気まぐれ流れ星二次小説

Open Door!

Track48『Alive』

~前回までのあらすじ~

『スマッシュブラザーズ』に選ばれ、それぞれの思いを抱いて輝く扉をくぐったファイター達。
しかし、彼らは目的地とは異なる灰色の世界に連れてこられ、得体の知れない人形の軍勢によって1人、また1人と捕らえられていく。
そんな中、プロロ島の風の勇者リンク(トゥーンリンク)と、タツマイリ村の少年リュカが出会う。
偶然が生み出した出会いは数々の困難に遭いながらも成長していき、10人のファイターが集結を果たした。
ついに、彼らは全ての根源であるエインシャントの根城へと最後の攻勢を掛ける。

一度は閉め出されたデュオンが大軍を引き連れて馳せ参じ、
エインシャントの用意したファイターのコピー、"新型兵"と共にリンク達を迎え撃つ。
罠からマリオ達を助けるためにルイージピットが、
次いでフィギュアの目の前まで辿り着いたところでカービィメタナイトが、
そして殺到する新型兵からリュカを守るためにサムスが。仲間達が次々と倒されていく。

リュカもまた、浮遊城の大コンピュータHVC-GYSに声を届かせることができないまま新型兵の刃に倒れ、
マリオと共にエインシャントの玉座まで到達したリンクも、空間の裂け目から放たれた波動によってフィギュアと化す。
残されたマリオに"銃口"を突きつけるエインシャント。しかし、ミスター・ニンテンドーは怯むことなく不屈の笑みを返すのだった。


  Open Door! Track48 『Alive』


Tuning

戦士達の帰還

閃光が放たれた。
戦士達がその体につけたバッジから。

選ばれし"ファイター"であることを示す円に十字の紋章。
不屈の闘志、不滅の希望。それがまばゆい金色の輝きを放つ。
新星を思わせるその光はあっという間に胸から四肢へと駆け巡り、戦士達の全身を包み込んだ。

霧に包まれた、赤褐色の茨。
一つ一つの配管は直線的でありながら互いに蔓植物のごとく複雑に絡み合ったパイプライン。
見通しの利かないその中程に、蒸気のもやを切り裂いて不意に光が灯った。

光の源は一頭身の剣士。そのフィギュアだった。
逆さまになり、足元の台座だけで配管に引っ掛かっていた銅像。人で言えば頬にあたる場所にひときわ強い光があった。
持ち主が動けなくなると同時に銅色の保護色を帯びた通信機。そこに彫り込まれた円に十字のシンボルが燦然と光り輝いていた。
見る間にその輝きは全身に波及し、そして急に台座が足元から消失する。

まばゆい光の塊が配管の森を照らし、流星の如き勢いで落ちていく。
幸いにもパイプラインは下に行くほど密度が薄くなっていた。星は何にも妨げられることなく枝と枝の間をくぐり抜けていく。
輝きは急速に消えていき、蒸気を吹き上げる枝振りを抜けたところで彼は本来の色と、意識を取り戻した。

まず初めに訪れたのは、驚愕だった。
目を覚ました途端、自分が落下してる最中だと分かることほど精神衛生に悪いことはない。
反射的に翼を広げて姿勢と感情の制御を取り戻し、彼は次いで状況の把握に入った。

何もかもが話と違っていた。
意識を失う前、カービィが言っていたのは何だったか?
エインシャントがファイター達を捕らえていると思しき部屋、そこに進入するために力を貸してくれ。彼はおおむねそのようなことを頼んできた。
では、これはどうしたことなのか。エインシャントどころかフィギュアの姿もない。ただ近づいてくる地上には人形兵の大軍が――

否応なしに現実に引き戻され、彼ははっと目を瞬いた。
彼が今まさに落下しつつある眼下には百を超えるであろう人形兵の軍勢が待ち受けていた。
しかし彼らが敵対しているのは自分ではない。その武器は、その敵意は中央にいる2人のファイターに向けられていた。

整理のつかないことは山ほどあったが今は一旦それを切り上げるしかないようだ。
カービィへの説教の文句は後に取っておき、彼は背に掛けた黄金の剣を手に取った。
見る見るうちに接近してくる地上の騒乱を見据え、衝突までの時を心の内で静かに数える。

――3、2、1……!

両手で剣の柄を持ち、切っ先を下に、思い切り振りかぶる。

着弾。

ゼロ・グラウンドを起点として竜巻が湧き起こり、その通り道にいた人形兵を次々と巻き上げ吹き飛ばしていった。
地面に突き立てた剣を片手で引き抜き、押し返せた兵士の数を概算してから剣士は背後を振り返る。

「2人とも、怪我はないか」

ピーチの方は返事をするのも忘れ、素直な驚きの表情と共に遠ざかっていく竜巻を小手をかざして見送っていた。
代わりにフォックスが口の片端に笑みを見せて軍式の敬礼を返しそれに応えた。

「どうにかこうにか、ってところだな。
有り難い。ちょっと人手不足だったんだ」

「礼には及ばん。それで、状況は?」

「見ての通りだ。
マリオ達と合流しようとしてたんだが、途中でデュオンに見つかってこの有様さ」

背中合わせに、三角形に近い円陣を組みながら3人はそれぞれの武器を構え直す。
周りでは人形兵が混乱から立ち直り、再びじりじりと距離を詰めようとしていた。

デュオンの言っていた通り彼らの目的は時間稼ぎにあるらしかった。
1体1体の強さはたかが知れているが、それがこうまで歩調を合わせて一度にやってこられるとこちらから下手に飛び込んでいくこともできない。

少しでも突破口を見つけようとフォックスとメタナイトが頭を働かせている後ろで、ふとピーチがこう言った。

「あら、でも変ね。
あなた、確か上へ向かっていたのではなくって? どうしてここまで降りて来たのかしら」

「なぜ、か。私が知りたいくらいだ」

周囲の状況にいくらか憮然とした表情を向け、メタナイトはそう答える。
そのまま、彼は2人に問い返した。

「カービィはどこにいる」

彼にこの状況を説明してもらうために。
しかし、フォックスは戸惑ったような顔をしてこう聞き返すだけだった。

「君と一緒じゃなかったのか?」

この問いかけに剣士は驚いたように相手を振り仰いだ。

そしてゆっくりと頭上を見上げる。
もやの中に半ば隠された途切れることのない茨の森、配管の編み目。
それを見つめる瞳に徐々に理解の色が表れる。

カービィは必ず二人一組で行動するようにと聞かされている。そして彼はこちらがファイターとしては初心者であることを分かっている。
これまで先輩風を吹かせつつ自分を引き回してきたお節介焼きでお人好しの彼がここに来て相方を放り出すなど、余程のことが無ければ考えられない。
ひどい無茶をしているか、あるいは"した"か。いずれにせよ彼をもってしても巻き込むわけにはいかないと思うほどのことが起きたのだ。

「……どうしようもない奴だ」

半ば自分に向けて呟かれた言葉は、傍らに立つ2人の耳には入らなかった。
訝しげな疑問符と気遣いの入り交じった視線が向けられているのをよそに、メタナイトは再び剣を青眼に構え直した。

「今はこの場を切り抜ける、それが先決だ」

あの世界での乱闘で幾度となく経験し、慣れた目覚めの感覚。
足を下にどこかから降り立つようなおぼろげな感触。ついで頭から下って四肢の先まで瞬時に意識が行き渡り、全身に力が戻ってくる。

サムスは左手に視線を落とし、五指が支障なく動くことを確かめた。
間違いなく、まだ自分は"ここ"にいる。自己を規定し、境界線を意識し、そこから外界に働きかける自分は。
彼女はその手で、胸部装甲に装着したバッジ型通信機に触れる。円と十字。スマッシュブラザーズの紋章。

――間に合ったか。

彼女はそれだけを心の中で呟いたが、短い言葉の中には安堵を初めとする万感の思いが込められていた。

急遽頭数を揃え、全員に支給された新たな通信機。
これにはチーム全体の連携を維持することの他にももう一つ、大きな役割が持たされていた。

それがこの伝播機能。
フィギュア化したファイターを復活させるにはその台座に触れるだけで良い。
ただ、その時に何が起こっているのかまではファイター達には教えられていなかった。
おそらく一種の生体エネルギーや思念波が鍵になっているのだろうが、機械にそれを真似させることはサムスの世界の技術を持ってしても不可能だった。
そこで次善の策として、量子通信機の共振作用を用いた伝達が採られたのだ。

エインシャントに悟られないよう、その使用は最後の手段とされていた。
すなわち、この状況は使用者が今まさに最大の危機に陥っていることを意味している。

サムスは右腕の砲身を胸元に引き寄せて立ち上がり、左右を見渡した。
すぐ目に入ったのは懐かしくも痛ましい、動かぬ銅像と化した仲間達の姿。
しかし時が止まったように佇む風景の中で、いくつか意志を持って動いている人影があった。

跳ねるようにして段を駆け上っていく桃色の一頭身の姿。その後ろに、帽子を片手で押さえいくらか後傾姿勢になって緑帽の男が続く。
その向こう側では凛々しく前を見つめ、白い翼をなびかせて走る天使の姿もあった。

皆一様にこちらの背後にある何かを見据え、この段を昇っていく。
迷わずサムスもきびすを返し、アームキャノンを横様に構えて駆け上がりはじめた。
一段一段が膝丈ほどもある階段を踏み越えてゆき、切り立ったその向こう側へと飛び出す。

仲間達が揃っていた。誰一人として倒れている者はおらず、それぞれの色彩とそれぞれの武器を持ってそこに立っていた。

赤褐色のバイオ金属に身を包んだサムスもその姿に見合わず静かに降り立ち、埋まっていなかった隊列の隙間に進み出る。
そこはリンクの隣だった。少年はいつもの強気な瞳でこちらを見上げ、にっと口の片端を上げてみせた。

向こうにはマリオの姿もあった。
その手は自分たちの所属を、与えられた称号を強調するかのように、まだ胸のバッジにあてられていた。
芝居がかった仕草に見えるが彼のことだ、おそらく無意識のうちに姿勢に主張が表れているだけだろう。

