気まぐれ流れ星二次小説

Open Door!

Track41『Madness』

~前回までのあらすじ~

『スマッシュブラザーズ』に選ばれ、それぞれの思いを抱いて輝く扉をくぐったファイター達。
しかし、彼らは目的地とは異なる灰色の世界に連れてこられ、得体の知れない人形の軍勢によって1人、また1人と捕らえられていく。
そんな中、プロロ島の風の勇者リンク(トゥーンリンク)と、タツマイリ村の少年リュカが出会う。

現在、偶然が積み重なり運良く助かった者を除くと、20数人ものファイターが謎の存在エインシャントに捕らえられている。
ついに彼の住まう浮遊城の足元まで辿り着いたリンク達は先行班と後続班の二手に分かれたが、
地上と地下に分かれつつも、いつしか同じ方角に向かっていた。

かつての首都跡地の地下にて街の管理を担っていた人工知能を発見したサムスはそのハッキングに成功し、
エインシャントの城が地上側の機械によって空中に静止していることを知る。
城へ向かおうと機会をうかがう先行班に避難を命じ、城を支える斥力を停止させようとした彼女だったが、
そのタイミングを見透かしたかのように、上層の地下通路に潜んでいたガレオムが襲来する。


  Open Door! Track41 『Madness』


Tuning

狂気乱舞

「逃げろ、早く!」

落ちてくる戦車から視線を外さず、サムスは声を張り上げた。
目を丸くして空を見上げていた少年達、ピットとリュカはその声ではっと我に返り、弾かれたように駆け出す。

一瞬遅れて、地が大きく揺れた。
少年2人はあまりの衝撃に体が浮き足が地を離れ、そのまま投げ出されるようにして前に倒れこんでしまった。
とっさに手を前にだし、腕で顔をかばう。後ろで鉄くず箱をいっぺんにひっくり返したような騒音が立ち、背中に砂混じりの突風が吹きつけてきた。

腕や膝に打ち身の鈍い痛みがあったが、今は気にしている暇などない。
騒乱がやむかやまないかのうちに、彼らは伏せたまま急いで背後を振り返った。

サムスは無事だった。
腰を落としてアームキャノンを構える後姿が、2人のすぐ近くにあった。

だが脅威もまた目の前にあった。

胎児のように背を丸めた巨人。
ひざを曲げ、太い腕を地につけ、まるでうずくまっているかのような姿勢。

鋼鉄の人型戦車が、煙と異様な静けさとを従えてそこにあった。

やがて、その片腕がぐわりと持ち上がる。
五指を広げた手が煙を払い散らし、地面にたたきつけられる。
次いで足が、そしてもう片方の手が。一挙一動耳を聾するような音を立てて、ついにガレオムは立ち上がった。

「ククククク……。甘い、甘いぞ」

肩を震わせて笑い、誰もいない方角を向いたまま彼は言った。
凝る筋肉もないというのに、こちらを威圧するためか首を左右にコキコキと曲げて見せる。
そのたびに分厚い装甲がぶつかり合い、耳障りな金属音が立った。

手をついてこちらにゆっくりと向き直りつつ、彼は言葉を続ける。
地底深くどろどろと煮えたぎるマグマのような、ありったけの憎悪と愉悦を混ぜ合わせたような声で。

「エインシャント様の見えないところでコシャクな真似をして、それで勝てると思ったら大間違いだ。
なぜあの城が浮かんでいられるのか、この世界の王であるあのお方が知らないとでも?
エインシャント様はやはり賢いお方だ! キサマらがここに来ることを、あのお方はとっくのとうに見抜かれていたのだからな。
キサマらがちっぽけな知恵を合わせ空っぽの脳みそを振り絞ったところで、出てくる作戦などたかがしれている。
真正面からでは到底勝ち目がないからと、ズルをしようって魂胆だろう? ……ハッ! 戦士の名誉も地に堕ちたものだな!」

今やガレオムはファイター達の真正面に対峙し、背後に制御区画の操作盤を守って立っていた。

「ほう……3人か。見くびられたもんだ。
だが良い顔をしている。まさかこのオレがここにいるなんて思ってもいなかっただろ――」

その声が、ふと不自然な形で立ち消えた。

サムスは片膝をついたまま、ほかの2人は立ち上がろうとしかけたままその場で固まる。
突如として訪れた沈黙。それが尋常ならざる異様なプレッシャーを持って彼らの動きを封じたのだ。

目をそらすこともできず、戦車を見つめていたリュカ。
そんな彼が急に怯えたように息をのみ、小さな手をきつく握りしめた。

その彼方で、

「ァァ……」

機械戦車の口から妙な声が漏れた。

手をわなわなと震わせ、酸欠に陥ったかのようにせわしなく肩を上下させはじめる。
その肩が不意に大きく持ち上がったかと思うと――

「……ァァァアアアア!」

いきなり、頭から飛び込むように迫ってきた。
両腕を前に突き出し、その手指をカギ爪のように鋭く曲げて。

迫ってくる猛獣。リュカの目にはもはやそれしか映っていなかった。

そんな彼の肩が、だしぬけに前から突き飛ばされる。

背後に転げ込んで初めて、リュカは自分がいつの間にか立ち上がっていたことに気が付いた。
ガレオムの心から放たれたあまりにも強烈な感情に恐慌をきたし、無意識のうちに立ちすくんだまま凍り付いていたのだ。
彼の肩を突き飛ばし、攻撃から救ったのはサムスだった。

こちらへと真っ直ぐにのばされた腕。鋼鉄の鎧に素性を隠した戦士の体が、ありえないほど巨大な機械の手の中に消える。

「やっとォッ……やっと見つけたぞ……! ククッ……フハハハハハッ!!」

捕まえた虫を見せびらかすかのようにその手を誇らしげに高々と振り、
そしてガレオムはそのままの勢いで身をひねり、獲物を握りしめた手ごと壁へと叩きつけた。

「キサマだったのかそうかキサマだったのだ!
あちこちでちょこまかと動き回って工場を壊しオレやデュオンの信用を台無しにしてくれたのも
卑怯な手を使ってオレを崖から落としたのもすべてキサマの仕業だったのだそうだキサマのせいだ!!」

かつての墜落で壊れ、失われた記憶の破片。
目の前に現れたファイターの姿を見たときに、それが一気に甦ったのだ。
思考回路の全てが繋がり、鉄の軸索の中を爆竹のような感触をもって閃光が駆け巡っていた。

ガレオムは憎き仇敵を捕まえた手を引き、壁に叩き付け、それを際限なく繰り返す。
この行為で腹が収まるどころか彼の感情には火が付き、一撃ごとに勢いが増していく。

落下の瞬間に見上げた空。崖の縁に掴まる橙色のちっぽけな鎧。
嵌められた怒りと屈辱。憎悪。崇拝する主からの冷たい視線。
大地に打ち付けられ、装甲という装甲にひびが入り、全身が粉々に砕け散る痛み。

憎い。憎いのに、彼は笑い続けていた。

「ハハ、ヒハハハ、アハッ、グ、ククク……ギャハハハハ!
ハァ、ハァ、アハハ……ワハッ、ゥワハハハハハ!」

これが現実だとは思えなかった。
残されたリュカとピットは助けに行くこともできず、その場に凍り付いていた。
目を背けたくても背けられない。2人は目を疑っているのだ。こんなこと、あり得るはずがないと。

だが時は粛々と流れていた。
爆音とともに拳を叩き付けられた壁は少しずつへこんでいき、砕け散ったタイルが音を立てて床に降り注ぐ。
耳を聾するような音が吹き抜けの底に漂う空気を震わせ、狂気に満ちた笑い声が神経をかき乱していく。

何度目に拳が引かれたときだろうか。
ガレオムはふと手を休め、顔の前に拳を持ってくると指を開いて中をのぞき込んだ。
ずんぐりとした変形戦車の手の平に横たわる彼女の様子を垣間見て、離れた場所に取り残された2人ははっと息をのむ。

