ぼくはどこにいればいいの?」

彼が呼ばれたのは他でもない、リュカの身を守るためだった。
深い眠りに入っているリュカは当然のことながら、加速に備えた姿勢を保つことなどできない。
ベッドを垂直にしたとしても、加速が始まる前に重力に負けてそこからずり落ちてしまうだろう。

一応固定ベルトも備え付けられてはいるが、慣性緩衝システムが不十分な状況での運用は想定されていない。
ここは用心の上に用心を重ねて、最低でも1人のファイターについていてほしかった。

「そうだな……君は頭を支えていてくれ」

そう告げると、こちらが何も言わないうちにカービィはリュカの枕を押しのけてその後ろに潜り込んだ。
その一方でサムスはベッド横のコンソールを操作し、少年が落ちない程度に傾きを上げていく。

顔を上げた傍から、カービィが顔をのぞかせて言った。

「どう? ばっちり?」

得意げに目を輝かせている。
その無邪気な様子に、サムスの緊張も少しほぐれた。

「ああ。これ以上に上等な枕はないだろうな」

それから、表情を切り替えてこう続ける。

「加速が始まれば、君に掛かる負担も増すだろう。彼のことはくれぐれも頼んだ」

「うん、だいじょうぶ! ぼくにまかせて!」

目標高度まで、残り1分を切った。
AIのアナウンスが流れ、サムスは操縦室へと駆け戻る。あっという間に見えなくなったその背を、カービィは手を振って見送っていた。

数分後、加速の始まった船内には粗雑な振動音ばかりが響き渡っていた。
ファイター達は皆じっと壁に身をあずけ口を引き結んで、全身に掛かる負荷を耐えようとしていた。
少し前までは邪魔でしかなかった毛布に、今や誰もが感謝することになっていた。
これが無ければ背中が硬い壁に押し付けられ、至る所に小さくあざができていたことだろう。

一度大きな爆発音が船内を揺さぶったが、すぐに操縦室の方から"現在音速を超えた"という旨の船内放送が流れ、
彼らはほっと安堵のため息をついた。もちろん仮に駆けつけようと思ったところで今は歩くことさえままならないのだが。

誰もが口を閉じ、10分間を乗り切ろうとしているマザーシップ船内。

「なぁんだ、思ったより大したこと、ないんだな」

自分の体重の3倍はあろうかという加重を受け止めて、マリオは気丈な笑みを見せてそう言った。
それに対し、ピーチを挟んで向こう側にいるルイージは眉をひそめたままでこう返す。

「兄さん、ここで強がったって仕方がないよ」

その声は今にも船内の騒音にかき消されそうだった。声を出すにも、今は何倍もの労力が必要なのだ。
胸にドッスンがのし掛かっているような気がしてきて余計息苦しく感じ、彼は一つ大きく深呼吸をした。

「……姫、姫は大丈夫ですか?」

尋ねて見上げると、すぐに返事が返ってきた。

「ええ、何とも無いわ。ありがとう」

ピーチはそう言っていつもの明るい笑顔を返してくれたが、額に垂れかかってきた髪はそのままになっている。
おそらく彼女は立っているだけで精一杯。髪をなでつけるために腕を上げることさえ、諦めなければならないほどなのだろう。

兄弟の気遣うような視線を感じてか、彼女は敢えて落ち着きのある様子を見せる。
音の鳴り止まない天井を見上げ、こう続けた。

「それにしてもずいぶん揺れるのね。今は空を飛んでいるのでしょう?」

「うーん……やっぱり宇宙と空気じゃわけが違ったかな?」

マリオはそう言ってから、弟の方に目をやる。
『また後先考えずに兄さんは……』てっきりそう突っこまれるだろうと思ったのだが、彼には聞こえていなかったようだ。

ルイージの視線の先にあるのは、壁面に表示された電光時計。
つられてそちらに目を向け、マリオは思わず自分の目を疑った。

もうすぐ終わりだろう。そう思っていたのに、白い壁に浮かび上がる表示は"5:00"。
これまででやっと5分。つまり今までの緊張が同じ長さを持って、これからさらに続くのだ。

辺りに満ちるのは、密に配線されたダクトやら電線の類がぶつかり合い、軋む音。
騒音といい振動といい、まるでサスペンションが壊れたまま悪路を走行するトラックに乗り合わせたかのよう。

そこに時折、天井や床を伝って金属の打ち合う音が激しく響き渡り、その度に乗組員は祈るような眼差しで天井を見上げていた。

誰もが、口にこそしなかったものの同じ想像を抱いていた。
この船は一度ガレオムの手によって半壊状態にまで追い込まれている。それをあり合わせの資材で直して、ようやく飛べるようになったのだ。
設計限界すれすれの航行で無理がたたり、もしも船が空中分解してしまったら……

自分たちに為す術はない。地上から数百キロメートルの高空に投げ出され、真っ逆さまに墜落するだけだ。

背後に迫る、いくつもの足音。
十数体もの人形兵を相手にリンクは鬼ごっこを続けていた。

と、このままでは追いつけないと踏んだか、銃持ちの緑帽がその場にしゃがみ銃を構えた。
一撃目はきわどいところで外れ、リンクの帽子のすぐ脇をかすめていく。

銃声に振り返ったリンク。
追いかけてくる有象無象の人形兵、その後ろにすでに銃兵の隊列ができあがっている。
いくつもの銃口が持ち上がり、こちらに向けて照準を合わせようとしていた。