彼は片膝をついたまま胸を張り、暴君の君臨する玉座を真っ向から見据えて声を上げた。

「君は理解できないと言ったな? 俺達がどうして戦い続けるのか。どうして諦めないのか。
でもこれを見れば分かったはずだ。これが、ここにいるみんながその"理由"だと!」

そう言いながら彼は空いた左手で周りの戦友を、そして後ろのステージに飾られた仲間を示していた。

「俺達ファイターはみんな、生まれも育ちもばらばらだ。
年も違えば格好も違う。常識が食い違うことだってある。
当然だよな、お互いそれまでそんな場所があることさえ知らなかったような国からやって来てるんだから」

ゆっくりと立ち上がり、彼は背筋を伸ばす。その眼差しは真っ直ぐにエインシャントの双眸を捉え、離さない。

「時にはぶつかることもあるし、嫌な思いをさせることもある。どうすれば良いのか分からなくて途方に暮れることもある。
だが、俺達はそれをいつでも乗り越えるんだ。どんなに広い谷が横たわっていようと、いつかは分かり合える日が来る。
俺達にはそれができる。そしてそれはスマッシュブラザーズに限ったことじゃない」

すでに横に並んだファイターにも、彼の言わんとしていることは伝わっていた。
マスターハンドとクレイジーハンドが『スマッシュブラザーズ』の世界を作り、
多種多様な世界の壁を無差別に取り払ったことこそ悪だとする相手の主張を打ち砕こうとしているのだ。
マリオの後を継ぎ、白衣の天使が一歩前へと踏み出した。

「人間は……人々は、あなたが言うほどひ弱じゃありません。
届かない夢や希望を見せられて妬んだり、恨んだり、悔しがったりするかもしれない。
でも、必ずその中から立ち上がる人が現れます。最後にはいつも希望が残る。
その希望を糧に、人は幾つもの困難を乗り越えてきたんです」

語りきった声こそ若かったが、彼のその言葉には外見をはるかに超える年月がもたらした経験の重みが含まれていた。

「文明の発展は、常に異文化との接触が引き金となってきた」

凛と響いた声に、ピットのみならず他の仲間も顔をそちらに向けた。
横から少なからずの意外さと無言の声援が混じった視線が向けられているのも構わず、サムスは言葉を継ぐ。

「『スマッシュブラザーズ』の存在が、それと繋がる世界にどういった影響を与えるのかは誰にも予想できない。
ある世界では発展が加速するだろうし、思いもよらない姿に変貌することもあるだろう。
また反対に、一見してほとんど何の変化も見られない可能性もある。
しかし、これだけは確実に言える。世界は有機的な存在だ。
完全に閉鎖され、外界を拒絶する環境はその規模に関わらずいずれは画一化し、脆くなっていくだろう。
一度外側に出て客観視する機会を与えられることで世界は変化し、あるいは自身を再評価し、それによって初めて存続を可能とするのだ」

その言葉には淀みがなかった。
フォックスからデュオンの語ったことを聞かされた日から自らに問い続け、その答えを心の片隅に温めて続けていたのだろう。

進歩というものは、先立つ試練があってこそ生まれる。
「いつまでもここにいるわけにはいかない」と気づくことから人は新たな一歩を踏み出すからだ。
また「この先にこんな世界が待っているんだ」という希望も「自分もああなりたい」という願いも推進力となる。
文明を、ひいては世界を発展させてきたのは常に、異質なものとの出会いだった。

彼女が言うべきことを言い切り、口をつぐんだ向こうから今度はカービィがこう言った。

「だれだってぼうけんしたいんだよ。
まだ見たことのないとこに行ってみたいし、まだ食べたことのないものを食べてみたい。
ずーっと同じところにいたらあきちゃうよ。それに、じぶんで歩いていったほうがたくさんのともだちに会えるもんね!」

彼は曇り一つ無い笑顔で玉座の暴君を見上げていた。
彼からすればあのエインシャントでさえも恐ろしい存在には見えていないのかもしれない。

緑衣の王は、身じろぎ一つせずそこに立っていた。
眼下に居並ぶ戦士達が思い思いの言葉を述べている間も、目の色一つ変えようとしない。
傲然と聞き流しているのか、それとも呆然と立ち尽くしているのか。帽子の陰に隠されたその顔を、リンクがきっと睨みつける。

「あんたには分からないだろうな、エインシャント。
自分が気にくわないってだけで人間を追い出して、役立たずになれば自分の子分まであっさり見捨てて。
おれ達がどんな違いを持ってようと一緒に戦えてることや、とうてい勝てないようなピンチもくぐり抜けたことも、偶然だと思ってるんだろ。
だけどそいつは間違いだ。おれ達の力で、それを引き寄せたんだよ。
夢見たことで叶わないことはない。『スマブラ』中に広がってるのも手の届かないマボロシじゃない。
おれの生きてる間にはムリかもしんないけど、いつかは誰かがやってのけるんだ。そうでなくたって、もっと良いものを作り上げるのさ。
あんたが何を企んでるにせよ、これだけは言える。余計なお世話だってな!」

そう言って胸を張り、腕を組んだリンクの向こうでルイージが一瞬困ったように眉を寄せた。
大方みんなに言うべきことを言われてしまったように思えたのだ。それでも彼は勇気を出して玉座の上を見やり、皆の言葉を締めくくるようにして言った。

「僕らは分かり合える。完璧に理解はできなくても、受け入れることはできる。
スマッシュブラザーズには、そうして育ててきた繋がりがいくつもあるんだ。
それを、君一人の勝手な思い込みで壊させたりはしない。理由さえあればどんなことでも許されると思ったら、大間違いだよ」

弟の締めの言葉が暗がりに包まれた天井に淡くこだまする中、発端となった赤い帽子の男が次の言葉に備えて深く息を吸った。

「さあ、どうだ! これでこっちは6人だ。
俺達は諦めない。守らなきゃいけないものが、絶対に譲れないものがあるんだ。
どんなに倒されようとも、何度でも立ち上がってみせるぞ。
覚悟はいいか、エインシャント!」

これに対し、緑衣の暴君はしばらく返答をしなかった。
詰め襟の上から黄色い眼がこちらを見下ろし、吟味するようにじっくりと眺めていた。

それは、ようやく彼がこちらをまともに取り扱うべき対象として受けとめたことを意味していた。

「ほう、これはこれは」

片眉を上げるような調子で、彼は口を開いた。

「どうやら私は、お前達のことを少し見くびっていたらしい。
しかし残念だったな。その小細工も、死期を先延ばしにするだけの役にしか立たなかったようだ」

横柄にして尊大な態度。余裕の表情を崩そうとしないエインシャントに、リンクが一歩詰め寄る。

「まだ強がる気か?
あんたのブキは一度に1人しか狙えないんだろ。おれ達の人数を見て、ちゃんとアタマで考えてものを言いな!」

武器と聞いて、今加わった仲間達の間に緊張が走る。
周りから揃って向けられた問いかけの眼差しにリンクはいくらか声を抑えてこう答えた。

「あいつの後ろを見てくれ。暗い裂け目があるだろ?
あれが虹色に光ると、おれ達は一瞬でフィギュアに戻されるらしいんだ。
でもさっき、一度にやられたのはおれ1人だけだった。だからきっと、あいつはもうあれを使うことはない」

ルイージはそれを聞いて一つ頷き、再びエインシャントの方を見上げた。
しかし、その眉は不安そうにひそめられている。

「だとすれば次に来るのは……」

エインシャントの目つきが変わった。
鋭くも冷酷な眼差し。それが戦士達を見下ろし、次いで刃のような一撃が振り下ろされた。

「私が直接手を下すまでもない。
実に下らんな。受け入れるだの、分かり合えるだの……果たして、我が兵を前にしてもその戯れ言を口にできるか?
お前達の言う"仲間"、懐かしき友、その似姿の手に掛けられて消えるが良い」

言い放たれた言葉、その残響がまだ去りきらないうちに動きがあった。
暗がりに沈む王の間、見通せない闇の向こうにある背景から雨だれのような音が近づいてくる。
それは否応なしに勢いを増し、圧倒的な軍靴の音となって聞く者の耳を圧倒し――ついに奴らが姿を現した。

囚われの仲間が並べられた段を回り込み、彼らの技を細かな所作に至るまで身につけた甲冑姿が続々とやってくる。
玩具のようなメタリックカラーに統一された体。光る一つ目がこちらをひたと見据え、光る手から延びた武器はすでに戦闘の構えをとっていた。
"駒"に次ぐ最強の兵士。彼らが主君の命令を受け、階下から大挙して押し寄せてきたのだった。

6人のファイターも周囲を警戒しつつ互いに隊列を詰めていく。

「やっぱりあれしきのことじゃ押さえきれなかったか」

マリオは思わずため息をつき、そう言った。
新型兵の中には怪力を誇るファイターをコピーしたものもいる。
それが何体も寄せ集まれば、ここに来るまでに設けておいた急ごしらえのバリケードなどすぐに撃ち破られてしまうだろう。

「それでも無意味ではなかったはずです。こうしてまた、集まることができたんですから」

素早く順手と逆手に双剣を構えつつ、ピットは本心からの労いの言葉をかける。

彼とは対照的に、足元にいるカービィはまったくの手ぶらで戦いの準備さえしていなかった。
小手をかざして居並ぶ新型兵を見わたし、さすがの彼も危機感を覚えたらしい。
仲間を見上げ、目をぱちくりさせて尋ねる。

「ねぇ、これってもしかして大ピンチじゃないの?」

これに対し、すぐさまリンクが明るい表情で答える。

「大丈夫だ。心配するなって」

その顔には一辺の曇りもなかった。
飄々として言い切り、次いで彼は傍らの鎧の戦士を見上げる。
エインシャントに悟られず、かつ仲間だけには聞こえるように。彼は声を抑え気味にして問いかけた。