明後日の方角に向けられたアームキャノンは、銅の色を帯びていた。
サムスは一方的に与えられたダメージに耐えきれず、ついにフィギュアになってしまったのだ。

だが、ガレオムが次に取った行動は意外なものだった。
彼はどうしたことかおもむろにもう一方の手を近づけ、ごつい指でサムスの台座に触れたのだ。
白い光が放たれ、その中から橙色の色彩を取り戻したファイターが転げ出た。

片手をついて着地し、彼女は何とか距離を稼ごうと走りながら半身を捻り、元の青緑色に戻ったアームキャノンを構える。
しかしミサイルが放たれるよりも先に、無情にも頭上から巨大な手の平が振り下ろされた。
ガレオムはそのままむしり取るようにしっかりと獲物を捕まえて持ち上げ、再び壁へと叩きつける。

彼はわざと復活させ、わざと逃がしたのだ。
まるで猫が羽虫を弄ぶように彼は隙を見せて脱走を許し、まだ逃げ切らないうちに頭上から叩き潰す。
他に2人のファイターがいることなど忘れ、ガレオムは狂ったような笑い声を上げて延々と暴行を繰り返していた。

だが若きファイター達もただ呆然と見ているばかりではなかった。
何度目かの復活で、ついにサムスはミサイルの発射に成功する。
それは呆気なくガレオムの手で払われたものの、井戸の底に響いたその爆音はピットを我に返らせた。

急いで助けを呼ぼうと胸のバッジ型通信機に伸ばした彼の手が、はっとこわばる。

チュニックにしっかりと付けていたはずのバッジが取れていたのだ。
彼の手は白い布地をつかみ、なめらかな生地がするすると指を滑り抜けていく。

ここに入ってくるまでは付いていたはず。どこかで落としてしまったのか。

目を見開きあたりを見回した彼の目に、小さな円形のシルエットが映る。
そう、ガレオムが起こした衝撃で地面に倒れ伏したときにはずみで外れ、あんなに遠くまで転がっていってしまったのだ。

その近くにはリュカがいる。だが、彼は突き飛ばされてしりもちをついたまま動けない様子だった。
拳の軌道を呆然と目で追い、口をぽかんと開けたまま浅い呼吸を繰り返している。完全なパニックに陥っているのだ。
感応能力のないピットでさえ金縛りにあったくらいだ。剥き出しの狂気を見せられている彼の抱えている恐怖は、察するに余りあった。

しかし、そうだからこそ正気の世界に引き戻す必要があった。

彼方で動けなくなってしまっている少年にしっかりと目を向け、思いを強く一つに束ねて、呼んだ。

「リュカ君!」

声は届いた。
彼は深い水の中から引き揚げられたかのように大きく息を吸い、はっと目を瞬いた。
その顔に生気が戻り、彼は目を丸くしてこちらを向く。

「通信機を取って! 君がみんなを呼ぶんだ!」

ピットが指さした先を見て、リュカは自分のそばに通信機が転がっていることに気がついた。
応えようと立ち上がりつつも、彼の足は戸惑っていた。

「で、でも僕が……?」

「大丈夫、君も使い方はみんな習った。君ならできる!」

その言葉に背中を押されたかのように、気がつくとリュカは走り出していた。

飛び込むようにして無我夢中で通信機をつかみ取り、真っ先に目についたスイッチに触れる。
仲間を助けたかった。動かずにはいられなかった。

何もできずに目の前で喪うのは、もう二度と嫌だ。

鳴りやまない狂乱の音を引き裂いて、矢のごとく放たれた救難信号が空へと駆け上っていった。

マザーシップの船首に位置する操縦室。
船長が座るべき席は空けたままにし、フォックスは補助席を引き出してそれに腰かけていた。
目をつぶっているがその姿勢には少しの緩みもなく、彼は静かに報せを待っていた。

突如、船内に鋭いブザーが響き渡る。

さっと顔を上げ、前部モニタの全天に映し出された赤文字を見て彼は我が目を疑った。

――……エマージェンシーだと。それも後続班から?

しかしそこは現役の戦闘機乗り。彼はすぐに硬直から解けると行動を起こした。
壁面の開閉パネルに手を触れ、扉が開ききらないうちに隙間をくぐり抜けると廊下を突っ切り、格納庫へと駆け込む。

愛機はコクピットを開けてそこに待っていた。
階段を使うまでもなくフォックスは欄干に片手をつき、軽々と飛び越える。
着地し、走り、一足飛びに操縦席に飛び込むと同時にスイッチを切り替え、離陸準備を始めた。

すでに格納庫内はアーウィンのために整理され、ここからハッチまでは滑走路のようにまっすぐに空間が空いている。

目前のハッチが完全に開き切るのと、システムが発進許可を下すのはほぼ同時だった。

石化した市街区。
迷宮の外縁部では密集した高層ビルが中途半端に崩れ落ち、上から見たその様はまるで針のむしろのよう。
鋭い尖塔が林立するその先をかすめるようにして、白の矢が走る。

亜音速まで加速した機体を駆って、フォックスは信号の発せられた地点へと急いでいた。
焦りを一切表に出さず、彼は真正面に目を向け操縦席に背を預けていた。
忘れずに計器にも目を通す。そこにある光はオールグリーン。全システムに異常はない。

だが機体の進行方向には機影がいくつもあった。エインシャント軍の巡回機がこちらに気がつき、出迎えに来ているのだ。
距離はまだ遠く、アーウィンの性能なら出くわすことなく救難信号の発せられた地点にたどり着けるだろう。
しかし、戦闘機乗りの勘はこう言っていた。警戒しろ、敵は何かを仕掛けている。

相手が本気の巡航速度を出していないこと、小魚みたいに群れて遠く離れたところにばかり配置されていることが気に入らない。
それはこれから何かが起こるのを見物しようという風にも、またこちらの動きを注視し牽制しているようにも見えた。

――エインシャント。お前が何を考えているにしても、俺は二度と同じ轍は踏まないからな。

そう決心し、フォックスはさらにアクセルを掛けた。

離陸から数秒もたたないうちに、彼は廃墟の中心部へとたどり着いていた。
計器に目をやり、パイロットは軽く顔をしかめる。

――城の真下だって言うのに、どういうつもりだ?

空域はまっさらだった。
索敵センサに掛かる敵機はどれもこれも遠巻きに配置されており、アーウィンに近寄ろうとする気配さえ無い。

だが、理由はいくらでも考えられる。おそらくは戦力の消耗を恐れているのだろう。
向こうは戦闘に特化した機体を持っていない。せいぜいが図体のでかい輸送機に兵士を乗せ、遠距離武器で撃たせる程度だ。
そんなのろまな機体では、奇襲や待ち伏せ、大集団での囲い込みでもしなければ
アーウィンを墜とすことはおろか、手も足も出ないうちに蜂の巣にされてしまうはずだ。
だから敵は、こちらが浮遊城に向かってくる素振りを見せないうちは全く手出しをしないつもりでいるのかもしれない。

遠くの敵機から目前の状況に意識を切り替え、フォックスは最後の直線を駆け抜ける。
もはや隠れることもなく全貌を明らかにした純白の迷宮、それを上空から乗り越えると一気に眼下が開けた。

巨大な車輪。差し渡し500smスペースメートルはありそうな正円の構造物が迷宮の中央に存在していた。
車輪の下には井戸のように深い空洞が広がっており、シグナルはおよそ800sm下の地点から発せられている。

機体を傾けて外周を大回りに回りながら、彼はシャフトの隙間から井戸の底を覗き込む。
搭載AIが拡大してよこした映像を見てパイロットは思わず喉の奥で唸り、顔をしかめた。

そこに映っていたのは暴れまわるガレオムの姿だった。
手を壁に押し付け、そのまま擦りつけるようにして円周沿いに走り続けている。
滑らかなはずの壁の上で彼の手はときおり不自然に跳ね、どうやらその手と壁の間には何かが……何者かが挟まれているようだった。

フォックスは次に、傍らに見えるより小さな人影へと視線を走らせる。
巨大な戦車を追いかけ、時折光の矢を撃っているのはピットだろう。
リュカは両手で何かを握りしめ、跪いている背中がちらと映った。ということは捕まっているのは彼女だ。

