Open Door!
Track38『Get Back』
~前回までのあらすじ~
『スマッシュブラザーズ』に選ばれ、それぞれの思いを抱いて輝く扉をくぐったファイター達。
しかし、彼らは目的地とは異なる灰色の世界に連れてこられ、得体の知れない人形の軍勢によって1人、また1人と捕らえられていく。
そんな中、プロロ島の風の勇者リンク(トゥーンリンク)と、タツマイリ村の少年リュカが出会う。
現在、偶然が積み重なり運良く助かった者を除くと、20数人ものファイターが謎の存在エインシャントに捕らえられているという。
幾度も見失いながらも、ついに生き残りのファイター達は役割を分担しフィギュアが乗せられたトレーラーに肉薄する。
が、それはエインシャントの腹心デュオンの仕掛けた罠であった。
アーウィンに乗って他の仲間より一旦先行していたのは、フォックスとリンク。
罠に掛けられ、敵の本拠地に囚われの身となった彼らはすぐにはフィギュアにされず、実験と称した戦闘を強いられていた。
その際に登場したファイターのコピー体、"新型兵"を2人は協力して何とか退けるが、機嫌を損ねたエインシャントが何体もの新型兵を差し向ける。
度重なる侮辱と、絶望的な現状への怒り。それがフォックスの"切り札"を呼び覚ました。
虚空から突如として現れた地対空戦車、ランドマスター。2人はそれに乗り込み、拠点から脱出を図る。
不思議なことにランドマスターは敵の一切の攻撃を受け付けず、防衛のために立ちはだかったデュオンさえも力任せにねじ伏せる。
そのまま勢いに任せ、戦車は格納庫ハッチから外へと脱出する。が、そこはファイターの耐性をはるかに超える高々度。
生還は絶望的だ。デュオンはそう割り出していた。
だがその頃、リュカを勇気づけ何とか偵察船に乗せて、すでにマリオが救出に乗り出していたのだ。
Open Door! Track38 『Get Back』
Tuning
奪還
上空で観測された、一筋のレーザー光。
マザーシップがセンサに捉えたその座標を目指し、灰白色の荒野に一直線の青い噴射光を残して偵察船が駆けていく。
大小様々な岩が点在する眼下の荒れ野に機影を走らせて、何者にも遮られることなく。
もう間もなく機首を上げ、彼らは当該の空域へと向かう。
だというのに、周囲にはやはり何も見えない。フォックスの言っていた罠も、迎撃に出てくる人形兵も、巡回兵の姿さえも見あたらない。
奇妙なくらい上手くいっている。こんな状況に置かれれば、普通は誰でも警戒心を抱くところだろう。
だが操縦席に座るマリオの顔は、さすがに平時より気合いが入っているものの、そこには周囲の静けさを怪しむ様子など微塵もなかった。
彼は何気なく、背後を見やる。
リュカは補助席を引き出して座っており、言われた通りベルトも装着していた。
やや俯き加減に床を見つめているが、心なしか少しずつその目には生気が戻ってきているようにも思える。
危険を察知することに掛けては、仲間の内で彼に敵う者はおそらくいない。
だから彼が何も言ってこないうちは、安心して船を飛ばしていれば良い。
変なプレッシャーを与えないように黙っていたが、マリオはこの少年の感覚に
一方、リュカの方は運転手がそんな心構えで船を運転していることも気づかぬまま、じっと1人で考え込んでいた。
思い返していたのは、この世界に来て一番初めの記憶。
意を決して門をくぐった彼を出迎えたのは、おびただしくも冷たい、無感情の殺意。
緑色の服に身を包んだ、玩具じみた黒い顔の生き物。
混乱と恐怖から彼はPSIを使うことも叶わず、持ち合わせていた棒きれを振り回して得体の知れない敵を追い払うのが精一杯だった。
だが相手はあまりにも数が多かった。
押しのけても押しのけてもどんどん湧いてきて、そんな目の前に気を取られていれば背後からは容赦のない拳を浴びせられる。
どこを向いてもそこにあるのは黒い肌に赤い目。そこから感じ取れるのは単純で淡々とした"目の前の対象を排除する"という義務。
敵意はまったく感じられず、四方八方から猛攻を受けている現状との乖離が一層の恐怖をあおり立てた。
なぜ? どうして?
困惑しきっていたその時、彼の耳は誰かの声を捉えた。
途切れることのない兵士の波の向こう。背伸びをするようにしてのぞき込む姿があった。
自分と同じくらいの背格好、同じくらいの年の子。
その後彼はどんな行動を取っただろうか?
迷わず、助けに来てくれたのだ。見ず知らずの自分を。まだ敵とも味方とも分からないうちに。
あの時彼は、リュカを見捨てて逃げることもできたはずだ。
いくら腕っ節に自信があるとしても、未知の生き物に、それも十数体もいる相手に立ち向かっていくなんてあまりにも無茶が過ぎる。
例えるなら、深さの分からない滝壺に着の身着のままたった1人で飛び込んでいくようなものだ。
それをなぜ彼は……リンクはやってのけたのか。
今なら何となく分かる。彼は、自分の直感を信じていたのだ。
リュカは自分の手の平を広げ、じっと見つめる。
自分が今ここにいるのは彼のおかげだ。彼が自分の腕を信じ、リュカが敵ではないことを信じたから、今の自分がある。
そうでなかったら、きっと自分はあの時の人形兵にフィギュアにされ、他のそういったファイターと一緒に駒にされてしまっていたことだろう。
思えば、ここに来るまで様々な困難を乗り越えてきたものだ。
エインシャントの率いる人形達の手から逃れ、駒との戦いを耐え抜いて、限りある食料を節約しながら灰色の砂漠も踏破した。
同じスマッシュブラザーズとも無事合流することができ、皆と力を合わせて幾度となく危機的な状況を打破してきた。
ある点で言えば、望んでいた通りリュカは強くなった。初めは戦うのが精一杯だった緑帽に対しても、今では1人で立ち回れるようになった。
だが、まだ何かが心に引っかかるのだ。自分の求める強さとは違う、と。
どう違うのか、そしてどうすれば正解にたどり着けるのか。いつも心の中には漠然としたもどかしさが居座っていた。
答えを教えてくれるとすれば、彼にとってそれはリンクの他に考えられなかった。
戦いの腕もさながら、どんな苦境に立たされても諦めずそこから思いもよらない突破口を見つけ出すその機転。
自分で下したあらゆる決断に責任を持ち、決して逃げたり折れたりしないその姿勢。
出会ったときからずっと思っていた。
彼なら本当の強さが何なのか、教えてくれるに違いないと。
だからリュカは、リンクにずっとついていったのだ。
リンクが一緒に戦えと言ったから、勇気を振り絞って人形兵に立ち向かっていった。
彼がスマッシュブラザーズの救出を目的と定めたから、リュカもそれを自分の目的とした。
彼が進み続けたから、自分はその後を追いかけていった。
ここに来て、不意にその背中が見えなくなった。
リュカはたった1人で残されたのだ。今偵察船の下に広がっている景色と同じくらい無彩色で茫漠とした荒れ野に。
そんな経験をするのは、これが初めてのことではなかった。
彼は、そっと両の手を握りしめた。
その小さな握り拳を見つめて、彼は心の中で言った。
でも、今回はまだ手遅れじゃない。
勇気を出せ。そして、追いかけるんだ。
間に合ううちに。消えてしまわないうちに。
運転に集中していたマリオは、横にやってくるまで少年が席を立っていたことに気がつかなかった。
さすがに少し目を丸くし、彼はこう尋ねた。
「後ろに座ってて良いんだぞ。
たぶん君も、あまり人が近くにいない方が集中できるんじゃないか?」
それに対し、リュカはフロントモニタを一心に見つめたまま答えた。
「大丈夫です。僕はここにいたい。
できるだけ前にいた方が、早く気づけると思うんです」
その声音は、ついさっきまでベッドに横たわっていた彼とはまるで別人のように芯が通っていて、落ち着いていた。
初めはぽかんと彼の顔を見つめていたマリオだったが、やがて合点がいったように大きく頷く。
「そうか、それならこのまま行こう。
何が起こっても良いように、手すりだけは離すんじゃないぞ」
屈託のない笑顔と共にリュカの背を軽く叩いた。
それから彼は両手を組んで軽く前方に伸ばしストレッチを挟むと、改まった様子で左右の操作球の上に手をかざした。
「それじゃ、行くぞ!」
その言葉と共に、船内が大きく後ろに傾く。
何とも荒っぽいことに、マリオが偵察船をほぼ60度に近い角度で急上昇させたのだ。
これには不平の音を上げる暇もない。
たった1人の乗組員は壁面に備わった手すりにしがみつき、足を踏ん張って懸命に重力と加速の負荷を耐える。
船外から聞こえる甲高い笛のような風切り音が、ますますそのピッチを上げていく。
それと共に、風の抵抗を受けて偵察船の船体が細かく震え始めた。
じきに、そこにいくつもの人工的な音が混ざり始めた。
マザーシップでも時折聞いた"ブザー"。誰かがその呼び名を教えてくれたが、今のリュカにはそれが誰だったかを思い出す余裕はない。
ただ、その音があまり良い意味を持っていないことは覚えていた。
マリオが怪訝そうに呟いた。
「いったい何が近づいてるって言うんだ……?」
モニタに大写しになった文字は『接近警戒』。"進行方向に何かがあり、早急に舵を切らないと衝突する"とAIが知らせてきているのだ。
だが、文字の向こうに透ける景色には何も映ってはいない。そこに広がるのはいつもの白いばかりの空だ。
頭に"故障"の二文字が浮かびかけたマリオ。だが、そこにリュカの声が飛んできた。
「……来ます! 真正面から何か……早く避けてっ!」
切迫した声に、マリオの反応は速かった。
逡巡の後、素早く右へと針路を逸らす。
船外で爆発が起こったのは、その直後だった。
先ほどまで辿っていた飛行経路。その行く先に広がる虚空の一点が弾け、そこから一条のまばゆく青白い光が迸った。
続いて飛び出してきたものを見て、船内の2人は思わず目を疑った。
虚無を突き破り突如として現れたそれはおよそ空には似つかわしくない物体、信じられないほど大きな戦車だった。
車幅はこちらの偵察船よりも広い。全体的にどっしりとした形でありながら鋭角を基調とし、洗練されたシルエットが束の間2人の目に焼き付けられる。
「あれは……?」
言いかけて、マリオは急いで口をつぐむ。
虚空から現れた青と白の戦車。そこを起点にして、空が音を立てて崩れ始めたのだ。
亀裂が亀裂を呼び、細かな破片となって偽りの白が砕けていく。
砕けきった白はまるで雪のように風に吹かれて舞いはじめ、渦を描いて狂い踊った。
その猛吹雪の向こうから不意に、人工的な灰色に塗りつぶされた立体群が現れる。
思いつく限りの生物と無生物とを寄せ集め、こね上げて作ったかのような奇怪な壁。
うっすらと発光する表面は所々でカーブを描いてくぼんだり、あるいは急にこちら側にせり上がって塔をなしている。