「な、そうだろ? サムス。
あんたがここに1人で来てるってことはつまり、おれ達にはまだ奥の手が残ってるってことだろ」

まさに言おうとしていたことを先取りされて、緑色に光るバイザーが不意打ちされたようにこちらを振り向く。

「……君の利発さには時々驚かされるな」

これを聞いてリンクは得意げに歯を見せてにっと笑った。
本当ならば鼻の下をこすっているところだろうが、両手はすでに剣と盾でふさがっていた。

再び新型兵の包囲網に向き直り、サムスは共に闘う仲間へと号令を掛ける。

「聞いた通りだ。
皆、あまり離れるな。常に互いが見える位置を取り、可能であれば援護するように。
できる限り長く持ちこたえてくれ。それさえ守れば、後は何をやっても良い」

五者五様の調子で、短く威勢の良い返事が返された。

窓が開け放たれた、最初にそんな感覚があった。

真っ白な光が視界を満たし、靴底の向こうに固い床の感触が、腕と顔に刺すような空気の冷たさが戻ってくる。
目を細めると眩しさはいくらかましになった。ぼやけた影が焦点を結び、白一色の中から輪郭が浮かび上がってきた。

真正面にあったものを見て、少年ははっとたじろぐ。
紺色の金属。それは新型兵の広い背中だった。
しかし兵士の体は向こう側を向いており、リュカが意識を取り戻したことには気がついていないようだった。

咄嗟に逃げようとした足を、彼はありったけの意思でそこに留める。
焦りは禁物だ。せっかく与えられたチャンスを無駄にするわけにはいかない。
震えるような恐怖を飲み込んで、息をひそめたままリュカはできる限りの背伸びをして新型兵の様子を伺った。

兵士の目の前には閉ざされた隔壁があった。
光る手が横のパネルを軽く叩いていたが、どんな操作をしようとその画面は短いブザーと共に何かしらの図を返すばかり。
リュカはここへ来る前のことを思い出していた。入り口側のパネルに触れ、サムスが隔壁を閉じさせた様子を。
あの時、おそらく彼女はもう一つの細工を施していったのだろう。例え自分が倒されても、新型兵に扉を破られることがないように。

心の中でもう一度鎧の戦士に深く感謝し、リュカは行動を開始した。
足音を殺し、周囲の静けさに溶け込もうと必死の努力をしながら後ずさりしていく。
フィギュア化した後に抱えられて運ばれた距離、それを挽回しなければならない。そしてHVC-GYSを止めるのだ。

しかし、彼は忘れていた。
HVC-GYSは単純な盲目ではないということを。
物体の存在は認識できる。だが、それが"何"であるかを判断できない状況に置かれているのだ。

心臓部たる制御室においては、HVC-GYSの"視野"に死角など存在していなかった。

電撃のような感情、警戒の閃光が走った。
新型兵がぴたりと左手を止め、次の瞬間には大剣を構えてゆっくりと振り返る。
白く光る一つ目はすでにこちらを見据え、リュカを視界の中央に捉えていた。

両者はにらみ合った後――同時に駆け出す。
リュカは中央の操作卓へ、そして新型兵は逃げ去るファイターへと全速力で。

おそらくは武装の重さが妨げになっているのだろう、足の速さではリュカの方に分があった。
だが彼の表情は不安げに曇っていた。辿り着いたとしても、あの様子ではHVC-GYSがこちらの声を素直に聞いてくれるとは思えなかったのだ。

当の人工知性は正体不明の敵の接近に恐れおののき、狂ったように警報を鳴らし続けるばかり。
その絶叫に負けじとリュカも真っ直ぐに思念を向け、懸命に腕を振ってひた走る。
一歩前へ進むごとにコンピュータの単純で、それゆえに鮮烈な感情が明度を増し、目に見えない圧力となってこちらを押し返そうとする。
背後からも一塊の感情が迫る。新型兵の殺意。HVC-GYSが放った想念をその身で凝縮し、全身から発散させている。

整然と並べられた筐体、真っ白な石で作られた墓標。
リュカは足音をこだまさせて駆け抜け、そして、ついにその真下まで辿り着いた。何をも映し出さないモニタ、閉ざされた心の前に。
両の拳を握りしめ、少年はそれを見上げて呼び掛けた。

――やめて! 僕は君を傷つけるつもりなんて無い。
助けに来たんだ、エインシャントから君を自由にするために!

だが、返ってくるのは錯乱し憔悴しきったうわごとばかり。

――何ダ、何が起キて……緊急事態、緊急事態。さーばるーむニ侵入者あリ、直ちニ排除セよ。
エラー。不正なアクセスが試みラレてイます。排除、排除セ……エラー、エラー。
システムを再起動シ……拒否、再起動は拒否さレマした。守らなクテは。市民ヲ守ら……
侵入者、サーバルームに侵入者アリ。ID不所持。エラー。直チに排除、システムに不正ナアクセス。
ID、ID……IDを確認でキません。このまマデは当施設ハ壊滅してしま、ま、ま……アクセスをキョヒ、し、まス。

HVC-GYSは苦しんでいた。

本来、それが持たされた役割は高々度区画のハードからソフトに渡るあらゆる設備の管理、そして地上の都市との連絡であった。
長らく平和の中にあったから、外敵への積極的な対処などプログラムの末尾に保険として書かれてある程度。
実例はおろかシミュレーションさえ満足に行われなかったような、そしてそれが幸せであるような、埃を被りひっそりと眠らされていた条文だったのだ。
それが強制的に外部から呼び出され、何にも勝る最優先事項として突きつけられた。

何十年か、それとも何百年か。一体どれほどの時間が経ち、どれほどの変化が守るべき人と街に起こったのか。
それを知ることさえも叶わなかった。下界のコンピュータとの通信は断絶し、HVC-GYSはまったくの孤独の中にいた。

どこに援助要請しても応答はなく、『人』は防衛命令を下し続けるのみ。
従って、『外敵』に対しては最前線にいる自分が対処するしかない。
『研究所』に配備された『ロボット』を警備用に転用して『外敵』を排除し、
危険の去ったことが確認できるまではこの警報を、この非常事態を解除することはできない。

自らの認識プロトコルが不全状態に陥っていることへの漠然とした不安はあったが、今は全システムを落として精査している場合ではない。
人が危険にさらされているのだ。人ならざる外敵の攻撃によって。

――シカシ、人でなケレば一体何ガ……?

HVC-GYSが悄然として呟く。
まったくの不意に正気を取り戻しかけたそれを、リュカは期待を込めて見上げる。
しかし次の瞬間、それは無情にも打ち砕かれた。

危険を察知し、少年は急いで振り返る。

空気が唸りを上げ、切り裂かれる。
限りなく人に近い機械の悲鳴。聞く者の心までも締め付けるような苦痛の叫び。

操作卓には大剣が叩き込まれていた。
そのすぐ横にリュカの頭があった。

少年はせわしなく息をつき、鋼鉄の冷たさを背中に感じながらも新型兵の虚ろな目を見返していた。

その視界が揺らぐ。
人工知性の悲鳴が少しずつ変調していき、怪物の咆哮へと変わっていく。

燃えさかる炎。肌を灼く凄まじい熱。まるで森全体がたいまつになってしまったかのような光景。
鱗と鋼。何者かによって姿をねじ曲げられ、痛みと苦しみに狂ってしまった哀しき巨獣の瞳。
『ついてくるな!』兄の声が甦る。ナイフのぎらつく輝き。走り去っていった背中。青と黄色の縞シャツ。褐色のくせ毛。
兄が向かっていく先に立ちはだかるのは、生き物と鋼鉄を無理矢理混ぜ合わせた巨大な怪物。
むき出しになったその牙の隙間から、熱く生臭い息が洩れ出ていく。金属と、血の臭い。

――あのドラゴも苦しんでいたんだ……

あらゆる記憶が時も場所も無視して勝手に噴き上がってくる中、リュカは呆然とそう思っていた。
思い出すのを、止めることができない。頭の中には鮮明な絵が入れ替わり立ち替わり現れ、手足はおろか心さえも痺れたような無感覚に陥っていた。

怪物が真正面からこちらを見ていた。無理矢理に継ぎ合わされた緑と銀が体中の至る所で悲鳴を上げ、互いにせめぎ合っている。
その牙は何者も捕らえておらず、だとすればそれはリュカの見たものではありえなかった。
青色の靴。たった一つ残された兄の形見。力無く項垂れる父の背中。闇に沈む森。押さえつけられてもなお暴れようとする大きな人影。
たき火が踊る。影が踊っている。祖父の叱責。『おぬし、なぜに止めなかったのじゃ!』辺りではヒマワリが咲き乱れている。
大輪の花々に囲まれた、灰色の墓石。空は青く、どこまでも透き通っていた。誰もいなくなってしまった家のように空っぽだった。
自分が何をできただろう。自分が残ったところでこれから何をできるのだろう。誰が、喜ぶのだろう。
せめて……兄の代わりに自分がいなくなっていれば。

――僕のほうが、僕のほうが……

暗い淵に引きずり込まれかける。無気力と安寧に満ちた、懐かしい奈落の底へ。

しかし、危ういところでリュカは踏みとどまった。目をつぶり、強く首を振る。
今の彼には光があった。これまでに感じてきたありとあらゆる感情、とりわけ家族から受けてきたかけがえのない愛。
そして自分を一人前の戦士として認めてくれ、信頼して差しのべられた様々な掌。そこから感じ取れた、様々な形の矜恃。

ここで、終わらせてはいけない。

心の内から炎が沸き起こった。
その輝きが生きることへの意志となって、彼を現実へと繋ぎ止めてくれた。

頭上のどこかでHVC-GYSの声が彷徨っている。
こちらを見つけようと、曇りかけたその目で必死に辺りを見回す気配はまたもや遠ざかっていく。

目の前、新型兵がその剣をゆっくりと引き上げようとしていた。
真横の新たな傷口からは青白い火花が飛び散り、操作卓に寄りかかる格好になっているリュカの腕ではぜていく。
指の先まで震わす自分の鼓動、胸の隅々まで満ちていく新鮮な冷気。それらを意識しながら、リュカは一つの決心をする。