彼は迷うことなく背中に掛けた盾を取り、走りながら背を守るように後ろ手で構える。

一見それはただの古風な盾であり、とてもではないが敵の異質な兵器の攻撃を無効化できるようには見えない。
だが、彼の持つ盾はそこらの盾とはわけが違う。彼の家に代々伝わるその名は"勇者の盾"。

やがて少年を足止めせんとレーザーの雨が降りかかる。
耳をつんざくような擦過音が真っ白な廊下に、乱雑に反射し響き渡る。

しかし、一発たりとも少年の身体に当たることはなかった。
彼を守り全てを受け止めた盾にもまた、焦げ目ひとつついていない。

「おれを捕まえるんならもうちょっとましなブキ持ってこいよな!」

と小生意気な口を叩き、彼はその足で自動ドアをくぐり抜けた。

間髪おかずに振り向いて壁の開閉装置に手を押しつけ、ドアを閉じる。
この手のドアの扱いはサムスの船で慣れている。もちろんその仕組みも。
閉まりきったところでリンクはおもむろに剣を抜き放ち、ドアの腹へと思い切り叩きつけた。

遅れて、歪んだ白い扉の向こうでたたらを踏む音が立ち、言葉ともつかない呟きがざわざわとわき起こる。
人形兵は自動ドアが開かないのを不審がっている様子だった。
それもそのはず。すでにリンクの攻撃でドアは歪み、物理的に開閉を封じられていたのだ。

「さーてと……」

リンクは一息ついて辺りを見渡した。

ずいぶんと天井の高い廊下だ。
それだけではない。幅も今までの倍くらいはある。

見るからに今までの廊下とは様子が違い、ただならぬ気配が漂っている。それも嫌な予感がする方向に。

しかし、それだけ答えにも近づいているはずだ。
今も人形兵と戦わせられているだろうフォックス。彼のいるステージを指し示す答えが。

小休憩を挟んだリンクは気合いを入れ直し、再び駆け出そうとした。が――

「遊びはそこまでだ、ファイターよ」

不意に壁だと思っていた一角が沈み込むようにして開き、その声と共に現れたのは双頭の影。

違和感を覚えて、リンクはすぐにその理由を察する。
これまで周囲を取り巻きの人形兵で固めていた彼らが、今回は誰も引き連れていないのだ。

たった"2人"で現れたその姿は今までより小さく見えたが、放たれる威圧感は少しも衰えてはいない。
本能的なところで危険を察知し、リンクは立ち止まり剣と盾を構えた。

「愚かな……我等と戦うつもりか?」「無駄だ。お前1人では太刀打ちできるはずもない」

彼らにとっては狭い廊下でゆっくりと方向転換をすると、剣を持った側、ソードサイドがこちらへと向き直った。

「そんなこと、試してみなきゃ分かんないだろ」

構えた盾の上から油断無くデュオンを見上げ、続けてリンクは語気を強め詰問する。

「答えろ! フォックスはどこにいるんだ」

対し、デュオンはどこまでも冷静だった。
わずかに首をかしげ、どこか訝しげにさえ聞こえるような口調でゆっくりとこう言った。

「今、自分が置かれている状況を理解していないようだな」「お前は我等にものを問える立場ではないのだぞ」

リンクはこれに対し沈黙で否定の意を返し、しばし廊下には沈黙が満ちる。
今までは聞こえることのなかったデュオンの駆動音がその背景に低く重々しく響いていた。

やがてリンクは言った。

「答える気が無いんなら、おれにだって考えがある」

「ほう……?」

小馬鹿にした様子でデュオンが言った、その直後。

リンクが駆け出した。
真っ直ぐに、前へ。デュオンの脇を通り抜けようとする。

幸運にも、今こちら側を向いているのは剣持ちの半身だ。
廊下の幅はぎりぎりデュオンが向きを変えられる程度しかない。
従って、剣を持った側がこっちを向いている今は左右の壁が邪魔になり、十分に剣を振るうことはできないはず。
だから一気に距離を詰めて死角に入れば攻撃されることはない、そう判断したのだ。
あとは彼らが出てきた壁の大穴、それをくぐり抜けて逃げ切れば良い。

そこまで算段したところで、背中に冷たいものが走った。

見上げ、見定めないうちに横へと飛び込む。

落雷。そう錯覚するほどの轟音。
視界の端に振り下ろされた剣を捉えたのも束の間、リンクは余波を食らって吹き飛ばされた。

彼らは第3の剣、自らの頭部に備え付けられた大剣さえも武器として扱えたのだ。
まるでお辞儀でもするように振り下ろされたそれは、明らかにリンクのいた場所を狙っていた。