見ている間にも偽りの空に隠されていた構造が次々と露わになり、四方へ成長していき、やがてフロントモニタの全景を埋め尽くしてしまった。
偵察船は、その複雑怪奇で巨大な構造物へと一直線に突っこんでいくルートにあった。
「……」
洒落を言う余裕もなく、マリオは急いで両の手で遠未来の船を操った。
白い殻を破って唐突に現れるそれら障害物を、偵察船は間一髪でかわしていく。
さすがに付け焼き刃が祟ったか、避けきれなかった建造物の突起などがぶつかってその度に船は弾み、大きく揺さぶられる。
操縦席に身をかがめながらも必死になって操舵するマリオの背に、リュカが緊迫した声でこう呼びかけた。
「戻ってください! 今、飛び出してきた大きな車に2人が乗ってるんです!」
「やっぱりそうだったか……。
よし、分かった。そのまま手を離すなよ!」
確認のため側面モニタを見る余裕もなく、言うが早いかマリオは右に急カーブを切る。
砕けた虚飾の殻が当たって船はひっきりなしに揺れ、楕円の船体が風を切って悲鳴のような音を立てる。
ブザーは先ほどよりもますます音量を上げ、船を取り巻くあらゆる危機を叫び立てていた。
その騒音の洪水を押し切るようにして、偵察船は空に大きく円弧を描く。
船が灰色の壁から離脱し円弧の半分まで行ったとき、モニタの右側からようやく騒乱の全景が現れた。
運転に全神経を集中させるマリオは気づく暇さえなかったが、リュカの方はその光景に一瞬目を奪われる。
白色の擬装がはがれて現れつつあったのは、あまりにも非現実的な光景。
第一印象は、浮遊する灰色の群島だった。大小様々な大地の欠片が寄せ集まり、連なって中空に浮かんでいる。
目を凝らすと彼方にひときわ高くそびえ立つ構造物があることも分かった。群島はその"城"を中心にしていびつな円を描き、ゆっくりと回っているのだ。
言い知れぬ予感に心臓が、どくりと高鳴る。
難攻不落の浮遊城。浮島を従えた厳めしいその姿は、明らかにこれまでの敵の施設とは一線を画していた。
あれが、あれこそがエインシャントの居城なのだ。直感的にリュカはそう感じていた。
浮島は一番小さいものでも、かつて攻略した工場をはるかに超える大きさを持っていた。
そんな岩の塊が平然と宙に浮いているのだ。そしてその輪の中に城が在る。あまりのスケールに、遠近感覚が狂ってしまいそうだ。
リュカは、息をつくのも忘れてその光景を見つめていた。重力も常識も、そこの一帯だけ跡形もなく消えてしまったかのようだった。
そこで船は浮遊諸島に再接近していき、超常的遠景はモニタから姿を消す。
代わって見えてきたのは、真っ逆さまに落ちていく戦車。
すでにその姿は陽光を透かし、残り火のようにして虹色の輝きを纏わせている。
みるみるうちにその輝きも薄れていき、輪郭に骨組みのような緑の輝線だけが残り……
あれだけの重厚な大きさを持っていながら、やがて戦車はふっとかき消えてしまった。
乗組員だけが後に取り残されていた。
「……」
目を細め、マリオが身を乗り出す。遠すぎて人数が分からないのだ。
AIが気を利かせたか、フロントモニタの上から被さるようにしてもう一枚の仮想モニタが展開された。
映し出された拡大画像。そこには確かに2人分の姿があった。
落ちゆくフォックス。彼はその腕にしっかりとリンクを抱きかかえ、はるかな下の地面を怯むことなく真っ直ぐに見つめていた。
リンクの表情は腕に隠れて見えない。一方のフォックスは覚悟を決めたように真剣な顔つきで前を見つめ、口をきっと引き結んでいた。
と、その顔がふとこちらを向く。崩落の騒音に紛れていた偵察船のジェット音が、ここに来て彼の耳にも届いたらしい。
彼が目を丸くしたところまではモニタに映し出された。だが、直後その姿は画面外に消える。
マリオは短く言った。
「これから2人を拾い上げる! リュカ、どこでも良いからしっかり掴まってろよ!」
手すりに改めて両腕を絡ませ、しがみつきながらもリュカは聞いた。
「拾い上げるって……どうやってですか?!」
「どうって、もちろん飛びながらさ!」
勇ましく言い切って、マリオは行動に出た。
操作球の上で今度は手を前に大きく動かす。
と、途端に船内の重量が消えた。フロントモニタの視点もぐるりと回り、はるか下の荒野が一面に映し出される。
落ちていく2人を追いかけ、そして追い抜くべく、偵察船が地面に向けた急降下に移ったのだ。
姿をくらました重力は、じきに90度位相を変えて戻ってきた。進行方向と逆、船尾方向へ引っ張る向きに。
船は先ほどの上昇で稼いだ分の高度を、ここで一気に使い果たそうとしていた。
いつの間にこんな高みまで昇ったのだろう。地面ははるか遠く、そして信じられないほどゆっくりと接近してくる。
だが船外で響き渡る風切り音の大合唱はクライマックスに達し、来たる終章へと着実に盛り上げていくかのよう。
リュカにとって、その終わりは地面との衝突としか思えなかった。
目をつぶろうにもあまりのことに体が言うことを聞かず、振り飛ばされないよう手すりにしがみつくのが精一杯。
すでに足は床を離れ、歯を食いしばっているために行き所を失った悲鳴が鼓動と共にのどの辺りで跳ね回っていた。
一方でマリオは至って平静だった。
手元に仮想表示された補助操作盤を片手で叩き、モニタに目を走らせてからこう言った。
「……よし、追いついた! 後ろのハッチを開けるからな」
宙に浮きっぱなしのリュカの足。その方角で風の音が一層強くなった。
今の彼に振り返る余裕などなかったが、おそらく後ろの搭乗口が開いたのだろう。
ずいぶんと無茶をするものだ。この船の乗り込み口は船底に向かって引き出されるようにして開く。
ほぼ垂直に落っこちる形で飛行している今、その方向にハッチを開けば風圧でもぎ取られてしまってもおかしくはない。
実際、搭乗室の方角からは金属の梁がキイキイと軋んでいる音が聞こえていた。
そうこうしている合間に、フロントモニタの横を過ぎ去る影があった。今度は下から上に。
一瞬のことで確かめられなかったが、それは先ほど真っ逆さまに落ちていったはずのフォックス達の姿だった。
追いついて、追い越して、そしてそれからどうするのか。
混乱の渦に巻き込まれながらも、頭の片隅で考えていたリュカ。そんな彼に声が掛けられる。
「これから2人をすくい上げるぞ。
リュカ、俺は手が放せない。2人がどこかに掴まるのを手伝ってやってくれ!」
「わ、分かりました!」
反射的に答えてからどうやってという疑問が湧いたが、
彼の言葉には有無を言わせない力でもあるのだろうか。その時にはすでに体が動いていた。
直角姿勢のまま偵察船は逆噴射を掛けて徐々に減速し、船内は少しずつ無重量状態に近づいていく。
そんな中リュカは片腕で手すりに掴まったまま振り返ると、意を決して搭乗室の方角を見る。
思わず、声にならない声がもれた。
開け放たれたハッチ。そこをくぐって、水の中を泳ぐようにゆったりとした動きで2人が入ってくる。
2人ともこちらを見ていた。フォックスも、そして彼が腕に抱きかかえている少年も。
そろって未だに現実を捉えきれず、呆気にとられた顔をしていた。
リュカの視界に映っていたのは、緑帽子の少年だった。
「リンク……良かった」
小さく呟いて、彼は気持ちを切り替えると空いた腕を目一杯伸ばして彼らの方に差しのべる。
「掴まってください!」
フォックスがそれに応え、グローブに包まれた手でリュカの手をしっかりと掴んだ。
そのまま引き寄せるようにして、リュカは2人を手すりへと誘導する。
3人とも準備が整ったのを確認し、マリオは後部ハッチを閉じると言った。
「そのまましっかり掴んでてくれよ!」
一瞬の後に、不意打ちのようにして船内に重力が戻る。
直前までの運転で大体何が起こるか読めていたリュカを除き、
フォックスとリンクの2人は床に叩きつけられないよう慌てて手すりにしがみつくことになった。
フロントモニタの向こうで天地の方位が正常に戻り、地平線が地平線として目の前に拓ける。
左右で砂塵が巻き起こっているところを見ると、偵察船は地面すれすれを飛んでいるらしい。
つまり、先ほどの救出はまさに危機一髪だったのだ。
騒音は未だに周囲に満ちていた。
後方を映し出すモニタを見ても視界は砂煙に閉ざされ、何が起こっているのかは分からない。
ガラス造りの巨大な塔が天辺から砕け散り、破片がそこら中に雨あられと降り注いでいる。そんな錯覚を覚える音色であった。
数十分飛んで、やっと騒乱が収まってきた。
砂塵に紛れて強行突破したおかげで、衛兵に見つかることもなく安全圏へと抜けられたらしい。
煙が晴れて現れた景色は、出発した頃と変わらぬ人気のない荒野。
空は嘘のように晴れていて、灰色の雲さえ掛かっていなかった。
やがて山脈の向こう、彼方の湖に浮かぶファイター達の牙城マザーシップが見えてくる。
船内にようやく安堵が戻りつつあったそのとき、ふとマリオが振り返った。
「あぁ、ところでさ」
それぞれに怪訝そうな様子で顔を上げた3人に向かって、彼はごく軽い調子でこう尋ねた。
「誰か、着陸のさせ方知ってるか?」
◆
「船底に擦過が16カ所、胴部外板に亀裂が2条、座屈が7カ所……」
偵察船を前にして、修理ロボットが調べて寄こした損傷を淡々と数え上げていくサムス。
それを聞かされているのは運転手役のマリオと、彼を迎えに来たルイージ。
他の皆はすでにリンクとフォックスを半ば担ぎ上げるようにしてミーティングルームに連れていった後で、
帰還を祝う歓声が廊下を伝って、この格納庫にまでうっすらと届いている。
そんな中ルイージがなぜ残っているのかというと、出迎えに集まった皆が4人の無事を喜ぶ中、
戻ってきた偵察船を黙って見つめるサムスの目にそこはかとない険しさを感じたからであった。
確かに素人目から見ても船の状態はあまり良くなかった。
あちこちに歪みや亀裂が入り、まるで火山弾が降り注ぐ中をほうほうの体でくぐり抜けてきたかのような有様。
修理する物資が限られている現状でここまで偵察船をぼろぼろにされたのでは、怒られても仕方がない。
もちろん、怒られたとしても兄はあの性格だから気にしないだろう。
ルイージはむしろ、兄がずれた反論をして話をこじらせてしまうことを危惧して残っていたのであった。
だが、彼がそんな気苦労をしているのをよそに、状況の確認を終えたサムスはこう言った。
「しめて小破、と言ったところか。
まったく……あの状況下で航行して、これだけの損害で済んだとは信じがたい」
その口調には意外にも、非難するような気配は少しもなかった。
さすがのサムスもマリオの清々しいまでの無謀っぷりに、もはや咎める気も起きなかったのだろう。
ルイージが内心でほっと安堵した矢先、横で兄が得意げにこう言った。
「だろ? 俺ってもしかしたらパイロットの才能あるのかもしれないな!」
何か言われる前にと、弟は慌てて間に入る。
「ちょっと兄さん、冗談言ってる場合じゃないよ!