アーウィンはひらりと翼を翻し急降下に転じた。
シャフトの間から真っ逆さまに風切り音を響かせて、井戸の底にいる戦車へ自らの存在を高らかに宣言して迫る。

狂気と愉悦に身を任せていたガレオムは、そのために防御に移るタイミングを逃してしまった。
近くまで迫った擦過音にようやく気がついて顔を上げ、仰天したように機械の目を見開く。

次の瞬間、空から降ってきた赤いレーザーが彼の装甲に雨あられと降り注ぐ。
思わず彼は空いている腕を顔の辺りに上げ、センサ類の集中した顔面を守った。
レーザーの豪雨は、装甲に焼け跡を残しつつ次第に肩から肘にかけて流れていき、サムスが捕まっている方の腕を攻撃しに掛かる。

ついに、ひときわ大きな爆発音がしてガレオムはそのまま前のめりに倒れこんだ。
転げ込み、力の抜けた手から小さな人影が放り投げられる。

それを見て取り、フォックスは引き金から手を放した。
ちょうど軌道が逆放物線の底に差し掛かっていたところで機体を転回させ、コクピットを開いてベルトを外す。

瞬く間に重力がフォックスの全身を捕らえる。
慌てることなく宙で身をひるがえすと、フォックスは鮮やかに着地した。
一方のアーウィンは操縦者をAIに切り替え、再び車輻の間を通って空へと舞い戻っていった。

その航跡を、束の間フォックスは顔を上げて追った。赤い輝線が白い空に溶け込み、消えていく。
もう少しすればマザーシップのAIが自動運転する偵察船が追いつく。それなら4人を載せることが可能だ。
あとは何とかしてあの暴れん坊を押さえつけ、避難までの時間を耐えしのぐだけ。
"だけ"と言い聞かせて、フォックスは視線を戻した。だが、無事に戦えるのは何人だ?

目下の危険、ガレオムはまだ倒れ伏している。井戸の底は至る所ががたがたにへこみ、はげ落ちた壁材が砕けて散乱していた。
周囲の安全を確認するとフォックスはまず、サムスの安否を確かめに向かった。

あれだけ火花を上げて引きずり回されていたというのに、サムスはフィギュア化することなくその場に倒れていた。
それどころか、フォックスが助け起こすまでもなく自分から手をつきそのまま立ち上がってしまった。

その時、彼女がやけに急いでいたのをフォックスは見て取っていた。

「なんだ、ずいぶん元気じゃないか」

笑ってそう冷やかすと、いつも以上に愛想のない声でこう返された。

「当たり前だ。これくらいのことで倒れてはいられない」

助け起こされるのは私のがらに合わない、ということだろう。
フォックスは苦笑したまま肩をすくめ、礼を言ってくれても良いだろうと続けようとした。

「おっと残念! ちょっとばかり遅かったみたいだな」

頭上から威勢のいい声がして、2人は上を見上げる。
ここから一段高い位置の壁にいつの間にかガレオムが開けたものとは別の穴が開いており、
そこから身を乗り出してマリオがこちらに小手をかざしていた。よく見ると彼だけではなく、先行班の6人が揃っている。

車輻の隙間から降り注ぐ陽光に照らされて、彼らの纏う様々な色合いが鮮やかに映えていた。

そのまま壁の風穴から飛び降り、6人の戦士が続々とこちらに集まってきた。
先にここに来ていたサムス達を守るように弧を描いて散開し、ガレオムの方に向き直る。

「あんまりにも人形がいなくて退屈してたんだ。第2回戦からは俺達も参戦するぞ」

マリオがそう言ったのを皮切りに、6人はめいめい臨戦態勢に入った。
リンクとメタナイトはそれぞれの剣を手に取り、双子の兄弟は己の拳を構える。
カービィはすっぴんのままノーガードで立ち、ピーチも日傘を差したままガレオムを見上げていた。

そこに弓をもってピットが加わり、フォックスも改めてブラスターを手に立つ。

「助かります。力を合わせてここを突破しましょう!」

「装甲は削っておいた。今ならあいつを倒せる」

サムスも無言のまま前に進み出た。
先ほどの一方的な攻撃で深いダメージを負っているはずだが、彼女はそれを一切表に出すことなく凛として立っていた。

そんな彼らの後ろで、リュカは目を丸くし言葉を失っていた。
あの状況からの急展開が、ファイター全員が集まったことが未だに信じられないでいたのだ。

唖然とした顔で立ち尽くしている彼に気づき、誰かが近くにやってくる。

「なにぼーっと突っ立ってんだよ」

肩を軽くどついてきたのは、リンクだった。
一旦は抜いた剣を鞘に収めて真正面に立ち、彼は腕を組んで小首を傾げていた。
訝しげに片眉を上げる彼の顔を見て、リュカはせわしなく目を瞬く。彼に謝ると決めたことを思い出したのだ。

「ああ、僕……」

安堵と後ろめたさで心がいっぱいになり、言葉がそこでつかえてしまった。
だが、俯いた彼の耳に飛び込んできたのは思いのほか暖かく明るい声だった。

「おれ、見直したよ」

そう言われて顔をあげると、リンクは笑っていた。
口の片端を上げるいつもの笑みを見せてちょっと肩をすくめ、彼はこう続けた。

「おれ達を呼んだの、リュカだろ? 声がずっと聞こえてたぞ」

指さされた胸元を見て、リュカは思わず小さく声をあげる。
両手で通信機を抱えて、自分は今までずっとそれを抱きしめるようにして胸に当てていたのだ。
それに向かって彼は自分たちの陥ったトラブルを伝えて、助けを求めて、それで――
あとは何を言ったのか、覚えていない。それぐらい無我夢中だった。

いったい自分はどんなことを言っていたのだろうか。
恥ずかしさで耳まで赤くしてうつむいてしまったリュカに対し、リンクははやし立てることなどしなかった。
その代わりに背筋を伸ばして改めて腕を組み、大真面目な顔でこう言った。

「ガレオムがあれだけめちゃめちゃに暴れてても、お前は自分のやることをやったんだ。
……おれが間違ってたよ。お前はじゅうぶん、みんなと一緒にやってける」

最後の言葉を聞き、リュカは弾かれたように顔を上げる。

「……」

やっとのことで出てきた言葉は、約束していた言葉とは別のものだった。

「……ありがとう」

これを聞いたリンクは一瞬ぽかんとし、思わず吹き出してしまった。

「おれに感謝するところじゃないぞここ!
まあいいや、なんにせよ仲直りだ!」

そう言ってリュカの肩をぽんと軽くたたき、彼は前列に戻っていった。
表情を一転させてガレオムを見据え、背負った剣を威勢良く抜き放ったリンクを見てリュカは今の状況を思い出す。

加わる前に、リュカはまだ手に抱えていた通信機をじっと見つめる。
バッジ型の機械に描かれたマークは円に十字。いたって単純な印だが、今の彼にとっては誇るべきシンボルだった。
一呼吸おいて覚悟を決め、リュカはバッジを服に付けると顔をあげて目の前の敵に向き合う。

アーウィンの爆撃から立ち直り、ガレオムが立ち上がろうとしていた。
装甲こそ焼け焦げが残るものの、恐ろしいことに身のこなしからはまったく消耗を感じさせない。
先ほどの攻撃は痛くもかゆくもなかったのか、それとも怒りのあまり痛みさえ気にならなくなっているのか。

「次から次へと懲りないヤツらだ。そんなにオレにひねり潰されたいか」

拳を打ち鳴らしファイターを睨みつけて、彼は背中の配管から盛大に排気煙を上げる。
しかし、彼の脅しは数多の困難を乗り越えてきた生存者たちには通用しなかった。

「ずいぶん威勢の良いこと。
私たちはこれで10人よ。強がってないで降参なさい」

天球からの直射光を遮るように日傘をさしたピーチが、少しもひるむことなく堂々と言葉を返す。

「どんなにたおされたって負けないよ~!」

まったくの自然体でその場に立ち、カービィはどこか楽しげにそう言った。
多対一で増援のない状況なら、圧倒的に勝ち目があるのはファイターだ。
誰かが倒されても最低1人が残れば他の皆はフィギュアの状態から完全復活できる。対するガレオムは補給手段を絶たれており、削られる一方だ。