ふらつく頭を押さえ、それでも何とか立ち上がろうとするリンク。
しかし、その鼻先に巨大な銃口が突きつけられる。

「相手の性能さえ碌に知らぬうちから戦いを挑むとは、感心せんな」

いつの間にか銃持ちの顔がこちらを見下ろしていた。

「無謀。無計画。それだからお前たちスマッシュブラザーズはいとも簡単に陥落したのだぞ」

「引き替え、お前たちのことを隅から隅まで調べ上げた我等が主の苦労……」「備えあれば憂いなしという格言の意味を、少しは学びたまえ」

仲間を侮辱された憤りを心のうちに燃やし、リンクは戦車の鋼の眼を睨みつける。
そして言った。

「……撃つんならさっさと撃てよ」

「我等が手を下すまでもない」

気がつくと、リンクの背後にはすでに人形兵がずらりと待機している。
歪んだ扉はすでにこじ開けられて、少年の退路を断つように彼らはじっと突っ立っていた。

「お前もわざわざ出てくる必要などなかったのだ」「おとなしく牢で待っていれば良かったものを」

そして部下達に指令を下そうとしたデュオン。しかし、彼らを呼び止める声がした。

『まぁ待て。デュオンよ』

現れた幻、見上げたリンクははっと息をのむ。

青く揺らぐ小柄な影。顔も身体も古風な衣装の中に包み隠した人物。
それは、マリオが記憶を元に描き起こした"彼"の姿とそっくりだった。

「お前がエインシャントか……!」

人1人がすっぽり入りそうなほどの銃口を向けられている今は、そう言うだけで精一杯だった。
せめて眼差しにはありったけの怒りを込めて、自分の意思を突きつける。

しかし、反応が返されることはなかった。
彼はリンクの言ったことなど聞こえなかったかのように、はるかな高みからリンクの観察を続ける。
丸い黄色の双眸が、無遠慮なほどの横柄さでこちらの全身を眺め回す。

やがてエインシャントは、平然とした様子で腹心にこう告げた。

『中々見所のあるステータスではないか。これならば、今戦わせている奴よりは良い成績を出すだろう』

ぞっと、総毛立った。

リンクの目は大きく見開かれていた。
しかしそれは怒りや驚愕などではなく――畏怖から来るものだった。

圧倒的な隔絶。

相手はこちらを見もしていない。見てはいるが、こちらが生きている存在であることをまるで無視している。
彼の目は、いつか対峙した"駒"とそっくりな目をしていた。どこまでも冷徹な、鋼鉄の眼差し。

不意に、サムスの言った言葉が耳に甦る。
"はっきり言おう。エインシャントは異質な存在だ"

この世の理を手に収め、事象の生成消滅を思いのままにする。
そんな者からすれば自分たちなど、モノと同列の存在でしかないのだ。

超常的存在を前にして愕然とし、すっかり戦意を喪ってしまったリンク。
しかしどうしたことか、彼に銃口を突きつけるデュオンは答えを渋っているようだった。

それには気づかなかった様子で、エインシャントはこう言い渡す。

『ステージを空け、こやつを入れておけ。私は新型兵の準備をする』

そしてリンクに最後の一瞥を――まるで無機物に向けるような一瞥をくれて、ふとかき消えた。

"予定速度に到達。本船はこれより巡航速度を保ち、225分後に降下準備に入ります"

人工的な硬い口調で発せられたAIのアナウンス。
しかし船内には既にそれを上回るほどのざわめきが戻っており、真剣にアナウンスに耳を傾けている者は僅かだった。
10分もの間動きを封じられていたのだから無理もないだろう。

大きくため息をついて凹んだマットレスから身をはがし、三々五々後片付けをして部屋を後にする。
誰も彼もやや疲れた様子で腕を回し、すっかり凝り固まってしまった体をほぐしていた。

4時間弱の猶予は睡眠を取るにはやや短く、かといって何もせずに過ごすには長すぎる。
すでに行動を決めている者もいたが、大抵のファイターは廊下に出てはみたものの特に当てがあるわけでもなく、
とりあえずこの船のリビングのようになっているミーティングルームへと向かいはじめた。

その頭上から、AIとは別の声の船内放送が流れていた。

『加速は終了したが、前回にも起きたようにどんな妨害を受けるか分からない。
AIにはできるだけ事前にアナウンスさせるが、急旋回に備え、各自手摺を離さぬように。
なお減速は予定通りに進めば先ほどのアナウンス通り225分後、3時間45分後だ。
今度は着陸地点を見定めつつ30分掛けての減速となるため、負荷は先ほどよりも軽くなるだろう』

廊下の外が賑やかになってきたのに気がつき、カービィは目を開ける。
天井のどこかから聞こえてきたサムスの声も、内容はよく分からなかったが何となく大変な場面を乗り切ったことは伝わってきた。

丸い体をうんとひねって扉の方を見る。

――みんなもへやを出たのかな。ぼくも行きたいなぁ……

不意に、支えていたリュカの頭が動いた。

驚いて横顔をのぞき込むと、いつの間にか彼の目が開いていた。
まだ眠たげな目をしているが、間違いなく、こちらと視線が合った。

リュカは、ぼんやりとした顔でゆっくりとまばたきした。

「……」

自分の置かれた状況が分からないらしく、彼はぼうっとカービィの顔を眺めている。
一方のピンク玉はぱっと目を輝かせると、ベッドから跳び下りてそのまま鉄砲玉のように医務室を飛び出していった。

「みんなぁ! リュカが起きたよ~っ!」

そう、船中に響き渡るような大声で報せながら。

結局狭い医務室にはファイター全員が入ることはできず、サムスがなだめるように言った言葉で彼らは渋々引き下がった。
曰く、『彼にはまだ安静が必要だ』と。

入り口で見送るサムスの肩越しに、仲間達は横たわる少年に心配そうな視線を向けながらも部屋に戻っていく。
最後まで残ろうとしたカービィにも、彼女はこう伝えた。

「また減速時に呼ぶ。それまで待機していてくれ」

ようやく静けさを取り戻した医務室。
振り返ると、少年は起きたときの様子そのままでベッドに身を預けていた。
すでに姿勢固定用の腰部ベルトは外されているが、起き上がろうとせず、目の前の壁を見るともなしに見ている。