もう少し真面目に考えてよ。運転したこともない船に乗って相手の城まで行って、その上急降下しながら2人を助けるなんて……。
どうしたらそういう発想になるのか分からないよ。帰って来れたのは運が良かったからだ」
だが、マリオはまったく懲りた様子もなく軽く首をかしげてこう返した。
「運も実力のうちってよく言うだろ?」
「だからって今回ばかりは無茶しすぎだ。
さっきのは兄さん1人じゃなかったんだよ。下手をしたらリュカ君まで巻き込んでいたかもしれない」
「それこそ、彼がいたからこそ帰って来れたんだぞ。
俺1人じゃフォックス達を見つけられなかったし、空が崩れてきたのも避けられなかっただろうな」
いつまで経っても平行線を辿りそうな言い合いを見かねて、サムスが区切りを付ける。
「今日のところは、4人とも無事に戻ってきただけでも良しとしよう。
だいたい何があったのかは航行記録と報告で把握した。
修理の方は機械に任せて、君達もミーティングルームに行ってくると良い」
マリオはこの言葉を待っていたとばかりに、返事もそこそこに廊下へと飛び出していった。
その際に、彼はこう言い残すのを忘れなかった。
「また運転手が入り用になったら言ってくれよ!」
やれやれと首を振りながらもルイージは後に続こうとして、そこでふと気がついて振り返った。
「サムス、君は行かないのかい?」
後に残った彼女には2人を追う様子もなく、偵察船を見上げて考え事にふけっていたのだ。
元から何もなくとも油断を見せない人だが、その立ち姿は帰還に沸き立つ仲間達とは一歩距離を置いているように感じられた。
果たしてこちらを向いたバイザーの影から頷くような気配がし、彼女はこう答える。
「私は先に調べておきたいことがある。
一段落ついたらそのまま会議に入る旨、皆に伝えておいてくれ」
彼女はこの先を見据えていたのだ。
すなわち、宙に出現した敵の一大拠点。それについての情報収集と、攻略作戦の立案を。
つられて、少し表情を引き締めてルイージは頷いた。
「……分かった」
廊下に出てミーティングルームに向かう途中、ルイージは向こうからも誰かがやってくるのに気がついた。
「よっ、久しぶり!」
そう片手を上げて挨拶したのはリンク。その後ろにはピットの姿もあった。
こちらまで歩いてやってきた2人に、ルイージは尋ねた。
「向こうにいなくていいのかい?」
すると、リンクは手を頭の後ろで組んでこんな答えを返した。
「ん……まぁ、何だかくすぐったくってさ。
みんなやたらと心配したり、気遣ったりするんだけど。
正直なところおれ、ああいうフンイキ苦手なんだよな」
要するに照れくさかったらしい。
カービィに纏い付かれたり、ピーチ姫から親がちびっ子にするように抱きしめられたり。
さっきまで彼を取り巻いていた状況がありありと想像できて、ルイージは思わず笑ってしまった。
リンクの横から、ピットが明るい声でこう返す。
「そんなに恥ずかしがらなくても良いと思うよ。
心配してくれる人がいるって、かけがえのないことなんだから」
それから彼はルイージに向き直った。
「僕たち、2人でルイージさん達を迎えに行こうとしてたんです。
マリオさんとはさっき会いました。けど……サムスさんはまだ来ないみたいですね」
背伸びして廊下の彼方を見やる2人に、ルイージはこう伝える。
「そうなんだよ。先に調べておきたいことがあるって。
リンク。サムスが戻ってきたら会議を始めるだろうから、祝われるなら今のうちだよ」
「えー? もう腹一杯って感じなんだけどな……」
リンクが困り顔でそう言った矢先、ミーティングルームの方からこんな声が掛けられた。
「スコーンが焼けたわよ~! 早くいらっしゃ~い」
出入口に立って手を振り、こちらを呼んでいるのはピーチ姫。
もう片方の手にはすでに紅茶のポットが準備されている。
廊下を伝い、穀物の甘い香りと紅茶の華やかな香りが3人のところにまで漂ってきた。
お菓子の香りほど人の心を惹くものはない。
「今行く!」
さっきまでの渋りはどこへやら、リンクはそう答えるが早いか来た道を駆け戻っていった。
船主のサムスに見つかったら廊下で走るなと咎められそうなほどの勢いだ。
ピットも彼の後をそれなりに早足で追いかけていった。
「急がなくても人数分用意されてるよ」
遠ざかる背中に呼びかけて、ルイージも歩いて後を追う。
と、見る先でリンクの足が止まった。
だがルイージの言葉が届いたからではないらしく、彼の顔は横に向けられている。
追いついたピットとルイージ。リンクの視線を辿ると、そこには開け放たれた扉があった。
人工の照明に照らされた1台のベッド。床に放り出された枕と毛布。
ベッドに敷かれた白く清潔なシーツは、まだわずかにへこんでいた。
医務室の様子から目を離さず、少し訝しげな顔をしてリンクは言った。
「誰か、ケガでもしてたのか?」
「ああ、いや。怪我じゃなくて……」
答えかけてピットははっと気がつき、その先の言葉を継げなくなってしまった。
ここでしばらく横になっていた人物。彼が不調をきたした原因と、それが今ここで持つ意味を思い出したのだ。
気まずそうに言いよどんだピットの様子を、リンクは見逃さなかった。
「おれが留守にしてた間になんかあったんだな? いったい何があったんだ。
……なぁ、どうして教えてくれないんだよ。なんで黙ってるんだ?」
詰め寄り、矢継ぎ早に問いただす。
口調の険しさはピットに向けられたものではなかったが、
彼の眼差しが持つ気迫に言いつくろうこともできず、ピットは言葉に窮する。
答えあぐねる彼に助け船を出したのはルイージだった。
「とても難しい問題なんだ。
僕らの間でもどう取り扱っていくべきなのか……まだ答えが出せてない」
前置きをおいて、彼はこう続けた。
「実は、君が行方知れずになったちょうどそのあたりにリュカ君が船を出ていってしまってね……。
連れ戻されてからちょっとの間、そのベッドで休んでいたんだ。
どうして出ていったのかは、まだよく分かってない。彼も僕らに理由を話してないんだ。
……でも、今はもう元気になった。君も見たとおり、勇気を出して兄さんの運転する船に乗るくらいにね」
最後に軽く冗談めかして言ってみたのだが、リンクの表情は変わらなかった。
彼の視線は医務室のベッドへと向けられたままだ。
どこまでも清潔な白色に満たされた部屋。
その白さに、束の間あの牢獄がフラッシュバックする。デュオンの部下に捕獲され、放り込まれた頑強な檻。
そして、桁違いの強さを持った新型兵と戦わされた空虚で寒々しい舞台。
10代前半の子供とは思えないほど真剣な表情と共に、少年は純白の空間をじっと見つめていた。
沈黙のうちに様々な思いを巡らせ、目をそらすこともなくまっすぐに。
◆
照明の落とされたミーティングルーム。
ほの暗い円卓には紅茶の入ったカップが人数分並び、かすかな湯気と共に心落ち着く香りを漂わせている。
だが今は皆カップに口を付けるのも忘れ、中央に浮かび上がる映像を一心に見つめていた。
そこにあるのは、もはや誰もが見慣れた3次元のホログラムマップ。
円卓の中央にぽかりと空いた空間には今、最後の戦いの場になるだろうステージが投影されていた。
形も大きさも様々な浮島を従え、物理法則をまったく無視して超然と浮かぶ"城"。
外側の浮島は歪な円を描いており、すき間を作らないようにして回り続けていた。
この外周部分には、フォックスとリンクが捕らえられ、人形兵と戦わされていた施設が含まれている。
視点を引いて周囲に目を移せば、浮遊城の下に崩落した都市があることや、その一帯に雪らしきものが降り続く様子が見えてくる。
地上、崩落した都市跡地にはおおむね瓦礫の山が広がるばかりでめぼしい建築物はなかったが、
中心部、浮島が落とす影にちょうどすっぽりと覆われるようにしてドーナツ状の要塞らしき構造が潜んでいた。
フィギュアが乗せられたカーゴを追ってフォックス達が踏み入ってしまった、迷宮のようなエリアだ。