無数の世界からやってきた、選りすぐりの戦士達。対峙するのは妄執にとらわれた凶暴な機械。

「10人。10人か……」

猛獣の如く首を下げ、姿勢を低くしていたガレオムは不意にそう呟いた。

そのまま肩を震わせて笑ったかと思うと、あろうことか彼は拳を収めてしまった。

「ククク……」

戦闘を放棄するような姿勢を取り、ただ笑い続けるガレオム。
フォックスは眉間にしわを寄せ、詰問した。

「何がおかしい? まさか――」

予想だにしない敵の反応に訝しみ始めたファイター達。
そんな彼らの頭上から太い指を勢いよく突き付けて、ガレオムは叫んだ。

「勝った、勝ったぞ!
キサマらはみんな大バカ者だ! やはりエインシャント様は正しかった。1人をエサにすれば10人全員が引っ掛かると!」

愉悦に目をギラギラと輝かせてそう言うと、彼は勝ち誇ったように天を仰ぎ両腕を振り上げた。
それと同時に頭頂部の鎧が勢いよく展開し、吹き出す蒸気とともに何かが現れる。
再びゆっくりと顔をこちらに向けたガレオム。

それを見て取ったとき、ファイター達の間には激しい動揺が走った。

頭部鎧の天辺を帽子のように持ち上がらせた滑稽な姿。しかし、その帽子の下には恐るべき武器が仕込まれていた。
青いプラズマを封じた機械。見えない力場に暗紫色の闇を閉じ込め、破滅へのカウントダウンを続ける装置。
無慈悲にも血文字のような赤い電光で表示された数字は、"3:00:00"。

「いつの間にあんなものを!」

「嘘だろ……」

「3分か……徒歩では逃げられんな」

冷静にそう解釈したメタナイトに、リンクが食って掛かる。

「何言ってんだよ、諦めてる場合じゃないだろ!」

自らの焦燥もぶつけるようにして言った彼をなだめるでもなく、剣士は淡々とこう返した。

「逃走が不可能だとは言っていない。徒歩では間に合わないと言ったのだ」

2人の会話を聞いていたマリオは、あることに気がついてはっと目を見開く。

「徒歩では……そうだ、船で何とかならないか?!」

振り向いた先にいたのはフォックス。
彼は顎先に手を当て、眉間にしわを寄せて考え込む。

「待ってくれ、3分だろう?
そうだな……ここに偵察船が到着するまであと2分。俺達全員が乗り込むとして、それに掛かる時間も入れると……。
だめだ。どれだけスムーズに避難できたとしてもあの船じゃ爆発から逃げ切るまでの時間がないだろう」

「じゃあ君の飛行機で往復して……」

マリオがそう言いかけると、フォックスは静かに首を横に振った。

「アーウィンはどんなに無理をしても一度に1人を運ぶのが限界だ。
速度を落として翼にしがみついてもらうとしても、せいぜいあと4、5人ってところだろう。
あの爆弾の効果範囲は……エインシャントの城が地上10キロにあることを考えると、
今まで見てきたものよりは小型に作られてあるだろうが、俺達を確実に仕留められるようおそらく最低でも半径1キロはあるはずだ。
呑み込まれないギリギリの距離を一時避難場所にして往復するとしても、それでも何人かは犠牲になる。
……俺はそんな方法を選びたくない」

沈痛な面持ちで目を伏せた彼だったが、ふとその目に力が戻る。

「そうだ、リンク!」

名前を呼ばれ弾かれたように振り返ったとんがり帽子の少年に向けて、フォックスはこんなことを聞いた。

「君は確か、一瞬で場所を移動できる杖を持っていたな。それはここでも使えるか?」

「それって……ああ、そうだ! その手があった!」

はっと見開かれた目が、そのまま空へと向けられる。
しかしそこで自分たちの置かれた状況を思いだし、彼はみるみるうちに顔を曇らせた。

「……だめだ。こんなに空と距離があったんじゃ風も届かない」

そこに横からマリオが進み出て、勇気づけるようにこう言った。

「大丈夫だ。制限時間いっぱいまで、俺達の来た道を思いっきり駆け上るんだ!
そうすればどこかで風の届く場所に出る!」

絶望的な状況を何とかして打開すべく、必死に知恵を振り絞るファイター達。
そんな彼らの声を、ガレオムは人間でいえば耳があるべき場所に手を当て、おどけた仕草で腰をかがめて聞いていた。
いかにして逃げるか。論議がそこに流れつつあるのを聞き取ったガレオムは大声を上げて笑った。

「逃げるだとぉ? まったく、キサマらはどこまで甘いんだ!」

一斉にこちらに向けられた顔。
10人それぞれの顔に表れた様々な感情をたっぷりと味わうように眺めながら、ガレオムは胸を張って豪語した。

「オレの頭につけられた爆弾は特別製だ。
時間なんぞオレのさじ加減でどうにでもなる。逃げようったってそうはいかんぞ。
ちょっとでも妙な動きを見せてみろ……すぐにドカン、だ!」

その言葉と共に勢いよく両腕が広げられる。
思惑通り、何人かは思わず怯んで後じさった。それを見て取り、ガレオムはさも愉快そうに天を仰いで嗤う。

しかし、勝利を確信し浮かれている彼の前に進み出る者がいた。

「あなた、自分のしようとしていることが分かってるのかしら?」

桃色のドレスを来た姫。
彼女の顔にまったく恐怖の色が無いことを見て取り、
あからさまに気分を害した様子で、ガレオムは腰を落とすと威圧するように相手を睨みつけた。

その大きな眼を真正面から見て返し、ピーチは傘をちょっと傾げるとこう続けた。

「わがままな大男さん。あなたは私達を捕まえようと躍起になるあまり、自分のことが見えなくなってしまったようね。
その爆弾を使われたら、確かに私達はおしまいでしょう。でも、あなたも無事では済まないわ。そうではなくって?」

それを聞き、巨人は短く嘲笑った。

「ハッ! オレが命を惜しがるとでも? バカバカしい」

上半身を支えるために地につけていた片腕をゆっくりと離すと、彼は貧弱な両足だけで立ち上がった。
亜空間爆弾を頂いた頭部が逆光となり、ぎらつく黄色の目だけが黒々としたシルエットの中からピーチを見下ろす。

「お前は何も分かっちゃいないようだな。せっかくだから冥土の土産に教えてやろう。
オレとデュオンはエインシャント様自らが手塩に掛けて造ってくださった、この世に二つと無い特別な兵士だ。
脆くてちっぽけな他の兵とはわけが違う。あいつらは小さなツブの寄せ集め、倒されればそこでおしまいの消耗品。
しかしオレはそうじゃない。だからこそ崖から落とされたオレはそこで見捨てられることなく、こうしてここにいられる。
あのお方はオレをすっかりきれいに直し、そればかりか新しい秘密兵器まで授けてくださった。なぜだと思う?」

そこでガレオムは一旦言葉を切り、拳を胸の前に持ってくる。
身に余る栄誉。それを閉じられた目とわずかに上向かせた顔で表して、彼は自分で答えを言った。

「オレにはな……特別な任務、特別な"意味"が持たされているのだ」

そして太い腕をゆっくりと組むと、彼は幾分厳かな声になってこう語り始める。

「はるか昔、あのお方がジキジキに戦わなくて済むよう、オレは"力"の象徴、デュオンは"知"の象徴として造られた。
いつもどんなときも強くあれと、あのお方はオレに言ってきた。何にも負けない最強の兵士であれと。
オレは常にあのお方の期待に応えようと努力し、邪魔する者どもをこてんぱんにぶちのめし、蹴散らしてきた。
出陣のたびにオレは強くなっていった。武器も装備も増え、パワーも増していった。
あのお方が何度もオレを改造してくださったからだ。敵を打ち倒した褒美として、そしてもちろん、今後も最強であり続けられるようにな。
"力"こそオレに求められた意味であり、あのお方がオレに授けてくださる最高の恵み。何にも代えられない最大の喜びだ。
そして、どうだ! オレは今や最強の兵器を与えられた。キサマらファイターでさえ太刀打ちできないほどの兵器を!」