――彼から『武器』を取り上げなきゃだめだ。

紺色の新型兵という武器を振り回せる間は、HVC-GYSは決して耳を貸そうとしないだろう。
自分がどれほど危険な凶器を持たされているかも分からず、目隠しをされたまま半狂乱で暴れ続けるだけだ。
声を届かせたいならその手に持ったものを放させ、丸腰にしなければならない。

片手を背後について身を起こし、リュカは口を引き結んで相手を見据える。
ゆっくりと挙げられた右手。狙いを付けて真っ直ぐに伸ばされた人差し指。そこから迸るのは具現化した意志。
その六角の輝きが彼の瞳に映り込み、強く青く、光り輝かせていた。

高台から舞台を見下ろす緑衣の暴君。
傍から見れば、彼は何もせずただ冷たい眼差しで戦場を睥睨しているだけに思える。
しかし実際はその脳内で、身振りさえ付ける暇もないほどの指示を自らの手駒に対して矢継ぎ早に出していたのだった。

階下では新型兵が二重三重に隊列をとり、ファイター達の戦いがこちらへ波及しないようその身でバリケードを作っていく。
またフィギュアを捕らえたステージにも既に護衛がつき、近づこうとするファイターを牽制していた。
一方の背後ではゲートのエネルギー充填が着々と進み、歪んだ六角形の中に膜のような淡い光が張られつつある。

人数が増えたことで勢いづき、またもや抵抗をはじめたファイター達。そんな彼らをよそに、エインシャントは扉を開こうとしていた。
仇敵の住処へと続く門を強引にこじ開け、積年の恨みを晴らすために。

――20体か。不可能ではないが……やむを得まい。
多少の確実性を犠牲にしてでも、状況の悪化を食い止めねばならぬ。

それは現在手元にある"駒"、すなわち広間中央の台座に置かれたフィギュアの数。
初めはそこにもう2体があったのだ。配管工兄弟の兄、そして一頭身の騎士。
決して欲張ったわけではなかった。ただ、彼らの底力を見くびっていた。それがために手に入れた駒を失ってしまった。

これまでも窮地に陥った戦士の姿は多々あったというのに、そんな中でここまでの反抗を見せた者は皆無だった。
認めたくはないが、理由としてはデュオンの導き出した答えが一番妥当であった。
彼らは1人ではなかったから、共に闘う"仲間"がいたからこそ不可能を可能にしてきたのだ。

今も彼らはしぶとく戦い続けている。

小柄な桃色のファイター。自分の身長を優に超える新型兵を相手に取り、振るわれる武器を身軽に飛び跳ねてかわしていく。
時には自分も木槌を手に取り、あるいは弓なりに反った刃を振り回し、押し寄せる兵士の波を退ける。
模倣する対象が無ければ吸い込んだものをはき出すことくらいしかできないはずの彼には、
ファイターとして特別にいくつもの技が使えるようになっていた。

――しかし、どれも近距離でしか真価を発揮しない。ならば……

新型兵の動きが変わる。緑色の男性型が弓を手に、青色の女性型が炎を手に、速やかに隊列を組む。
その後ろの二列目には藍色の獣人兵士が2体ほど集まって両手を構え、青く輝く光を溜めはじめる。
即時に組まれたこの隊列に、ファイターは思わず目を丸くし立ち止まってしまった。
遠距離の総攻撃。さらにその一撃一撃は、元にした戦士よりも強化されている。食らえばひとたまりもないだろう。

だが二筋の光がそれを食い止めた。

青い矢を放ったエンジェランドの天使は、弓を剣に変えてすぐさま仲間の元に向かう。
一拍遅れて緑帽の少年も駆けてきた。彼はその勢いのまま跳び上がって、戻ってきたブーメランを空中で掴む。
新型兵が金属質の弓を構えて彼の胴を狙ったが、少年は慌てず、もう片方の手で爆弾を取り出すとお返しとばかりに投げ放つ。

エインシャントはローブの中で鋼鉄の手をキリキリと握りしめ、忌々しげにその様子を見ていた。
と、不意にその目が驚いたように見開かれる。

――下がれ!

命じたが、間に合わなかった。
派手な電撃音と共に巨大な光球が走り、何体もの新型兵が吹き飛ばされていく。
方向がこちらでなかっただけでも幸いだったが、暴君には安堵の息をつく余裕などなかった。

ビーム砲が放たれた始点、そこに立っていたのはポップスターの気ままな旅人。
彼はいつの間にか体の色を黄色く変え、黄と赤の二股帽子を被っていた。
そしてそのいくらか後方にはバウンティハンターの姿。彼女が腕の武器から光弾を放ち、一頭身にコピーさせたらしい。
小柄なファイターは宝石のついた杖を片手に、鎧の戦士に向けて手を振っていた。その顔にあるのは紛れもない笑顔。

――……なぜだ。

見ているものが理解できない。
この場にいる新型兵は優に50体を超えている。
その半分は護衛に専念させているとは言え、それでも敵1人を4体掛かりで叩けるほどには揃えているのだ。
それなのに、彼らの顔には一点の陰りもなかった。絶望の欠片も無く、強い意志に輝いていた。

戦士達の表情を半ば呆然として見ていたエインシャントは、別の動きが始まりかけていることに気づいた。
揃いの格好をした兄弟、そのうちの兄の方が仲間達に号令をかけ、大きく手を振る。
緑帽子の弟と近くに居合わせた鎧の戦士がそれに応え、彼と共に陣形を作って離れていく。

いや、彼らは向かっていたのだ。静かに駆動音を鳴らし始めた漆黒の機械、ディスインテグレータへと。

捕らえたファイターから心を消し去り、完全無欠の兵士へと変える装置。
この騒乱の中で、それが駆動しはじめた音を一体誰が聞き取れるだろう。
しかし彼らは現に気がついた。ディスインテグレータが動き出したその理由を悟り、すぐに止めようとしていた。

そう。エインシャントは苦渋の末、新型兵で残党を引き留めてその間にディスインテグレータを始動させていたのだった。
今ある20体の駒だけでも完成に持っていき、『スマッシュブラザーズ』の世界に送り込む。
残りは仕方ないが諦めるしかない。そうでもしなければ、これまで幾度も揺るがされてきた計画に最後の一撃を加えられかねない。

古風な装束に身を包み、暴君は瞳を含む全身から冷たい炎を立ち上らせていた。
勝てるはずのゲーム。圧倒的に有利なはずの手札。だがどうしたことか、いくら差し向けても奴らを止めることはできなかった。

赤と緑の兄弟が先陣を切って駆けていく。エインシャントはその背を睨みつけ、彼らと相対させるように新型兵を動かした。
しかし彼らはそれを読んでいたかのように横並びになると、走りながら息を合わせて交互に、その手から火の玉を放ちはじめる。
威力は低いが、手数は多い。二色の火の玉が切れ目なく広がり、前に出た兵士達が反射的に展開させたバリアをみるみるうちに削っていく。

エインシャントは静かに顎を引いた。
同時に列が弾け飛ぶ。ガラスが粉々に砕けるような音。行動不能になり、よろめく兵士達。
3人のファイターはその隙をつき、隊列の間をまんまとすり抜けていってしまった。

だが、彼らはまだ気がついていなかった。しんがりを務める1人の背中へと照準が据えられたことに。

暴君の背後、暗い裂け目が極光の輝きを纏う。

再び放たれる、死の光。
この世ならざる世界からもたらされた宣告は、しかし――

黄色い双眸が驚愕したように見開かれた。
エインシャントの見る先、おもむろに飛び上がった天使が色を持たない波動に貫かれていた。
フィギュアに戻った戦士は重力に引かれるがままに地面に落ちていったが、そこは味方の陣地。
待ち構えていた一頭身の手によって、彼はすぐに息を吹き返した。

彼が身を挺して仲間を守ったのだと悟るまでに、少なからぬ時間が掛かった。

――なぜ……なぜだ。なぜ、奴らは……奴らはそうまでして戦えるのだっ……!

狼狽しかけたエインシャントはそこで苛立たしげにかぶりを振り、動揺を追いやる。
ここで平常心を失えば奴らの思う通りだ。いくら良い手を与えられていても、それを適切な戦略に沿って使うことができなければ元も子もない。
感情を殺し、目の前の現状をつぶさに観測し、徹底的に演算していくのだ。一刻も早く奴らの弱点を暴き、機先を制し、鎮圧するために。
そこには少しの油断もあってはならない。

暗い虹色の後光を頂き、暴君は眼下のステージを睨みつけていた。
これはシミュレーションではない。仮想空間で幾千回となく繰り返してきた予備計算ではないのだ。
リアルタイムで行われる幾つもの演算。現実の音と光と少なからぬ脅威を伴ったそれに、彼は今やその身をもって直に接していた。

城の頂きで繰り広げられている緊迫したせめぎ合い、それから遠く離れた場所でも静かな戦いが続いていた。

地下、冷気に満ちた墓所。
大剣が低い唸りを上げて空気を切り裂き、相手を捉え損なった輝きが虚空にはぜる。
応酬は途絶えることなく続き、大小2つの足音が様々なリズムでこだまする。ただ、息づかいは1人分しか聞こえてこない。

弾ませていた息を途中でこらえ、咄嗟にリュカは後ろへと受け身を取った。
白い光が弾け、目の前で兵士の拳が空を切る。続いて足が。これを横っ飛びにかわし、リュカは相手の動きを待った。
そうとは知らず、紺色の新型兵は動きを止めたファイター目掛け、大上段から思い切り剣を振り下ろす。

少年は緊張に口を真一文字にして相手の顔を見つめ、来たるべき一瞬を待ち構えた。

――今だ!