と、映像の中に降りしきる雪がにわかにその勢いを増しはじめた。
今まで見えていた浮遊城の姿が止むことのない雪の中に次第に紛れ……そして完全に消えてしまった。
崩れ去った都市も、どころか降っていたはずの雪自体もかき消えて、後には他と変わりのない荒れ地が残される。
サムスがAIに計算させ、雪に似た何物かによる地形のカモフラージュを再現させたのだった。
「"罠"っていうのは、このことだったのか……」
伝言の意味がようやく分かり、マリオはそう言って眉を寄せ腕を組んだ。
頷いて、あのメッセージを送信したフォックス本人が改めて他の皆に解説を行う。
「あの一帯には事象素が降り続いている。
おそらくエインシャントは、これを使って電波や光を吸収するなり何なりして城を"透明"にしていたんだろう。
つまり事象素で何らかのベールを作り出すことで、あらゆる探査機器に対して城の回りを不可視の状態にしていた。
あいつが自分の本拠地に事象素を集中させているのは兵の生産だけじゃなく、このカモフラージュの目的もあったんだ」
だからこそアーウィンのレーダーにも、偵察船のレーダーにも直前まで障害物の所在が引っかからず、
ファイター達はもちろん、マザーシップが放った偵察用の小型ボットも城の存在に気づけなかった。
エインシャントは、有の上に見せかけの無を上書きすることさえ軽々とやってのけるのだ。
徐々に密度を薄くしつつあるが、まだ事象素の雪はあの一帯に降り続いている。だが、もはや城がその中に隠れる様子はない。
また、先ほどファイター達があれほど近づいたというのに、警戒していたような追跡も反撃も来なかった。先兵の兆しさえない。
これはいささか不気味なことだった。
天球の白い光を受けて、天のはるかな高みから睥睨するかのごとく堂々と浮遊する砦。
暴かれてしまったのならばもはや隠れる必要はない、攻め入るつもりならそちらから来いと言わんばかりだ。
これまでずっと探し求めていた終点が、ついに目の前に現れた。
そして同時にそれが具現化したことによって、総大将の野望を挫くために越えねばならない障壁が現実味を持ってファイター達の前にそびえ立つのだった。
彼らは行く手に待ち受けるであろう数多の困難を想定し、それぞれの沈黙に沈んでいた。
ただ1人、周りの厳粛な雰囲気には気づかない様子で、カービィが皆の顔を不思議そうに見回して言う。
「どしたの? 次いくところが分かったんだから早くいこうよ」
これには居合わせた皆が思わず顔を上げ、彼の方を見た。
返したのはリンクだった。
「そうもいかないんだよ。
ホント、お前は何があってもいつも通りだよな」
呆れつつも、彼はそう言って笑った。
緊張がほぐれたのは彼ばかりではなく、そこここから笑い声が上がる。
一呼吸置きざわめきが落ち着いたところで、取りまとめるように皆を見渡してサムスが言った。
「……いよいよ決戦の日が近づいた。決着を焦る気持ちも分かる。
しかし、だからこそより一層の注意を払い、冷静になって現状を把握せねばならない。
敵を知り、己を知れば百戦危うからず。昔から言い習わされた格言だが、今の我々がまずすべきことは情報収集。その一点に尽きる」
彼女が情報収集の重要性を力説するのはいつものことだったが、それに対しマリオが疑問を呈する。
「情報? 今まで結構集めてきたはずだけど、まだ足りないのか?」
水没した研究都市や亜空間爆弾の工場。
すでにファイター達は様々な施設を探訪し、エインシャントや彼に対抗した人々に関する情報を集めている。
それに費やしてきた時間と作業量を考えても、もう十分知識は蓄積された頃だろうと思っていたのだ。
「最後の重要なピースが欠けている、と言ったところだろう。
今の時点で解析が済んでいる記憶媒体にはどれも、あの浮遊する城を示すデータは含まれていなかった。
エインシャントが人間の接近を許さなかったのか、それとも征服後にあの城を建造したためか。
いずれにせよ、防衛上脆弱なエリアや侵入経路に使えそうなルート等、攻略に欠かせない情報が我々の手元には未だ無いのだ。
現時点では偵察ボットが入手した空撮と、そして……」
そこでサムスはフォックスの方を向いた。
「……実際に、あの城の内部を見てきた者の体験が全てだ。フォックス、情報の共有を頼む」
「そうだな、どこから話すべきか……」
会議の主導権を一旦託されたフォックスは腕を組み、椅子の上で姿勢を改めた。
「攻略に関わる情報については、すまないがあまり期待に応えられそうにない。
何せ地上の廃墟で撃墜されたと思ったら、次に気がついた時にはもうあの真っ白な牢に閉じ込められていたんだ。
……しかしアーウィンを残して俺達だけが連れて来られたことを考えると、城と地上とを結ぶ何らかの連絡手段があるんだろうな。
おそらく脱出直前に見たあの輸送機みたいなやつか……あれの定期便でもあれば、荷物に紛れ込むなり何なりして城に潜入できるかもしれない」
その手段の成功確率を少しの間考えてから、彼は話を切り替える。
「侵入方法についてはこんなところだな……。
だが、俺にはそれ以上に伝えておかなければならないことがある。
その一つが、エインシャントの作り出した新型兵だ」
薄暗がりの中、円卓に身を乗り出した彼の顔を、天井からの照明が明るく浮かび上がらせた。
「捕まった俺とリンクはすぐにはフィギュアにされず、実験と称した模擬戦闘を行わされた。
その時に出てきたのが、紫色の事象素、"影蟲"で形作られた新型兵だ。
金属の甲冑が魂を吹き込まれて動いているような……ともかく、見ればすぐに分かる。
あいつらは今までの兵士とはわけが違うんだ。パワーもスピードも段違いで、ファイターだけが使えるはずの技能も習得している」
そのそばから、リンクが補足する。
「こっちの剣をすんでで避けたりとか、空中で跳んで見せたりとか。
それだけじゃない。あいつらは、おれ達みたいにいくつもの技を持ってるんだ」
ファイター達はめいめい顔を見合わせてざわめいた。
回避に空中ジャンプ。そして複数の技を使いこなすと来れば、もはや既知の人形兵とは一線を画した性能だ。
あるべき進歩の延長線とは思えず、段階を飛び越していきなり現れたものとしか感じられなかった。
そんな仲間達に一つ頷いてみせ、フォックスは真剣な面持ちでこう言い渡す。
「俺の予想が間違っていなければ……新型兵はファイターのコピーだ」
この言葉に対し、室内のファイター達はあの時のリンクとほぼ同じ反応を見せた。
まず驚愕、疑念がよぎり、そしてゆっくりと理解が追いついていく。
エインシャントはこれまで生き残りのファイターに対し、徹底して物量作戦を採ってきた。
個々の戦闘力こそ劣っていても、数で圧倒すればわけなくひねり潰せると思っていたのだろう。
だが、生き残りが集い始めた頃からエインシャント側は局所的とはいえ負けが続いている。
膝元まで攻め込まれて、ようやくこれまで通りの作戦では通用しないことを悟ったのだろうか。
彼は物量で押し切るのではなく、少数先鋭の兵をぶつけることに決めたらしい。
新たなコンセプトの元で作られる兵には、ファイターと同等かそれ以上の強さが必要だった。
"駒"はその条件を満たしているが、エインシャントはもう彼らを使うことはないと予想されていた。
何しろ、これまでの戦闘で2人ともが自我を取り戻してしまったのだ。
慌てて手元に回収させた彼は、きっともう駒を安全な場所へと隔離していることだろう。
それを踏まえてファイター達は、来たる決戦での障壁はデュオンにガレオム、そして総大将たるエインシャントくらいになると見積もっていた。
しかし、エインシャントはここに来て代替手段に思い至ってしまったらしい。
「なるほど。コピーなら取り返されることを気にせず、いくらでも我々に差し向けられる……と。
エインシャントはよほど駒の損失を恐れているらしいな」
口調こそ淡々としていたが、サムスの切れ長の目はすっと細められている。
「つまり……あの影蟲に僕らの仲間を真似させたんですか……?