飛べない巨鳥が翼を広げるような仕草で、彼はこちらを威圧するように両腕を左右に大きく広げる。
頭に頂く亜空間爆弾がちょうど天球を覆い隠す位置となり、円筒に収められた暗紫色の球体が擬似的な蝕を作りだしていた。
輝く闇を頭上に掲げ、戦車は勝ちどきを上げる。

「オレは最強になった! もはやオレに勝てる者はいない!」

勝ち誇り、愉悦の色を浮かべて天を仰ぐガレオム。
喜びのあまり彼は目下の目的さえも忘れてしまっていたが、頭部の爆弾は正確に終焉までの残り時間を刻み続けていた。

ピーチが率先してガレオムの注意を引き時間を稼いでいるうちに、
後ろに控えるファイター達はその場を動かず目立たぬように声を低くして議論を続け、懸命に打開策を見つけようとしていた。

ガレオムとピーチの様子を注視しつつ、サムスは努めて冷静に頭を働かせる。

「何か、奴のセンサを撹乱する方法があればな……。
隙ができれば、私が奴の頭に登って爆弾を解除するのだが」

思考を巡らす理性とは別に、ガレオムの方角に向けられた彼女の表情は知らぬ間に険しくなっていた。
自分が仲間をおびき寄せるための餌として使われたことに、内心では強い憤りを感じていたのだ。

無念を抱えているのは彼女だけではなかった。
救難信号を発信した本人であるリュカも眉を寄せて悲しげに俯き、ピットも自責の念から悔しげに口を引き結んでいた。
自分たちがもう少し注意していれば、罠に気づくことができたならと思っているのだ。
だが、あの状況では無理もなかっただろう。一方的で過剰な暴力が仲間に振るわれている様を目の前にして、冷静になれというのも酷な話だ。

フォックスは顔を動かさず、視線だけをサムスの方に向けてこう言った。

「あいつがどのくらいの早さで反応できるか分からない。下手をすれば目くらましの段階で起爆されるぞ」

「一瞬で気絶させる必要がある、か」

「できるのか?」

短く尋ねたが、答えは返ってこなかった。

向こうでは手持ちぶさたに手をぶらぶらさせ、カービィがこう言っていた。

「あ~、ワープスターのつうしんき持ってくればよかったなぁ」

彼は今何もコピーしておらず、また周りを見渡してみても使えそうな"もと"はない。
ほぼすっぴんの彼にできることは限られていた。

時々刻々とタイムリミットが迫る。
立ち上がった人型戦車が陽光を遮り、でこぼこに歪んだホールに立つ10人の戦士を黒々とした影で覆い尽くす。
それでもピーチは傘の柄を肩にもたせかけ、涼しげな顔をして巨人を見上げていた。

そして彼女は言った。

「ガレオム、あなたは騙されているわ」

この言葉に、機械の巨人はぴたりと動きを止め、

「なんだとぉ……?」

さも機嫌を損ねたというようにガレオムは言葉の端を引き延ばし、覆い被さるようにしてきゃしゃなファイターを睨みつけた。
彼の顔にもし表情が備え付けられていたのなら、片眉を大げさに上げていたかもしれない。

「あなたは最強なんかじゃない。
知らないの? エインシャントはもう、あなたのような今までの兵士に取って代わる新しい兵士を作っているのよ。
それも、あなた達が今まで捕まえてきた私達の仲間、ファイターを元にね。
軍隊の形は大きく変わるわ。軍団兵団は廃止され、部隊1つが新型の兵士1人に入れ替えられる。
新しい兵士は1人1人が独立しても戦えるのだから、あなた達のような指揮官はもう必要とされなくなるでしょうね」

小首を傾げて形良い微笑を見せる姫の瞳は、その上品な仕草に見合わず凛とした、それでいてどこか茶目っ気のある光を見せていた。
さすがのガレオムの目にも一瞬の動揺が走る。
彼女の余裕が本物なのか、それとも繕ったものなのか。
ガレオムはしばしそれを見極めようと、のどの奥で低く唸り声を上げながら相手の目を睨みつけていた。

「……フン! 誰がそんな言葉を信じるか」

しまいに、そっぽを向くとガレオムはそう言い捨てる。
背中の金属パイプからも、鼻を鳴らすような音を立てて勢いよく排煙が吐き出された。
ピーチは戦車の巨大な顔を真っ直ぐに見上げると、一歩歩み寄った。

「目を覚ましなさい。あなたは良いように使われているだけよ。
本当にエインシャントがあなたのことを特別な兵士と思っているのなら、なぜあなたはここにいるの?
あなたを作ったご主人がいったいどんなことを企んでいるのかは知らないけれど、
爆弾を抱えて特攻させるなんて、大事な兵に対して命じることとは思えないわ」

ここで、姫は思いがけず強い光を瞳に宿らせる。

「ガレオム。あなたはエインシャントにとって、もう用済みになってしまったのよ。爆弾を付けたのも同じ理由。
あなたはその爆弾を自分へのご褒美だと思っているようだけど、それは間違いだわ。
ご主人は厄介払いのついでに邪魔な私達を巻き込んでくれれば幸いだと、その程度にしか思っていない」

「……」

何も言わず疑わしげに、しかし相手の出方をうかがうように横へと向けられていたガレオムの目が、そこではっと驚いたように見開かれた。
足元にいる小さな人影がこちらに向けて手を差しのべたのだ。白い長手袋をはめた、ほっそりとした手を。
彼女は再び、春の日差しのように優しく柔らかいまなざしを向けてこう言った。

「私達と一緒にいらっしゃい。今ならまだ間に合うわ。
気づいて。エインシャントがあなたに対して持っているのは愛情なんかじゃなく、ただの打算よ。
彼はあなたの感情を利用して自分の良いように動かしているだけ。
でも、本当は何が正しくて何が正しくないのか……心のあるあなたには分かるはずよ、ガレオム」

これにはさすがのガレオムも唖然とし、しばし返答も忘れて足元のファイターを見下ろしていた。
そんな彼に対し、開かれた手を向けるピーチ。

陽光が、2人の姿を明るく照らし上げていた。
人というよりは類人猿に近い姿をした鋼の怪物と、たおやかな手を差しのべる桃色の姫。
その沈黙は背後のファイター達にまで伝染してしまったのだろうか。
彼らは脱出手段を絞り出すことも忘れてしまったかのように立ち尽くし、姫の背を、巨大戦車の顔を見つめていた。

誘うように表に向けられた彼女の手はしかし、ふと自信を失いしおれたように下げられる。
ガレオムが猛然と腕を振るい喝破したのはそれとほぼ同時だった。

「オロカモノめ! 間違っているのはキサマらの方だ! キサマらに善悪を語る資格はないッ!」

人一人を握りつぶせるほど大きな手を固く握りしめ、ぶるぶると震わせ、ガレオムは絞り出すような声で続ける。

「オレはどんなときでもエインシャント様の命じるままに動いてきた。
この手でいくつもの要塞を殴り壊し、この足でいくつもの虫けらを踏みつぶしてきた!
なぜか?! なぜならそれが、それが正しいからだ。この世の善悪は全てエインシャント様が決めるのだ!
新しい兵士が作られたという、キサマの言葉を百歩譲って信じたとしよう。
だが、それもまたエインシャント様がそう望まれたからだ。必要に駆られて、やむを得ず作ったのだ。
エインシャント様の偉大さを形にしたオレ達とは根本から違うものだ!
……そうだ、そいつらは喋るか? え、どうだ?」

唐突に放たれた質問の意図が掴みきれず、答えあぐねるピーチ。
そんな彼女の様子を隅々まで見てから、ガレオムは天を仰いで哄笑した。

「ハッ! そうだろうな、そうだろうとも!
そいつらも所詮は光のツブで間に合わせに作られたオモチャに過ぎないんだ。
あのお方が駒と呼ぶ、キサマらのひ弱なお仲間と変わらん! 命じられたままに、何も考えずに従うだけだ。
だがオレは違う。心の底からあの方を信じ、何よりも尊敬し、自分の意思であの方の言う通りに動く。それがオレの正しさだ!」