さっと腕を持ち上げる。
すぐさま青い光が彼を守り、今にも断ち切らんと眼前に迫った白銀の輝きを弾き返した。

弾かれた大剣、その重みに引かれて新型兵がよろよろと後ずさる。
このわずかな隙も見逃さず、リュカは両手を前に揃えて思念を一つにまとめ思い切り撃ち放った。
紺色の鎧はくの字に体を曲げて吹き飛んでいき、背後の筐体にその身を打ちつけた。

これまでの経験の賜物だった。一度倒れる原因となった猛攻を受けていた最中にあって、
その全く異次元の強さにほぼ一方的に押されて恐れを抱きつつも、リュカは相手の強さや技の特徴を見極めることを忘れていなかった。
見知らぬ敵、人形兵との数知れない戦いで培ってきたセンス。それが意識せずとも引き出され、彼を助けていた。

2人、正しくは1人と1体の周りにある筐体には一つの例外もなく亀裂が入っていた。
当て損なった剣戟や念動力、あるいは今のように吹き飛ばされた彼ら自身が付けた傷。
そこから青白い電気が洩れ出て火花を散らし、たき火のはぜるような音を立てて筐体の白く滑らかな表面を走っていく。

見つめる先で新型兵が身を起こし、リュカはわずかに眉をしかめた。
一向に終わりの見えてこない戦いに不安を抱き、自分に与えられた役割を早く果たそうと焦りはじめていた。
しかし、今の彼に恐れはなかった。緊張こそあれど、論理を超えたところで彼は信じていたのだ。どんなにちっぽけであったとしても希望はあると。

思い切って走り出した。
紺色の新型兵はこちらを待ち受けるように静かに剣を構え、動かない。その姿が視界の中でどんどん大きくなる。
リュカは口を引き結ぶ。走りながら右の手に力を集め、先手を打とうとしていた。

しかし次の瞬間、彼は目を見開き、横に転がり込んでいた。
新型兵の構えに気がついたのだ。それは頭から胴にかけてを守るように、大剣を逆手にして斜めに構えていた。
こちらの攻撃に割り込んでかわし、重い反撃を加える技。リュカはこれに何度か痛い思いをさせられていた。

カウンターが不発に終わり、新型兵の虚ろな一つ目がこちらを向く。
リュカはそれから目をそらさずに後ずさって距離を取り、あるところでぱっと背を向けると駆け出した。

体の小ささも時には役に立つものだ。彼は整然と立ち並ぶ筐体の間を縫い、時にはその後ろに身を隠しつつチャンスが来るのを待った。
見え隠れするファイターの姿に追いつこうと、新型兵も重い剣を片手に全速力で走る。
しかし重量ゆえにその足音は騒がしく響き渡り、ただでさえゴム底の靴を履いているターゲットの靴音をかき消していく。
ときたま近くを過ぎ去る影に気がつき急いで剣を薙ぎ払っても、狙い澄ましたようにその間に筐体が立ちはだかり、剣筋を遮られる。

次第に周りの筐体の外装がはがれ落ちていく。
重い剣戟の音が立つたびにどこかで白色のカバーが砕け散り、昏迷したようなランプの瞬きは黄色から赤へと移り変わっていく。

白い一つ目を爛々と輝かせ、辺りを見回す新型兵。その視線が不意に一点に定まる。

特に傷の深かった一台。その裏にファイターが駆け込んでいったのだ。
もろとも一刀両断にせんと、新型兵はそれ目掛けて素早く横一文字の一閃を放った。

激しいスパークと共に、壊れかけた筐体が上と下とに分断される。
上半分が明後日の方向に吹き飛び、新型兵はその向こうに待ち構えていたものを見いだした。
剣の通り道を避けて高く跳び上がった少年。天井の照明を背に、彼は決意に固めた表情でこちらを見おろしていた。

「……"PKサンダー"!」

念じ、リュカはその照準を自分の背中へと、そして貫いた先の新型兵へと据える。
突き飛ばされるような感覚。青白い電光が全身を包み、彼は一個の閃光になってぶつかっていった。

手応えがあり、次の瞬間にはそれを突き抜ける。

背中を固い平面に打たれ、リュカは反射的に目を開けた。
仰向けになる格好で落ちて、四肢も投げ出されるように大の字になっていた。
息をついていたリュカ、その口に自然と笑いが浮かぶ。

見上げた白い天井、視界の外側から中心に向けて黒い雪がゆらゆらと昇っていた。
影蟲はもう何者の姿を取ることもなく色を失っていき、じきに真っ白な事象素となって風景の中に消えていった。

勝利の余韻に浸る代わりにリュカはすぐさま立ち上がった。
幾度もとばっちりを受け、周りの分身――筐体もろともみすぼらしい姿になってしまった最新鋭のコンピュータ。
傷だらけの操作卓の前に再び立ち、少年は上を見上げた。

HVC-GYSは静かになっていた。
いくつかの筐体が壊されたとはいえ、その数は大部屋全体に置かれたうちの何割かに過ぎない。
沈黙しているのは単に演算能力の不足ではなく、もっと複雑な理由からだった。

彼はこちらを恐れていた。
自分の身を守るための唯一の武器をはたき落とされ全身におびただしい数の傷を負いながら、近づいてくる敵に対し何もできずにいる。
そんな状況に置かれれば誰しも震えるほどの恐怖を、あるいは動かしがたい絶望を覚えるだろう。

リュカはもう声を掛けることはせず、何も映し出さないモニタに向けて右手を差しのべた。
心の中でも思念を手の平から自分の外へと走らせ、穴だらけになってしまった人工知能の防壁を潜り抜け、その先へと分け入っていく。
しんと静まりかえった部屋の中、リュカは目をつぶって見えない空間を懸命に探っていく。

――いた……!

その姿は、目隠しをされた白く角張った顔としてリュカの心に知覚された。
光のない世界にぽかりと浮かび、俯き加減のまま固まっている巨大な顔。耳は見えず、目は布の後ろで固く閉じられている。
リュカは逡巡の後、思い切って進み出る。それを知ってHVC-GYSの顔がわずかに震えた。
背後の暗い空間に後退し隠れようとする顔に、彼は大股に歩いて追いつく。そして有無を言わさずその頬の辺りに手を伸ばすと、そっと触れた。

再び目を開けたとき、視界にはわずかな変化が起きていた。
真っ白な部屋はそのままだったが、頭上のモニタに映り込んだ景色が変わっていたのだ。
映り込んだ景色や自分の姿はそのままに、全体に青っぽく粗い質感の膜が掛けられているように見える。

見ているうちに、モニタの方に映るリュカの顔が緑色の線で四角く囲われ、その周りで花が開くようにして次々と窓が開いていった。
それは、HVC-GYSが本当の世界を認識した瞬間だった。

人形兵の動きが止まった。

圧倒的軍勢に包囲され、逃げ場のない戦いを続けていた3人のファイター。
遊撃隊のリーダー、王国を治める姫、そして一頭身の剣士は互いの背を守るように陣形を組んでいたが、
突如として動かなくなってしまった敵を目の当たりにしてもすぐには武器を下ろそうとしなかった。

フォックスはブラスターを持った右手を挙げたまま、固まっていた。
視線の先にあるのは、恐竜の口を思わせるアームを開き今にもこちらへ噛みつこうとしていたキャタピラ付きの装甲車。
威嚇射撃をしようとした向こうでそいつはしばらく凍り付いたようになっていたが、やがてぱくりとアームを閉じた。
唸りを上げていたエンジンの音も大人しくなり、辺りには静寂が訪れる。

やけに静かに感じられたのは、装甲車が停止したためばかりではなかった。
手にした銃はまだ仕舞わず、そのまま彼はいくらか戸惑った表情で周囲をゆっくりと見渡した。

「終わった……のか?」

気がつけば、その場にいる兵士の全てが戦闘態勢を解除していた。
大は鎌を備えたくろがね色の乳母車から、小は厚みを持たない人型の紙細工まで。
倒しても倒しても際限なく湧き続けてきた彼らが、今やこちらに来るでもなく退却するでもなく、
本物の人形になってしまったかのようにその場で立ち尽くしている。

直前に振り下ろされていた浮遊兜の長剣を、真横に構え両手で支えた剣で受けとめていたメタナイト。
その後ろでは、ピーチがフライパンを手に取り彼を援護しようとしかけた格好で止まっていた。
ギャラクシアに掛けられた重みが消え、2人の見る前で浮遊兜はそれまでとはまるで別物のようにあっさりと戦意を消して引き下がっていく。

「……」

依然として鋭い眼差しでそれを見送り、メタナイトは流れのまま剣を一つ振るってから背に掛けた。
仕留めきれないうちに一方的に終わりを告げられ、どこかに未練を持っているような目つきだった。

ピーチの方は早くも気持ちを切り替え、不思議そうな顔をして辺りを見渡している。
比較的近い場所で佇んでいる緑帽を見つけると、彼女は少し考えた後思い切った行動に出た。
おもむろに歩み寄っていったかと思うと、その目の前に立って手をかざし挨拶をするように左右に振ってみたのだ。

それに対し、人形兵はきょとんと見上げるだけだった。右手に持った銃を上げる素振りさえ見せない。
明らかな武器を持っているのにも関わらず、緑帽の顔からはもはや兵士らしい鋭さが感じられなくなっていた。

「降参、ということで良いのかしら?」

仲間を振り返り、ピーチはそう尋ねる。
フォックスはようやくホルスターに銃をしまい、答えた。

「降参か、撃破か……どっちにせよ、エインシャントが指揮権を失ったことは確実だ」

と、そこで彼の視線がジャケットの胸へと移る。
着信があることを示し、通信機の模様が淡くオレンジ色に光っていることに気がついたのだ。
他の2人もバッジが光っているところを見ると、これは全員を対象に発信されているらしい。

最初にバッジを手に取ったフォックスが3人を代表する形になった。
親指で側面のスイッチを押し込む。一瞬だけノイズが流れ、じきにそれは年若い少年の声となる。
繰り返されていた応答を求める声は、通信が繋がったことに気づいてはっとしたように途切れた。

「こちらフォックス。感明ともに良好だ。そちらは?」

『えっと、僕は大丈夫です。でも僕を助けるためにサムスさんが……』

フォックスはそこまで聞いたところでちらと2人の方を見た。
ピーチが自分の通信機を使って床に平面地図を映し出していた。
どこにも戦闘不能を示す表示はなく、データに拠ればサムスはいつの間にか最上階に移動しているようだった。