なんてことを……。そんなこと、あって良いはずがない……」
ピットは呆然とした顔でそう言い、首を横に振った。
捕らえられ、銅像のまま新型兵の鋳型にされる仲間達。意志も何もかも抑圧され、ただその性能だけを写し取られていく。
およそ命あるものにする仕打ちとは思えない。エインシャントは生命さえも物として扱い、手中に収めた気でいるのだろうか。
一方でその隣のカービィは腕組みらしき格好をして宙を見つめ、何事かを思い出そうとしていた。
ファイターと同じように動き、戦う存在。そんなものが以前にもどこかであったように思ったのだ。
しかし彼が答えを思い出す前に、話題は先へと進んでしまった。
最悪の予想を自分なりに受け止めて、マリオが円卓越しに尋ねかける。
「で、フォックスはそいつらと戦ったんだな。どのくらい強かったんだ?」
フォックスは端的に答えた。
「2人がかりでやっと1体だ。
1対1だったら、下手をすれば負けるかもしれない」
これを聞いて、さすがのマリオも肩を落とした。ゆっくりと椅子に背を預け、ため息をつく。
「はぁぁ……やっぱり俺達をコピーしただけはある」
だが一つまばたきするうちに、彼は気持ちを切り替えていた。
「いや、元が強いんだから苦戦しても仕方ないよな。
逆に考えれば今までエインシャントがこの手に気づいてなかったってことでもある。
それを思えば、俺達の運はまだまだ尽きてないんだ」
前向きに締めくくった向こうで、メタナイトがごく現実的な質問を投げかける。
「生産効率は? 分からなければ概算でも良い」
「そうだな。注意して見ていなかったが、確か……」
しばし円卓の一点を見つめ、腕を組むとフォックスは記憶を呼び起こしに掛かる。
「最終的に差し向けられた数は8体ほどだ。
あいつは宙に出現させた渦から、8体のコピー体を同時に生み出してみせた」
「そうか……。
模擬戦でそれだけとなれば、実際はそれ以上の数を同時に造り出せると見た方が良い」
敵も味方もなく事態をあくまで公平に見る彼に、近くに座っていたリュカが不安げな顔で問いかけた。
「でも、そしたら……僕らに勝ち目は無いんですか?」
遠慮がちに聞いた少年に、剣士は相変わらず冷静な瞳を向けてこう答えた。
「なに、囲まれなければどうということはない。小集団に分断すれば勝てるだろう」
その向こうで、考え込んでいた様子のルイージがふと顔を上げる。
「待って。フォックス、今……同時に8体って言ったよね。
2人じゃ1体を倒すのが精一杯だったはずなのに、そこからどうやって切り抜けたの?」
「そう。そこがまだ俺にもよく分かっていないところなんだ」
腕をほどき、フォックスは再び身を乗り出した。
円卓の上に手を組んで乗せ、続ける。
「まず、模擬戦闘を管轄していたデュオンが言っていたことによれば、実験の目的はファイターの真の強さを測ること。
俺達が通常使っているような技能とは別に、何らかの条件を満たすと発動する技……彼らの言葉を借りるなら、"切り札"。
それを駒にも備えさせるために、あいつらは切り札の発動条件を調べようとしていたんだ」
切り札という言葉に、サムスが僅かに顔を上げた。
しかしその様子はバイザーの暗緑色の陰に隠れ、誰にも気づかれることはなかった。
片手を顎先にそっと添えて、ピーチが首をかしげる。
「切り札……? そんなもの、私達にあったかしら。今まで聞いたこともないわ」
それは当然の疑問であり、他のファイター達もそれぞれ訝しげな様子でフォックスの方を見ていた。
「俺もそうだった。初めは信じていなかったんだ。
そんなものがあるなら最初から遠慮無く使っていたし、砂漠に不時着することもなかった。
それに第一、切り札が本当にあるならファイターが20人近くも捕まるはずがない。
デュオンから聞かされたときも、俺はまずそう思った」
四方から向けられる視線に答えていくようにして、彼は続ける。
「だが、これまでの戦いで十分見せつけられたように、相手には俺達に関する詳細な情報がある。
ソースがどこにあるのかは分からないが、その正確さは捕まってしまったファイターの人数を見れば明らかだ。
それを踏まえれば、エインシャントの予想はあながち的外れではなかったのかもしれない。今から思えばな」
意味ありげな言葉を残し、彼はそこで一息置いた。
姿勢を正し、改めて初めのルイージの疑問に答える。
「ともかく、俺が切り札の実在を知ったのはその模擬戦闘の最中だった。
しかも、発動させたのはその存在を疑っていた自分自身だったんだ」
一つ一つ、数え上げていくようにして彼はあの瞬間を振り返る。
「俺とリンクが力を合わせて新型兵を倒した矢先、ステージの上空にエインシャントのホログラムが現れた。
口ぶりこそ尊大だったが、あいつは次に8体もの新型兵を俺達に差し向けた。
当然あいつは俺達が互角の戦いをするとは思っていない。勝てると分かっていて、いや、それどころか一瞬で片がつくと分かっていてそうしたんだ。
会心の出来だと思っていただけに、自信作の新型兵を倒されてご立腹だったんだろう。
いずれにせよ、あの時の俺は絶望や恐怖の段階をすっ飛ばして、ただ純粋に怒りを覚えていた。
すぐに倒されては復活させられ、切り札とやらを口実にそうして延々と弄ばれるのかと思うと、腹が立ってな……」
かたく組まれた手をじっと見つめて、彼は語っていく。
室内はしんと静まりかえり、誰もが彼の言葉に耳を傾けていた。
「エインシャントはとんでもない利己心の持ち主だ。彼にとって自分以外の全ては道具に過ぎない。
利用できるものは利用し、用済みになれば容赦なく捨てる。自分の欲望こそが絶対で、そのためには何がどうなろうと知ったことじゃない。
自然があふれていただろうこの世界をここまで荒廃させて、ありとあらゆる生き物を追い出し、そして今度は他の世界まで。
俺達スマッシュブラザーズのことも、あいつはただの"有益なデータの塊"としか思っていないんだろう」
静かな口調のすぐ後ろには、熾火のような感情が込められている。
組んでいた手を一度解放し、フォックスはその緑の瞳で両の手を見つめた。
「諦めたくはなかった。できることなら直接あいつの元に行って一つ頬をひっぱたき、身の程を教えてやりたかった。
俺にできたのは、馬鹿にするなと声を張り上げること。それが精一杯の反抗だったんだ。
だが……気がつくと、それ以上のことが起きていた」
再び仲間に視線を合わせ、彼は続けていく。
「"スターフォックス"で所持している地対空戦車、ランドマスター。
母船と一緒に故郷に置いてきたはずのそれが、目の前に現れていた。
当然、母船に通信を送った記憶は無いし、送っていたとしても転送することは技術的に不可能だ。それにそもそも、この世界は完璧に封鎖されている。
だがあれは間違いなく本物だ。外見も内装も武装も全て、俺の記憶にあるランドマスターと同じだった。
ただ、不思議なことにあのランドマスターは敵の攻撃を一切受け付けなかった。デュオンの砲撃さえ無効化したんだ。
あれを技と呼ぶのなら……あれが俺の"切り札"だったんだろうな」
時と場所が違えば、荒唐無稽な冗談や白昼夢として片付けられてしまいそうな内容だった。
しかし、居合わせた仲間達はそれを真実として受け止めた。
そうでもなければあの状況から生還できたはずもなく、またマリオとリュカは実際にランドマスターをその目で見ている。
フォックスが口をつぐんでしまい重々しい沈黙がその場を支配する中、勇気を出してルイージがこう切り出した。
「その切り札ってさ……僕らもみんな使えるのかな?
思い通りに使えないとしても、あるのとないのとじゃ大違いだよ」
「そうだな、俺1人だけとは思えないが……」
確証が見あたらず、難しい顔をして考え込み始めたフォックス。
そんな彼に代わって答えたのはリンクだった。
「ああ。フォックスだけじゃないさ!
あの大工場を壊したっていう流れ星も、実はその"切り札"だったんだからな。
……そうだろ? サムス」
手をついて身を乗り出し、彼は円卓の向こうに座る甲冑の人物に呼びかける。
円卓を囲む仲間達の顔も自然と、そちらの方へと向けられた。
皆の少なからず驚いたような、そしてどこか期待するような視線を受け止めて、彼女は動じた様子もなく黙っていた。
やがて、わずかに顔を上げる。光の加減で片方の瞳だけがバイザーの奥に現れていた。
その怜悧な瞳でリンクをまっすぐに見つめ、彼女は言った。
「いつから気づいていた?」
「ずっと前からさ。間違いないなって思ったのは、この目でフォックスの切り札を見た時だったけど」
不敵さと得意気とが相まった笑みと共に答えてから、そのままの調子でリンクは尋ねた。
「なんで今まで教えてくれなかったんだ?
何を決めるにもみんなで意見を出す。隠し事はしない。この間そう決めただろ?」
対し、サムスは少しの間目をつぶった。
観念したように小さくため息をつき、彼女は仲間に向き直る。
「隠していたことは謝ろう。
私なりに考えた結果、適切な時期が来るまで伏せておくべきと判断したのだ」
そう釈明し、サムスは話の本筋に入った。
「皆も知っての通り、私はここに来る前にマスターハンドと一度会っている。
彼は私にエンジェランドへの手紙を配達するよう依頼したのだが、その際にいくつか重要な話をしていった。
元から細事にこだわる性格ではあるが、彼なりに異変の兆しを感じ取っていたのだろう。
もしも戦うようなことになった場合困らないようにと、彼は今回新たに採用したファイターの特色について手短に説明してくれた。
その一つが"最後の切り札"に関することだった」
仲間1人1人と目を合わせるようにして、彼女は続ける。
「今回ファイターになった者には皆、ある特殊な技能が備えられている。
ストック制であれば残り1回となった時など、窮地に追い込まれた際にのみ解除される大技。
マスターハンドによれば形勢逆転を呼び込むほどの威力を持ち、まさに切り札と呼ぶにふさわしい技だそうだ。
また、聞いたところでは条件を満たした者はその身が虹色の輝きに包まれるそうだが……フォックス、心当たりはあるか?」
「言われてみれば……。
そうだ。確かにあの時、全身が光に包まれていたな。ランドマスターも同じ輝きを纏っていたような……」
あの瞬間を思い出そうと、フォックスはそう言って自らの手を眺めた。
「ではやはり、それが君の切り札だったのだろう。
ランドマスターが敵の一切の攻撃を無効化したのも、それが最後の切り札として召喚されたためだ。
そしてまた、以前に大工場を壊滅状態に追い込んだ流星群も同じく切り札であった可能性が高い」
その言葉を受けて、ピットは納得がいったように頷いた。
「あれだけの威力も、その"最後の切り札"が起こしたものだと考えればちゃんと説明がつきますね。
……でも、その切り札を使ったのは誰だったんでしょう?
あの時、まだ僕はファイターではありませんでしたし、流星が止んだ時点でリンク君とカービィ君はもう力尽きていました。そうすると……」
そこまでを言って口をつぐみ、目でその先を問いかける。
彼の後を継ぎ、サムスは答えた。
「状況と能力の性質からすれば、リュカ。君が引き起こした技だろう」
出し抜けに名前を呼ばれて、リュカは目を瞬いた。
反射的に顔を上げると、驚いたことに室内の全員がこちらを向いている。
誰の心からもどこか一目置くような感情のさざ波が伝わってきて、彼は何も言うことができずすっかり固まってしまった。
だが居心地の悪い時間は数秒で済んだ。サムスが話を先に進めたためだ。
「……このように、"最後の切り札"は他の技能とは比べものにならないほどの威力を持っている。
そしてそれゆえに、使用には厳しい制限が掛けられているのだ。
滅多なことではリミッターは外れず、当然のことながら自分の意志でどうこうできるものでもない。
今回はそれが裏目に出てしまい、20人近くのファイターがエインシャントに捕まってしまったのだが……」
彼女はそこで少しの沈黙を挟んだ。
「私が今まで黙っていたのもこのためだ。
我々が勢力として堅実な足場を打ち立てるまでは切り札の存在を教えても何にもならない。
どころか、皆に過度な期待を抱かせてしまうことになる。確率が低いものだと分かっていても、苦境に立たされればすがりたくもなるだろう。
だが、それは現状においては危険なことだ。"奇跡"の発現に頼り、各自が本来の力を発揮できなくなっては元も子もない。
したがって時が来るまで……あるいは、初めから無かったものとして黙っているべきだと、そう判断したのだ」
全てを語りきった、という様子でサムスは口を閉じる。
室内はすっかり静まりかえっていた。
何かしら言葉を発することをためらわせるような空気が、ファイター達の間に満ちていた。
実は、自分たちには知らぬ間に与えられていた切り札があった。
だがこれまで数々の危機的状況に見舞われたにも関わらず、それが発動したのはたったの2回。
何が窮地であり、何が窮地ではないのか。それはサムスも聞かされていない様子だった。
朗報と言うにはあまりにも頼りなく、かといって悪い報せという訳でもない。
こんな中途半端な希望ならばサムスが隠していたのも無理はないだろう。沈黙の内に、誰もがそう考えていた。
「まあ、さ」
マリオが言い、ファイター達の視線が自然と彼に集まる。
重くなった空気を切り替えるように、彼は明るい表情で皆を見わたしこう続けた。
「知って良かったんじゃないか?