身をかがめ、太い指を真正面から突きつけて。鉄の巨人は凄みを利かせてこう言った。

「良いか。これだけは覚えておけ。
エインシャント様がいなければオレは生まれることもなかった。オレにとってはあのお方が全てであり、絶対なのだ。
あのお方が丹精込めて作った偉大なる計画のために、オレの持つ全ての"力"を尽くす。それがオレの生きる意味であり、生きる喜びだ。
それに比べればオレの命なぞ……ハッ、ただのがらくた、鉄くずみたいなもんだ。
オレの身も心も、全てはエインシャント様のためにある。だから、あの方が何を思われていようと、何を考えていようとオレは一向に構わん。
そうだ、その通りだとも! エインシャント様が命じたのであれば、そして望むのであれば、オレは喜んでこの身を捧げる覚悟なのだ!」

対し、ピーチは少しの間胸元に両手を添えて、頭上を占めるガレオムの顔を悲しげな目で見上げていた。
しかしそれ以上は何も言わず、そっと目を伏せて引き下がった。

ここまでガレオムの信心が深いとは思わなかったのだ。
単純な彼のことだから、本当に優しい言葉を与えれば目を覚ましてくれると彼女は期待していた。
だが彼の意思は変わらなかった。彼にとってエインシャントはまさに生みの親であり、何ものにも代え難い絶対的な存在だった。
そしてその信心の前では、自分という存在が無くなることへの恐怖など塵にも等しかったのだ。

負けを認めたピーチを見て、ガレオムは満足そうにクツクツと笑うと再び不敵に腕を組んだ。

「とっさに考えたにしては上出来だったぞ、お前のウソは。
新しい兵士とか言ったな? そいつらがエインシャント様の新しい軍隊を担うと?
だがそんなヤツらでなしにオレがここに送り込まれたということは、
やはりエインシャント様はオレの強さを信じてるってことなんだ。キサマらを葬れるのは新型の兵でなくこのオレだとな」

あれだけ激高したにもかかわらず、ガレオムは亜空間爆弾のタイムリミットを1秒たりともずらさなかった。
もはや勝ちを確信しているから焦る必要もない。自爆する前にせいぜい虫けら共が慌てふためく様をじっくり見物してやろうというかのようだった。

彼の嘲笑うような視線を受けながら、それでもファイター達は諦めずに打開策を見つけ出そうとしていた。
万に一つの奇跡を探しわずかな可能性も見逃すまいと、今や声をひそめることもなく喧々囂々の議論を続けていた。
そんな彼らを振り返り、ピットが押し殺した声で呼びかける。

「1分を切りました……!
もう時間がありません、とにかくやるだけのことをやってみましょう!」

一瞬の沈黙があった後、論戦はますます勢いを増して燃え上がった。

「一か八か、あの爆弾を撃ち壊すのはどうだ?」

「いや、それでは中に閉じ込められた亜空間が解放されてしまう。あれが安定していられるのは装置の中に留まっている間だけだ」

「僕がリンク君を抱えて上まで飛びます。皆さんは手を繋いでくれれば……」

「うまく行きっこない。その間誰がデカブツの気をそらすんだ?」

「目くらましを、僕が氷のPSIで……」

「心意気は認めるが、君のあの技では相手を気絶させることはできまい」

「驚いてくれたとしても、もって数秒、か……。
ああ、なんでこんな時に限って何も思いつかないんだ。もっと時間があれば!」

マリオは焦燥に駆られて大声を上げそうになるのをこらえ、悔しさも露わに天を仰ぐ。

周りは逃げも隠れもできない閉ざされたホール。唯一の出入口は何とも不運なことにガレオムの背後だ。
辺りには瓦礫が落ちているが、遮蔽物になるものも武器として使えそうなものもない。
10人全員がここに揃っているから、外部からの助けなど当然たのめない。
他に何をしようにも、少しでも怪しい動きを見せればガレオムが反応し、ためらいなく頭蓋の爆弾を起爆するだろう。

万策尽き、戦士達の間にはやり場のない思いだけが熾火のように燻っていた。
それでもガレオムと、その頭に抱かれた最終兵器を見上げ、わずかな隙も逃すまいとするマリオ達。

諦めることから強いて目を背けていた彼らの耳に、不意にこんな言葉が飛び込んできた。

「……もうだめだ」

9人全員が一斉に振り返った。
そこにはがくりと地に膝をつき、頭を項垂れさせているルイージの姿があった。

「おしまいだ。どうやったって逃げ切れるはずがないよ……。
スイッチも何もかも、相手の手にあるんだ……僕らができることは、もう何も……」

すっかり気弱な声で、ルイージは弱音をはく。
そんな彼を止めようとする者はなかなか現れなかった。
誰もが心のどこかで彼と同じことを考えていた。だから彼の態度を頭ごなしに否定することなどできなかったのだ。

マリオも沈痛な面持ちで弟の背を見つめていたが、仲間を代表して、そして兄としてこう声を掛ける。

「そんなことを言って何になるんだよ……。
俺だって辛いさ。だけどまだ考えることはあるはずだ。とにかく今は――」

その肩を、サムスが黙って手で留めた。
マリオもまたそれに気がつき、目を丸くしていた。

陽炎のように纏われた淡い光。
項垂れ、丸められたルイージの全身から立ち上るようにして虹色の輝きが揺らめいていた。
まるで彼の心に荒れ狂っている悔しさと、悲しさと、憤りが形となって吹き上がっていくかのように。

人垣の向こうから首を伸ばし、ガレオムもその異変に気がついた。

「ん……なんだァ?」

もはや相手に対抗する手段が無いことを確信していた彼は、間延びした声でそう呟いた。

だが、次の瞬間。
彼は小手をかざしたまま凍り付く。

辺りがになった。

ファイター達は相変わらずそこにいる。しかし見え方がおかしい。
まるで写真のネガを見ているかのように色がことごとく反転しているのだ。

――な……何をした、あいつら……

全身のセンサが違和感を叫び立てている。
思考もままならず、彼の頭脳はなだれ込むエラーの洪水に悲鳴を上げた。

かざした手の平から、花が咲いた。

8枚の花弁と2枚の葉をつけた、茎がすらりと長い桃色の花。
ガレオムは唖然としてそれを見つめていたが、ようやくそれがあり得ないことであることに気がつき慌てて振り払おうとした。

動いたのはなぜか右足だった。

足だけで体を支えていたガレオムが不意にバレリーナのように片足を高く上げたかと思うと、瞬く間にバランスを崩し、後ろに転げ込んだ。
立ち上がろうとするが四肢は言うことを聞かず、彼はひっくり返ったままやけにのろのろと手足をばたつかせる。

ファイター達は皆、一様に呆気にとられた顔をしてその様子を見ていた。
しかし彼ら以上に混乱していたのはガレオム自身だろう。

「お、おい! キサマら……何なんだこれはっ!
……ウゥ、何が何だどうなってるんだ、オレは、マボロシを見ているのか?!」

ついた手が何も無いところでツルリと滑り、苦労の末ようやく立ち上がったところでガレオムの目がフッと暗くなる。
前に倒れかけて慌てて足をつこうとするが間に合わず、派手な音を立ててうつ伏せに倒れる。
そうこうしているうちにもガレオムの全身を覆う桃色の花はどんどん増えていった。

アーウィンの砲火を受けても傷一つ付かなかった装甲のそこかしこから、音を立てて青白い電光が漏れていく。
俯せのまま立ち上がろうともがくその動きも徐々に鈍くなっていき、やがていびきのような音が辺りに響き始めた。
機械だというのに、彼は眠ってしまったのだ。