少し考えて、サムスはスーツの首元に手をやる。
わずかな動作でロックを外すと、彼女はヘルメットを小脇に抱えてベッドへと歩み寄った。

「具合はどうだ?」

そうさり気なく声を掛けると、彼はひとつ頷いた。

「はい……もう大丈夫です」

そう言った彼の声は硬かった。
しかしその壁は、自らに催眠ガスをぶつけたサムスに向けられたものではなかった。

彼は項垂れる。
目の前に両の手を広げ、じっと見つめる。

「すいません。よく覚えていないんです……ただ、みんなに何か迷惑を掛けたんじゃないかって心配で……」

そこで言葉が途切れ、彼は何かを言いかけたまま自らの手を凝視する。

放っておけばまた頭を抱えてしまいそうだった。
サムスは有無を言わせず、静かに彼の腕を押さえる。

見上げ、こちらに初めて視線を合わせたリュカ。だが、その顔はいつもより一層表情に乏しかった。
まだ彼は内に閉じこもっているのだ。

腰を落とし、視線を合わせてからサムスは言った。

「自分を責めるな」

言葉は短かったが、彼女の青い瞳はそれ以上のことを語っていた。
無言のうちにそれを感じ取ったリュカの目に、わずかな光が戻る。

だがそれも束の間だった。彼は再びその目を背けて俯き、何も言わずに首を横に振った。

サムスはしばらく彼を待った。
待って、彼に話すだけの気力がないことを見て取ると静かに立ち上がる。

「リュカ」

口調を改めて、彼女はその名を呼んだ。

「今から6時間ほど前にアーウィンの救難シグナルが発せられた。
フォックスとリンクは、すでにエインシャントの手先に捕まってしまったものと予想されている」

敢えて、遠回しなどせずに伝える。
この少年には下手なごまかしは通用しないし、また彼女自身も言葉の端を濁すような性格ではなかった。

あの晩よりは落ち着いているとはいえ、これで彼の地雷を踏んでしまうかもしれない。
だが、安全のために人払いをしてでも彼には伝える必要があった。知らせる必要があった。

いつまでも現実から逃げていては、その先に未来が開けることはないのだから。

危惧していた嵐は、もう過ぎ去っていた。
やがてつぶっていた目を開き、少年は呟くように言った。

「……やっぱりそうだったんですか」

相変わらず、その声に抑揚はほとんどない。

サムスはわずかに首をかしげ、彼の顔をじっと見つめた。
自分を人形兵から助けてくれ、そしてその後もずっと一緒に旅してきた相手の安否が分からないというのに、リュカの反応があまりにも乏しいのだ。

「分かってたんです。あんなに離れてたのに、嫌な予感がして……」

そう言って、力無くため息をつくと彼はベッドに背を預ける。
あれだけPSIを酷使した後だ。すり減った精神の回復がまだ追いついていないのだろう。

「今、この船は墜落地点に向かっている。
あと3時間ほどは掛かるだろう。まだ疲れがあるのなら眠っていて良い」

サムスがそう伝えると、彼は小さく頷いて目をつぶった。

それにしても、彼のこのすり切れたような無感情はどこから来ているのか。理由はただ疲れだけにあるようには思えない。
やはりまだ本調子ではないのだろう。彼は言葉の上では理解していると言っているが、完全には受け止めきれていないのだ。
自分の心を守るために、最低限のラインで防壁を築いている。しかし、そこまでせざるを得ない理由とは何なのだろうか。

彼女は推し量るような視線を向けていたが、結局この場で答えを見つけることはできなかった。
一旦そこで割り切り、ヘルメットを被り直す。今自分がすべきことは乗組員を無事に目的地まで連れて行くことだ、と。

束ねた長髪をきれいにたくし込み、ヘルメットを固定すると彼女の顔は再びバイザーの向こうに隠された。
視界の中、緑色の影に閉ざされた室内。ベッドにたった1人で横たわる少年は、ひどくか弱く見えた。

ひたすら長いばかりの廊下にはリンクの姿があった。
不服そうな顔をした彼の左右を固めるのは下っ端兵士である緑帽がたった2体。
しかし、両手に手錠を掛けられている今は反撃することさえ叶わない。

人形兵には感情など無いだろうが、いつもならば難なく倒せる敵にこれほど接近されたままだと
彼らが得意げな、またさげすむような視線をこちらに向けてくるように思えてきて、リンクはどうにも気に食わないのだった。

そうして苛立ちばかりが募る連行がどれほど続いただろうか、不意に行く手の視界が開ける。

現れたのは、ここまでの景色と同じくただ眩しいばかりの白。
しかし、その白は莫大な広さを持っていた。

間もなく目が慣れて、見えてきたのは八角形の板。
宙に浮かぶそのステージは見間違えようもない、デュオンに見せつけられたあの苦行の舞台だった。

「今度はおれの番ってわけかよ……」

嫌悪に目を細め、彼はステージを睨みつける。
今はまだまっさらだが、エインシャントの命令一つであの舞台にはわんさと敵が湧いてくるのだろう。
ここから向こうへは一本の橋が渡されており、ここを通って上がれということらしい。