分かってれば、土壇場に追い込まれたところでいきなりものすごい技が飛び出しても驚くことはない。
せっかくの見せ場なのに、出した本人が腰を抜かしてたらかっこわるいもんな!」
おどけた口調で言ってみせ、それを受けて何人かから笑い声が上がる。
声を上げて笑わなくとも、いつの間にか皆の顔には明るさが戻っていた。
そこで表情をきりりと引き締めて、彼は一つ自信たっぷりに腕を組む。
「まぁ、どのみち切り札の出番はないだろう。
今まで俺達はそれ抜きでも大抵のことは切り抜けてきた。だから、ここに来てピンチに追い込まれるなんてまずあり得ない。
どんな罠が待ち受けていようと、どんな敵が出てこようと、力を合わせれば何とかなる。
後はあいつの城に攻め込んで野望を食い止めて、みんな揃って『スマッシュブラザーズ』に行く!
多少遅刻はするが、わけを話せばマスターハンドだって分かってくれるさ」
そう締めくくったところに、フォックスが軽くからかうように口の片端で笑み、こう言ってよこした。
「向こうには時間通りに着くんじゃないのか? この世界では時間も空間も孤立してるって話じゃないか」
「いいじゃないかそーゆー細かいとこは」
と、マリオはいささか大げさに不服そうな表情を返す。
すっかり場の雰囲気も和み、戦士達の間にも前向きな空気が戻ってきた。
その様子を見て取り、サムスは表情をわずかに緩めてひとつ肩をすくめた。
「どうやら私の杞憂だったようだな」
そう独りごちてから、気持ちを切り替える。
会議の進行を求める仲間の注目が自然とこちらに集まったことを確認し、こう呼びかけた。
「私も同じく、切り札に頼るほどの事態にならないことを願っている。
そのためにも今後の方針はより一層慎重に決めていかなければならない。
話を元に戻そう。誰か、作戦について意見のあるものは?」
真っ先に手を上げたのはやはりリンクだった。
「混ぜっ返しちゃうようで悪いんだけどさ、シンニュウとかボウエイとかそんな難しいこと考えなくても、
あの城のてっぺんに向かってこのまま飛んでいけば良いんじゃないのか?
ぐずぐずしてるとエインシャントがまた何か企みだすぞ」
フォックスが相づちを打つ。
「言いたいことは分かる。ここまで相手の本拠地に近づいた以上、船を隠しておける安全地帯の範囲はごく限られている。
場合によっては、こっちがぐずぐずしているうちに亜空間爆弾であっという間にカタをつけられてしまうかもしれない。
落とされる前に自分から突っこむか、あるいはいつでも逃げられる態勢を取っておくか。そのどちらかだろうな」
「私も同意見だ」
そう発言したのはメタナイト。
「数的不利を抱える勢力の取るべき戦略はただ1つ、短期決戦しかあるまい。
消耗戦に持ち込まれればこちらは持ちこたえられず、真っ先に瓦解してしまうだろう。
取り戻すべき人員があの城に囚われていることを考慮しても一刻の猶予も許されない状況だ」
瞳に一層強い輝きを灯しながらも、口調はあくまで冷静にそう断言する。
ピーチはここまでの発言を受けて考え込んでいた様子だったが、やがて小首を傾げてこう言った。
「でも、そううまく行くかしら?
だって、あのお城はエインシャントのお城よ。
私達の船を気前よく中庭に停めてくれるとは思えないわ。フォックスはどう思う?」
問いかけられて、フォックスは同意の意味で一つ頷きを返す。
「ああ。エインシャントもそう易々と自分のエリアには近づけさせないはずだ。
マリオ達が迎えに来てくれたあの空域は、全体で言えば浮遊島の辺縁部に当たる。
城の頂上まで直接行きたいならそこから更に空域を突っ切って、敵の懐深くまで踏み入る必要がある」
そう言ってから、彼は身を乗り出すと円卓中央のホログラムを指さした。
円を描いてゆっくりと自転している岩塊の群れを飛び越えて、指を中央の城まで持って行く。
「だが相手に航空機があると分かっていて空をがら空きにしておくほど、敵も甘くはない。
端とはいえこちらがあれだけ近くまで接近してみせた今、エインシャントはフライングプレートの大軍による迎撃態勢を敷いているだろう。
こちらにある航空機は3機。うち、戦闘に耐えうるものとなるとマザーシップとアーウィンの2機。
数に対し奇襲を掛けるなりして母船で押し切るという作戦も考えられるが、リスクが高すぎる。
失敗した場合、俺達はマザーシップという拠点を失うことになるからな」
「じゃあ端っこから攻めてくしかないのか……」
腕を組んで、リンクは背もたれに寄りかかる。
そうして少しの間ホログラムを難しい顔で見つめていたが、ふとあることに思い至る。
「待てよ、そしたらどうやってこの城に入り込むんだ?
空から行けば、さっきみたいにして端っこの浮島には辿り着ける。
でもそっから城に行くとなると……ここのとこを石飛びみたいに渡っていけって言うのか?」
手をついて、ホログラムを上から眺める。
道はある。
浮島の群れは円にまとまっているが、そこから中央の城に向けて一本だけ線が伸びていた。
比較的小さな島がある程度の幅を持って並び、点々と城への渡り廊下をなしているのだ。
円を描いている方の大きな島々はそれぞれ島としての一塊を保ちつつも密接に繋がっており、
脱出者の経験から、ランドマスターが駆け抜けられるだけの通路で連絡されていることも分かっていた。
つまり、いびつな節を持つトーラス状になっているのだ。
しかし、円周と城とを結ぶ諸島の間には明らかな空隙が存在し、まさに空に架けられた飛び石のようになっている。
「僕らの足で渡りきれると良いけどな……」
ルイージはそう言って眉根を寄せたが、あまりこの案に気乗りしていない様子だった。
それも無理はない。ホログラム上では描画されていないが、あの城は雲と肩を並べるほどの高みに浮かんでいるのだ。
もし一度でも足を滑らせたらと思うと、その後のことは考えるだけでも恐ろしかった。
そんな彼にピットが声を掛けた。
「1人か2人でしたら、一緒に連れていきますよ」
そう言う彼の背には、立派な一対の翼が揃っている。
カービィも円卓に体を乗り出した。
「ぼくも! あしにつかまれば1人くらいはこべるよ!」
意気込む2人を見やってから、フォックスは付け加えるようにしてこう言った。
「他にも方法はあるぞ。
普通、完全に他との連絡を絶った施設というのは拠点として機能しない。
あの城も地上との何らかの繋がりがあるはずだ。物資輸送とか、兵員の交代とかな。
そこにどうにかして潜り込むことができれば、時間も労力もカットして城に侵入することができる」
腕を組み、マリオが一つ頷く。
「さっき言ってた侵入方法か。思いつく限りではあの爆弾が使えそうだな。
ちょうど俺達が追い抜かしてきたとこだし、あの空飛ぶ板に乗ってそろそろやってくる頃だろう。
ちょっと待てば上手い具合に乗り込めるんじゃないか?」
彼が言っているのは、数日前に潜入した工場で生産されていた亜空間爆弾。
倉庫にしまわれていた爆弾の数は、こちらを仮想敵として想定したものとしては異様に多く、
今継続している自分たちとの戦いとは別に、エインシャントの企む計画に使われるものなのだろうと考えられていた。
彼の企みが何であるにせよ、囚われた仲間達があの城に連れて来られた以上そこが何らかの中継地点になることはほぼ間違いなく、
あの大量の亜空間爆弾ももうじきフライングプレートに乗せられてこの近辺に輸送されてくるはずだった。
「試してみる価値はある」
そう言ったのはサムスである。
「これまでの敵の出方を見る限り、相手に生体反応を捉える技術は無いと見て良い。
そうでもなければわざわざ私達の招待状に発信源を付けることもなかっただろう。
だが、一機に何人も潜伏することは避けた方が良い。監視の目をごまかしきれなくなればそこでお終いだ」
ここまでの流れを自分なりにまとめつつ、ピーチが発言した。
「急がなくてはいけないけれど、それで足元がおろそかになってしまってはどうしようもないわ。やり直しは利かないもの。
安全を第一に考えるなら、私達はなるべくばらばらに動いた方が良いみたいね。
とりあえずは安全な所までこの船を進めて、そこから分かれて行動することになるのかしら。
……だとしたら、無事にお城についた後どこかで落ち合えるようにしておかないといけないわ」
中心に向けて一つ切り込みの入った円。
最後の砦の俯瞰図を、ピーチは真剣な面持ちで見つめていた。どこが一番合流するのに適っているのかを見極めようとしている様子だ。
そんな彼女に、サムスが声を掛ける。
「あらかじめ集合場所を決めておいた方が良いのは確かだ。
だが、手段によっては終着点がこちらの自由にならないものもある。
例えば先ほど挙げられた、フライングプレートに潜り込む方法だ」
その言葉に続いて、ホログラム上に矢印のアイコンが現れた。
矢印はマザーシップのある湖から出発し、途中で彼方からやってきたフライングプレートらしき四角い印に合流する。
そして板のアイコンが進むままに浮かび上がると、円の縁を越えて中心の城へと至った。
敵の根城の中心でゆっくりと明滅する矢印をそのままに、彼女は続ける。
「今まで出てきた案の中でも、可能性としては最も深部まで踏み込むことができる方法だろう。
だが分乗した場合、プレートが全て同じエリアに停泊するとは限らない。
運良く城の深部まで到達できた班は、他の班員と合流するまでそこで待機するか、
場合によってはそのまま少人数で先に侵攻を開始してもらうことになるかもしれない」
それを聞いて、マリオがこう発言した。
「じっとしているよりはさっさと動いちゃった方が良いだろうな。
人形兵の目を引きつけておくことができるし、城の中について分かったことを報告することもできる。
つまりは後からやってくるグループが城に入りやすくなるってわけだ」
対して、隣に座る弟は慎重だった。
「でも、先に動いちゃっても大丈夫なのかな?