と、リンクがガレオムを指さして声を上げた。

「あっ、見てみろよ!」

花に包まれて倒れ伏した人型戦車の頭部。そこに鎮座する亜空間爆弾のカウントは"0:10:48"。
赤い数字は10秒前を示したまま、完全に固まっていた。

「カウントが止まった……回路がやられたのか?」

目を丸くし、呆然と呟くようにして言うフォックス。
その隣に立つサムスは油断無くガレオムを見据えていた。

「まだ任意起動システムが生きているかもしれない。切り札が続いているうちに次の手を打たなければ」

わずかに姿勢を低くし、続けて彼女はフォックスにこう伝える。

「君は避難の指示を出してくれ。私はあれの解除を試みる」

言うが早いか彼女はまばゆい噴射炎を残し、ガレオム目掛け走っていった。
フォックスがそれに答えるよりも前に、走っていくパワードスーツを見て目的を察したかマリオとカービィも後を追って横を駆け抜けていった。

リンクも剣を片手に助太刀しようとしたが、フォックスに留められてしまった。

「君はここにいてくれ。偵察船で間に合わない時は君の力を借りたい」

これに少年は一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに彼の言わんとしていることを察して素直に頷き、剣を収めた。

ガレオムは依然としていびきをかいて眠っており、微動だにしない彼の腕を乗り越え花をかき分けて、サムスは頭部の爆弾へと辿り着いた。
頭部鎧の天辺、尖った部分にグラップリングビームを掛けて爆弾と顔をつきあわせ、左手だけで自爆プログラムの解除をはじめる。
マリオとカービィの2人は頭上を見上げ、それぞれ戦車の両手の辺りに配置を取って待機した。

アーウィンと通信を取り、偵察船が来るまでの所要時間を確かめようとしていたフォックス。
彼の背中に、遠慮がちな声が掛けられる。

「えっと……一体、何が起こったの?」

振り返り、声の主を認めるとフォックスはまず破顔し彼の肩を軽く叩いた。

「凄いじゃないか、ルイージ。敵にありとあらゆるマイナス効果を与えるなんて。
まったく、本当に良いタイミングで発動したな!」

「えっ……は、発動……?」

言われてからやっと、ルイージは自分の手をまじまじと見つめた。
裏表をひっくり返し、ためつすがめつ眺め、空の光に透かしてしばらく虹色の陽炎を観察する。

「あぁ、これが……」

その声のトーンがやけに低いことに気がつき、フォックスは意外そうに片眉を上げる。

「なんだ、あまり嬉しそうじゃないな」

ルイージは困ったような笑顔を見せ、頭の後ろに片手をやってこう言った。

「うん……わがままを言う訳じゃないけど。
なんだかもうちょっとこう、格好いいのが良かったなって……」

広大な円形のホールをほぼ埋め尽くすようにして、明暗が逆転したフィールドが展開していた。
その中央に倒れ伏すガレオムはこちらから見ると色が反転して見え、
黒い装甲に蛍光グリーンのラインが走り、そこに花まで咲き乱れてひどくサイケデリックな格好となっている。
彼はまだ眠っており、その地鳴りのようないびきが辺りに轟々と響いていた。

見た目の色が変わっていないのは自分たちファイターだけであった。
おそらくはそれがフィールドの効果を免れていることを示しているのだろう。

ちょっと背伸びしてガレオムの方を見ていたルイージは傍らのフォックスに聞いた。

「それで、これいつまで続くの?」

腕を組み、難しい顔をしてフォックスはこう答えた。

「さあな……こればかりはマスターでもないと分からないだろう。
サムスも具体的に誰がどんな切り札を持っているのかまでは聞かされていないそうだ。
とにかく、あともう少しで偵察船が降りてくる。みんなを呼び集めよう」

フォックスの呼び声が聞こえた方角を見て、それからカービィは上を仰ぎ見た。

「ねぇサムス、ふねが来るみたいだよ。まだ終わんないの?」

「……もう少し時間をくれ。ひどく頑丈なプロテクトが掛かっている」

振り返らずにサムスは言った。
ガレオムの顎を覆う面鎧に片足を掛けて背伸びし、開かれた爆弾の中をじっとのぞき込んでいる。
そのバイザーでは幾何学的な図形が踊っており、それが明滅するたびに彼女の横顔がフラッシュを焚かれたように浮かび上がっていた。

遠く頭上からジェット音が聞こえはじめた。偵察船が到着したのだ。
底面から青緑色の炎を3つ噴出させ、ゆっくりと降りてくる船を見上げながらマリオも言った。

「ここまで来たら十分逃げられる。わざわざ解除しなくても良いんじゃないか?」

声は頭上からこう答えた。

「いや、できればガレオムを生かしておきたい。
エインシャントが直々に作ったとあれば、並みの兵では知らされていない情報も持っているはず……」

その返答にマリオは思わず苦笑いする。

「君がそう言うなら本気なんだろうな。止めはしないけど無理はするなよ」

そう言った矢先、ガレオムの拳に手をついて寄りかかっていた彼の背にさっと緊張が走る。
手に振動を感じたのだ。急いで見上げると、ガレオムの目に光が戻ろうとしていた。

すでにいびきは止まっている。

「まずいぞ……サムス! 早く降りてこい!」

叫んだが、遅かった。

「うわぁ!」

カービィが勢いよく弾きとばされた。
闇雲に払われたガレオムの手が直撃したのだ。

次いで、彼らの頭上で金属の擦れ合う嫌な音が響く。
見上げたマリオの目に映ったのは、足場を失い、光の鞭一本だけでガレオムの頭部にしがみつく鎧の姿。

切り札の効果を受け、思うように動かぬ手を必死の形相で振り回すガレオム。
彼の目は視野の真ん前に映った宿敵を、ありったけの憎しみを込めて睨みつけていた。
その執念の前では、異変に気がついたファイター達が放つ矢もレーザーも、毛程の苦痛も感じさせていないようだった。

「グウゥ、ウウゥゥ!」

再びゴロゴロと低くエンジン音を響かせ、巨人は唸り声を上げる。
ファイターを捕らえんと右手を宙に彷徨わせ、そればかりか同時に左手をついて起き上がろうとするガレオムの頭部はぐらぐらと不安定に揺らぎ、
面鎧から足を踏み外したサムスは降りることも叶わず、兜に掛けたビームだけを頼りに、襲い来る巨大な掌を身をひねって避けていた。

せめぎ合いの末、執念が勝つ。
振り子のように振られた戦士がその身をガレオムの面鎧にしたたかに打ちつけ、抵抗が弱まったその一瞬の隙。
ありったけの意思を込めて、ついにガレオムはその手に鎧の戦士を捕まえた。

兜に掛けられたグラップリングビームを無理矢理引きちぎると、ガレオムは井戸の底から天を仰ぎ獣のごとく咆哮した。

急いで駆け寄るファイター達。真っ先に辿り着いたのはマリオだった。
そのまま立ち上がろうとする彼の装甲にかじりついてよじ登り、マリオは声を張り上げる。

「おい、放せ!」

丸太のような腕にしがみつき、装甲のわずかな隙間に手を掛けて上へ、必死に反対側の腕へと向かおうとする。
それに気がつき、ガレオムの目がカッと見開かれた。

「ジャマを……すルなっ!」

不快なノイズを混じらせた唸り声と共に、マリオの指が乱暴に振りほどかれた。

手が空をかき、背を下に落ちていくマリオの目に映ったのは、背中から轟々と炎を上げて宙に浮かび上がったガレオムの姿。
二基のジェットエンジンが凄まじい量の熱と炎を発し、重力の軛からガレオムの巨体を解放しようとしていた。
彼は飛ぶことも出来たのだ。だがファイター達のほとんどはそれに驚く余裕も無く、苛烈な熱波から身を守るので精一杯となっていた。

ただひたすらに空を睨みつけ、出力を最大にし、エンジンを震わせて切り札のフィールドを振り切ろうとするガレオム。
しばらくは引き留める力と逃れようとする力が拮抗し、ガレオムは空中に捕らえられていた。
しかし、気がつけばその上半身はすでに普段の色を取り戻している。
もう体の半分まで、切り札の届く範囲を逃れていたのだ。

そればかりではない。フィールド自体も縮まりつつあった。
井戸の底を覆うほどまであった反転空間が、目で見て分かる速度で急速に小さくなっていく。
潮が引いていくように、黒の境界がガレオムの膝をそして太ももを通り過ぎていく。