緑帽に背中を銃床で小突かれ、リンクは渋々歩を進める。

金属ともガラスともつかない質感を持つ白い橋。一歩一歩進むたびに、靴越しにひやりとした感触が伝わってくる。
足音は上下の途方もなく広い空間に吸い込まれ、わずかなこだまが頭上の彼方で反響していた。

あまりにも静かで、あまりにも広い。
終点への道のりを、リンクは毅然とした表情で渡りきった。

ステージに足を踏み入れたところで、後ろの方でかすかな音がした。
振り返らずとも大体予想はつく。彼が渡り終わったことを確認して、あの緑帽達が橋を格納し出口を閉めたのだろう。

数拍遅れて、手錠が跡形もなく消える。
両手が自由になったリンクはこれを待ちかねていた様子で、すぐにマスターソードと盾を手に取った。
左右へと油断無く目を配り、次の動きを待つ。

耳をすまし、姿勢を低くして――その視線が一点に定まった。

目の前。
十数歩の距離を置いて空中に黒い渦が生じたのだ。
光の粒を回収し兵士を生み出す装置。あの地下通路で見つけて以来、久々のご登場だ。

しかし今回、その装置は少し違う役目を持たされているらしい。
間もなく渦からこぼれ出てきたのは人形兵ではなく、黒紫色の粒子。

「……」

一層表情を引き締めて、リンクは剣を構え直す。

ぼとぼと、とだらしなくステージにこぼれ落ちた影蟲は一つの集塊を作り、しばらく蠢いていた。

と、まったく出し抜けにそれは姿を変える。
決意を固めたかのように伸び上がり、リンクの身長を越えたかと思うとその表面が金属の輝きを帯び――

そこには、生きた彫像が立っていた。

曲面と平面で構成された、ワインレッドの体。
人間のプロポーションを持っていながらしかし、その顔面には人の顔と言うべきものが無い。
そこにはただがらんどうの空洞が空いており、目のつもりなのか白い光がたった1つ灯っている。
同様の光は手とくるぶしにもあり、また、頑丈そうな見かけに反して上半身と下半身は発光するコアのようなものだけで繋がっていた。

張りぼてのように滑稽で、同時に奇怪なほど虚ろな姿。
まるで鎧が意思を持って勝手に動いているかのような、そんな想像が頭をよぎった。

こいつがエインシャントの言っていた新型兵だろう。
立ち姿からしてすでに他の人形兵とは様子が違う。拳の構え方も腰の落とし方も、明らかに熟練者のそれだった。
奇妙なことだ。たった今、生み出されたばかりだというのに。

『双方準備が整ったようだな』『では、そろそろ始めよう』

頭上から声が降ってくる。いずこともしれない彼方から、双頭戦車の視線が向けられている。

『先のファイターよりは上手くやってくれ給えよ』『我等が主の期待に背けば、結果的に苦境に立たされるのはお前なのだからな』

その言葉に呼応して、目の前の生ける鎧、その全身に殺気とでも言うべきものが満ち始めた。
対峙するリンクはそいつを睨みつけて口を引き結び、心の中で言い放った。

――勝手に言ってろ! こんなオモチャみたいなやつ、一ひねりにしてやるさ!

ひどい耳鳴りがしていた。
頭の上に、何スペースキロもあるヘルメットを載せられているような気分だ。

足だけは動いていた。だが、ほぼ自動的に歩かされているようなものだった。
歩調が淀めばすぐに周りの兵士からせっつかれ、休む暇も与えられないのだ。

手首には手錠。左右には人形兵。それにこの頭痛。
三日三晩ぶっ通しで徹夜してもここまで最悪な気分にはならないだろう。

だが、ともかく終わったのだ。
あれだけ戦ってみせれば、あの双頭の戦車だって分かってくれただろう。
切り札だなんてそんな都合の良い話、あるわけがないと。

――しかし、そうするとあいつらはどう出るだろうな……

疲労を抱え、鈍磨しきった頭を無理矢理に巡らせてフォックスはそう考える。
視線の先に捉えられた足元は規則的に歩を刻み、ほとんど自分の意志とは無関係に動いていた。

――もう俺達には用がないはずだ。さっさとフィギュアにしてしまえば良いのに、なぜこうして歩かされているんだ?
……それとも今際いまわきわにご対面させてくれるっていうのか? 操り人形にされてしまったスマッシュブラザーズに。

そこまで考えて、彼は顔をしかめて首を振る。
想像したくはなかった。このまま何もできずに終わるなど認めたくはなかった。

だが、何をすればいい? そもそも何ができる?
ここは敵のアジトのど真ん中。予想が当たっていればエインシャントのお膝元だ。
自分が何をやったところで、赤子の手をひねるようにねじ伏せられる。そんな未来しか見えない。

仲間達が救助に向かって来ているとしても、果たして間に合うだろうか。
エインシャントが痺れを切らすのが先か。サムス達がこちらを見つけるのが先か。

――あれからどれくらいの時間が経ったんだ……?