たしか城の中は無線が利かないって話だったよね。
情報をお互いに伝えることも、合流することも無線がなかったらできないんじゃ……?」
浮遊する島々には、エインシャントによって全域をすっぽりと覆うように電波妨害が施されている。
そのために中に囚われたフォックスは自分の居場所をマザーシップに伝えることができず、
またシップ側も彼らの存在を突き止めることができなかったのだ。
だが、こちらも何度も同じ手を許すほど甘くはない。
「その件については心配するな。既に解決案が見つかった」
答えたのはサムス。
仲間達の注目を受け止めて、彼女は落ち着いた声音でこう続けた。
「今までに受けてきたジャミングを記録し、解析させた結果が出た。
相手はスイープスルー方式、つまりこちらの使用する周波数を追いかけてノイズ電波を放っている。
こちらも1パルス毎に周波数を変えて対抗していたが、凄まじい速度で解析され、ことごとく追いつかれてしまっていた。
電磁波による通信ではこれ以上打つ手はない。だが、それならば別の手段を取るまで」
中央のホログラムが切り替わり、2枚の円盤が映し出された。
スマッシュブラザーズのシンボルが橙色の線で刻まれた黒いディスク。めいめいに通信機として配られた機械だ。
見ているうちに円盤が半透明になり、中心部に小さな球体が現れた。
それぞれ色は赤と青。互いに逆向きに自転している様子が矢印によって表されている。
「それが、『量子もつれ』を利用した通信だ。
この方法では量子もつれの状態になった素粒子のペアを作り、それを送信・受信素子として通信機に組み込む」
ほとんどのファイターが初っぱなからすでに置いてけぼりをくらっていたが、
室内の暗さに加えて、説明のために出したホログラムの描画に集中していたサムスが気づくことはなかった。
そのまま、変わらぬ調子で説明を続けていく。
「この方式が持つ利点は2つ。距離を無視して瞬時に情報を伝えられることと、電磁波などの媒介を必要としていないこと。
私の故郷では前者の利点から銀河レベルの遠距離通信に用いられているが、ここでは後者の利点が役に立つ。
量子もつれによって距離や時間に関わらず2つの通信機は同期し、間に何があろうと情報を伝え合うことができる。
どんな技術を使おうと、通信機に直接干渉しない限りエインシャントが通信を妨害することは不可能という訳だ」
大方の仲間達が何も言えずに顔を見合わせる中、
暮らしている世界がだいたい同じくらいの科学技術を持っているフォックスが皆に向けて架け橋を渡した。
「平たく言ってしまうと、電波をまったく使わない通信機を作るってことだ。
これならエインシャントによる妨害や傍受を心配することなく、俺達だけでやりとりができる」
そして、そのまま彼はサムスに尋ねた。
「しかしあまり時間はないぞ。
大雑把な見積もりだが、マリオ達が爆弾工場に侵入した辺りで発進しているとして、
亜空間爆弾を積んだフライングプレートがやってくるまで早くてあと3日だ。
行動開始までに何台用意できる?」
「すでに工作機械には設計図を与えたが、4台が精一杯だろう。
1班に1台として、我々も4班に分かれるのが限界だ」
それを受けてマリオが目をつぶって「うーむ」と一つうなる。
いつもの通り自信にあふれた表情だったが、話題がようやく手の届く高さに戻ってきたので、内心ほっとしている様子だった。
「3人組が2班と、2人組で2班か……」
それからぱっと目を開けて彼は円卓の顔ぶれを見渡し、こう言った。
「どう分かれる? 空飛ぶ板に相乗りして攻め込むのも良いが、偵察船で来る班もいてくれると助かるな。
いざというとき、その船に乗って脱出できるだろう」
対し、すぐにサムスが応える。
「偵察船には私が乗ろう。
本格的な戦闘に移る前に、あの都市の跡地で調べておきたいことがある」
この言葉に、何人かが怪訝そうな視線を向けた。
彼女が言う都市の跡地とは、浮遊島の下に広がるだだっ広いばかりの廃墟。
ほとんどの建造物は戦禍を受けてすでに無残なほど崩壊しきっており、白い骸を空に晒すばかり。
建物としての形を残しているものは、城の真下、エインシャントが造ったらしいあの"迷宮"を入れても指さして数えるほどしかない。
こんな廃墟に何が残されていると言うのだろう、と訝しむのも当然のことであった。
まして、議論の向きもおおむね"勢いを生かした短期決戦"へと傾きかけているというのに。
その疑問に答えるようにして、サムスは後を続ける。
「ここまで相手の本拠地に接近した今、悠長に瓦礫漁りをしている暇など無いと言う向きもあるだろう。
だが、私には一つ気に掛かっていることがある。城を含むあの浮遊諸島がいかにして作られたのか。
まだ確証はないのだが、あの島々はエインシャントが侵略を始める前から存在していた可能性がある。
眼下に広がる都市を探せば、この世界の人々が記した内部構造の記録が見つかるかもしれない」
「えっ? じゃあつまり……」
思わず席から身を乗り出し、目を瞬かせるリンク。
それから推測が追いついて、彼は依然として目を丸くしたまま言った。
「あの浮いてる島は、ここの人間が作ったものだっていうのか?」
「おそらくは。
空撮で見た限りでも、あの島々にはいくつか不審な点がある。
むき出しになった通路や、折れ曲がった建築物。そういった人工の構造体が含まれているのだ」
そう言って彼女は証拠の映像を何枚か呼び出した。
遠目から撮影した荒い画像ではあったが、先ほどまでは自然の岩肌として見えていた浮遊島の表面に、
鉄塔の網目や四角い窓を備えた壁の一部、天に向けてぽっかりと口を開けた廊下などが埋もれるようにして存在している様子が映し出されていた。
すっかり長年の風雨に削られてやせ細ってはいたが、その造詣は光の加減と片付けることもできないある種の説得力を保っていた。
一通り画像に目を通すと、フォックスは慎重な面持ちで腕を組んだ。
「エインシャントが正しい形に作り損ねたという可能性もなきにしもあらず……
だが、ここに来ていきなり宙に浮く拠点が出てきたというのも妙な話だな。
相手方の航空手段はどれもジェットによる推進力に頼っていて、反重力を扱っている様子はなかった。
技術の出し惜しみをしていたと考えるより、人が元々持っていた空飛ぶ拠点を乗っ取って利用しているだけ、とした方が自然だ」
そして彼はサムスに向き直ると、きっぱりとした口調で言った。
「俺も残る。偵察船1機では心許ないだろう。
君の班が空に上がるのをアーウィンで援護する」
バイザーの向こうで一つ頷き、サムスはこう返した。
「そうしてくれると有り難い」
言葉こそ短かったが、その口調はいつもよりわずかに柔らかい。
それが、自分の仮説に付き合ってくれることへの彼女なりの謝辞だった。
と、室内に控えめなブザー音が鳴り響く。
思わず見上げた天井から、AIの音声がこう伝えてきた。
"エンジンのクールダウンが終了しました。
システム、オールグリーン。離陸準備に入ります"
それを聞き、サムスは席を立った。
この湖は険しい山々に守られてはいるが、城との距離を考えると安全な隠れ場所とは言えない。
エインシャントの手の者に見つかれば、亜空間爆弾を落とされて一気に片を付けられてしまう。
空間のなり損ないが口を開け、暗紫色の闇が最後の希望もろとも全てを呑み込む。
その結末を避けるために、まずはマザーシップを前に進める必要があった。可能な限り城の近くへ。
爆弾の効果範囲を考えると完璧な安全地帯とは言えないが、敵味方を問わず亜空間に放り込むあの兵器は諸刃の刃。
自らの足元とあっては相手も無闇に使おうとはしないはずだ。
操縦席に向かうためドアを開けると、彼女は振り返って仲間に伝えた。
「残りの皆はどちらに入ってくれても構わない。
敵の輸送機に乗って城へと向かうか、下に残って有益な情報を探すか。
期限は今夜のミーティングまでとさせてもらう。それまでに各自、所属する班を決めてくれ」
◆
城下で繰り広げられた救出劇を、エインシャントが見逃すはずもなかった。
彼は動揺していた。
あらかじめ調査しておいたステータスに加え、今まで収集してきたデータから考えても異常な事態が起こったのだ。
それも一度や二度ではなく、立て続けに。
その船では週単位で掛かるはずの距離をものともせず、賞金稼ぎの宇宙船が現れた。
残党の中にはワープに相当する技能を使える者もいるが、この世界では狙いの場所に移動することはできない。
そのように仕掛けておいたのは他ならぬ自分だ。だが事実として、奴らは今この近くに潜んでいるのだ。
理由は調べてみれば呆気ないことだった。
奴らは恒星間飛行に使うべきエンジンを惑星の大気圏内で使って距離を詰めたのだ。
だが、誰がそんな無謀で勝ち目のない賭けに出るだろう。少しでも計算が狂えば船が制御を失い、空中分解していたかもしれないというのに。
そして奴らはどうやって知ったものか、自由を求めて身投げしたあの2人を拾い上げにやってきた。
丸腰のちっぽけな船で首領の根城に突進し、目と鼻の先で曲芸じみた飛行を披露して去っていった。
愚弄しているとしか思えなかった。奴らはあらかじめこうなることを予想して、打ち合わせていたのだと。
歩き回るうちに憤怒は過ぎ去って、代わって猜疑が立ち現れる。
彼の他誰もいない居城の一室、あまりにも広い灰色の空間でエインシャントははたと立ち止まった。
奴らはどこまで読んでいる?
まさか先ほどの曲芸も、やろうと思えばいつでもこの城を落とせるとそう言いたいが為の示威行動だったのか。
先日、たった1機の戦闘機がこちらに向かってきた時は、これほどの驚愕を覚えることはなかった。
こちらの軍に撃墜された苦い経験を持ちながら、なんとも愚かなことをするものだと思った。憐れみさえした。
しかしあれがすでに奴らの作戦だったとすれば。わざと仲間を掴ませて、こちらの拠点を割り出すためだったのなら。
相手には何か秘策があるのか。
そうでもなければ危険を冒してまでこちらの城の位置を突き止め、向かってくる理由が分からない。
何らかの秘策をもっており、すでに自分たちの勝利を確信しているのか。それともここに来て自暴自棄に陥ったのか。
負けるはずがないと、彼の持つデータは示していた。
どんなに相手が寄り集まろうと、新型兵を加えたこちらの総力に打ち勝てるはずがないのだ。
だが、もはや彼は何をも信じることができなかった。足元に差し掛かった終焉の影を恐れるあまり、彼は自らの頭脳さえ疑い始めていた。
苛立たしさにその背を振るわせていたが、ついに彼は決然として顔を上げる。
「デュオンよ!」
がらんどうの部屋、四方の壁を震わせて暴君は呼ばわった。
「なぜ答えぬのだ、デュオン!」
怒りも露わに腹心の名を繰り返す。
世界を掌握し万物を自由にすると豪語したあの時の威厳はどこへやら、
彼は自らの抱えた恐怖を否定し、他へ転嫁したいがためにただただ大声を張り上げているのだ。
エインシャントにとっては気の遠くなるような沈黙を経て、ようやく腹心の声が虚空から答えた。
『……はっ。ここに』
その声は辛うじて平静を保っていたが、現れたホログラムは立つのさえやっとと言った様子。
特に損傷は腹部で激しく、洩れ出た電流が青白い軌跡を描き、装甲の上をでたらめに走り回っていた。
重傷を負った腹心に向けて、エインシャントは容赦のない言葉を浴びせる。
「何をぐずぐずしている。私の呼ぶ声が聞こえなかったのか!」
刀身に火花を散らせながらも、デュオンは胸部鎧に片腕をつけ平身低頭して謝罪する。
『申し訳ございません、我等が主。切り札の力を見くびっておりました』『我等も返り討ちに遭い、各部が多大なる損傷を――』
「そんなことは分かっている。
リムに保管している駒を移送しろ! 今すぐにだ!」
放たれたこの言葉に、デュオンはしばし絶句した。
それは自分たちの報告が遮られたからでも、ましてや負傷したことへのねぎらいを掛けられなかったからでもなく、
彼らはややあって、細心の注意を払いながらこう尋ねた。
『それは、あなた様の城へ、ということでございますか?』
いらいらと歩き回っていたエインシャントは、瞳を鋭く光らせて振り向く。
「聞くまでもないことだ!