ようやく金縛りから解けたファイター達は、手に手に武器を持ち、一斉に走り出した。

――しかし、次の瞬間。

衝撃波が襲い、彼らは思わずたたらを踏んで立ち止まる。
井戸の底に吹き荒れる熱風から腕を上げて顔を守り、こらされた目だけが遠ざかる炎を追っていた。
炎の色は赤。切り札は完全に尽きていた。

「ああ、そんな……」

誰かが呆然と呟いた。

ガレオムの右手は固く握りしめられ、その手からサムスが逃れ出る様子はない。
先ほどまでは涼しい顔をして立っていたが、やはり彼女の受けた傷は深かったのだ。
見上げたむこうでガレオムの影は小さくなっていき、あれだけ辺りに鳴り響いていた轟音も高く遠くなっていく。

偵察船はまだシャフトの向こう側で降下態勢に入っている途中であり、ここにいる9人だけではもはやガレオムに追いつく術はない。
苦し紛れにブラスターを構え、何発か撃ち放っていたフォックスもやがて悔しげに息をつき、その腕を下げた。
こんな程度の攻撃では彼を怯ませることさえできないだろう。

周りの仲間と共に、カービィも目を丸くして空を見上げていた。
だんだん遠ざかっていく戦車を青い瞳で追いかけ、口をぽかんと開けて。

「カービィ!」

突然名前を呼ばれて、彼ははっとしてその方角を振り向く。
名を呼んだのはメタナイト。彼が剣を真横に従え、こちらに走ってきていた。

「……!」

きょとんと目を瞬いていたのも束の間。無言のうちに、カービィは彼の意図を了解する。
一つ頷いて、こちらも相手の方へ向けて全速力で駆け出した。

互いに距離を詰めていく2人。
そして、目の合図だけで息を合わせ、同時に跳躍する。

カービィはわずかに下に。相手の足元へ飛び込むような格好で体を伸ばし――

弾むような音がして、メタナイトが垂直に飛び上がった。
カービィをジャンプ台のようにして勢いを得たのだ。

縦穴の底に渦巻いている噴煙の雲を突き抜け、そこで彼は背の翼を一つはためかせて大きく広げる。

準密閉状態にある空間に吹き込まれたガレオムのジェットは激しい空気の対流を引き起こし、壁に沿った鋭い上昇気流を生み出していた。
底の方で煙と共に荒れ狂う乱流を突破すればその恩恵にあずかることが出来る。あとは時間と、重量差だ。

曖昧なとぐろを巻く灰色のもやの向こう、翼を広げた青い剣士のシルエットがどんどん小さくなり、彼方のガレオムへと迫る。

あとに残された8人のファイターは一途に空を見上げていた。
ある者は唖然として、ある者は拳を握りしめ、固唾を呑んで見つめていた。

仲間からの思いを受け、自らの心情を仮面の裏に秘めて剣士は飛翔する。

目に見えない風の急流を読み、わずかなその隙間に切り込むように姿勢を変えて翼を乗せ、彼は距離を詰めていった。
少しでもタイミングがずれてしまえば、見た目のわりに体重の軽い彼はあっという間に風に身体をさらわれ、壁に打ちつけられるだろう。
噴射炎の灼け付くような熱、耳をつんざくジェット音、甲高い風切り音。彼はその中を懸命に、そしてほとんど強引に突き進んでいく。

金色の瞳が見据える先で、着実にガレオムの姿は大きくなっていった。
変形戦車の貧弱な足を、球体関節の膝を、逆三角形の胴を横に通り過ぎて、ついに目の前に巨大な腕が現れる。
丸太ほどもある前腕の向こう、手の中にほとんど隠れそうになっているファイターの姿が見えた。

サムスもまた、こちらに向かってくる仲間の存在に気がついた。
途切れかけた意識の中、風の音にわずかな変化を感じて目を開け、彼女はわずかに驚きの色を浮かべる。
しかし、それも束の間。彼女は自分を取り巻く状況を冷静に確認していった。
自由になるのは頭とアームキャノンのみ。自他の間にある障害物はただ一つ。ガレオムの肘関節だけだ。

考えている暇は無い。彼女は未来を予測し、相手を信じ、一発のミサイルを放った。

緑の弾頭をもったそれは輝線を引いて飛んでいき、ガレオムの曲げられた肘に命中する。
鼓膜を破るような轟音と共に濃灰色の煙が広がったが、メタナイトはわずかに目を細めただけで動じず、無言のうちに狙いを定めた。

一閃。そして。

空から鉄の塊が落ちてくる。
樽のようなシルエットをもつ鋼鉄。肘部から断たれたガレオムの腕だ。
電線やシャフトの類はミサイルの爆発を受けてちぎれ、骨にあたる太い金属は剪断加工を受けたかのように滑らかな断面を見せている。

それは見る見るうちに大きくなり、ついには視野一杯を占め、見た目の重さに違わぬ轟音を立てて地面に衝突した。

墜落の衝撃で鋼鉄の指はがくりと開かれ、捕らえられていたファイターは半ば投げ出されるようにして解放された。
何とか手をつき、倒れ込むことは防いだものの、さすがに堪えた様子でそのまま膝をつき彼女は肩で息をしていた。
そんな彼女の介抱をしようと、破片の雨が降り止まないうちに仲間達が集まってくる。

仲間から掛けられる声に応えながら、ふと彼女の目が人垣の向こう側に向けられる。

騒ぎから少し離れたところにメタナイトが降り立っていた。
表情は仮面に隠され、先ほどまでの炯々けいけいとした眼光もどこかへ消えている。
彼はその目でこちらの無事を確認すると、何も言わず剣を背に掛け、歩み去ってしまった。

遠ざかる背に、呆然と疑問とが入り交じった視線を送るサムス。
バイザーで隠された彼女の様子に気づく者はなく、また彼女には呼び止める時間も残されていなかった。

突如、頭上で響き渡った雷のような音に、ファイター達ははっと顔をこわばらせて空を見上げる。

片腕をもがれ、方向転換も間に合わず、破滅の運命が定まったガレオム。
彼は斥力発生装置に真正面から衝突しようとしていた。
そんな彼が張り裂けそうな声を上げて、叫んだのだ。

「エインシャント様ァッ……バンザアァァイ!!」

のど笛から血と共に噴き出されたかのような、ありったけの咆哮。
片方の前腕が無くなったことなど頓着せずに彼は両腕を広げ、飛翔していった。

彼の目には、シャフトの向こう側、無辺の白を背景に浮かぶ主の城だけが映っていた。

直後。
天地が轟音と共に裂けた。

マリオは咄嗟に床に伏せ、片手で頭の上からきつく帽子を押さえる。
間髪おかず、背中に爆風が叩きつけられ、耳に音を超えた強い衝撃が走った。
じきに何も聞こえなくなったが、あまりの風勢に彼はどうすることもできずただ必死に顔を伏せ背を丸めていた。

どのくらい経ったことだろうか。

いつの間にか周りに音が戻ってきていた。
突風も止み、辺りにざわめきが聞こえはじめる。

顔だけを上げると、そこには仲間達が揃い、伏せたり立っていたりの違いはあれど誰もが上を向いて何かを見ているようだった。
自分も含めて10人が皆揃っていることを確認し、それからマリオは帽子のつば越しにそっと上を見上げる。

空が消えていた。
そこにはただ紫色の闇があり、表面の濃淡がひどく生々しい動きで蠢いていた。

ついに呑み込まれたのか、そう思いかけて彼はそれをすぐに否定する。
亜空間の曲面はこちらに向けて凸になっており、井戸の全長の半分を越えた辺りまでを取り込んで静止していた。
ガレオムが地上付近まで飛び上がってくれたことで、マリオ達はぎりぎり災厄から逃れることができたのだ。

もし、少しでも天井が低かったら。
その先を想像しかけ、さすがの彼もぶるりと背筋を振るわせる。

「危ないところだった……」

緩やかに引き込まれる風を頬に感じつつ、言葉とともに思わず安堵のため息が出ていた。

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最終更新:2016-09-25

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