答えを探して、ほとんど無意識のうちに頭を上げる。

と、その目がわずかに見開かれた。

横を向いた彼の目が偶然にも捉えたのは、歪んだ扉。
枝道の先にあるその自動扉は開きかけたまま動きを止め、こちら側に向かってたわんでいた。
その周辺の壁には焼け焦げの跡がいくつも残り、汚れた斑模様を作っている。

半開きのまま佇む扉。
続けてその向こうを見透かすと、彼方の廊下が不自然に歪んでいる様子が見えてくる。
この硬い材質をあれだけの長さに渡って歪ませられる武器。それを携えた者と言えば答えは一つしかない。

「……」

残された痕跡。それを一心に見つめるフォックス。
その意味を理解したとき、疲れ切っていたはずの頭脳に再び炎が灯る。

歯を食いしばり、そして彼は勢いよく踏み切った。

傍らの緑帽を思い切り肩で突き飛ばし、青い幻を背後に残して一気に引き離す。
両手の自由が奪われている今、戦うことはおろかバランスを取ることさえ困難なはず。
だがしかし、フォックスはそれをものともせず脱走を始めたのだった。

人形兵が呆気にとられていたのも数秒のうち。
彼らは手に手に武器を持って足止めを図ろうとする。

まもなく、廊下が騒がしくなった。ブーメランやら光線やら、思いつく限りの遠距離攻撃が飛んでくる。
それを、フォックスは頭を低くしぎりぎりのところでかわし続けた。
危なっかしくたたらを踏み、毛一本の差で攻撃をやり過ごす。

それは、デュオンの誤算だった。
終盤になって負け戦が続き、完全無欠なはずの予測を崩され続けて苛立っていたところに、ようやく飛び込んできた残党のファイター。
生かしたまま玩具のように戦わせ続けたのは実験のためでもあったが、その恥をそそぐためでもあった。
徹底して屈辱を味わわせるため、ステージを出入りさせる時もフィギュアのままではなく、わざわざ回復して歩けるようにしていた。
それが裏目に出てしまったのだ。

精神的な疲れこそあれ、今のフォックスは完全に動きのキレを取り戻している。
多少人形兵の攻撃が当たったところで、大したダメージにもならず突き飛ばされることもない。

縛られた両手をやや横にずらし、尾を後ろになびかせて、その目に凄まじいまでの鋭さを宿して駆ける獣人。
彼の走る道の向こうには自分が元いた場所、あの嘘のように白いステージが据えられていた。

虚空の一点が煌めき、彼方から船がやって来た。

戦闘と修繕を繰り返し今や橙と黒のモザイクになった宇宙船。
マザーシップが、はるか下の大地に向けて一直線に飛来する。

いや、それは飛来というよりは落下に近かった。
雲を割り、姿を現したその船はわずかなバリアの光を隔てて揺らめく炎に包まれていたのだ。
姿勢制御のために時折ジェットを噴出しているものの、楕円形のシルエットも手伝って傍から見ればまるで隕石が落ちてきたかのように映る。

がらんどうの天地に甲高い悲鳴のような風切り音を響かせて、船はみるみるうちに高度を落としていく。
いくつもの丘と谷を越え、雲つくような山脈地帯に入り、その腹を山頂にこすらんばかりにして低空飛行を続ける。

やがて山々はぷつりと途切れ、行く手に忽然と現れたのは広大な湖。船は初めからここを目指していたらしい。
底面ノズルで最終調整を行い姿勢を安定させると、ついに宇宙船は湖に着水する。

盛大な水しぶきと共に上がる、真っ白な蒸気。
それが収まると、灰色の世界は再び静寂に包まれた。

かすかな湯気を纏う橙色の宇宙船もまた、沈黙を守っているかに見えた。

と、そのコクピット付近から小さな機械が放たれる。
モーター音を響かせプロペラを回すそれはしばらくホバリングしていたが、やがて一つの決心を持って飛んでいった。
山々を越えてその向こう、天球が照らす平原へと。

数十分後。
偵察ロボットが送ってきた画像をひとしきり見終えたサムスは無言のまま腕を組んだ。
緑色のバイザーに隠されたその顔は、険しい。

映像はフロントモニタ一面に映し出されており、その意味するところは操縦室に集まった他のファイターにも一目瞭然だった。

まっさらな大地。
救難信号が発せられた地点に近づいても、平地には何ら怪しげな建物は見えてこない。
捕まった2人が閉じ込められているはずの施設も、撃ち落とされたアーウィンも。
いや、そればかりか巡回の人形兵さえ見あたらないのだ。

まるで手品を見せられているかのようだった。
伏せたカップに閉じ込められたボール。最後に見えた位置を頼りに開けてみても、そこには何も無い。

何かトリックがあるはずだ。
初めの驚きが過ぎ去ってファイター達はめいめい口を開き始め、静かだった操縦室に声が飛び交い始める。

「どこかでずれちゃったのかな……もう少し、もう少し探してみようよ!」

「そもそも救難信号は本物だったのか?
あれがエインシャントの擬装だったとすれば……」

「いないと決まったわけじゃない。ほら、フォックスの連絡した場所はまだ先だろう?」

焦燥が高まっていく中、それを鎮めるような一声が飛んだ。

「見つけた……!」

ほぼ独り言に近い声。しかしその時にはすでに全員の注意がフロントモニタへと戻っていた。
背後の仲間が皆こちらを振り返っていることにも気づかない様子で、言った本人であるサムスは宙に表示された仮想モニタをタップする。

映像は速やかに高度を落とし、中央に映る機影も大きくなっていく。
映し出されたそれは見間違えようもないライラット系の戦闘機。
だだっ広いばかりの荒野に、コクピットを開け放ったままのアーウィンが放置されていた。