もはや残党どもにかまけている暇は無い。取り返されぬうちに、今すぐにでも駒を放たねばならん」
デュオンは返答に少しの間を置いた。
主から一秒たりとも目をそらさず、叱責を覚悟の上で彼らはこう言った。
『……決着を急ぐその御心、拝察いたします』『しかし、ここは一度冷静に。このままでは奴らの思うつぼです』
最後の言葉に、辛うじてエインシャントは己の激情を呑み込んだ。
続けろ、と言うように彼は黙したまま鋭い視線を向ける。
『今まであなた様が宿敵の目を欺いてこられたのも、この世界が完全な閉鎖環境を保っていたがゆえ』
『しかし……ここで駒を送りだそうとすれば、同時に封鎖も解除されてしまいます』
『こちらがあちらに手を下せるようになる一方で、あちらからも干渉できるようになる』『そして、今はその時ではないのです』
デュオンは静かに説得を続けた。
その声量が抑えられているのは主をなだめるためばかりではなく、自分自身がすでにひどく消耗しているからでもあった。
漏電の形で少しずつ稼働時間が削られていく中、彼らは慎重に言葉を選んでいく。
『ご存じの通り、この世界にはまだ自由意志を保ったファイターが残っています』
『彼らがもし、封鎖の解除を狙って一連の行動を起こしたのだとすれば……』『そう考えれば、これまでの無謀な振る舞いにも納得がいくのでは』
「ふむ……」
エインシャントはわずかに目を細める。
「かの世界から送り込まれた援助は、判明しているだけでも宇宙船1隻とファイター1体。
その後、奴らは第1工場を破壊した時点から完全に孤立している……。
我が城を前にしてもう一度マスターハンドの力を借りるため、私を挑発し、かの世界への扉を開けさせようというのか」
彼の眼差しは依然として険しかったが、その向かう先は己の内面。
ようやく、彼の声音にも平時の横柄なまでの余裕が戻ってきつつあった。
『誠にもってその通りでございます』
深々と礼を返してから、デュオンは下げた頭の
『さらにそればかりでは収まらず』『彼らはあの挑発的行為をもって、主の悲願をも邪魔立てしようとしているのです』
「何だと……?」
耳を疑い、エインシャントは驚愕を声に表して振り向く。
『我等が主。宿願の達成に欠かせない"駒"は、未だにその不安定性の対策が取られておりません』
『すなわち兵士としては未完成。そんな状態の駒を向こうに送り込めば、目的の達成はおろかこちらが返り討ちに遭うことさえ考えられるのです』
『かの宿敵に弱点を突かれ、駒の支配を解かれてしまうやもしれず』『そうなってはもはや、こちらに勝機はありません』
厳粛な口調で言い切ると、デュオンは沈黙した。
鋼の光を放つ両の眼で主を見つめ、その判断を待った。
「……」
エインシャントはしばし何も言わなかった。
床の一点を睨みつけ、彼はその身をおこりのように震わせていた。
身に纏う緑衣のために外からは見えなかったが、その両手をきつく握りしめていることは想像に
「なるほど」
やがて彼は辛うじて平静を取り戻し、目を閉じる。
「真っ向から勝負を挑んで勝てぬのならと、奴らは卑怯な手段に打って出たというわけか。
だが身の程をわきまえず、賢しらに振る舞おうとしたのが間違いだったな。
見くびられたものだ。我が軍は策略で打ち負かされるほど甘くはない」
きっぱりと顔を上げ、エインシャントは決然として腹心に命じる。
「デュオン、今一度自身を含む軍備を整えて残党どもの侵攻に備えよ。
私は駒の再調整に専念する。奪い返されぬうちに、リムから城の区画へと移送しておけ」
『はっ』
胸部鎧に剣を引きつけ敬礼で応えた双頭の戦車に、エインシャントは容赦のない一瞥をくれる。
「デュオンよ。"想定外"を理由につけた報告は、これで最後にしてもらいたい。
与えられた頭脳をもって、我が身と駒をファイターどもから守り抜いてみせよ」
『……かしこまりました』
これには返す言葉もなく、デュオンは深々と頭を下げるのだった。
◆
マザーシップが荒野を進んでいる間も、船体中央に位置するミーティングルームでは話し合いが続いていた。
誰がどちらの班に入るか。完全に本人の希望に添わせて決めても良いのか、個人の特技を考慮してより活躍できる班に入れた方が良いのか。
例えばフライングプレートに乗り込むにしても、身を潜めることを得意とする者がやるべきなのか、
それともその先を見据えて、いざとなれば持久戦もこなせる者が行くべきなのか。
ある者は自分の所属したい班を積極的に発言し、またある者は自らの適性を見定めようと考え込んでいた。
リュカはどちらかと言えば後者だった。
敵の乗物に隠れて行くのは正直なところ遠慮したいが、自分に備わる気配を察する力は攻城戦で仲間の役に立てるかもしれない。
もちろん、街に残って調査を手伝うのも間接的な支援に繋がる。どちらを選んでも良いのだ。
だが、そこで彼はリンクの様子を伺うために顔を上げた。
助けになるのなら、そして人数編成が許すなら彼と同じ班に入りたい。心の内ではそう思っていた。
意外なことに、彼もこちらを見ていた。
周りの仲間達が活発に議論している最中だというのに、彼の表情にはいつもの明るさがない。
怪訝そうに首をかしげたリュカに、彼は何も言わず手の仕草で部屋の外に出るよう伝えてよこした。
自動ドアがぴたりと閉じると、廊下には遠くから低く響いてくるエンジンの駆動音だけが取り残された。
会話から切り離されて、また自らも声を失ってしまったかのように少年2人は静かな廊下を黙々と歩いて行く。
先ほどからリンクはじっと足元の少し先を見つめ、黙りこくっていた。
リュカはそんな彼の様子をちらちらと伺い、その理由を知ろうと努力していた。
リンクの心はもやもやとした葛藤を抱えていた。
だが、相手が何も言わない以上その感情の向けられている先を見定めることはできず、かといって下手に声を掛けることもできず、
リュカは彼が自分の口から説明してくれるのを待っていた。
見つめていた心に一筋の光が走り、ついにリンクが立ち止まる。
「こんなこと、言いたかないけどさ」
一歩遅れ、足を止めて振り返る形になったリュカに、リンクは真っ向から目を合わせた。
目を合わせて、彼は下げた両手をきつく握りしめていた。次の言葉を継ぐことをためらっていた。
それを見守るリュカの心にも、言いしれぬ不安が沸き起こりつつあった。
リンクがこんな持って回った言い方をするには何か特別な理由がある。そしてそれは、まず間違いなく良い報せではない。
無言のうちに視線でせめぎ合い、やがてリンクは覚悟を決める。
一つ大きく息を吸い、彼は決然とした口調でこう言った。
「お前は、船に残れ。もう戦っちゃだめだ」
この言葉に、リュカが衝撃を受けないはずもなかった。
つぶらな目をいっそう見開き、彼はただ一言こう返すのが精一杯だった。
「……どうして?」
リンクは、意識の端で自分が歯を食いしばるのを感じた。
旅の苦楽を共にした友人から向けられる視線は、純粋な動揺を示していた。
そして少しずつ、そこに悲しみと苦痛の色が混じっていく。空に浮かぶ雲が次第に低く、灰色を帯びて群れていくように。
相手の反応が予測できるものであってもなお、リンクは彼の思いを受け止めきれず顔を背けざるを得なかった。
そのまま壁の方を見つめて顔をしかめ、リンクはぶっきらぼうに答えた。
「今のお前には無理だ。
仲間が捕まったくらいで船を出てくようじゃ、これからの戦いについていくことなんてできない。
安心して背中を任せられないんだよ」
「そんな……」
リンクがかたく目をつぶった向こうで、リュカはそう呟いたきり黙ってしまった。
耳を疑い、こちらが意見を覆してくれることを願っているようでもあり、
また同時に、反論に適うほどの証拠を持ち出せずに立ち尽くしているようでもあった。
長く張り詰めた沈黙の時が過ぎ去り、かすれるような声が不意にリンクの耳に届いた。
「……ひどいよ」
今にも泣き出しそうなその声に、虚を突かれてリンクは目を開け、顔を上げる。
目の前のリュカはもうこちらを見ていなかったが、声に反してその目に涙は浮かんでいなかった。
彼はその顔をこちらに向けた。
「君は……僕のことを信じてくれるって思ってた、のに……」
深い絶望に染まりきったその声に、リンクは彼が涙をみせない理由を衝撃と共に知る。
彼は涙さえ出ないのだ。この世の誰もから見捨てられ、全ての希望を失った。彼の顔はそう言っていた。
ここまでの反応を返されるとは思ってもいず、さすがに居たたまれなくなったリンクは思わず手を差しのべていた。
だが、その手は叩かれるようにして払いのけられる。
靴音に気がつくと、彼の背はもう遠く、廊下の彼方に消えようとしていた。
痛みよりも驚きが勝っていたリンクは、そんな友を追うこともせずただ呆然と立ち尽くすのだった。
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最終更新:2016-09-04