「心配するな、彼女は無事だ。マリオ達のところにいる。ところで君は……」

言いつつ、フォックスは地図上に映る彼の位置を探す。
彼の名が表示されているのは、残存するターゲットの一つである浮遊城のマザーコンピュータ"HVC-GYS"が鎮座するサーバルーム。
そこにリュカがいる理由、そして周りで戦意を失っている兵士達。
両者の意味するところがはっきりと繋がり、フォックスは軽く目を見開いた。

「そうか……リュカ、これは君のお陰だったのか! ありがとう、よくやってくれたな」

これに相手はどちらかと言えば安堵の強い声で応えた。

『間に合ったみたいで良かった……返事が来ないから、もうだめなのかと思ってたんです』

「上の方は少々取り込み中のようだからな。
だが、これで一気に巻き返せるはずだ。急いで皆と合流しよう」

そう、励ますように呼び掛ける。
すると通信機の向こうで口ごもるような気配があった。

『えっと、それなんですけど……。
僕が入ってきたときに扉が閉まっちゃって、こっちからだと開けられないみたいで……』

「ロックを掛けられたのか?」

彼の置かれている状況を思い浮かべ、フォックスはそこから解決策を見出すべく頭を働かせた。
HVC-GYSの元に向かった彼らが何を考えてどう行動したのか。結果である現状とそれを結びつける。

「そうだな……パネルからでは受け付けないなら、システムに直接干渉すれば良いんじゃないか?
管理システムの最上位にあるHVC-GYSならそれができる。頼んでみるのも一つの手だ」

そう伝えて数秒も待たないうちに、弾んだ声が返ってきた。

『……開きました!』

「よし。そうしたら次は――」

言いながら、彼は眉をひそめて天井の辺りを見上げた。
敵対する存在が無くなったとはいえ、彼を1人で来させる訳にはいかないことに気づいたのだ。
ほぼ城の最下層にあるサーバルームからここまでの道のりは複雑を極めている。
更には各所に戦闘のあおりが加わっており、地図通りに道が繋がっていないところさえある。

考え込むフォックスに、そのとき声を掛ける者があった。

「私が迎えに行こう。君達は先に進むと良い」

言うが早いか、返事も待たずにメタナイトはこちらに背を向ける。再び剣を手にし、羽織ったマントを翼へと瞬時に変化させた。
確かに3人の中で一番足が速いのは彼だ。
妥当な判断ではあったが、しかしそれが不意に告げられたものだからフォックスの返答は少し遅れてしまった。

「あ、ああ。了解だ」

続けて『もう敵はいないだろうが、気をつけて進んでくれ』と言おうとした時には、
既に剣士の姿は廊下の向こう、明かりの届かない先に消えていた。

半ば呆気にとられて見送るフォックスの横で、ピーチがふと可笑しそうに笑う。

「私達に遠慮したのかしらね」

ほとんど何の気なしに頷きかけて、そこで虚を突かれたようにフォックスは目を瞬いた。
ややあって彼は振り返り、こう聞き返す。

「……待ってくれ。それはどっちの意味だ」

比較すれば歩みの遅い2人を先に行かせたということだろう。いや、そうであってほしい。
だが、彼のような種族からすれば胴がある時点で同じ民族に見えているのかもしれない。同じ民族の、男女に。

用心深い目つきを向けるフォックスの反応に、ピーチは意外そうに眉を上げた。
それから何が気に入ったのか明るく笑い声を上げてひらりとドレスを翻し、明後日の方向を向いて歌うようにこう答える。

「さあ、どちらでしょうね」

その声の調子からいって彼女がフォックスの生真面目っぷりを面白がっているのは明らかだった。
フォックスはため息をつき、呆れたような仕草で首を横に振った。

「まったく。冗談はよしてくれ」

どんな世界の住人であっても、女性というものは分からない。
故郷で仲間と共にこちらの活躍を待ち、そしておそらくは楽しみにしてくれているだろう1人の女性、
その横顔を思い浮かべつつ、フォックスは先へと進んでいく姫の後を追って足早に歩いて行った。

辺りはしんと静まりかえっていた。

城の頂きにありながら、明かりなどただの一度も付けられたことはない王の間。
ほんの数秒前まで混戦が繰り広げられていたその空間は、全景が見通せないほどの暗闇と重々しいまでの静寂に満ちていた。

ディスインテグレータは真上からの三連撃を受け、見るも無惨なスクラップに変えられていた。
それを防ぐはずだった新型兵はでくの坊のように突っ立ち、ファイターの方をただ見ているばかりで何をしようともしない。

小さなスパークをはぜさせる残骸に拳をうずめたまま、マリオはそこから顔を上げて玉座の方角を見やった。
他の5人のファイターも武器を手に、同じ方向を振り仰ぐ。
その視線は仲間達の銅像が捕らえられたひな壇の上を通り過ぎ、その先に立つエインシャントへと真っ直ぐに向けられていた。

戦士達が向ける、烈火のごとき眼差し。
これを受けて緑衣の暴君は愕然と目を見開き、ふらふらと後ずさる。
背後に満ちる暗がりに溶け込み、この場から消えてしまおうとするかのように。

辺りの薄暗さが増したように思えたのは気のせいではなかった。
フィギュアを照らしていたスポットライトはいつの間にか消え、玉座の代わりに据え付けられた六角形のゲートからも光が失われている。
彼方の世界へと繋がるはずだった門は閉ざされ、暴君は自らが手駒にしようとしていた者達を前に、たった1人で立ち尽くしていた。

戦士達はもはや何も言わなかった。
黙々とひな壇の横を回り、今や役立たずとなった新型兵の群れを手で押しやり、一丸となって歩を進める。
その瞳はただひとえに、玉座に陣取るエインシャントへと据えられていた。

「……とめ……」

エインシャントが不明瞭な言葉を発した。
目深に被った帽子の陰で、黄色の瞳孔が動揺も露わに揺らいでいる。

彼にとって現実とは、全てが数式の中に収められる恐ろしく精密なだけの模型であり、
常に自分の意のままになり、手の指図一つで思う通りに動かすことのできるただの玩具であった。
しかしこのファイター達はことあるごとに反抗し、想定の外を突き、その思想にことごとく揺さぶりを掛けてきた。

今までは部下をなじることでどうにか保てていたそれが、今まさに強い一撃スマッシュを受け、崩れ去ろうとしていた。

彼の見る前で、6人のファイターは王の座へと繋がる幅の広い階段を一歩一歩ゆっくりと踏みしめるように、しかし足を止めずに登ってくる。
その現実を拒絶するかのようにエインシャントは呆然と首を振り始めた。後ずさりながら。だんだんと強く、大きく。
しかし、いくら動作で否定したところで事実が覆されることなどなく、その瞳は迫り来る戦士達から離せなくなっていた。

これが結果。果てしなき演算の末の解。
山のように繰り返された失敗、完成する前に放棄された無数のプラン、日の目を見ずに終わった設計図。
時間は無限にあった。納得の行くまで選考し最も優れたものを選び出して万全の体制を整え、自らの持てる全てを賭けた。

だが、足下を掬われた。
人形兵も新型兵も失い、計画の要である"駒"さえも未完成のまま奪われ、今や奴らの背後に匿われている。
足音が近づいてくる。終止符を打つために奴らが階梯を踏みしめ、昇ってくる音が。
ナッシング。それが結末。

エインシャントは目を伏せた。

「……認めん」

怒りと屈辱。歪められた口の端から洩れ出るような低い声。
これまでとは異なる様子に本能的な危険を感じ、6人の戦士ははたと足を止める。

それぞれの武器を手に、階段の中程に身構えたファイター達。
暴君は屹然とその顔を上げ、爛々と輝く双眸を露わにする。

「認めんぞ……これで、終わりだなどとはッ!」

雷撃。そう錯覚するほどの衝撃が広間を襲った。

玉座の方角から突風と閃光が迸り、辺りに満ちていた闇をあっという間に払拭し、全てを純白の輝きで塗り替えていく。

「伏せろ!」

誰かが叫んだ。
その時には皆その場に伏せていたのだが、あまりの眩しさに知るよしもなかった。

かがみ込んだ地面が揺れていた。あちこちで地滑りのような音が立ち、頭を打たんばかりに轟々と反響していた。
丸めた背中に細かな瓦礫が降り注ぎ、ついた手の上を石くれが転がっていく。

リンクは、いくらか目が慣れてきたところで覚悟を決め、薄目を開けて顔を上げた。
埃からその目を庇うように片腕を上げ、歯を食いしばって。

最初に目に入った光景。それを見た彼は危うく口を開けてしまいそうになった。
息を呑みかけたのを腹の力で堪えて、苦しい姿勢のまま、彼は疑念と驚愕の入り交じった表情でそれを凝視していた。

塵と光が舞い散る中、神々しいまでの後光を背にしたエインシャントが宙に浮かんでいた。
緑衣の裾を風になびかせ、足元にはゲートになるはずだった巨大なオブジェクト、金属で出来たツタの化け物を従えて。

エインシャントの後ろ、向こう側の壁は一面全部が吹き飛んでいた。そこには真っ白な空が広がるばかり。眩しいばかりの広さだ。
見ている間にもそこから光が雲のようにまとまって室内に流れ込み、無生物なのにどこか生き物じみた動きで宙を流れていく。
流れの中心はやはりエインシャントにあった。彼に向けて純白の波が押し寄せていき、山の頂きにいる彼をさらなる高みへと押し上げていく。

それだけ離れていながらも、彼の声は依然として辺りに朗々と響き渡っていた。

「愚か者め! 私を誰と心得る。
お前達がそのちっぽけな足で歩き回った大地も、貧相な拳で倒してきた兵士も全て!
私が作り上げたものなのだぞ。私が、この手で!」

燦然と輝く後光の中で黒いシルエットと化したエインシャントが、骨のようにやせ細った片腕を掲げていた。
揺れと山の成長は収まっていたが、白く発光する山肌は常に何かの形を取りかけては崩れ、
その裾野からあふれた波がファイター達の伏せる黒い階段を徐々に浸食していた。