カメラは続いて周囲をスキャンしていったが、やはりそこには何も引っかからない。
持ち主不在のまま放棄された戦闘機。翼の下にも、座席の影にも人の姿は無い。
着陸脚こそ展開されてていないものの機体はきちんと底面を下にしており、
まるで2人がごく自然に船を停めて降り、どこかへいってしまったかのようにも見える。

しかし事態がそんなに穏やかではないことはとうに無線で伝わっている。

サムスは眉根にしわを寄せ、しばらく考え込んだ。
そして、立ち上がる。

そのまま操縦室を後にしようとして、彼女はマリオに呼び止められた。

「おいおい、どこ行くんだ?」

ヘルメット越しに答えが返ってくる。

「アーウィンを回収する。
航行不能になった船を捨て、付近に2人が身を隠している可能性がある。
そうでなくとも、機体に消息の手がかりとなる情報が残されているかもしれない。
……君達はここで待っていてくれ。すぐに戻る」

そう言ってサムスは操縦室のドアを開けた。
去っていこうとする彼女の背中を追いかけるように、マリオはなおも声を掛ける。

「回収……?! そんなことできるのか?」

歩み去りながら彼女はわずかにこちらへ身をひねり、答えた。

「ああ。偵察船には曳航のためのワイヤーが備わっている。
あれの限界荷重はアーウィンをつり下げてもまだ余裕があるはずだ」

その声を残し、自動扉が閉まった。

後に残されたファイター達は何とは無しに顔を見合わせる。
ついていきたいのは山々だったが、誰も言い出すことができなかった。
それだけ、操縦席を立ったサムスの姿が決意に満ちていたのだ。

胸元にそっと手を添えて、ピーチは言った。

「きっと大丈夫よ。彼女は戻ってくるわ」

彼女の青い瞳は、閉ざされた扉の向こうを一心に見つめていた。

赤い鎧が拳を引く。
それを視界に収めたリンクは、咄嗟に盾を構えた。

直後、盾に猛烈なラッシュが浴びせられる。
少年は必死にそれを耐え、盾を支える腕に力を込めて待つ。

音が止んだ。

すぐさま剣を叩きつける。身を捻って勢いをつけ、踏み出しながら。
眼前の相手はまだ拳を振り切った後。

――もらった!

しかし、あるはずの手応えがなかった。

鎧は、目の前に迫った剣をすんでの所でかわしてしまったのだ。
横に身を引き、大きく上半身を反らして。

その動きには妙な既視感があった。
どこで見たのか。鎧の反撃を受け流しながら急いで頭を働かせる。

――嘘だろ……? こいつ、人形兵だってのに。

リンクは心の中で悄然と呟いた。

"回避"。
およそ避けうるはずのない攻撃をもかわすことができる技。
ファイター達にしかできないはずの立ち回りを、目の前の新型兵はやってのけたのだ。

――なんなんだ、こいつ……一体何ものなんだよ!

ただ速く、強いだけではない。
赤い鎧の動きは、単純に人形兵を強化したそれとは大きく異なるものだった。
蹴りの直前に見せる溜めも、パンチを繰り出す際の振りかぶりも、一見無駄とも思える揺らぎを伴っている。

それは言うなれば個性。人形兵とは一番無縁なはずの個性を、この新型兵は持ち合わせているのであった。

敵のおもちゃじみた格好から来る滑稽さは過ぎ去り、
今、対峙するリンクの心にあるのは得体の知れないモノへの忌避。
動揺は立ち居振る舞いにも現れ始め、彼は徐々に後ろへと追いやられていく。

――だめだ、このままじゃやられる……!

歯を食いしばり、リンクは相手の拳の雨から思い切って離脱する。
このまま押し切られれば、ステージの端っこから奈落の底へと落とされてしまう。

きびすを返して八角形の縁を危なっかしく回り込み、中央へと走る。

やむなく敵に背を向け駆けていく途中で、その耳が嫌な音を捉えた。

「……!」

ほとんど倒れ込むように、盾を通した右腕を後ろへ。

掲げられた盾に衝撃が走り、頭上を質量を持った影が過ぎ去っていく。

蹴られた反動でつんのめったリンクは剣を持ったままの左手を支えに前方転回。

着地しすぐに顔を上げた彼の表情には、もはや余裕の欠片もなかった。
第二撃が迫っていたのだ。

先ほど背中をかすめるような跳び蹴りを放ち、リンクよりも先に着地して体勢を立て直していた赤い鎧。
すでに白熱する拳は振りかぶられており、見上げるリンクの目の前でそれは、赤くきらめく炎を纏う。

目を見開く。
息をのみ、横に転がり込もうとした。
だがほんの一瞬。わずかでそして決定的な差がすでに結果を決めていた。

ひねった身の脇腹へ、熱と重みを伴った拳が食い込む。息が肺から絞り出される。
フィギュアである今は火傷こそしないものの、思わずリンクは衝撃を受けた場所に目をやった。

撃ち放たれた新型兵の拳、引き連れた炎が鳥のごとく翼を広げていく様子を辛うじて認める。
頭に血が上り、目の前にある全ての色が鮮明にぎらついていた。

そして、吹き飛ばされる。

視界が目まぐるしく回っていた。
腹を庇い、丸めた背中の辺りから床に叩きつけられる。
それでも勢いは止まらず、彼はひっくり返り腹を打ちつけ、うつ伏せになった状態で盤上をさらに流されていった。