顔をしかめ、リンクは思わず盾を手に後ずさる。が、数歩も行かないところでその足が固まったように動かなくなった。
振り返った後ろの景色が一変していたのだ。

一面の雪景色。何をも形作らない事象素の波はいつの間にやら背後に回り込み、辺りを真っ白に塗り込めていた。
今や黒い部分は数えるほどになり、数少ない安全地帯に他の仲間達も立ち往生していた。

後ろを向いたまま、リンクは訝しむように眉をしかめる。
新型兵の数が減っている。6人で倒せた数は両手で数えるほどしかなかったはず。それが、見渡しても数体しか見あたらない。
理由は程なくして分かった。辺りの雪が彼らを蝕んでいたのだ。

終盤になって現れた最新鋭の兵士であり、ファイター達の思わぬ強敵となった新型兵。
彼らはもはや抵抗することもなく次々と足元から溶かされ、くずおれていった。

幸いなことに、事象素による浸食が自分たちに及ぶことはなかった。
白い輝きはさざ波のように6人の足元を取り囲むだけで、しぶきが足に掛かっても冷気を感じるくらいで特別痛みなどはない。
つまり、新型兵たちはもはや兵士として用をなさなくなったために、あのようにして分解され回収されてしまったのだろう。

危害はないと分かっても、戦士達はその場から動くことをためらっていた。
彼らはその肌に感じていた。高みに居座る暴君の眼差しが6人全員を捉え、その一挙一動へと向けられていることを。

身動きの取れないファイター達を睥睨し、エインシャントは短く嘲笑った。

「この程度で私を追い詰めたつもりか?
つくづく哀れなものだ……私はその気になればこの世に存在する如何なるものでも生み出すことができる。
そう! この世界においては私が、私こそが神なのだ!
いくらお前達でも、神の力が生み出す無尽蔵の兵士を前にしては勝てるはずもあるまい」

その言葉と共に、山の頂上から海に向けて一つの波が走った。

無目的だった生成と消失の中からまとまりが生まれ、見渡す限りの雪原からいくつもの塊となって伸び上がりはじめる。
サンゴのように枝分かれし、節くれ立ったくびれが生じ、急速に膨れあがり、しぶきと共に弾けて崩れ、互いを飲み込んで成長していく。

やがて、奇怪なオブジェが姿を現した。
それは緑帽であったり、ドクロ砲台であったり、あるいは既存の人形兵が奇妙な割合で混ざったキメラであった。
手であり、足であり、それが一緒くたに混ざり合ったグロテスクな産物だった。
どれもが皆、事象素の海に半身を沈めていた。そしてどれも、脱皮したての昆虫のように真っ白だった。

リンクの目の前には緑帽の体に球体の頭を載せ、片腕だけが不釣り合いなほど大きな鎌になった兵士がいた。
一つ目のそいつはニタニタと笑いながら、恐ろしいほどゆっくりと、危なっかしく体を揺らがせながら片腕を振り上げる。
振りかざされた刃は柄に至るまで陶器のような白一色であったが、光を反射させるその表面は紛れもない死の輝きに満ちていた。

少年は口を引き結び、それを見上げる。
その身を守るように剣を横一文字に構え、顔の前に掲げていく。
怒りか、緊張か。その手はかすかに震えている。

他の仲間達は化け物達のただ中、白いさざ波の向こう側に点々と立っていた。
距離としてはそれほど離れていないはずなのに、彼らの声はひどく遠いものに感じられた。
張り詰め、極限まで研ぎ澄まされた意識の片隅に聞き慣れた声音の断片が届く。

「こ、今度はいったい何?!」

口ごもり、あたりを焦って見回す気配。

「こんなにいっぱいじゃ、すいこみきれないよ~!」

「そう慌てるなって。またお得意の人形遊びだ。
こんなんじゃ大したバリケードにもならないさ」

落ち着き払って言った声は、凛としたアルトに遮られる。

「油断するな! 外見は今までの敵と変わらないが、中身まで同じだとは限らない」

「もっとたちの悪いものかもしれない……ということですか」

注意深く聞き返す声。尋ねるというよりも自分に言い聞かせ、覚悟を決めるように。

「ふーむ、それもそうだな。じゃ、一気に頂上目指すか!」

「そう簡単に通してくれるとは思えないけど……」

リンクは何も言わなかった。
仲間達の声をどこか遠くで聞きながら、頭の上に振りかざされた大鎌を見上げ強く睨みつけていた。
そうすれば跳ね返せるとでもいうように。

しかし、次の瞬間。
天の彼方から他の何よりも際だって聞こえてきたこの声が、彼の耳に、心に深々と突き刺さる。

「おぉ、お前達のなんとちっぽけに見えることか!
人々を助けただの、世界を守っただの……それに一体どんな意味があるというのだ。
感謝され、必要とされ、どこへ行ってもお前達の名が呼ばれる。だが、それが一体何になる。それがお前達を助け、命を救ってくれるとでも?
"戦士"と慕われ祀り上げられるお前達も、圧倒的な力を持つ私の前では他の虫けらと何ら変わらぬ。
教えてやろう! お前達は所詮、命が尽きるまでもがき続け、為す術もなく運命にもてあそばれるだけの存在……ただの、玩具だ!」

玩具。その言葉に、リンクは目をはっと見開いた。
『技能と性能……我等が主にとってお前たちファイターは、それを刻印されたフィギュアに過ぎん』
二つの頭を持つ参謀、彼らが言い放った台詞が脳裏に甦る。
そして、エインシャントと初めて対峙したあの時に向けられた視線。まるでモノを見るような冷め切った眼差し。

目に見えるものだけを信じ、自分の意にそぐわぬ者を拒絶し、数に表せない心や感情を無用の長物とする暴君。
そんな独善的で排他的な考えを持つ存在が神であるはずがない。神であって良いはずがない。
単純であるが、純粋なまでに強い反抗心。そこからリンクは振り返り、改めて剣を構えゆっくりと向き直った。
中空の舞台に立ち、全てを見下す機械仕掛けの"神"へと。

少年の様子を虚勢と取ったか、それを見た緑衣は小馬鹿にしたように鼻で笑うだけだった。
狂気に濁った黄色の瞳で6人の顔をじっくりと眺め、一言一言を叩きつけるようにして言い放つ。

「見たか、この差を。埋めがたい力の差を! 初めからお前達に勝ち目は無かったのだ。
ひれ伏せ! 泣き喚き、命乞いをしろ! それが嫌ならせいぜい私のためにもがき苦しみ、哀れな姿を晒すのだな。
いくら神に祈っても届きはしないぞ。この世界の神は他ならぬこの私なのだから」

ついに創造の力を限界まで引き出した彼は、自分の力に酔いしれていた。
片腕を天に掲げ、その一振りで眼下にもたらされるであろう阿鼻叫喚を思い描き、狂ったように笑い続けていた。

ひとしきり高笑いを響かせたエインシャントはそこで口をつぐみ、階下に跪く戦士達を見据えた。
裁きを下す者の眼差しで罪人を見やり、いよいよ左の手を高く掲げていく。

「……さあ、絶望せよ。お前達の物語も、ここで終わりだ……!」

風音を立て、裁きの鉄槌が振り下ろされた。

彼の立つ六角のステージを起点として、目に見えない衝撃が放たれる。
そのあまりの激しさに、ファイター達は強風を受けたようによろめいた。
彼らの周りでは、色さえも備えられなかった不格好なキメラ達に早くも命が宿りはじめていた。

形だけで辛うじて双子頭の影人形と分かる腕、いくつも斜面から突き出たそれが剣になった前腕を振りかざして襲いかかってきた。
標的にされたカービィは思わず飛び退いてそれを避け、一瞬遅れて彼のいた空間が切り刻まれる。
安心したのも束の間、彼は背後から不意に生成された巨大な拳に掴まってしまった。

「出して~っ!」

ぎりぎりと握りしめられる拳。くぐもっていく悲鳴。それに気づいたサムスが走る。
橙色の甲冑が純白の斜面を蹴り、一息に跳躍し、固く握りしめられた指の上に飛び乗る。

指の一本が人間の胴くらいはあろうかというその拳には見覚えがあった。
この世界で初めて出会った人語を解するマシン。彼の名を心で呟き、サムスは構えたアームキャノンの砲身に左手を載せた。
衝撃と共に拳は裂け、花のように開いた中からピンク玉の姿が飛び出してきた。

「……危ないっ!」

ピットがはっと表情を緊張させ、呼び掛けると同時に飛び立った。
しかし彼の警告も虚しく鎧の戦士はその武器を封じられ、白色の流砂の中に沈もうとしていた。
一旦は裂けた拳の残骸から無数の手が飛び出し、目の前から彼女の右腕を、次いで両足を掴み、恐ろしい力をもって引きずり込んでいったのだ。

「私に……構うな……!」

彼女は懸命の思いでやっとそれだけを伝えた。
ついた両膝も流砂に埋まっていき、それでも全身の力を振り絞って引き上げようとしたが、
右腕は鋼鉄の中にはまり込んでしまったようにぴくりとも動かない。
バイザーの裏側は赤く明滅し、開いた窓が膨大な損傷とエラーをはき出していた。

彼女は歯を食いしばったまま表示を視線でどけ、その向こう側に目を凝らし――無言で目を細める。
そこにあったのは、あまりにも非情な光景だった。

仰向けに倒れ、両翼を固められたピット。両足をついてなんとか立ち上がろうとする彼の横には、
助けに行った格好で斜面に俯せに突っ伏し、手を慌ただしくばたつかせているカービィの姿もあった。
マリオ達も自分と同じように、手足を封じられようとしていた。
すでに膝をつき両手を捕らえられたルイージは唯一自由になる顔を上げ、
兄がその場から動けない中、両腕を振り回して腕だけは捕まるまいともがいている様子をはらはらと見ていた。

しかし、そこにはあと1人の姿が欠けていた。

――……リンクは、彼は無事か?