ほとんど何も考えず反射的に、床に爪を立てる。
白く発光するステージの上を指が虚しく滑っていき、その冷たい感触に指から手の甲へと血の気が引いていく。

その手が一瞬抵抗を失う。
しかし無我夢中で広げた指が、しっかりとしたステージの角を掴んだ。

せわしなく息をつく。それまでずっと呼吸を止めていたのだ。

今やリンクは、八角形の一辺に辛うじて腕一本で留まっていた。

すっかり混乱していた。
見開かれた目は無辺の天井に向けられ、その耳はステージの向こうから金属質の足音がだんだんと近づいてくるのを感じていた。

不意にフロントモニタの映像が移り変わり、操縦室でサムスからの連絡を待っていたピーチははっと顔を上げた。
壁際や部屋の真ん中に各自立ち、現状について議論していた他のファイター達も急いで視線をモニタへと向ける。

『皆、まだそこにいるか?』

映し出されたのは真っ白な空に、眼下を流れていく灰褐色の地面。おそらくは偵察船の船外カメラの映像だろう。
船の外部やや下を映すその視界には、4本ほどのワイヤーでぶら下げられたアーウィンも映っていた。
となると、サムスは無事に機を回収できたらしい。

安堵のざわめきが広がる中、カービィが操縦席まで跳ねていって飛び乗る。
彼は集音マイクではなく、フロントモニタに向かって言った。

「いるよー! そっちはどうだった?」

『今のところ順調だ。
ただ一つ、手がかりが見つからなかったことを除けばな』

そう言った彼女の声はいつもの通り淡々としていたが、さすがにその陰にはわずかに落胆の色が見えていた。

「何も残されていなかったの? メモも、メッセージも」

と、ピーチが確かめるような口調で問う。

『ああ。
回収の前に念のため安全確認として一度機内をあらためたのだが、こちらも何も目につくものは残されていなかった。
データログにも直前までのあの無線通信しか残っていない。
詳細には帰艦してから調べるが、何かが見つかる望みは薄いだろう』

そう伝えてから、彼女は次の話題へと切り替える。

『この往復で、私も偵察船のセンサを使って周辺を調査した。
だがやはり先ほどの偵察ロボットと同じく、特に周囲に怪しい点は見あたらない。
生体の反応はおろか、人形兵が潜んでいる様子も無かった』

組んでいた腕をほどき、マリオが前に進み出た。

「でもアーウィンはそこにあったんだ。
2人ともそう遠くへは連れて行かれてない。そうだろう?」

スピーカーの彼方で頷く気配があり、答えが返ってくる。

『私もそう予測している。
しかし相手はエインシャントだ。彼がどんな手段を使って2人を罠に掛け、アーウィンを落としたのか……。
予想しようと思えば、あらゆる可能性が考え出されてしまう。そして当然ながら、我々にそれを一つ一つ潰していく時間はない』

一息置いて、彼女はこう続けた。

『そこで、皆の意見を聞きたい。この後どこへ行くべきか』

その言葉を受けて、操縦室のファイター達は各々顔を見合わせたり、あるいは自らの思考に沈んで改めて自分の考えと向き合う。
早くも意見が固まっていたマリオは皆を見わたし、頃合いを見計らって声を掛けた。

「よし、大体決まったみたいだから数えるぞ。
じゃあまず、もう少しここに残ってみるべきだって思うのは?」

自らも手を上げる。とほぼ同時に、操縦室にいるほとんどの手が上がった。
スピーカー越しにサムスもこう言った。

『私も賛成だ。もうしばらくここに残って詳しく調査を進めたい。
可能性としてはこの付近にいる確率が一番高いはずだ……少なくとも、私はそう信じている』

「それなんですけど……」

遠慮がちに口を挟んだのはピット。彼の手は挙げられておらず、顎の辺りに当てられている。

「分からないんです。
この船の"機械"はおよそ大体のものが見つけられるはず。僕らの目に見えるものから、目に見えないものまで。
そんなに凄い力を使っても怪しい建物を見つけられなかったのに、それでも本当はどこかにある……そんなことがあるんですか?」

『ゼロとは言えない。
先に言ったように、エインシャントの持つ技術は未知数だ。
あらゆるセンサを無効化できるような防壁をその拠点に巡らせていたとしてもおかしくはない』

そう言われてもピットの顔は晴れなかった。
首をかしげ、難しい顔をして考え込み始めた彼に代わって、次にメタナイトがこう言う。

「そして同時に、彼ら2人だけをどこか遠くへと連れ去ってしまった可能性もある。
何しろ相手は時空間を操る技術を持っている。現に我々をここに閉じ込めているのだからな」

視線をフロントモニタに映るサムスに戻し、彼はこう続けた。

「しかし、仮にそうであったとしても今度は"どこに連れて行かれたのか"という疑問が現れる。
適切な期日を定め、まずは最後に通信のあったこの一帯を探索する方が良いだろう」

「確かに……そうですね。
手がかりがない今は、とりあえずここから始めるしかないでしょう」

ピットはそう言って頷いた。

これで全員の意見が定まった。
しかし、誰の心にもピットと同じ疑問があった。
ここまで近づいても何も見あたらないのに、これ以上どこを、どうやって探せば良いのだろうか、と。

Next Track ... #37『Impulsive』

最終更新:2016-08-21

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