首を巡らせ、そしてその視線はある一点を向いて止まった。
エインシャントの立つ頂きへと続く急峻な斜面、そこを猛烈な勢いで駆け上がっていく後ろ姿があった。

唖然とした視線が背後から向けられていることなど知らず、リンクは走り続けた。
常に流動し、渦を巻いて足を捕らえようとする無数の蟻地獄を蹴りつけ、踏みしだくようにして。
そんな彼の目の前には思いつく限りの腕が武器を構えて伸び上がり、あるいはかぎ爪のような指を広げ、群れをなして襲いかかってきた。
しかし少年は怯むことなくマスターソードを左の手に持ち、
まるで草むらでも切り払うかのように出来損ないの腕を薙ぎ払って退け、切り拓かれたその先へと進んでいった。

破邪の剣。その刀身は神々しい白さに輝き、触れたそばからキメラ達を浄化させ、無害な事象素へと戻していた。
また、剣を構えるリンク自身も輝きを纏っていた。美しくも輝かしい虹色の光。不屈の心がもたらした希望の光。
それに気づき、さすがのエインシャントも血相を変えた。

リンクの足が、それまでとは違う感触を捉えた。
しっかりとした密度のある固い地面。白い斜面を駆け抜け、六角のゲートから裾をなすケーブルの領域にまで踏み込んだのだ。
見上げる先、後光を頂き不可思議な力で宙に浮くエインシャントの姿がみるみるうちに近づいてくる。
足を止めぬまま、リンクは剣の柄を持つ手に力を込めて気の昂ぶりを抑え、衝突の時、その一点に向けて覚悟を固めていった。

彼の心には様々な思い出が去来していた。
寄る辺のない灰色の世界で肩を寄せ合い、ささやかな食料と勇気を分け合って友と進んだ景色が、
主義主張の違いから何度もぶつかり、一度は崩壊の危機にまで陥りつつもその断崖を乗り越え、再び手を取った瞬間が、
仲間と数多の困難を乗り越え、安全な船の中に戻って談笑し、暖かい食事を前に円卓を囲んだあの日々が。
これまでの全ての記憶が、年若い勇者を突き動かしていた。

自分に課せられた名前の重さ、自分に受け継がれた運命の重さも今は遠くにあり、
彼は1人の少年、絶対的な苦境を跳ね返し、自らの力で未来を切り拓こうとする若者としてそこにあった。

迎え撃つエインシャントも、一切の容赦はしなかった。
顎を引き、黄色の瞳をすっと細める。応じて、その背後でいくつもの事象素の拳が振り上がった。
不格好な塊は大木のように伸び上がって巨大な片刃剣となり、肉食獣が獲物に狙いを定める様子にも似た無駄のない動きで構えられていった。
その全ての交点は、勇者が飛び掛かってくるであろう軌道へと向けられていた。

人ならざる者にしか扱えぬ、化け物じみた大剣の群れ。
それを目にしてもなお、リンクは立ち止まる素振りさえ見せなかった。

蠕動するケーブルの塊をものともせず駆け上がり、その勢いのまま高く跳び上がる。あからさまに掛けられた罠、その真正面から飛び込んでいく。

退魔の剣を大上段に構え、重力から解き放たれた一瞬。両者の視線がぶつかりあった。
勇者の少年は裂帛の気合と共に暴君の真上から飛び掛かり、緑衣は何も言わずに瞳の炎を燃え上がらせ、全ての力を背後の刀へと注ぎ込んだ。

甲高い金属の音。一度きりのそれが虚空にこだまし、溶け込んでいった。

両者は斬り結んだまま固まっていた。
頭上から飛び掛かってきたリンクを受けとめる格好で交差した大剣。しかし、奇妙なことにそれは二振りまでしか動員されていなかった。

この期に及んでエインシャントが余裕を見せるはずもなく、実際に彼の背後に用意された他の剣は途中で動きを止め、不自然な角度で傾いでいた。

「ぐ……ぬ……」

エインシャントがうめき声を上げた。
これだけの武器の差がありながら、彼の方が明らかに打ち負けていた。
全身に光を纏い、まったくの無傷でマスターソードをぶっちがいに打ちつけるリンクに対し、
エインシャントの方は刃が届いていないにも関わらず緑衣もぼろぼろに破け、目深に被っていた帽子は後ろの方へと落ちかかっていた。

彼は不思議な文様の中に閉じ込められていた。
大小の三角形二つを互い違いに組み合わせたような、あるいは三角形三つを規則正しく並べたような図形。
エインシャントの前と後ろで回転するそれは、紛れもない"トライフォース"の紋章であった。
リンクの勇気に応じて呼び出された最後の切り札。それがエインシャントの反撃を途中で封じたのだ。

しかし、リンクの方もまた身動きが取れないようだった。
叩きつけた剣、その柄を握る両手は細かく震えていた。彼は今、エインシャントを押さえ込むためにありったけの力を振り絞っているのだ。
首だけを曲げて山のふもとに視線をやり、彼は仲間に向けて懸命に声を張り上げた。

「今だ! 早く、エインシャントを……!」

大元を封じられた純白のキメラはすでに動きを止めていた。
5人のファイター達はそれぞれに足を振るい腕を曲げ、武器を使って縛めをほどいていく。
両足に幾重も絡みついていたキメラの手をプラズマで吹き飛ばし、サムスは顔を上げてピンク玉の背中に呼び掛けた。

「カービィ、あのディスクを!」

ぴょんと振り返った彼は目を瞬かせたあと、少しして合点がいったように頷いた。
大きく息を吸い、勢いよくはき出す。固まった地面の上で金色の板が跳ねた。どことも知れない空間に仕舞われていたディスクだ。
カービィはそれを両手でもって頭上に掲げ、斜面を登りはじめた。

彼の意図を察して、マリオがその後を大股に走って追いかけていった。
急斜面を危なっかしく登っていくカービィにあっという間に追いつくと、その体をひょいと軽く抱え上げる。
そのままラグビーでもするように、彼を小脇に抱えるとマリオは空いた腕を目一杯振り回し、頂上目指して走っていった。

タッチダウンを成功させるべく、全速力で駆け上っていく2人。
仮初めの命を失い凝り固まった斜面は足を下ろすたびに簡単に崩れ、ガラスのような破片となって砕け散る。
何度も足を滑らせ手をつきながらも、それでもマリオはすぐさま立ち上がり走り続けた。
腕に抱えられたカービィもディスクをしっかりと持ち、これ以上ないくらい真剣な顔をしていた。

ついに最後の道のり、ケーブルが絡み合った頂きに踏み込む。足場が頑丈になり、マリオは体を前に傾ける。
斜面の角度は急峻を極めていたが、それをものともせず彼はこれまでより一層スピードを上げて登っていった。
目の前が一気に開け、踏み込んだ足が平らな地面を捉える。マリオは深く身をかがめるとひと思いに踏み切った。

跳躍。その身長を超える高さまで軽々と跳び上がり、彼はボールを支えるがごとくカービィを頭の上に持ってくる。
その上でカービィも金色のディスクを高々と掲げている。2人は、どちらからともなく鬨の声を上げていた。

トライフォースの封印に閉じ込められ、身動き叶わぬ鋼鉄の神。
エインシャントは体の節々から火花を散らせながら金属を軋ませてそれを見下ろした。眼光だけは鋭く、射るような眼差しで睨みつけた。
その目にはほんのわずかに、訝しむような様子があった。
あんなちっぽけな板にファイター達をここまで駆り立てさせるほどの価値があるとは思えず、彼らの意図を計りかねていたのだ。

ずたずたに裂けてしまった緑衣はもはや身を覆う役には立っておらず、ロボット達と同様の台座が足元から見えていた。
跳び上がった頂点で、2人は台座の表側を目にする。そこには横に開いたスリットがあった。
2人はそれがディスクの差し込み口だと判断し、信じて、狙いを定めた。

真っ白な光を受けて、燦然と輝く黄金のディスク。
同じ光を全身で受けとめて、マリオとカービィはその腕をひと思いに振り下ろした。
ディスクはスリットの中に吸い込まれるように入っていき、あつらえたようにぴたりと収まった。

そこで勢い余って地面に、六角のステージの上に転がり落ちる2人。
その傍にリンクも着地した。すでに切り札の輝きは消え、彼は剣を手に緊張した面持ちで空を見上げた。

エインシャントが虚空を見つめていた。
襤褸ぼろを身に纏い、ちぎれたその裾が風にはためくままにして。
彼がその背に頂いていた後光はいつの間にか消えていた。やっと重力の存在を思い出したかのように、その身がゆっくりと降下していく。

そのまま彼は、呆然と呟いた。

「ば……馬鹿な……。
……私がこんな、記憶……たかが、おもいでごとき、に…………」

それを最後に、瞳に灯っていた光が消える。

つり下げていた糸がぷつりと切れたように、彼は舞台の上に墜落した。
それまでの威厳が嘘のようにその体は無造作に転がっていき、あるところで止まる。

3人は、リンクを先頭に駆け寄っていった。
相手が何かを仕掛けてくる気配はなかったが、リンクは剣と盾を携え、他の2人もその後ろを守るように固めていた。

明後日の方向を向き、仰向けになって動かなくなった鋼鉄の体。
落下の衝撃で残り少なかった布も散らばってしまい、彼は本当の姿を露わにしていた。

その正体を見た3人は、しばし唖然として立ち尽くした。

「こいつも、"ロボット"だったのか……」

やがて、リンクがそう言った。
言葉にでもしないと、目に映るそれが真実なのだと認めることができなかった。

箱形の頭部にパイプ状の胴体。透明なレンズでできた、ひょうきんな二つの目。
簡単な作りだがいかにも頑丈そうな二本の腕。そしてホバーを備えた六角形の台座。
白を基調に暗い赤を用いた、落ち着いた色使い。

かつて人間たちに反旗を翻し、この世界を混乱に陥れた張本人。
ついにファイターの前に現されたその真の姿は、人々を最後まで守った心優しい機械達とまったく同一のものであった。

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最終更新:2016-11-06

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